第五話
……青い……空?
ああ、外まで飛ばされたのか……
背中に固いものが……って、地面に寝っ転がってるのか。
「——っ、痛ってて……」
起きあがろうとしたら、体のあちこちで痛みを感じた。
どうやら、打ったり擦ったりしたみたいだ。
……よし、大きな怪我はしてないな。
ほっとして、辺りを見てみれば、工房前の道路だった。
振り返って、工房へ目を向けると——
ひゅうぅぅ……と、肌寒い風が吹き、砂埃が巻き上がった。
ほのかに煤けた匂いが鼻をくすぐる。
地面には割れたガラス片がばら撒かれ、サッシの扉はひしゃげて使いものにならなくなっていた。
「……弾け飛ぶってレベルじゃねーぞ」
第三級魔法並みの魔力が弾け飛んだら、それはもう、爆発だろ。
「おう、ノーワンとこのヒヨシマルやないか、大丈夫か?」
俺に声をかけてきたのは、工房の隣で豆腐屋をしているゲンゾウさんだった。
ゲンゾウさんは親方と幼馴染で、気安く名前で呼び合う仲だ。
「大丈夫っす。お騒がせしてすいません」
「何が、あったん?」
よく見たら、ゲンゾウさんとこの豆腐屋も爆発の影響で一部壊れていた。
いや、周辺の家や店、全部被害受けてるぞ、これ。
「いえ、ちょっと魔王様が爆発しまして……」
「ほうか、ほんならしゃーな……はぁ!?」
「すいません、後で説明します!」
とにかく、親方が居ないと近所の人たちの対応もままならない——
っと、なんとか工房の中に入れそうだ。
「親方ー! 魔王様ー! 大丈夫ですかー!?」
瓦礫を慎重に避けて、工房の中に向けて呼びかけてみた。
——返事は聞こえない。
まあ、魔王様は大丈夫だろうけどね。
アホみたいに強いし。
***
寒風吹き抜ける廃墟に佇みながら、我は首を傾げた。
「ふむ……?」
衣服とは、ここまで盛大に吹き飛ぶものであったであろうか——?
***
ほんとの攻撃魔法として発動していたなら、この程度じゃ済まなかっただろうな……
さて、工房の中はどうなってるかな……あ、魔王様だ。
腕組んで、何やら考え込んでるみたいだ。
「あの、魔王様。大丈夫っすか?」
「む、そなたこそ大事ないか?」
ほらね、なんともないよ、この人。
魔力を暴発させるだけでも、普通は無事じゃ済まないんだけど。
「俺は大丈夫っす、親方は——」
そういって、辺りを見回すが、親方の姿が見えない。
まさか、瓦礫の下に……?
嫌な考えが頭をよぎる。
「う、ぅぅおぅ……」
奥の瓦礫から呻き声が——?
よく見れば、瓦礫から足が二本生えていた。
(親方の足——!)
俺はその瓦礫へと駆け寄った。
***
ヒヨシマル少年の様子を見ながら、我は思いを馳せる。
かつて衣服に袖を通した時、どうであった?
——我の脳裏に浮かぶ、幼き頃の記憶。
数々の切れ端が風に舞い、遠くへと消えていく幻像。
……それだけだ。
決してここまで周囲が吹き飛んだりはしなかった。
——どうなっておるのだ?
***
「親方!」
瓦礫に埋まった親方を掘り起こした。
「親方……なんて事に……」
親方は……無事じゃなかった……
「んぉ……おぉ、ヒヨシマルか……無事だったか」
親方が、意識を取り戻して起き上がった。
こちらを気遣ってくれることが、たまらなく居た堪れない。
「……どうした?」
親方がこちらを不思議そうに見てくる。
俺は無言で、割れずに残っていた姿見の鏡を親方に向けた。
「……」
親方が、動画で停止ボタンを押した時みたいに固まった。
「……なんじゃ、こりゃぁ!?」
鏡に映った自分の姿を見て、叫ぶ親方。
親方は、無事じゃなかった。
——頭が、無事じゃなかった。
「アフロヘアじゃとぉ!?」
頭の大きさが3倍ぐらいになってた。
どう見ても、元の髪の量と合ってない……なんで?
俺が首を傾げていると、親方がわなわなと、自分の頭を確かめる様に震える手を当てた。
実際に音はしなかったけど、俺の耳にはワッサワッサという擬音が響いていた。
ほんとに、どうしてこんなことに?
爆発したらアフロになるなんて。
なぜか、すごくしっくりくる……のは置いといて。
とにかく親方も大した怪我が無くてよかった。
***
そういえば——
我は今、大人であるな。
大人が幼き頃の感覚のまま、服に魔力を注げば——
工房が吹き飛ぶのは、むしろ当然であったな!
全く、考えてもおらなんだわ!
***
こう言っちゃなんだけど、ゴリラの獣人である親方に、アフロヘアはむしろベストマッチだと思った。
でも、ショックを受けてる親方に、「似合ってますよ」などとは口が裂けても言えなかった。
「さて、ヒヨシマル」
やっとショックから立ち直った親方が俺の方を振り返った。
「ここは一体どこだ?」
——訂正、かなり錯乱しているみたいだ。
「親方、しっかりして下さい、ここは工房っす」
「何を言っとる、わしの工房がこんな……こんな……」
親方が、震える手で床に落ちていた何かを拾い上げた。
それは親方のお気に入りのマグカップだった。
ついさっきまでコーヒーが入っていたそれは、埃にまみれ、ヒビが入っていた。
表情のなくなった親方が、取手部分を掴んでカップを持った。
まだコーヒーが入っているかのような仕草だった。
——パキッという音がした。
マグカップは親方の手に取手だけを残して床に落ち……割れた。
「わしの……工房が……わしの……」
「親方……気を確かに……」
アフロヘアよりさらにショックを受けた親方は、膝から崩れ落ちた。
とうとう呼びかけても反応しなくなってしまった。
ひたすらブツブツと呟いている。
何せ、大事な工房がこの有様だ。
「はぁ……どうすんだよ、これ……」
俺も頭を抱えてしまった。
弟子入りして1年程度とはいえ、この工房にはそれなりに思い入れってもんがあったんだ。
それが、こんなに壊れてしまうなんて……
それに……これからどうやって生活すればいいんだ?
工房を直すのにどれだけお金がかかるんだろう……
「二人とも、すまぬ……今、全てを直そう」
今まで何か考え込んでいた魔王様が、急にそんな事を言い出した。
「えっ? 直すって、こんなのどうしようも……あっ」
そうだ、魔王様は魔人類。
俺ら獣人類とは、魔法は魔法でも全く違う。
魔人類の魔法、それは——
「フゥゥ〜〜〜〜」
魔王様は深く呼吸をすると、右横を向いて右足の膝を軽く曲げた。
そして胴も右へと合わせた。
右腕を直角に曲げて、左手で右手首を掴むと——
「ぬんっ!」
魔王様が全身で力むと、その見事な筋肉が強調された。
その光景に見惚れる間もなく、魔王様から魔法の光が、幾つもの粒や筋となって立ち上った。
「すげぇ……」
「おお……わしの工房が……元に……」
魔王様が発する光に当てられた工房内がどんどん元に戻っていく。
天井が、壁が、ひっくり返った机が、その他の色々な道具類も、元の場所、元の形へと収まっていった。
光はどうやら外にも及んでいるらしい。
入り口の向こうに見える建物も直っていくのが見えた。
ゲンゾウさんの豆腐屋も、これで大丈夫だな。
「直っていく、これも……、おお、こっちも……」
親方も、すっかり生気を取り戻したみたいだ。
嬉しそうに、あちこち見回していた。
「良かったっす、これで明日からも仕事できるっす」
俺も心配事が綺麗さっぱり無くなった。
まあ、元は魔王様の暴発のせいなんだけど……
やがて、魔法の光が段々と弱まっていき——
「これでよし……うむ、全て元通りだな」
魔王様がポーズを解くと、魔法が完全に消えた。
一仕事終えて、魔王様は満足そうに頷いていた。
「魔王様……」
そんな、工房を直してくれた魔王様に、俺は——
「まだっす」
と、魔王様が忘れていることがあると告げた。
「む……?」
「まだ終わってないのが、一箇所あるっす」
そう言って、俺は視線を……
「私の頭は直してくださらんのですかな?」
にこやかな様で、その実儚げな親方の、見事なアフロヘアへと向けたのだった。
魔人類が使う魔法は、獣人類の魔法とは全く違う。
俺たちは、攻撃魔法だの回復魔法だのと、使い方や性質で種類分けする。
だけど魔人類の魔法は、一種類だけ。
魔人類は魔法を使う時、ただポーズをとるだけだ。
それだけで、何か“素敵”なことが起きる。
だから、魔人類たちはその魔法をこう呼ぶんだ——
——“素敵魔法”と。




