新たな王様
「そう、か。エクリーユは、こいつのそういうところに惚れたのか。リドディエは、俺とは違って、取り繕うのが上手いからなぁ……」
ムガルバイトはエクリーユから視線を逸らすと、無表情で少女の隣に佇むリドディエをじっと見つめた。
「ずっと、君が憎くて堪らなかった。その感情を、俺にはとてもかわいい妹がいるんだと流布することで、鎮めようとしたのは悪手だったみたいだね」
「ああ。君が立ち回り方を誤ったかたこそ、エクリーユは僕を選んだ」
「そんなふうに納得できれば、苦労はしないよ」
「そうだな。僕たちは同じだからこそ、言葉を交わしただけではわかり合えない」
「やるのかい?」
「それしか方法がないからな」
陛下は親友の挑発に受けて立つと静かに宣言する。
その後、流れるような動作で臨戦態勢に入った。
「俺はこの勝負に勝ち、エクリーユを取り戻す……!」
「彼女は渡さない。何があっても、絶対に」
2人はほぼ同時に腰元へつけた鞘から剣を取り出し、それを振るってぶつけ合う。
(最初の一振りは、互角のように見えたけれど……)
ムガルバイトは2度目の攻撃以降、手も足も出なくなってしまった。
なぜならば――どれほどリドディエの身体に剣をぶつけても、彼が傷つく様子は見られないからだ。
「な……っ。これは……っ」
「君の異能が、どれほど遠く離れた地にいたとしても最愛の人の姿を監視できると言う、戦闘には適さないものである時点で、剣を振るうまでもなく勝負は決している」
「まさか、これが君の異能だとでも言うのか……!?」
「どうだかな」
リドディエは答えを曖昧にはぐらかすと、ムガルバイトの首元へ剣の切っ先を突きつけた。
「命までは奪うつもりはない。今すぐに騎士たちへ、全面降伏を宣言しろ」
「嫌だと言ったら?」
「エクリーユの前で、もっと無様な姿を晒す羽目になるぞ」
「舐められたものだね……。その程度の脅しで、俺が全面降伏を宣言すると思っているなんて……」
漆黒の瞳の奥底に、怪しい光が輝いた。
エクリーユはその光景を目にして、はっと言葉を詰まらせる。
「君に負けを認めるくらいなら、俺はエクリーユの心に残る道を選ぶよ」
その瞳に宿る感情が何かを、悟ったからだ。
(止めなければ……!)
2人は本当の兄妹ではなかったが、長年家族として過ごしてきたのだ。
最後に取る行動は、似通うのかもしれない。
エクリーユは慌てて覚悟を決めたムガルバイトに制止の声をかける。
「俺の最愛。これから起こる光景を、しっかりと目に焼きつけて――」
「兄様、待っ……!」
しかし、間に合わない。
兄はあろうことか舌を噛み切り、自害を試みたのだ。
異変を察知したリドディエはすぐさま剣を放り投げ、彼の喉元に腕を突っ込む。
「リドディエ様……!」
勢いよく歯を立てられても、彼は悲鳴すら上げなかった。
「陛下! こちらを!」
「助かる」
エクリーユの悲痛な叫びを聞きつけた騎士の1人が、慌てて国王にタオルを差し出す。
彼はそれを自らの腕の代わりにムガルバイトの口へ突っ込むと、そのまま兄の両手足を馴れた手つきで拘束する。
その後、真っ青な顔で動けなくなっているイトゥクに声をかけた。
「こいつの代わりに、王になる覚悟はあるか」
第5王子はぶんぶんと首を振り、無言で王にはなりたくないと否定をした。
(イトゥク兄様は、誰がどうみても王の器ではないもの……。無理もないわ……)
大人しくて、引っ込み思案で、おどおどしている。
誰かに命令されずに自分から行動できることがあるとすれば、逃げるという選択肢くらいだ。
そんな状況では、他者をまとめ上げて指示を出すなど到底無理な話だった。
「この不毛な争いを止めるぞ」
「は、はい!」
イトゥクはリドディエの提案に賛同し、彼の隣に並び立つ。
そして――婚約者は崖下で戦う兵士たちに向けて、声を荒らげた。
「皆のもの! よく聞け! アティール王国の王、ムガルバイトはリドディエ・ルーレンベル厶が捕らえた!」
「アティール王国第5王子、イトゥク・アベティーラは王に代わり、全面降伏を宣言します……!」
啀み合っていた騎士たちはその叫び声を耳にして、剣を屠るのを止める。
その後、聞こえてくるのはアティール王国の騎士たちの口から語られた歓喜の声だった。
「え、エクリーユ……っ」
戦争の集結を見届けたイトゥクは、今にも倒れ伏してしまいそうなほどに緊張したまま、妹に声をかける。
「ご、ごめんなさい……! 僕が、もっと早くに勇気を出して、君を助けていれば……!」
「あなたからの謝罪は、受け取らないわ」
「ど、どうして……」
「もう二度とかかわらないでと、言ったはずよ」
「そ、それは……」
兄は何かを言いたそうにエクリーユを見ていたが、少女は続きなんて聞きたくなかった。
そんな婚約者の姿を目にした王は、騎士に命じた。
「彼らを、連れて行ってくれ」
「はっ」
こうして戦争は終結し、戦況を見渡すのに適した崖上には二人だけが残る。
「エクリーユ」
「リドディエ様!」
一仕事終えたリドディエを労うように、エクリーユは満面の笑みを浮かべて彼に飛びついた。
「とってもかっこよかったわ!」
まさかすべてを終えた第一声が、己を褒めたたえる言葉になるなど思っていなかったのだろう。
彼は不思議そうに紫色の瞳を細めたあと、口元を綻ばせた。
「なんてことをしてくれたんだと怒鳴られずに済んで、本当によかった……」
「私が? 喜ぶことはあっても、悲しむなんてあり得ないわ」
「エクリーユ」
「ありがとう。リドディエ様。大好きよ」
最初はたった1人で母国を滅ぼしたあと、自ら命を断つつもりだった。
しかし――それを彼に止められた少女は、リドディエに献身的な愛を注ぎ込まれたことで生きる希望が湧いてきた。
(私の、唯一無二……。最愛の人……)
エクリーユは彼の胸元に顔を埋め、思う存分リドディエのぬくもりを確かめ続けた。




