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あなたと一緒なら、何が起きても大丈夫

 ムガルバイトの先導によって行われた進軍は、イトゥクの全面降伏宣言によって中止。

 双方、兵士が数百人規模で怪我をしたくらいの被害で済んだらしい。


(ムガルバイト兄様は拘束したし、イトゥク兄様は王の器ではないもの……。あの国の人間が私たちにかかわることは、もうないでしょう……)


 エクリーユがそう、ほっと一息ついたのもつかの間。

 アティール王国では、大変なことが起きていたらしい。

 レべラゼム王国から撤退した兵士たちを待ち受けていたのは、王家のやり方に異論を唱えていたレジンスタンスだ。

 彼らは騎士たちを引き連れて戻ってきたイトゥクに牙を向く。

 彼らは地下牢に捕らえられていた王族たちにお灸を据えたのち、王政制度の廃止を高らかに宣言した。


(国民たちに是非を問う民主主義……。うまく行けばいいけれど……)


 自国に思い入れのないエクリーユには、興味関心をいだけぬ話だ。


(私が恨んでいたのは、家族だけ。国民たちには、なんの罪もないわ。彼らがなんの憂いもなく、今後も過ごせますように……)


 少女はアティール王国から遠く離れた地で人々の安寧を祈りながら、今日もリドディエの隣で穏やかな日々を送っている。


「ムガルバイト兄様とあの女は、これからどうなるの?」


「エクリーユが彼らに、どんな罰を与えたいかにもよるだろうな」


「私とリドディエ様の邪魔をしなければ、なんでもいいわ……」


「いいのか」


「ええ。なんだか、疲れてしまって……」


 エクリーユが家族に虐げられていたのは、過去のことだ。

 今は国民たちからも黒百合の君と崇められるようになったし、リドディエがそばでたくさんの愛を注ぎ込んでくれる。


「過去を悔やむより、今を楽しみたいと思ったの」


「それは、いいことだ」


「こうして気持ちを切り替えられたのは、リドディエ様のおかげよ」


「僕の?」


「ええ。あの時、あなたが私を連れ去ってくださらなかったら……。きっと、恐ろしい未来が待ち受けていたでしょうね」


 兄の策略に絡め取られ、真実を知らぬまま、ムガルバイトに溺れていた。

 そんな生活を脳裏に思い浮かべた少女は、ゾッとする。


「リドディエ様の婚約者になれて、本当によかったわ」


「本当に、僕でいいのか」


「もちろん。私は、あなたじゃないと駄目なの」


「そう、か……」


 彼はあまり嬉しくなさそうな反応をすると、紫色の瞳を苦しそうに細めた。


(どうしたのかしら……? なんだか、とても苦しそうだわ……)


 エクリーユはその反応に違和感を感じ、不安そうに問いかける。


「リドディエ様は、私ではなくてもいいの?」


「まさか!」


 しかし、どうやらそれはこちらの杞憂だったらしい。

 彼は紫の瞳を気まずそうに逸らすと、ゴニョゴニョと聞き取りづらい声でぽつりと呟く。


「僕も、同じ気持ちだ。しかし……。懸念材料があってだな……」


「そうなの?」


「ああ……」


 そうして彼が語ったのは、今さら聞くまでもないリドディエの秘密だった。


「僕は、君が思っているような男ではないんだ。少しでも気を抜くと、ムガルバイトのように狂気的な部分を出してしまいそうになる……」


「リドディエ様の新たな一面を知れるなんて、嬉しいわ」


「そんなふうに、喜んでもらえるようなものではないんだ」


 彼は呆れたように声を発するが、エクリーユは口元を綻ばせて告げる。


「あのね。そんなに、不安にならないで? あなたが私を受け入れると決めたように、私も陛下を生涯愛し続けると誓ったんですもの。だから、これからどんな恐ろしい姿を見せられたとしても、愛想を尽かすことはないわ」


「僕の異能を知っても、そう思ってもらえるといいんだが……」


「陛下の?」


「ああ。僕は、誰にも殺せない」


 どれほど心配無用だと口にしても彼が浮かない顔をし続ける理由は、どうやら彼の異能にあるらしい

 リドディエは、今まで少女に語ったことのない己の過去を口にし始めた。


「幼少期、何度か暗殺されかけた。兄は異能を発現する前に命を落とし、僕だけが生き残ってしまったんだ。その結果、人々から化け物呼ばわりされていた」


「リドディエ様が……?」


「君の境遇は、異能を発現できずに命を落とした兄と重なって見えてな……。助けたいと思った」


「そうだったの……」


 彼に兄がいたなど、初耳だ。

 エクリーユは悲しそうに眉を伏せたあと、ある疑問をいだく。


(どうして今さら、過去の話をする気になったのかしら……?)


 信頼の証だと喜ぶのは、早すぎる。

 少女は再び、婚約者の主張に耳を傾けた。


「僕の異能は、物理的な攻撃を防ぐ。シンボルツリーに強力な加護が付与され、傷一つつけられなかっただろう。あれとよく似た力だ」


 彼の異能は、攻撃魔法ではなかったらしい。

 何かを燃やすことしかできない自分にとって、リドディエの力は羨ましくもある。


「君が大木を炎ですべてを灰にした時、とても驚いた。あの木を燃やし尽くせるのなら……僕の命も、君なら葬り去れるかもしれないと……」


「リドディエ様も……私と同じだったの……?」


「ああ。君が死なせてほしいと窓から身を乗り出した時。咄嗟に止めたのは、置いていかれたくなかったからだ。結局僕も、君を利用している」


「そんなこと……」


「あの男と、一緒なんだ。そんな僕の本性を知っても、まだ好きで居続けてもらえるのだろうか」


 羨望の眼差しで彼の主張に耳を傾けていれば、リドディエは不安そうにこちらへ問いかけてきた。

 エクリーユは呆れたように肩を竦めたあと、はっきりとした口調で告げる。


「当たり前でしょう?」


「エクリーユ……」


「私は陛下が一体何を怖がっているのか、さっぱり理解できないわ……」


 アティール王国の第2王女は命を絶とうとしたところをリドディエに連れされた。

 その時からずっと、少女の心は彼に囚われたままだ。


「リドディエ様。あなたが今すぐに命を終えたいと願うのなら、あなたの命を奪えるのか試してみるけれど……。そういうわけでは、ないのよね?」


「ああ。今は、君と生きたい」


「そう。なら、問題ないわ」


 思いを通じ合わせた2人に、恐れるものなど何もない。

 口元を綻ばせた少女は、優しい声で告げる。


「これからも、ずっと一緒にいましょう」


「ありがとう、エクリーユ」


「どういたしまして」


 数々の困難を乗り越えた二人は、口元を綻ばせて笑い合う。


(リドディエ様と一緒なら、何が起きても大丈夫)


 エクリーユは最愛の人のぬくもりを堪能するように胸元へ顔を埋めると、多幸感につつまれながらゆっくりと目を閉じた。

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