真実
「僕は全身全霊をかけて、君を惚れさせる義務がある」
「まぁ。そんなことしなくたって、いいのに……。私はとっくの昔に、骨抜きよ?」
まさか己の口から、冗談めかしてそんな言葉が紡がれるなど思いもしなかったのだろう。
彼は驚愕で目を見開きながら、こちらを凝視した。
(そんな姿すらも愛おしくて仕方ないと思うあたり、重症ね……)
エクリーユはリドディエに対する愛を深めると、真紅の瞳を悲しそうに伏せながら謝罪の言葉を口にする。
「心配をかけて、ごめんなさい。1人で、考える時間が欲しかったの」
「気持ちの整理は、ついたか」
「ええ。もう、大丈夫よ」
――かつて、エクリーユにとってムガルバイトは世界のすべてだった。
彼と一緒にいれば、安全を脅かされなくて済む。
そう学習した少女は、まるで生まれたばかりの雛鳥が親に引っついて回るように、兄のことを第一に考えていた。
しかし、今は違う。
(たとえどんなに兄様が、私を欲していたとしても……。その手を取ることはないでしょう)
――王女の一番は、リドディエだ。
何があっても目の前にいる最愛の人だけを愛し続けると誓った少女は今は、真紅の瞳を優しく和らげた。
「そう、か」
だが、陛下の反応はどうにも芳しくない。
少女はなぜなのかと不思議に思いながら、問いかける。
「陛下? どうしたの……?」
「君に、言わなければならないことがあるんだ」
リドディエは苦悶の表情を浮かべると、紫色の瞳を苦しげに細めた。
(リドディエ様、すごくつらそうだわ……)
エクリーユは彼の憂いが少しでも早く薄れるようにと願いながら、続きを促す。
「何かしら……? 聞く準備は、いつでも出来ているわ」
「君もずっと、疑問に思っていたはずだ。兄妹がなぜ、婚約者になれたのか……」
彼の口から兄の秘密を聞けば、冷静ではいられなくなった。
「ムガルバイトは、実の兄ではない。先王の、忘れ形見だ」
エクリーユは最初、先王という単語が表すのは父親だと思っていた。
しかし、実のという単語が補足されたことにより、ようやく合点がいく。
(お父様よりも前の王……。つまり、王兄……)
父親の前に玉座に座っていた男性は、少女から見ると叔父に当たる人物だ。
彼が先王の息子なら、自分たちは従兄弟と言うことになる。
(それなら、結婚も問題ないわね……)
リシーロとムガルバイトの婚約は、禁断の恋でもなんでもなかった。
それにようやく気づいたエクリーユは、なんとも言えない気分でいっぱいになる。
「兄様はどうして私たちに、真実を伝えなかったのかしら……?」
「さぁな。それは、本人に聞いてみなければわからん」
リドディエは理解に苦しむと言わんばかりに眉を顰めると、エクリーユに問いかけた。
「驚かないんだな」
「ええ。兄様も、家族から距離を置いていたもの。あれはきっと、自分がよそ者だと知っていたからなのね」
今にして思えば、ムガルバイトは家族の中で浮いた存在だった。
エクリーユを虐げることに命をかける兄妹たちに苦言を呈することなく、己を守るような素振りを見せていた。
こちらが把握している限りでは悪態をつかれるくらいで、協調性のない彼のやり方に誰も疑問をいだくことなく黙認していたのは、そういうことなのだろう。
「リドディエ様はどうして、兄様の秘密を知っているの?」
「本人から聞いた」
「そう……」
エクリーユの疑問は尽きない。
ムガルバイトに対してはすでになんの未練もなかったが、これ幸いと少女は質問を繰り返す。
「どうして今、打ち明けてくださったの?」
「あの男の口から真実を告げられたら、エクリーユは動揺するだろう」
「そうね……」
「隙を見せて、奪い返されるのだけは避けたかった」
「私はリドディエ様のそばから、離れる気はないわよ?」
「ああ。わかっている」
不敵な笑みを浮かべた婚約者の姿を目にした国王もまた、優しく口元を綻ばせる。
「あの男と顔を合わせても、その気持ちが揺らぐことなく続くように願っている」
「そうね……。私はあなたにいだく愛が本物だと、もっとはっきりと伝える努力をしなければいけないようね」
「エクリーユ……?」
少女はいつまで経っても自分の気持ちが誰にも引き裂けない程に強固なものだと信じてもらえないことに苛立つ。
エクリーユは思い切って、彼の頬に触れるだけの口づけを落とした。
「私が好きなのは、リドディエ様よ」
「……疑って、すまなかった」
「わかればよろしい」
「そろそろ戻ろう」
「そうね」
エクリーユはムガルバイトがこの光景を見ていることを願い、ベタベタと最愛のリドディエへ纏わりつく。
(私たちの絆が引き裂けないほどに強いことを知らしめれば、きっと兄様は諦めてくださるはず……)
見当違いな思惑をいだいた結果、兄の狂気をさらに加速させる羽目になるなど気づくことなく――こうしてエクリーユは、陛下と幸せなひとときを過ごすのだった。




