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愛の共同作業

 新たなシンボルツリーを植えてから、2人の関係はより深まった。


「愛の共同作業でございますね」


 後々その様子を耳にしたテラマは、エクリーユに優しく微笑む。


「それって、いいこと?」


「もちろんです。姫様と陛下の手によって植えられた苗木は、やがて立派な大樹となるでしょう」


「そうだといいのだけれど……」


 乳母の話を耳にした少女は、どこか不安そうに遠くを見つめた。

 再び窓の外から天高くそびえ立つシンボルツリーが見えるように鳴るまでは、長い年月がかかるとよくわかっていたからだ。


(一瞬で植物を成長する力に目覚めていれば、よかったのに……)


 エクリーユはないものねだりをしながら、即座にその思いを打ち消した。


「1年に一度、陛下と成長の様子を見に行ってはいかがでしょうか?」


「もっと頻繁に、顔を出すべきではなくて?」


「小さな花々とは異なり、木々の成長は緩やかなのです。毎日のように広場へ顔を出すのも悪くはありませんが、姫様の安全を第一に考えるのならば、謹んだほうがよろしいかと」


「そう……」


 無能と呼ばれていた時代は、危害を加えてくる人間に対して抗う術を持たなかった。

 毎日気が休まる場所の確保すらも困難な状況であったが、今はようやく安全な場所で暮らせている。


(リドディエ様とテラマ、黒猫さんだけではなく……。王城で働く人々や、城下町で暮らす村人のみなさんは、私を暖かく迎い入れてくださったわ……)


 それがどれほど素晴らしいことであるのか――彼女は身をもって実感していた。


(リドディエ様を好きで居続ければ

 、このような生活が一生続くのね……)


 エクリーユは窓の外に咲き誇る黒百合の花に視線を向け、優しく口元を綻ばせる。


(あの場所に咲いていた白百合には申し訳ないことをしてしまったけれど……)


 あの花を見るたびに幸せな気持ちでいっぱいになれるのは、リドディエのおかげだ。


「なぁん?」


 少女は彼に対する好意を強め、寝台の上からぴょんっと窓サッシへ飛び乗り、こちらの様子をじっと窺う小動物を見捉える。


「そこは、危ないわ。私と一緒にいましょうね」

「にゃあ」


 黒猫は嬉しそうな鳴き声とともに、勢いよくエクリーユの胸元へ飛び込んだ。

 獣と戯れ始めた王女の姿を目にしたテラマも、その様子を微笑ましそうに見守っている。

 誰にも加害されることなく、穏やかで平和な時間――。


「そうだわ」


 何かに閃いた少女は小動物を抱きかかえたまま立ち上がった。


「今日は天気も天気もいいし、せっかくだからお散歩に行きましょうか」


「なぁん」


「姫様。せっかくですから、陛下へ会いに出かけてはいかがでしょうか。今であれば、花壇迷路で庭師と打ち合わせをしている時間ですので……」


「そうね」


 エクリーユは乳母の提案を受け入れ、寝室をあとにする。

 その結果――花壇迷路の入口へ辿り着く前に、己の安全が脅かされることになると気づくことなく……。


 *


「どうしてわたしの言うことが聞けないのよ!?」


 耳障りな金切り声を聞くのには、もう馴れてしまった。


(ついに、こんなところまで忍び込むようぬなってしまったのね……)


 エクリーユは非常識な妹の行動に呆れてものも言えぬまま、遠くからリシーロと騎士が言い争う声に耳を傾けた。


「陛下のご命令です。アティール王国の第3王女は、けして王城の中へ入れるな、と仰せつかっておりますので……」


「なら、ここにエクリーユを呼んで!」


「できません」


「なんで!?」


 リシーロはアティール王国の第3王女だ。

 家族にたくさんの愛を注がれて育った彼女は、自分の意志を拒絶される機会などほとんどなかったはずだ。

 妹はより一層声を荒らげ、騎士を怒鳴りつける。


「おかしいでしょ!? わたしはあの女を攻撃するためじゃない! 忠告しに来たの!」


「お帰りください」


「だったら、あんたでいいわ! エクリーユに……っ。姉様に伝えて!」


 冷たく拒絶する男性の態度に何を言っても無駄だと悟ったのか。

 彼女はエクリーユが思っても見ない行動に出た。


「ムガルバイトは、狂っているわ!」


 ずっと大嫌いだった。

 いつかこの手で、始末してやると本気で思っていた。

 そんな妹が、かつて信頼していた兄を――婚約者であるはずのムガルバイトを、非難したのだ。


(どういうこと? だって、この間は勝ち誇っていたじゃない。嫉妬しろって、あんなにも私に牙を向いて……)


 エクリーユは漏れ聞こえてきた会話から即座におかしなことが起きていると悟ったが、どうしてもその場から動けない。身体が硬直してしまったのだ。


「んなぁ……!」


 腕の中にいた黒猫は、まるで「しっかりして!」と少女を勇気づけるかのようにカリカリと胸元を引っ掻く。

 しかし、姉が我に返ってこの場から逃げ出すよりも、妹がこちらに気づくほうが早かった。


「姉様!」


「ひ、姫様! お逃げください!」


 門番は己の横を白髪の少女が通りすぎるのを確認してすぐさま声を荒らげたが、それが出来たら苦労はしていない。


「話を聞いて!」


「や、やめて……!」


「あの男は狂っているの!」


「離して……!」


 鬼の形相で縋りついてきた妹を突き飛ばそうとも、胸元には黒猫がいる。


(この手を払いのけたら、黒猫さんが……!)


 己の身は幼い頃、家族に何度も傷つけられてきた。

 今は自分の身を守ることよりも、陛下の使い魔の安全を最優先に考えるべきだ。


「異能を使って、姉様を監視しているのよ!」


 エクリーユが獣を包み込むように見を丸めると、妹は自分が聞いてもいない兄の話をし始めた。


「ムガルバイトは、すごく怒ってた……! 大好きな女が、自分以外の男に愛を囁いているんですもの! そんな光景を毎日のように見て、正常でいられるはずがない……!」


「な、何を言って……っ」


「あいつは、全部知ってる! あんたがここで、どんな暮らしをしているのか! 婚約者との会話まで、すべて……っ!」


 リシーロからムガルバイトが己のストーカーと化していると聞いた少女は、愕然とした。


「んにゃあ!」


 エクリーユが動きを止めた一瞬の隙をついた猫は姉の腕から抜け出て、妹に向かって鋭い爪を立てる。

 獣の攻撃を受けたリシーロは患部を抑え、小動物に牙を剥く。


「痛……っ。何するのよ! 私は今、姉様と話してるの! 邪魔しないで!」

「きゃん!?」


「猫さん……!」


 黒猫は勢いよく振り払われ、姉の胸元へ叩きつけられた。

 獣を抱き留めた少女は、怒りに打ち震える。


「この子は、陛下の使い魔よ!? いくら隣国の姫と言えども、傷つけていい理由にはならないわ……!」


「なんでもいいから、とにかく私の話を聞きなさい!」

「嫌よ!」


「はぁ!? 妹の言う事を聞くのは、姉として当然でしょう!?」


「うるさい!」


 騎士が見ている前で姉妹喧嘩を始めた2人は、このまま終わらない言い争いを続けるかに思われた。

 しかし、それは長くは続かなかった。

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