孤独な王様(ムガルバイト)
「エクリーユに、もっと俺を好きになってもらうためだ」
「な、何を言っているの……? あなたの婚約者は、この私よ! 王妃になるのだって……!」
当然、リシーロはその発言に腹を立てた。
己に相応しいのは自分だと声を荒らげる時点で、王妃にはふさわしくないとなぜ気づけないのだろうか?
エクリーユの髪色と同じ黒目に冷え冷えとした感情を宿した青年は、彼女を突き放すように言い放つ。
「この国の王は、君じゃない。この俺だ」
「な……っ」
その発言を受けた少女は、わなわなと唇を震わせる。
ようやく眼中にもないことを自覚したのだろう。
彼女は白百合の君と国民たちから謳われるほどに綺麗な白髪を振り乱し、声を荒らげた。
「最初から、私を利用するつもりだったのね……!」
「ああ、そうだよ。あの子を痛めつけようとしなければ、もう少しだけそばに置いてやってもよかったのに……。君の勝手な行動によって、俺の計画が全部台無しだ」
「酷い! わたしがせっかく、兄様を王にしてあげたのに!」
「俺は王になりたいなんて、言っていないよ」
ムガルバイトは最初から、王になるつもりはなかった。
長兄から順番に王座に就き、民の反感を買いながら私腹を肥やす兄たちの姿を最愛の妹とともに特等席で見る。
それが青年の理想とする生き方であった。
なのに――己の願望は、夢物語に成り果てた。
「ふん……っ。兄様も結局、アベティーラ王家の一員だったってことね!」
「ああ。そうかも知れない。俺は本心を隠すのが得意なんだ。君たちのような、馬鹿とは違ってね」
「なんですって……!?」
――我を失って激昂した時点で、彼女の負けだ。
ムガルバイトは己の膝上に妹がいるのをいいことに、手首へ異能制御装置を取りつける。
「嫌……っ。離して……!」
これで少女は、大した抵抗すらも出来ぬ口うるさい蠅に成り果てた。
感情の読み取れぬ漆黒の瞳を和らげた男は、歌うように死刑宣告を下す。
「リシーロ。君との婚約は、今日を持って破棄させてもらうよ。俺の最愛を傷つけようとした罪は重い。兄たちと一緒に、地下牢で苦しみ続けるといい」
ムガルバイトはそばに控えていた騎士たちを呼び寄せると、彼女を膝の上から退かすように命じた。
しかし――いくら異能を塞がれていたとしても、身の危険を感じたリシーロがただで全面降伏を宣言するわけがない。
「誰が、あんたの思い通りになるもんですか……!」
彼女は金色の瞳に憎悪を滲ませ、己の手首を掴む青年の指先に歯を立てた。
(こいつ……っ)
まさか獣のような攻撃手段を繰り出して来るなど、夢にも思わない。
激痛に耐えきれずリシーロから手を離した瞬間、待ってましたとばかりに白い髪を振り乱した少女が逃亡を図る。
「捕まえて」
「はっ」
ムガルバイトはすぐさま騎士に命じたが、逃げ足だけは早かったようだ。
結局、彼女が国王の前へ姿を見せることはなかった。
「あの女も、あいつも、俺の苛立つことしかしないな……」
玉座に座ったまま、ぽつりと呟く。
エクリーユに笑いかけていた頃に見せていた、優しい好青年の顔など微塵も感じられない。
漆黒の瞳は泥濘み、光が宿っていないように見える。
まさしく、死んだ目と称するにふさわしかった。
(俺のエクリーユ……。君はどうして、あんな奴を好きになってしまったの……?)
目を閉じる度に、最愛の妹が遠く離れた地で暮らす光景がリアルタイムで流れ込んでくる。
彼女は父親によって王城を追い出された乳母に支えられながら、あの男がいない時は黒猫と戯れ、穏やかな暮らしを営んでいた。
(エクリーユの望みながら、どんな願いでも叶えてあげたのに……)
ムガルバイトがどれほど妹を慈しみ、想いを募らせているか。
日々の生活を盗み見られていることすら知りもしないエクリーユが、わかるはずがなかった。
(ねぇ。君はどうして、そいつじゃなければいけないんだ?)
目を閉じればいつだって最愛の彼女の姿を観察できるのに、一方通行なのが歯がゆくて仕方がない。
『エクリーユ』
『リドディエ様!』
真紅の瞳を優しく和らげて微笑み、嬉しそうに彼女から飛びつかれる男は、自分だけのはずだった。
なのに――今ではその座は、親友に奪われてしまった。
(あんな奴に、エクリーユの可愛さを流布なんてしなければよかった……!)
どれほど後悔したところで、過去は変えられない。
ムガルバイトが最愛の妹と笑い合う日を現実のものとするためには、再び彼女を奪い返すしかなかった。
(どんな手を使ってでも、必ず手に入れてみせる)
青年は漆黒の瞳に確かな決意を宿した。
そんな国王の元へ、おどおどと挙動不審な歩き方の男性が姿を見せる。
「に、兄さん……っ」
イトゥクはいつも一緒にいるリシーロの姿が見当たらないのを、不思議がっているらしい。
キョロキョロと視線をさまよわせ、首を傾げていた。
(俺が自由に使える駒は、それほど多くはない……)
家族の中でエクリーユの次に権力を持たぬ男は従順で、意思を持たぬ人形のように見えるが――その内面はやはり父親によく似て強情でずる賢い。
(こいつの本性を暴く時間すら惜しい。早く、準備を進めないと……)
彼は運がいい。
恐らく、自分よりも長生きするだろう。
そんな予感をいだきながら、ムガルバイトは漆黒の瞳に仄暗い感情を宿して告げた。
「隣国との和平条約を、正式に破棄する」
「ええっ!? 兄、さん……! そ、それは……!」
「再び手を取り合いたいなら、エクリーユを返せと伝えて。出来ないと言われたら――戦争だ」
己の身勝手な欲望を叶えるために、どれほどの血が流れようとも関係がない。
(どうせ、この国はいずれ滅びるんだ)
祖父の時代から今日に至るまで、王族は私利私欲を満たすために国民たちを締めつけすぎた。
その結果、王家の血は1人残らず根絶やしにするべきだという苛烈な思想の元、レジスタンスが結成されつつある。
(その前に、王としてあの男に戦いを挑み、エクリーユを取り戻す。その後、王座をイトゥクに譲り渡せばいい。俺はあの子と片田舎に引っ込んで、静かな余生を過ごすんだ)
ムガルバイトの理想は最愛の妹とともに誰にも邪魔されずに、2人の世界を築き上げることだった。
(リドディエ……。あいつだけは、絶対に許さない……!)
ムガルバイトにとって、エクリーユは世界のすべて。
この世で一番慈しむべき、最愛の妹なのだから――。




