兄の策略(ムガルバイト)
(どうしていつも、俺の思い通りにならないんだろう)
アティール王国の新たな王となった第4王子、ムガルバイト・アベティーラは玉座に座り、心の中で深い溜息を落とす。
その後、己の膝上に腰かけて胸元に頬を寄せる妹を叱咤した。
「俺に黙って、なんてことをしてくれたんだ」
「なんの話?」
「とぼけないでくれる? わざわざ隣国まで出向き、公衆の面前でエクリーユに喧嘩を売ったまではいい。だけど……。その強さに圧倒され、ノコノコと逃げ帰って来たんだろう?」
口元だけを綻ばせて事実を口ずさめば、彼女はさっと表情を青ざめさせた。まるで現場で直接目撃していたかのように語ったため、肝が冷えたのだろう。
(この程度で怯えるくらいなら、あの子に手を出さなきゃいいのに……)
リシーロには、猪突猛進で天真爛漫なところしか取り柄がない。
己の実力とリスクを天秤にかけて深く思考を繰り返した結果、ただ虐げられ続けることしかできなかった最愛の妹とは何もかもが違う。
(なんでこんな奴が、俺の婚約者を名乗っているんだろう……)
想定外なことを上げたら、キリがなかった。
(途中まで、俺の作戦は完璧だったはずだ)
エクリーユを孤立させ、味方は自分だけだと嘘ぶく。
ちょっと甘い顔で味方のふりをしてやれば、彼女はすぐさま心を開いてくれた。
(俺の大好きで、大切な、最愛の妹……)
もっと苦しんで、依存し、エクリーユが受けた痛みを理解してくれるのは兄だけだと植えつけておけば――エクリーユはムガルバイトだけのものになる。
(もう少しで、俺のものになったのに……)
無能と家族から蔑まれていたはずの少女は怒りの感情を炎に変換し、異能に目覚めて反旗を翻した。
その混乱に乗じて、思わぬ行動に出た2人の男女がいた。
女の名は、リシーロ。
アティール王国の第3王女で、己の秘密を知っていると語る性悪女だ。
彼女は異能に目覚めた最愛の姉を前にして驚くムガルバイトの腕に絡みつき、エクリーユに絶望を与えた。
(あの時、この女を突き飛ばしていれば……)
優しい兄が、妹を痛めつけるわけがない。
最愛の少女に好かれたい一心で八方美人な振る舞いをした結果、次に虎視眈々とエクリーユを狙っていたムガルバイトの親友が行動する。
男の名は、リドディエ。
隣国を治める王であり、己が優越感に浸るために散々最愛の妹の話を言い聞かせてきた道具のような存在だった。
彼はエクリーユを抱き留め、そのまま転移魔法を使って彼女を連れ去ってしまう。
なんの打ち合わせもなく、息のぴったりと合った奇跡の連携プレーをお見舞いしてきた奴らのせいで、ムガルバイトはいつの間にか、王に仕立て上げられてしまった。
(俺の計画が成功していれば、今頃……。エクリーユは自分だけに、笑いかけてくれたのに……)
今ではその権利は、彼女の婚約者を名乗るリドディエに奪われている。
『リドディエ様』
最愛の妹が親友の名前を呼ぶ姿は、何度目にしても腸が煮えくり返るほど不愉快で仕方がない。
『ムガルバイト兄様』
いつも自身がなくて、鬱々とした真紅の瞳が――自分の前だけでは和らぐ。
そんな優越感に浸っていた己にとって、この状況は屈辱以外の何者でもなかった。
(性悪女の我儘に付き合うのは、もう終わりにしよう)
ムガルバイトは勝手に婚約者を名乗り、自分との結婚を目論む女と縁を切るために行動を開始する。
「な、なんで、知って……!」
「エクリーユと俺は、運命の赤い糸で結ばれているからね。あの子が経験したことは、全て知っているんだ」
「意味わかんない……!」
ただでさえ姉に負けて、屈辱的な気分を味わっている最中だ。
そんな中、最愛の人が大嫌いな人間に好意をいだいている素振りを見せたのだ。
彼女が混乱するのも、無理はない。
(爪が甘いね。君が聡明な女性であれば、俺も心変わりしていたかもしれないのに……)
ムガルバイトにとってリシーロという存在は、最愛の妹を傷つけた悪女だ。恋愛感情をいだくなど、あり得ない。
(己の美貌だけでどうにかなると思われるなんて、舐められたものだ……)
完膚無きまでに叩きのめさなければ、後々面倒なことになる。
そう確信した王は、容赦なくリシーロを追い込んでいく。
「あの子を傷つけた君を、俺がなぜそばにおいたと思う?」
「え……? あの女よりもわたしが魅力的で、あなたの妻に相応しい存在だからでしょ?」
彼女は悪びれもなく、あっけらかんと言い放つ。
(凄い自信だな……)
リシーロは自分が優れた存在だと、本気で思っているのだ。
だからこそ、他人の迷惑を顧みずに立ち回れる。
(王家の血が、無せる技なのかな……)
思えば、イトゥク以外の兄妹には大なり小なりそういうところがあった。
傲慢で、弱いものを虐げることでしか己の優位さを証明できない。
(イトゥクだって、そうだ。エクリーユがいなければ自分が最底辺という自覚があるから、大人しいけど……。兄に加害される危険がないと悟れば、本性が露わになる)
ムガルバイトはエクリーユが生まれるまで、彼らに対して強い疎外感をいだいていた。
しかし――今では、異物でよかったと心の中から強く思う。
(同じ母親の腹から生まれた兄妹なら、恋愛感情すらいだくことも許されなかったわけだしね……)
そのせいでリシーロという邪魔な妹に夢を見せてしまったが、それはうまくこの場で決別できればどうとでもなる。
(さぁ。邪魔者を社会的に、抹殺しよう)
ムガルバイトは口元の微笑みを深め、己の目的を悪びれもなく打ち明けた。




