姉妹喧嘩
「どういうことよ!? シンボルツリーが倒れて困ってると思って、駆けつけてやったのに! 撤去されたなんて、聞いてないわ!」
2人が広場へ訪れると、そこでは妹が王女とは思えぬガラの悪さで大騒ぎしていた。
(アティール王国の品位が疑われるから、止めてほしいのだけれど……)
鬼の形相で白髪を振り回す姿は、白百合の君などという仰々しい異名で呼ばれているとは思えぬほどに野蛮で知性の欠片もない。
エクリーユは彼と繋いだ指先に力を込めると、リドディエが買い与えてくれた異国情緒溢れる長い袖口を揺らし、大嫌いな女と対峙した。
「残念だけれど、ここでの騒ぎはすべて私が収めたわ。喚き散らす暇があるのなら、さっさと帰ってくださる?」
まさかこの場に姉がやってくるなど、想像もしていなかったのだろう。
妹はエクリーユの姿を見捉えた瞬間、声を荒らげた。
「な……っ。何よ……! その意味分かんない格好は……! なんでドレスじゃないの!?」
「陛下が私に、プレゼントしてくださったのよ」
胸を張り勝ち誇った少女の笑みを見た彼女は、衣服に白百合とは真逆のモチーフが描かれていることに気づいて鼻で笑い飛ばした。
「は……っ。黒百合をモチーフにするとか……。わたしに喧嘩を売ってるの?」
「ええ」
「言うように、なったじゃない……!」
エクリーユは異能に目覚めるまで、妹に怯えることしかできないか弱い少女だった。
そんな姉がしっかりと頷くなど思いもしなかったようで、額に脂汗を滲ませたリシーロはさっそく姉を罵る。
「その格好、似合ってないわよ! あんたには、ボロ雑巾がお似合いだってこと……! この場で証明してあげる!」
話し合いでの解決よりも力で屈服させることに慣れ親しんでいるリシーロは、当然のように異能を発現させる。
ここはどんな悪行を起こしたとしても、見て見ぬふりしかしない使用人たちが過ごす王城ではなく、公共の場だ。
隣国の民たちに自分の清廉潔白な姿からは想像もつかないほど残虐な姿を見せてもいいと思っているからこその行動だろう。
(その油断が命取りになると考えられぬほど、脳みそが空っぽだともっと早く気づけていたなら……私は怯えずに済んだのかしら……?)
エクリーユは己の身に迫る植物すべてを燃やし尽くすと、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「くすっ」
まるで、「もう終わり?」とでも言わんばかりに――。
それをリシーロは、挑発と受け取った。
彼女はわなわなと全身を震わせ、怒り狂う。
「馬鹿にしてんの!? 無能のくせに!」
聞き捨てならない言葉が聞こえる。
エクリーユは真紅の瞳に怒りの炎を滲ませ、リシーロを睨みつける。
「私はもう、無能ではないわ。あなたと同じ、異能力に目覚めた王族」
己の身に炎を纏わせた少女は、声高らかに宣言した。
「そして今は――リドディエ様の、妻になる女よ……!」
「な……っ!?」
その言葉を耳にした妹は、露骨に驚いた顔をする。
まさか自分が、ムガルバイト以外の異性に信頼を寄せるなど思いもしなかったのだろう。
「あんたは、ムガルバイト兄様が好きだったんでしょ!?」
「そうね。信頼していたわ」
「だったらなんで、そんな男の妻になるの!? わたしを羨んで、妬んで、奪い取ろうとするのが当然でしょ!?」
彼女の主張を聞いたエクリーユは、不思議そうにこてりと小首を傾げる。
「何を言っているの?」
「え……?」
「あなたが私と兄様の仲を、引き裂いたのでしょう?」
まさかそんなことを言われるなど、思いもしなかった。
そんな愕然とした表情で絶句する今が好機だ。
エクリーユは畳みかけるように、吐き捨てた。
「他人の物を奪う趣味はないわ」
姉から軽蔑の眼差しを受けた妹が、黙っていられるはずがない。
彼女は信じられない気持ちでいっぱいになりながら、声を震わせた。
「な、なんで……? 大好きで大切な兄と自分の妹が、いつの間にか恋仲になってたんだよ? もっと疑問を感じ、嫉妬するのが普通でしょ!?」
「残念だけれど、私は普通がよくわからないの。ごめんなさいね?」
「謝って済むような問題じゃ……!」
「あなたたちが、私から普通を学ぶ権利を奪ったのよ」
どれほど言葉を重ねても、エクリーユはリシーロの思い通りに行動するつもりなどなかった。
今までが、異常だったのだ。
それをわからせるために、姉は妹に厳しい発言をし続ける。
「落胤だと勝手に疑い、無能扱いして、先に生まれた私を敬うどころか虐げた。思い通りにならないからって、私を責めるのは止めてくださる? 不愉快だわ」
「無能のくせに……! 生意気な口を聞いてんじゃないわよ!」
しかし、リシーロは姉に謝罪をするどころか逆上した。
エクリーユは呆れたように肩を竦め、ぽつりと呟いた。
「話にならないわね……」
「せっかくわたしと兄様が、婚約者になれた秘密を教えてあげようと思ったのに! もう、知らない!」
このまま会話を続けたところで、埒が明かないと悟ったのだろう。
妹は攻撃の手を緩め、そそくさと尻尾を巻いて逃げ出した。
(小物ね……。リドディエ様の手を借りるまでもなかったわ)
リシーロの去りゆく姿を見送った少女はようやく肩の荷を下ろすと、こちらの様子を不安そうに窺うリドディエに微笑みかけた。
「リドディエ様! 私、1人であの女を撃退出来たわ!」
「ああ……」
第2王女が喜びを最愛の人と共有したくて明るい声を発しても、彼の反応はどうにも芳しくない。
少女は笑みを浮かべるのを止めると、不安そうに小首を傾げた。
「陛下? 嬉しくない……?」
「いや……。君の頑張りは、素晴らしいことだ。祝うべきだとわかっているのだが……」
「私、リドディエ様の気に障るようなことをしたかしら……?」
「頼ってもらえなかったことが、悔しくてな……」
彼はどうやら、1人で果敢に妹へ立ち向かったリシーロの立派な姿を目にするより、手を取り合って彼女を撃退したかったらしい。
エクリーユはそれは無理な相談だと言うように、ぽつりと呟く。
「これは私と、あの女の問題ですもの。関係のないあなたは巻き込めないわ」
「では、リベンジをさせてもらえるか」
「誰に?」
「あの男と対峙する時は、僕も一緒に戦わせてほしい」
リドディエがそう称する異性は、1人しかいない。
エクリーユは即座にそれが誰かを悟ると、しっかりと頷いた。
「ええ。わかったわ。力を合わせて、ギャフンと言わせてやりましょう!」
大嫌いな妹を退けた姉は再び元気いっぱいな様子で、満面の笑みを浮かべる。
その姿を目にしたリドディエもまた優しく口元を綻ばせ、2人の間には穏やかな時間が流れた。
「せっかく広場に来たんだ。新たなシンボルツリーの苗木を植えよう」
「種から、育てないの?」
「無事に発芽し、立派に成長するとは限らないからな」
「そう……」
リドディエの合図を受けた騎士が即座に連携を取り、小さな植木鉢を胸元に抱きかかえてやってきた。
彼はそれを手にすると、乱雑な動作で苗木を鉢から引っこ抜く。
「エクリーユ。これを」
陛下が自分に差し出したのは、小さなスコップだった。彼は大きな穴が空いた場所に苗木をぽんっと起き、手を払ってジェスチャーを始める。
(この道具を使って横に積み重なった土を掬い取り、穴を埋めればいいのね!)
エクリーユは長い裾をグルグルと腕に巻きつける。
その後身に纏っている衣服が汚れないように最大限の注意を払い、スコップを使って土を被せた。
「へ、陛下! 自ら行わなくとも……!」
「いいんだ。やらせてくれ」
「しかし……!」
「もう終わる」
空の植木鉢を手にしていた騎士は土いじりを始めた2人を止めるため、素っ頓狂な声を上げた。
しかし、リドディエは言い争っている間に終わる簡単な作業の一点張りで、婚約者と力を合わせて苗木を埋めてしまう。
「できたわ!」
「ああ。あとは、成長するのを待つだけだな」
「ええ……」
今は小さな苗木だが、何百年という長い時間をかけて、立派な枝葉を茂らせるシンボルツリーとして成長していくはずだ。
(この子が何事もなく、ここで育ちますように)
エクリーユはそんな願いを込めると、リドディエとともに立ち上がった。
「苦労をかけたな」
「い、いえ……!」
王族自ら土いじりをすることに難色を示していた騎士は、ブンブンと顔を左右に振りながら二本のスコップを受け取る。それを空の植木鉢に収納し、頭を下げて姿を消した。
「手の汚れを落として、城に戻ろう」
「そうね」
エクリーユは、シンボルツリーの前から広場を見渡す。
先程までここで妹が大暴れしていたのが嘘のように、心が凪いでいる。
(土いじりには、セラピー効果があるのかしら……?)
そんな考えに思い至った少女は、それを確かめるべく指先に付着した土を弄ぶ。しかし、気分は晴れなかった。
「どうした」
婚約者がいつまで経っても歩みを進めないことに気づいたのだろう。
陛下が不思議そうに、こちらを見つめている。
それが何よりも嬉しくて、堪らなかった。
(あの女にいだく憎悪よりも、陛下と一緒に過ごした時間のほうが楽しいと思えるから、私はこんなにも心穏やかな気持ちでいられるのね……)
エクリーユは左右に首を振ってなんでもないとアピールすると、口元を綻ばせて彼に告げる。
「今、私が幸せでいられるのは――あの日、リドディエ様に攫ってもらったおかげよ! 本当にありがとう!」
なんの前触れもなく、お礼を言われたのだ。
リドディエにとっては寝耳に水の話だったのだろう。
最初は呆けていたが、時間が経つに連れてようやくこちらが伝えたいことを理解したらしい。
「こちらこそ。僕を敵視することなく、受け入れてくれた。感慨な心を持つエクリーユには、感謝してもしきれん……」
彼もまた、紫色の瞳を優しく綻ばせて喜びを噛みしめる。
(手が汚れているのが、残念でならないわ……)
陛下に今すぐ抱きつきたい衝動に駆られても、それを実現することは叶わない。
彼の高級な衣服を汚すわけにはいかないからだ。
(手を洗ったら、思う存分。リドディエ様と、触れ合いましょう)
人知れず心に誓った少女は、水場に向かって走り出した。




