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紅蓮の姫君

「なんてこと……」


 リドディエに抱き上げられたまま現場にやってきたエクリーユは、惨状を前にして絶句する。

 天高くそびえ立っていたシンボルツリーが、広場と居住区を寸断するように倒れ伏しているのだ。


 婚約者を抱きかかえたまま歩みを止めたリドディエは、周りの騎士たちに声をかけた。


「怪我人は」


「倒木まで時間がありましたので、今のところ被害の報告は受けておりません!」

「地面が抉れたくらいか……」


「それが……。1つ、問題がございまして……」


「なんだ」


「こちらをご覧ください」


 陛下に報告をした騎士は、腰元の鞘から剣を引き抜く。

 その後、それを勢いよく倒れ伏した幹に振りかぶる。

 しかし――カツン、と甲高い音とともに刃が真っ二つに折れ、くるくると宙を飛び回る。


(あれがもし、人に当たったら……!)


 危機を悟ったエクリーユは、右手を恐ろしい速さで回転する鈍色の凶器に向かって伸ばす。

 その後、強く念じた。


(灰になりなさい)


 少女の命により、細い指先から紅蓮の炎が渦を巻く。それらは落下してくる破片を包み込んだあと、燃えて灰となる。


「おお……」


「今のは、異能?」


「王族よ!」


「陛下の隣にいらっしゃる、異国情緒溢れる衣服に身を纏った殿下は、一体……」


「馬鹿っ。知らねぇのか!? アティール王国の第2王女だよ!」


「えっ。あの!?」


 その光景を遠巻きに目撃していた国民たちから、歓声が上がった。

 リドディエはそんな下々の様子など気にならないようで、近くにいた騎士へ問いかけた。


「異能か」


「ええ。物理的な攻撃が、無効化される効果が付与されているようです」


「解除には、術者と同等かそれ以上の異能を持つ王族が必要だな」


「陛下のお力添えを頂きたく……」


「ふむ……」


 彼は口元に手を当てて考える素振りを行ったあと、倒れ伏した木の切り口に注目する。


「木の根元が、腐敗しているな」


「はい。どうやら犯人は、2人組のようです」


 エクリーユの脳内には、嫌な光景が浮かんでは消えていく。


(イトゥク兄様の異能って……)


 物理攻撃の無効化に心当たりはないが、腐敗の異能を持つ兄のことはよく知っている。


『イトゥクの異能は、本当に使えねぇからな~。どんなものでも腐敗させられる力とか、使えるところが限られているだろ』


『蘇らせられる力であれば、利用価値があったんだが……』


『無能が生まれてくれたおかげで、命拾いしたな?』


 エクリーユはワンスとフォセティの会話を思い出しながら、つい最近イトゥクがこの国にやってきた時の姿を脳裏に思い浮かべる。


(あの時、この木に異能を発動させたのね……)


 リドディエとこの木を一緒に見た時に感じた違和感は、正しかったのだ。


(もっと早く、異変を陛下へ報告していれば……)


 少女は気のせいかもしれないと勝手に判断して、自分の中だけに留めておいたことをひどく後悔した。


(王族がどんな異能を持っているかを触れ回るのは、重罪だわ……)


 シンボルツリーに起きた異変をひと目見ようと、この広場にはたくさんの人が集まっている。


 いくら相手が大嫌いな人間であったとしても――己が口を滑らせた結果悲劇が起き、こちらのせいにされては堪らない。

 エクリーユは彼と2人きりになってから報告しようと考え、地面に根ざしたまま腐敗してしまった切り株のほうをじっと見つめた。


(ここにいるのが私ではなく、妹なら……)


 リシーロは、植物を使役する異能を持っている。

 彼女であれば、きっとこの大木を元の場所に戻すように働きかけることが出来ただろう。


 しかし、ここにいるのはエクリーユだ。

 憎しみの感情によって炎を増強させるしか脳のない、無能ではなくなったけれど有能とは言えぬ存在。

 それが自分だった。


「エクリーユ。力を貸してくれないか」


「私の……?」


「ああ。君の炎は、すべてを燃やし尽くす地獄の業火だ。倒れ伏した邪魔な木も、灰にできるかもしれん」


 リドディエの提案を受けた少女は、彼に頼ってもらえたのが嬉しいと思うと同時に、本当にこの木を跡形もなく燃やしてしまっていいのかという疑問をいだきながら、難色を示す。


「この国の、シンボルツリーなのよね……? 元に戻したほうが……」


「根元から腐敗している以上、接ぎ木をしたところでうまくは育たないだろう。ここには、新たな木を植える。今は、一刻も早くこれを処分したい」


「私、が……」


 妹ならば元に戻せる。

 だが、姉である自分は灰にしか出来ない。

 しかし、リドディエがそれを望んでいるのならば――迷う暇などなく、今すぐに行動するべきだ。


「わかったわ」


 エクリーユは小さく頷くと、地面の上に下ろしてもらう。


 ――大きく息を吸って、吐いて。


 気持ちを整えてから、右から左に向かって左右に手を振った。


「木の周りから、距離を取れ」


「はい!」


 陛下の命令を受けた騎士たちは、広場に集まっていた住民たちに声をかけて倒木から遠ざけた。


(これだけ距離を取ってもらえれば、誰かを巻き込む心配はないわね……)


 エクリーユは両手を広げ、己の身に炎を纏わせる。

 そして――勢いよくそれをシンボルツリーに向けて放つ。


「うぉおお! すげぇ! 御神木が炎に包まれていくぞ!」


「さすがは王族だ!」


「なんて美しい光景だろうか……!」


 至る所で、再び歓声が上がる。

 しかし、エクリーユの心が晴れることはない。


(灰にならないわ……)


 物理的な攻撃が無効化される異能は、かなり強力なものだったからだ。


(もっと、炎の勢いを強めなければ……)


 ――そのためには、強い憎悪をいだく必要がある。


 少女は家族に対する怒りを再燃させ、どうにか倒れ伏した大木を燃やし尽くそうと試みた。


(私よりもあとから生まれたくせに。白百合の君と呼ばれ、国民たちに愛されるリシーロ……)


 真っ先に思い浮かべたのは、大嫌いな妹だ。

 彼女と生まれる順番が逆なら、こんな感情をいだかずに済んだかもしれないが――。

 エクリーユが長女としてこの世に生を受けたせいで、悲劇は始まった。


(誰に命令されたのかはわからないけれど、リドディエ様へ会いに来て、こんな置き土産を残していったイトゥク兄様……)


 続いて、シンボルツリーを己の異能で腐敗させた第四王子に恨みを募らせる。

 彼が「嫌だ」と一言拒否すれば、エクリーユがこうして異能を発動することはなかったからだ。


(妹を婚約者に据えたムガルバイト兄様も……。みんな、大嫌い……!)


 少女の憎悪は炎の勢いを強め、いつまで経っても延焼する様子のない倒木を塵へと変える。


(もっと……っ!)


 エクリーユはリドディエの役に立つため、必死に異能を使い続ける。


(苦しい。つらい。もう止めたいなんて態度は、見せられないわ……!)


 彼はこちらが弱った姿を見せれば、「もうやめろ」と静止するはずだ。


(中途半端だけは、絶対に嫌……!)


 ゆっくり時間をかけてなど、冗談ではない。

 倒れ伏した木を一瞬で亡き者にしてこそ、自分の価値をアピールできる。


 ――だからエクリーユは、どんな苦しくても歯を食いしばり、炎の勢いを強め、必死に異能がかけられた倒木すべてを燃やし尽くそうと力を振るう。

 そして――。

 15分ほどかけ、ようやく全ての木を亡き者にしたのだった。


「凄い……!」


「軌跡が起きたぞ!」


「紅蓮の姫君……!」


「いや……。漆黒の髪と、異国情緒溢れる衣服を着こなす姿はまさしく、黒百合の君と呼ぶに相応しい……!」


 ずっと妹が白百合の君と呼ばれることに対して羨んでいたエクリーユにとって、彼らの反応はずっと待ち望んでいたものだった。


(ようやく自分にも、2つ名が出来たのね……)


 長年の夢がようやく叶ったと同時にリドディエの役に立てたと思ったら、ほっとして気が抜けてしまったのか。

 それとも、異能の使いすぎか――。

 少女は炎を消失させた直後、その場にかくんと力なく崩れ落ちる。


「エクリーユ!」


 しかし、細い身体が地面に倒れ伏す前に、そばにいた彼が抱き留めてくれた。

 そのおかげでどうにか難を逃れた王女は、暖かなぬくもりに包まれながら赤い瞳を細める。


「ごめんなさい……。陛下に、ご迷惑を……」


「謝らないでくれ。君は、よくやってくれた」


 苦しそうに言葉を発するエクリーユに、彼は優しい言葉をかけてくれる。

 それが何よりも嬉しくて――。


「ありがとう。国民を代表して、礼を言う」


「こちらこそ……。このような大役を任せてくれて、本当に……」


 少女はお礼を言おうとしたが、その言葉は最後まで声にならなかった。

 視界が白む。

 異能を使いすぎて、意識を保っているのがやっとだったかたらだ。


「あれほど強大な異能を使ったんだ。疲れただろう」


「大丈夫よ……」


「無理をするな。もう、充分だ」


 エクリーユは彼の負担になりたくないと必死に平気なふりをしたが、陛下には自分が無理をしているとひと目でわかったらしい。


「あとは頼む」


「はっ」


 リドディエは顔見知りの騎士に一声かけると、再び最愛の婚約者を抱き上げる。

 その後、ゆったりとした足取りで王家の馬車へ乗り込んだのだった。

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