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緊急事態

「お願い……っ。もう……!」


「それだけは、無理だ」


「なんでも叶えるって、言ったじゃない……!」


「それは君が、息をしている場合のみに限られる」


「私はこの苦しみに、耐えられない……っ!」


 半狂乱に陥った少女は、再び命を絶とうと試みた。

 しかしリドディエから羽交い締めにされて、止められてしまう。

 真紅の瞳からは、涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。


「どうして……。悪いことをした人が、幸せになれるの……?」


「それは他者から、幸福になる権利を奪い取っているせいだ」


「兄様とあの女が結ばれたなんて、聞きたくなかった……! 2人の関係を知らなければ、私だってリドディエ様と……!」


 やっと自らを虐げる最低最悪の家族の元から離れられた。


 自分だけに愛を注いでくれる最愛の人に巡り会えたと喜んでも、遠く離れた地から彼らは己に呪いをかけてくる。

 まるで、エクリーユだけが幸せになるのは許さないと言わんばかりに――。


「あのたちが、いないところで生きたい……。やっと、離れられたのに……。こんなふうに傷つく私は、大嫌い……!」


 自己嫌悪に陥った少女は、そう言ったきり泣き崩れてしまう。

 第2王女にはもう、自害する気力すらも残されていなかった。


「君が現実から目を背けたいと願うなら、目と耳を塞いでやる」


 衰弱しきった婚約者の姿を目にしたリドディエは、真っ先に少女の両目を大きな手で塞いだ。


「あの国の話が二度と君の耳に入らないよう、国民たちに徹底しよう」


 その手が己の耳に触れる前に、少女は左右に首を振る。

 その後、切羽詰まったように声を荒らげた。


「違うの……っ。私は、リドディエ様や国民たちに迷惑をかけたいわけじゃ……!」


「これくらいは、させてくれ」


 彼の好意を拒む第2王女に、リドディエは優しく口元を綻ばせて告げる。


「あんな奴らを思って泣くなど、もったいない……」


 彼は頬を伝ってこぼれ落ちた涙を唇で掬い取ったあと、心配そうに眉を顰めた。


(そんな顔をさせたくなかったから、消えようと思ったのに……)


 エクリーユの行動は、いつだって中途半端だ。

 ある程度のところまではうまくいったとしても、詰めが甘くて計画を完遂しきれない。

 少女は反省した様子で、悲しげに目を伏せた。


「ごめんなさい……」


「それは、何に対しての謝罪だ」


「私はいつも、陛下を苦しめているでしょう……?」


「僕が不快感をいだいているのは、君ではなく……。エクリーユを悲しませた、あいつらに対してだ」


 彼は自分が謝罪をする必要はないのだと語ると、自国の王族に対する恨みを募らせる。


「あの国は誰が治めたとしても、いずれ滅びる。それが、早いか遅いかの違いでしかない」


 リドディエはその後、婚約者を安心させるように優しい笑みを浮かべると、少女に言って聞かせた。


「大丈夫だ。僕は、苦しむ君のそばに寄り添う。たとえ、どんな緊急事態が起きたとしても……」


「リドディエ、様……」


 第2王女は真紅の瞳を潤ませ、感極まった様子でぽつりと呟く。

 しかし――。


「私は、あなたを……」


 ――エクリーユの言葉は、最後まで声にならなかった。


 バタバタと遠くから響く足音がどんどんと近づき、ついには寝室の扉を激しく叩き始めたからだ。


「陛下! 大変です!」


「はぁ……。テラマ」


「かしこまりました」


 深い溜息を溢した彼は乳母に来客対応をするように命じたが、エクリーユの身体から離れることはない。


(有言実行は、いいことだけれど……。陛下を呼びに来た人たちはきっと、困っているわよね……?)


 少女はリドディエからどうにか身体を離そうとしたが、王が己を抱きしめる力は強まるばかり。


 2人はしばらく、無言のまま攻防戦を繰り広げていたが――テラマが招かれざる客の勢いを抑えきれず、寝室に屈強な騎士団の男たちがなだれ込んでくるほうが早かった。


「中央広場の大樹が倒れ、大きな騒ぎになっています!」


「なんだと?」


 その報告を聞いたエクリーユにも、思い当たる節がある。

 彼と城下町を回った際、目にしていたからだ。


(樹齢100年はくだらないであろう大樹が、倒れる……? そんなこと、あり得るのかしら……)


 王女は思わず、陛下と顔を見合わせた。

 リドディエはどうしても少女と離れたくないのか、しばらく逡巡していたが――泣き腫らした目をしたエクリーユを人前に出すのはよくないと考えたのだろう。


 最終的には、少女を寝台に寝かせてから侵入者たちと合流することにしたようだ。


「私も、一緒に行くわ」


 しかし、婚約者はそれを拒む。

 少女は彼の首筋にしがみつき、ベッドへ横たわるのを拒否したのだ。

 彼もまさか、エクリーユの方から自身に密着してくるなど思いもしなかったのだろう。


「だが……」


「お願い」


 難色を示していたが、最終的には王女の意思を尊重すると決めたらしい。


「わかった。行こう」


 こうして2人は密着し合ったまま、事件が起きた場所を目指した。

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