陛下から見た私の兄妹
「四六時中カーテンを締め切り、部屋に閉じ籠もっているそうだな」
乳母からどれほど諭されたとしても聞く耳を持たず、1日中己の異能を使って部屋を明るく照らし続けた結果――テラマの救援要請を受けたリドディエが、呆れたような口ぶりとともに顔を出す。
「リドディエ様……」
ひと月ぶりに姿を見せた彼は紫の瞳を不愉快そうに顰めながら「一体何が不満なのか」と視線で訴えかけてきた。
「何があったか、教えてくれ」
彼は寝台の縁に腰を下ろしたエクリーユの隣にどっしりと座ると、当然のように少女の腰に逞しい腕を回す。
こてりと勢いよく引き寄せられた第2王女は、驚きで目を見開きながらもその心地よさに酔い痴れた。
(最悪の場合は、陛下との信頼関係が崩れてしまう……。その覚悟は、事前にきっちりとしておかなければ……)
これが最後の触れ合いになるかもしれない。
リドディエ以外に頼れる人がいない第2王女は、彼の機嫌を損ねた瞬間、行く宛もなく彷徨う羽目にもなりかねないのだから……。
「テラマから、話は聞かせてもらったわ」
「何を」
「あなたが、どんな人なのか」
「僕に直接、聞けばよかっただろう」
「面と向かって問いかけるのは、なんだか気恥ずかしくて……」
そんな勇気はないとばかりに視線を逸らせば、紫色の瞳がこちらを批難するように射抜く。
(怒っているのかしら……?)
エクリーユは一瞬だけ身構えたが、すぐさま肩の力を抜いた。
目元が優しく和らいでいることに、気づいたからだ。
「言っただろう。なんでも叶えると。どんな答えづらい質問も、拒まず回答する」
「本当に?」
「ああ。君に隠しごとをするつもりはない」
「なら……」
はっきりとした口調で断言されたエクリーユは、ある疑問を白黒はっきりさせると決めた。
「兄様のこと、嫌いって本当?」
「そうだな。全員、思うところがある」
思ってもみない答えが返って来たことに、少女は驚いた。
(はっきりと名前を出せばよかったかしら……)
エクリーユはなんとも言えない気持ちでいっぱいになりながら、兄たち全員のことが嫌いなのかと聞きたかったわけではないと訂正を試みる。
「私が聞きたいのは……」
「大した剣の実力もないくせに威張り倒し、君に剣の切っ先を向けた第一王子は、騎士の風上にもおけない」
しかし、己が質問の内容を変えるよりも彼が答えを口にするほうが早かった。
「第2王子は王太子の腰巾着……」
リドディエがせっかく、淡々と兄たちの印象を上から順番に語ってくれているのだ。
この状況で口を挟むわけにはいかず、静かに話を聞き続ける。
「第3王子は、破壊衝動を抑えられぬ獣」
フォセティの話題が出てくるだけで、身体のあちこちに刻み込まれた古傷が痛む。
(いよいよ、このあとはお兄様の番だわ……)
エクリーユは己の身体を抱きしめながら、静かにその時を待つ。
しかし――。
「第5王子は、自己主張すらも出来ず、兄たちの言いなりになっている使いっ走り。少しでも自分の意思を貫けるようになれば、好ましい存在になるのだが……」
彼の口から語られたのは、あとに生まれたイトゥクの印象だった。
すぐ上の兄に対しては、エクリーユも思うところがある。
引っ込み思案で自分が傷つくことを何よりも恐れている5男は、家族の中でムガルバイトの次に無害な存在であったからだ。
(彼が見て見ぬふりをしないでくれたら……。きっと、仲良くなる未来もあったのでしょうけれど……)
今となっては叶わぬ願いを胸にいだきながら、エクリーユはリドディエの聞き心地のいい美声に酔い痴れる。
「そして、第4王子は……」
ようやく本題に入ったと、少女は緊張の面持ちで彼の言葉を持った。
「他人の迷惑を顧みず、己の欲望のままに非人道的な行いに手を染める嘘つきだ」
――やはり陛下から見たムガルバイトは、自分の知る心優しき兄とは随分と乖離があるようだ。
(私が好きになったお兄様は、幻想だったのね……)
エクリーユがなんとも言えない気持ちでいっぱいになっていると、リドディエはどこか困ったように紫色の瞳を細めた。
「君の知りたい答えは、この中にあっただろうか」
いくら婚約者が望んだことだとしても、姉と妹を除いた5人の兄に対する悪口を散々言い続けていたのだ。
リドディエは己に嫌われてしまったかもしれないと、気になって仕方がないのだろう。
不安そうに紫色の瞳を伏せ、自信がなさそうな様子で問いかけてくる。
(彼にはいつだって、自信満々でいてほしい……)
そう想うからこそ、少女は彼の不安を取り除くためにある疑問を口にする。
「私の知っている印象と違う人が、1人だけいるわ……」
「誰だって大切にしたいと思う淑女には、裏の顔など見せたくないものだ」
「あの人に、助けを求めてはいけなかったの……?」
「そうだ」
彼はやはり、自分の見ていた兄の姿はまやかしだったと主張してきた。
(ムガルバイト兄様が私を選んでいれば、そんなわけがないと否定していたでしょうけれど……)
すでにムガルバイトの好感度は、地の底まで落ちている。
己を大切に慈しみ、庇護してくれた国王と、自分を裏切った兄。
どちらを信じるべきかなど、考えるまでもなかった。
「もしあの男を信じ切っていたのなら……。君は今よりも、もっと恐ろしい目に遭っていた」
「リドディエ様は、信頼されていたのね」
「いや。牽制されていた」
兄の恐ろしい顔を見られる時点で、リドディエはあの人にとって特別な存在だったに違いない。
そう思っての発言だったのだが、陛下は首を左右に振ったあと静かに否定した理由を口にする。
「彼の目を盗んでエクリーユと関係を持ったらどうなるか。あの男は、ずっと匂わせていた。そうしたずる賢く陰湿なところが、好まない」
「そう……」
嫌いだとはっきりと宣言するのではなく、好きではないと言葉を濁して回答するあたりが彼らしい。
エクリーユは真紅の瞳を潤ませ、リドディエに問いかけた。
「陛下は、あの人に何をされてもいいと思えるほど……。私を求めてくださったの……?」
「ああ。保身に入っている場合ではないと思った。君にとっては、ありがた迷惑だったかもしれないが……」
「いいえ。とても、嬉しかったわ。この手紙も……」
エクリーユはテラマから受け取った古ぼけた手紙を彼の前に差し出した。
「見たのか」
「ええ。本来ならば、私たちはもっと早くに対話をするはずだったのね……」
「ああ……」
リドディエは紫の瞳をどこか切なげに細めながら、黙ってしまった。
エクリーユはこれ幸いと、己の主張を語り出す。
「これを見るまで、嘘だと思っていたの」
「僕の気持ちを疑うとは……心外だな」
「だって……。あなたは一国の王。私は、なんの取り柄もない第2王女で……。王位継承権は、あってないようなものですもの。リドディエ様から求められるほどの価値は存在しないわ」
「そんなことはない。君は、誰もが喉から手が出るほどに欲しがっている。魅力的な女性だ」
彼はいつだって、自分は特別な存在なのだと勇気づけてくれた。
それが何よりも嬉しいと思うと同時に――時折、胸が苦しくなってしまう。
「そう言ってくれるのは、陛下だけよ」
本当に誰からも望まれるような存在であれば、リシーロのように家族から大切に慈しまれているはずだとわかっていたからだ。
「僕の人となりを聞いて、少しは心の距離が近づいてくれるといいのだが……」
「そう、ね。あなたは綺麗なだけではなく、他者に対して醜い感情をいだくような人と知った。それは、とても大きな一歩だと思うわ
」
「ああ。これからも、君のそばにいてかまわないだろうか」
「もちろんよ」
「ありがとう」
エクリーユは家族を恨み、リドディエはムガルバイトに並々ならぬ憎悪をいだく。
(ずっと釣り合わないと感じていたけれど、案外私たちは似た者同士なのかもしれないわね……)
そう思えた時点で、大きな一歩だ。
少女は真紅の瞳を優しく和らげると、話題を変えた。
「リドディエ様の人となりを理解したら、今度はこの国に興味が湧いてきたの」
「それは、いい傾向だな」
「陛下と一緒に見て回りたい。そう願うのは、わがままかしら……?」
「いや。俺も君と、同じ気持ちだ」
リドディエは寝台の上から立ち上がると、エクリーユの前に膝まずく。目を丸くする第2王女を見上げた彼は、優しく口元を綻ばせて己の指先を差し出した。
「お手をどうぞ、姫」
「まぁ……。エスコートしてくださるの?」
「ああ。君は僕の、大切な婚約者だからな」
「至れり尽くせりね」
婚約者になることを同意した覚えはないが、彼が嫌いなわけではなかった。
だからこそ、エクリーユも嫌悪感をいだかずにその差し出された指先に触れる。
「よろしくお願いします」
「ああ。最高のデートにしよう」
こうして手を取り合った2人は、寝室を出て歩き出した。




