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黒猫と白百合

(頭が、パンクしそうだわ……)


 テラマから見たリドディエのことを知りたいと欲を出し、返り討ちにあった気分だ。

 第2王女の知る第5王子は、いつだって優しくて太陽みたいな人だったから――。


 この手紙を、もっと早くに手にしていれば――エクリーユは藁にも縋る思いで、リドディエの元へ嫁いだだろう。

 しかし、大好きだった兄にそれを握り潰された結果、少女の苦しみは深まった。


(兄様は、どうしてこんなことを……?)


 どれほど1人で考えを巡らせたところで、その答えは出てない。

 解答できるのは、ムガルバイトだけなのだから……。


「んなぁ」


 カリカリ、カリカリと、窓の外から耳障りなガラスを爪で引っ掻くような音が聞こえてきた。

 エクリーユは獣の鳴き声を耳にして、慌てて窓の外に視線を移す。そこにはなぜか、黒猫がいて――。


「黒猫さん!?」


 第2王女は即座にベッドから上半身を起こすと、バランスを崩したら一階へ真っ逆さまに落ちてしまいそうな小動物を助け出すために窓を開け放つ。


「どうして、こんなところに……」


「にゃ?」


 少女の胸に抱きかかえられた獣は、不思議そうに首を傾げたあと頬擦りをする。


「んにゃあ~」


「く、くすぐったいわ……。もう……。そんなことしたって、駄目よ。危ないから、もうしないようにね」


「なぁん」


 自分を守ってくれる猫が数センチしかないサッシの上を器用に歩いている姿など、何度も見たくはなかった。


(綱渡りのようで、心臓に悪いわ……)


 エクリーユの心配を知ってか知らずか。

 黒猫は甘えた声を上げながら、大人しくなる。


「窓を閉めないと……」


 開け放ったガラスを閉じるために外を見た第2王女は、視界の端にはあるものを目撃して能面のような顔をした。


「目障りな、白百合ね……」


 花壇の中で美しく咲き誇る白百合は、嫌でも妹の姿を想起させてしまう。


(もしもあの場所に、黒百合の花が咲き乱れていたのなら……。私は、喜んでいたのかしら。それとも……)


 真紅の瞳から生気が失われたことに、気づいたからか。


 エクリーユの胸元で大人しくしていた黒猫が、美しく咲き乱れる花々に視線を移そうと試みる。

 しかし、もぞもぞと腕の中で四肢が這い回る感覚を受けて我に返ったのだろう。

 少女は獣の喉元を指先でころころと転がし、意識を自分のほうへ向けた。


「なぁん?」


「見ては駄目よ。あなたの目が、穢れてしまうわ」


「にゃあ……」


 小動物は「どこにでも咲いてる花だよ?」と納得がいかない様子で鳴き声を上げていたが、エクリーユの様子がおかしいことに気づいていたからか。尻尾を左右に振り、大人しくなった。


(今まで、窓の外を見る余裕もなかったから……気づけなかった……)


 忌々しい花がいつでも視界に入る場所で咲いていると気づいていれば、ここで大人しくなどしていられなかった。


 少女は黒猫を抱きしめる力を強め、今にも泣き出してしまいそうなほどに真紅の瞳を潤ませる。


「姫様、お茶をお持ちいたしましたが……。どうかなされました?」


「ありがとう。申し訳ないのだけれど、カーテンを閉めてくださる?」


「しかし……」


「白百合を、視界に入れたくないの」


「かしこまりました」


 そんな中、主の命を受けてティートローリーを押して乳母がやってきた。

 彼女の手を借りて目障りなカーテンを閉め、白百合を視界から消すことに成功した第2王女はようやく落ち着きを取り戻す。


(リシーロ……)


 邪魔が入らなければ、この手で可憐な花を手折れたのに。

 そんな後悔がふつふつと心の奥底に湧き出る。


(止めましょう。こんな恐ろしい感情に身を委ねている場合ではないわね……。あの子とはもう、縁が切れたのだから……)


 エクリーユはすぐさま気持ちを切り替えると、忌々しい妹の幻影をかき消す。

 その後、乳母から差し出された紅茶を一気に胃の中へと流し込んだ。


「ひ、姫様!? い、一気飲みなど……! 喉に詰まったら、どうするおつもりですか!?」


「ごめんなさい。あまり行儀が、よくなかったわね」


「なぁん……」


 胸元で大人しくしていた黒猫まで、「無茶はしないで」と心配そうな鳴き声を上げるくらいだ。

 エクリーユが反省した様子を見せると、テラマがこちらの顔色を覗き込みながらお伺いを立ててきた。


「私がいない間に、何かありましたか?」


「いいえ」


「ですが……」


「どうして、この部屋から見える位置に白百合が咲いているのかしら……」


「陛下が、お好きだからですよ。365日、目覚めた時に白百合を見たいと仰って……。庭師に植えさせたのです」


「リドディエ様が……」


 エクリーユは悲しそうに目を伏せると、ぼんやりと考える。


(目障りだからあの花々を散らしてと言ったら、彼は叶えてくださるのかしら……)


 いくらどんな願いも叶えてやると約束されていたとしても、自分が好きなものを処分してくれと言われて黙って言いなりになる人のほうが珍しいだろう。


(きっと、無理ね……)


 あの場所で咲き誇る花々に罪はないのだから。

 エクリーユがあれらを視界に入れないように生活したほうが、よっぽどいい。


「姫様……? なんだか……」


「にゃあ?」


「なんでもないの。おかわり、くださる?」


 少女は不思議そうな鳴き声を響かせる黒猫を優しく撫でながら、乳母に促す。

 彼女はテキパキとティーカップに茶葉を注ぐ。

 その様子をぼんやりと見つめた第2王女は、いつまでも取り繕った笑みを浮かべて平気なふりをし続けた。

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