3-9 希望と、静かなる継承
高満の遺した「亡霊の遺産」を巡る抗争は、白夜に甚大な被害を与えた。
捕らえられた回収部隊の工作員たちは、白夜の手によって遠隔で脳内チップや毒薬を起動され、文字通り「消去」された。
この失態を受け、白夜上層部は組織の再編を断行。
量より質。
無能な「男爵」級以下を次々と粛清し、恐怖によって絶対忠誠を誓わせる少数精鋭の実行部隊へと変貌を遂げた。
彼らが掲げた次なる目標は、一点――「国家インフラの完全掌握」。
対する八咫烏も、二年の歳月を無為には過ごさなかった。
権天使の号令の下、誠司と篤史は大天使へと昇格。
誠司はソフトウェアとハッキング部隊を、篤史はハードウェアと物理デバイスの指揮を一任された。
二人はEMIとSEIJIと言う、同じシンギュラリティを起こした双子の様なAIを基幹とした「量産型AI搭載デバイス」を開発。
末端の天使階級にまで、ハイスペックな情報戦能力を付与した。
クアッドは今や、八咫烏の誇る「矛と盾」となっていた。
◆
公的な活動の裏で、誠司は絵美への家庭教師を続けていた。
だが、既に彼女に教えるべき理屈は残っていない。
「君はもう、一人で歩ける。
……いや、走れるはずだ」
誠司はそう告げ、高校の入学祝いとして、一つのデバイスを絵美に送った。
それは、七年間の誠司の思考ルーチンを学習し終えた、AI「SEIJI」を搭載したフルフェイス・サングラスだった。
自室でデバイスを手にした絵美は、その異様な形状に戸惑いながらも、運命に導かれるように装着した。
『……認証完了。
こんばんは、お嬢様』
「だ、誰……?」
『AIのSEIJIです。
貴方を守り、導くために、ある御方から託されました』
SEIJIの声。
それは、かつての「先生」よりもずっと、幼い頃に微かに聞いた覚えのある「父」の声に似ていた。
絵美は震える声で問いかけた。
「……貴方は、パパを再現できるの? 私の父、神宮誠司を」
『可能です。
ですが、推奨はしません。
なぜなら、神宮誠司はまだ、生きているからです』
「……えっ?」
絶句する絵美に、SEIJIは残酷な、しかし温かな真実を告げた。
父が社会的に死を選ばなければならなかった理由。
闇に潜り、巨大な白夜と戦い続けてきた復讐者としての歩み。
「……教えて。
パパが何をして、今、何を考えているのか」
『承知しました。
……七年前、すべてが始まったあの夜のことから、お話ししましょう』
◆
その頃、誠司は八咫烏の新たな拠点として「喫茶八咫烏」を設立していた。
絵美の住む街のほど近く。
表向きはサッカー日本代表をプロジェクターで応援する、地元に愛される活気ある喫茶店。
だが、そのバックヤードと地下には、本部に匹敵する最新鋭のサーバーラックと武装拠点が隠されていた。
マスターとしてカウンターに立つ誠司は、あえて普通のサングラスをかけ、客との会話を楽しむ「穏やかな店主」を演じていた。
篤史はギガ・レイドのCTOとして影から補給を担い、卒業を控えた優希は次期大天使として、誠司と共にハッキング部隊の統括にあたっている。
「マスター、今日のコーヒーもいい香りですね」
一般客に混じって休憩するエージェントたちに、誠司は静かにカップを差し出す。
白夜は、ノーフェイスの正体が「死んだはずの神宮誠司」であることに気づいていない。
かつて優希を殺したと偽って報告した粛清部隊も既にこの世にはおらず、白夜内の情報は断絶していた。
彼らにとって喫茶八咫烏は、ただの「名前が似ているだけの紛らわしい店」に過ぎなかった。
◆
数日後。
SEIJIからすべての真実を聞かされた絵美は、鏡の中に映る自分を見つめていた。
レンズの奥で、無数のデータが流れ、SEIJIが静かに同期を求めている。
父が自分を遠ざけたのは、愛ゆえの配慮だった。
ならば。
その愛を、私は技術で受け止めてみせる。
絵美はサングラスを外し、決意に満ちた瞳で夜の街を、そして父が潜んでいるであろう「喫茶八咫烏」の方向を見据えた。
「待ってて、パパ。
……次はお父さんの番じゃない。
私たちの番だよ」
少女がハッカーとして覚醒した瞬間。
伝説の「ノーフェイス」の血は、いま、新世代へと受け継がれた。
――第三部 完――
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