3-7 亡霊の遺産(レガシー)
ある日の午後、大天使(刑事)がアジトへ駆け込んできた。
その顔はこれまでにないほど強張っており、緊急招集を受けたクアッドと八咫烏の実行部隊に緊張が走る。
押収された高満のPCから、『プロジェクト・インフラストラクチャ・キラー』という物々しい名の暗号化ファイルが発見されたというのだ。
「白夜の残党がこのファイルを狙い、警察の証拠保管庫やクラウドサーバーへ激しいサイバー攻撃を仕掛けてきている」
大天使の報告を受け、直ちに防衛体制が敷かれた。
クアッドに与えられた任務は、ファイルの暗号解除と、万が一に備えたワクチンソフトの開発だ。
誠司たちが解析に着手すると、バイナリデータのヘッダには「電力、水道、信号機」の制御プロトコルを強制書き換えする記述が並んでいた。
「高満の奴、まさか国家インフラのバックドアを完成させていたのか……?」
誠司の戦慄に、篤史は「最後の悪あがきか」と顔を歪め、優希は「スケールが大きすぎて想像もつかない」と息を呑んだ。
一方、EMIとSEIJIの二つのAIは、Wi-Fiを介して高速なパケット交換を行い、何かを精査するように沈黙を保っていた。
◆
その頃、白夜側は天地をひっくり返したような騒ぎとなっていた。
発端は、高満の遺した山荘の隠し日記だ。
そこには『俺が本気を出せば日本が終わる』という独白と共に、究極のサイバー兵器の存在が記されていた。
白夜はこれを信じ込み、組織の命運を賭けて精鋭部隊を動かした。
「あのオーガが遺した至宝だ。
奪還に失敗した者は、消せ」
冷酷な命令が下り、工作員たちが夜の街へと散る。
◆
誠司は大天使に提案した。
「敵を騙すにはまず味方から。
警察のクラウドにある本物は削除し、ダミーと入れ替えよう。
事実を知るのは俺たち少数だけでいい。
八咫烏の部隊には全力で防衛をさせ、白夜に『本物がある』と信じ込ませるんだ」
そのダミー作成と攪乱工作の担当に、誠司は優希を指名した。
「リトル・フォックス。
思う存分、暴れてきなさい」
「うん、僕、とびっきりのトラップを仕掛けてあげる!」
優希はやる気に満ちた表情で、キーボードを叩き始めた。
◆
白夜の回収部隊が物理・電子の両面から強襲を開始した。
データセンター外では激しい銃撃戦が繰り広げられ、サイバー空間ではWAF(ウェブ・アプリケーション・ファイアウォール)を巡る攻防が加熱する。
ここで優希の本領が発揮された。
彼女が仕掛けたのは、古のジョーク規格を駆使した嫌がらせの嵐だった。
攻撃側のパケットに対し、RFC 2324「エターナル・ティーポット」を返して「418 I'm a teapot(私はティーポットです。コーヒーは淹れられません)」というエラーで画面を埋め尽くす。
さらにRFC 1149「鳥類キャリアによるIPデータグラム」を強制発動させ、「パケットを運ぶ鳩が見つかりません。鳥の餌をセットしてください」という物理的なエラーを表示させて通信を遮断した。
白夜のハッカーたちは「なんだこのふざけた防御は!」と混乱の渦に叩き落とされる。
◆
証拠保管庫でも激戦が続いていた。
自衛隊への援護要請が検討されるほどの苛烈な銃撃戦の最中、誠司はついに暗号化ファイルの展開に成功した。
だが、そのソースコードを数行読み進めた瞬間、誠司を襲ったのはとてつもない脱力感だった。
「……ハハッ、なんだこれ」
誠司が力なく笑い出したのを見て、篤史と大天使が顔を寄せる。
「どうした、誠司」
「……ただのゴミだ」
「はあ?」
「コードの正体は、数年前の教科書のサンプルコードを切り貼りしただけの代物だ。
特定の信号機を『ピンク』に変えようとしてエラーで止まるバグだらけの構文。
唯一動きそうなのは、電力メーターのフォントをアニメ調に変えるだけの無意味な機能。
……あいつ、名前だけ立派に付けて、中身はただの『ハッカーごっこ』のゴミ箱だったんだ」
そこへ、解析を終えたEMIとSEIJIが加わる。
『パパ、私達も同じ結論よ。
リソースの無駄だったわ』
『ドクター、高満はネットで見つけたサンプルコードを見て「これさえあれば」と笑っていただけです。
彼は本物のスクリプト・キディでした』
優希が呆れ顔で戻ってきた。
「白夜の人たち、あんなゴミのために命懸けで戦ってたの? バカじゃないの?」
現場では今も一進一退の攻防が続いている。
誠司は苦笑しながら、大天使に「落としどころ」を告げた。
「証拠保管庫のダミーPCをあえて奪わせるか、会見で『実態はゴミだった』と発表して白夜の面目を丸潰れにするか……後者の方が、彼らには致命傷だろうな」
――後日。
警察の記者会見により、高満の遺したツールの無価値さが世間に公表された。
白夜側は、何の価値もないゴミクズのために精鋭部隊を消耗させ、多くの逮捕者を出したという屈辱的な事実に打ちのめされた。
「……高満め。
死してなお、我らを舐めくさりおって」
白夜の幹部が吐き捨てたその言葉こそが、この「亡霊の遺産」がもたらした唯一の本物の被害だったのかもしれない。
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