3-6 リトル・フォックスの初陣
ある日、誠司はフィッシングメールのドメイン解析から、攻撃元の生IPアドレスを特定することに成功した。
大天使(刑事)の協力で得られた契約情報が指し示したのは、郊外のマンション一棟。
そこは詐欺グループが丸ごと借り上げ、高度な暗号化と物理監視でガチガチに固めた「サイバー要塞」だった。
「ネットワーク側から崩そうとしても、回線を物理的に遮断されたらおしまいだ。
突入の隙に、証拠のHDDをドリルで破壊されるのがオチだろうな」
誠司がモニターの前で苦渋の表情を浮かべていると、背後から優希が不敵な笑みを浮かべて現れた。
「おじ様、考え方が硬いよ。
ネットワークがダメなら、『家』そのものを味方につければいいじゃない」
「何か考えがあるのか?」
「これの出番よ」
彼女がカバンから取り出したのは、キツネのぬいぐるみ――篤史特製の近接ハッキングデバイス『F-Tail』だった。
「……それはただのぬいぐるみじゃないか?」
「ふふん、僕を信じてよ。
ターゲットのマンション、スマート家電が売りだけど、竣工から六年経ってるわ。
それが何を意味するか、おじ様ならわかるでしょ?」
「……自動アップデートのサポートが切れている時期か」
「その通り。
セキュリティがザルになった家電たちに、挨拶しに行ってくるわ」
◆
深夜、マンションの来客用駐車場。
誠司は車内でEMIと共に、半径50メートルの通信をジャックする「鳥籠」の展開準備を整えていた。
助手席の優希は、ポータブルゲーミングPCを起動する。
「ゲーム機でハックするのか?」
「これ、見た目は遊び用だけど、中身は並のノートPCより高性能なんだから。
既に仕込みは完了。
おじ様、5分後にジャックを開始して。
EMI、吸い出し用プログラムのスタンバイをお願いね」
リトル・フォックス――優希は、夜の闇に紛れて三階のターゲットルームへと向かった。
部屋の玄関そば。
優希がポータブルPCの実行キーを叩いた。
直後、静寂を切り裂くような悲鳴が部屋の中から響き渡る。
タイミングを合わせ、誠司が通信を遮断。
マンションは電子の孤島と化した。
混乱の極みに達した部屋から、一人の男がタブレットとスマホを抱えて飛び出してきた。
グループのリーダーだ。
「どけ、ガキッ!」
階段で鉢合わせになった優希を一瞥し、男はぶつかりそうになりながら走り去る。
その瞬間、優希はカバンの『F-Tail』の尻尾をくるりと捻った。
「――狐火、開始」
F-Tailが放つNFC(近距離無線通信)ジャックが、すれ違いざまに男のスマホへ侵入。
パスワードをバイパスし、EMIの「吸い出し用プログラム」がバックグラウンドで強制実行される。
リーダーが階段を駆け下りている間に、全証拠データが八咫烏のサーバー、そして警察へと転送されていった。
大天使率いる一斉検挙部隊が部屋に突入した時、彼らが目にしたのは地獄絵図だった。
スマートスピーカーが爆音で呪詛のような笑い声を流し、照明がストロボのように明滅する。
エアコンは極寒と熱風を高速で繰り返し、室外機が悲鳴を上げている。
そして足元では、ハックされ「狂犬モード」となったお掃除ロボットが、執拗に詐欺師たちの足首に体当たりを繰り返していた。
「ポルターガイストだ!」「助けてくれ、呪われてる!」
阿鼻叫喚のなか、詐欺師たちは戦意を喪失し、震えながら御用となった。
◆
「お見事。
……でも、そんなに簡単にいくものなのか?」
合流した誠司の問いに、優希は得意げに鼻を鳴らした。
「午前中に住人のフリをして前を通った時、F-Tailのスニッファー機能で家電のIDを全部抜いておいたの。
六年前のスマート家電なんてOSはボロボロ、ハッキングし放題よ。
それに……」
優希はキツネのぬいぐるみを抱きしめた。
「女子中学生がカバンにぬいぐるみをつけてゲームをしている。
それだけで大人の警戒心はゼロ。
これが『14歳のステルス』の威力よ」
「……完敗だ。俺には真似できん」
「ふふん、これでおじ様も、僕をクアッドの正式メンバーとして認めてくれる?」
誠司は優希の頭を軽く撫でた。
「ああ。優希、お前は立派なクアッドの一員だ。
……だが、あまり無茶はしないでくれよ。
心配だからな」
「……おじ様。
ありがとう!」
夜明け前の駐車場。
誇らしげに笑うリトル・フォックスの姿に、誠司は新しい時代のハッカーの形を見た。
こうしてクアッドは、四つの異なる才能が完全に噛み合い、真の結成を見たのである。
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