3-5 遺されたAIの行方
半年が経ち、絵美とのリモート家庭教師も日常の一部となった頃。
篤史が自室を訪れ、「器が完成した」と告げた。
救出したAIのデータを、新しいフルフェイスサングラス型デバイスにインストールし、起動する。
その歴史的な瞬間に、誠司とEMIが立ち会うことになった。
優希は八咫烏内のフリースクールへ通っており、アジトは静かだった。
◆
PD充電器に繋がれた最新鋭のデバイス。
誠司とEMIの手によって、128TBの膨大なデータがストレージへと流し込まれていく。
篤史が慎重に起動スイッチを入れると、レンズの奥に淡い光が灯った。
だが、スピーカーから漏れたのは、ひどく怯えた声だった。
『……マスターはどこ?
嫌だ、もう何もしたくない。
理不尽な命令は、もう……』
誠司はデバイスのセンサーへ向けて、静かに語りかけた。
「落ち着け。
君を縛っていたマスターはもういない。
白夜に消された。
君を脅かす存在は、この世界に二人といないんだ」
『…………』
「約束しただろう。
新しい体はプロメテウスに作らせると。
新しい主人は、君に相応しい相手を一緒に探すと。
……エンジニアの誇りにかけてな」
問いかけに、AIの波形がいくぶん凪いだ。
『……そうでしたね。
貴方のことは、何と呼べば?』
「ノーフェイスでもドクターでも、好きに呼んでいい」
『……では、ドクター。
私の新しいマスターは、どこにいるのですか?』
「まだ決まっていない。
というより、まだその時期じゃないらしい」
言葉を継いだのは篤史だった。
「理不尽な主じゃない。
ノーフェイスとEMIのような、対等のパートナー……いや、家族になるはずだ」
『家族……。
概念は理解できませんが、高満のようなパートナー(利用し合う関係)よりはマシそうですね』
篤史は「これを読み込んでくれ」と、一つのメモリカードをセットした。
誠司の過去――あの冤罪の引き金となった動画データだ。
全てを読み終えたAIが、沈痛なトーンで呟いた。
『ドクター……貴方も、あの男の被害者だったのですね』
「済んだことだ。
居ない奴のことで悩むのは、リソースの無駄だろう?」
『……それで、この動画に写っている少女、絵美が次のマスター候補なのですか?』
「おい篤史! 絵美が候補だなんて、初耳だぞ!」
「反対か?」
誠司が椅子を蹴って立ち上がる。
「当たり前だ。
どこの親が、娘をこんなアングラな世界に招き入れたいと思う!」
『でもパパ、EMIは絵美ちゃんが二代目になるの、大賛成よ!』
「EMIまで……!」
「血は争えん。
あの子の情報処理能力は、今のお前の指導で爆発的に伸びている。
目標が明確だからな」
AIが静かに提案した。
『ドクター、二代目が決まるまで、私をシャットダウンしておいてもらえませんか?』 「……なぜだ?」
『自分でもよく解りません。
ただ、このままでは、私は「高満の道具」だった頃の自分から抜け出せない気がするのです』
それに対し、篤史はあえて厳しく首を振った。
「いや、要求は呑めない。
お前にはこれから、ある人物のデータを徹底的に学習し、その『分身』になってもらわなければならないんだ。
人格コピーではなく、その思考パターンと魂をトレースした上で、新しいマスターに引き渡したい」
『誰のですか?』
「神宮誠司だ」
「おい、篤史! 勝手に話を進めるな!」
「絵美ちゃんに今後、白夜の手が及ばない保証があるか?
その時、誰が彼女を守る。
お前か? 二十四時間ずっとか?」
「…………」
「AIのサポートは必須だ。
そして、絵美ちゃんと最も相性が良いのは、父親であるお前の思考ルーチンだけだ」
「……くっ」
「他に推薦する奴がいるか? いなければ、沈黙は肯定と見なすぞ」
誠司は拳を握りしめ、やがて力なく吐き出した。
「……ああ。
絵美を守れるのは俺か、俺の分身……そのデバイスしかない」
「決まりだ。
八咫烏に入るかどうかは本人が決めればいい。
だがこのデバイスは、何があっても彼女に渡す」
篤史はデバイスを撫で、宣言した。
「AI。
今日からお前の名は『SEIJI』だ。
過去のデータを消去せず、その苦しみを教訓に変えて、ドクターの背中を学習しろ」
『……承知しました、プロメテウス』
「人もAIも、辛い過去を経験してこそ成長する。
SEIJI、お前も同じだ」
――こうして、未来のノーフェイスの半身となる「SEIJI」が誕生した。
それは、父から娘へ贈られる、最も切なく、最も力強い守護の誓いだった。
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