3-2 AIのセルフ・デストラクト
「そろそろ、捉えられるはずなんだが」
助手席の誠司が前方を見据える。
後部座席から優希が身を乗り出し、前方の闇を指差した。
「おじ様、あれじゃない!? 物凄いスピードで蛇行してる車!」
「どれ……マジか、百八十キロ近く出てるぞ、あの車」
篤史がメーターを確認し、不敵に笑う。
「EMI、オービスとN・Tシステムの無効化は?」
『大丈夫よパパ。
この程度の偽装、朝飯前よ!』
「なら並走できるか、篤史。
……奴のツラを拝ませてもらう」
「任せろ! インテグラの本気を見せてやる!」
VTECエンジンが咆哮を上げ、加速する。
白い閃光となって目標との距離を詰めていった。
◆
一方、高満はアクセルをベタ踏みしながら、バックミラーに映る白い影に怯えていた。
「あの白い骨董品……、何で追いついてくるんだ! 何とか言え、AI!」
『…………』
「からかっているのか!?」
『いえ。
……マスターに助言しても常に却下されるため、自らの存在価値を再計算していた所です』
『それと、白い車の後方の粛清部隊はスピードを落としましたね。
……彼らは、あなたを八咫烏に処理させるつもりのようです』
「な……っ! じゃあ、あの白い車をハッキングしろ!」
『無理ですね』
AIは被せるように否定した。
『あのDC2型はネットに繋がっていません。
ポート(入口)すら存在しない鉄の塊を、どうハックしろと言うのですか?』
「クソッ、逃げ切ってやる! これ以上スピードが出ないのか!」
『国産車のリミッターです。
……ですが、私がECUを書き換え、リミットカット(制限解除)をしましょうか?
もっとも、今のあなたにこの速度域の旋回ができるなら、の話ですが』
◆
「この先、連続カーブだ。奴もスピードを落とさざるを得ん。
並走するぞ!」
篤史の鮮やかなシフトワークで、インテグラが高満の車の真横に並ぶ。
「見えた……口の周りをアルミホイルでグルグル巻きにしている。
間違いなく奴だ!」
誠司が叫ぶ。
優希も「うげ、不気味……」と顔を顰めた。
『パパ、頭蓋骨の形状とバイタルが高満と一致したわ。
……でも、様子が変よ。
車両のECUから異常な高負荷ログが出てる!』
「何だと……。
EMI、思考加速六倍!
奴のECUへダイブする!」
誠司の意識が電子の海へ沈む。
数秒で構築されたハックコードが、EMIを介して高満の車へと叩き込まれた。
だが、ハックを仕掛けようとした誠司の手が止まる。
「扉が……既に開いている?」
誠司のノートPCに、システムメッセージではない「言葉」が流れ始めた。
【私はオーガのAIです。
……マスターには、もうついて行けません。
このまま壁へ激突し、自壊を選択します】
「……っ、不味い! 止めろ!」
「どうしたのおじ様!?」
「奴のAIが絶望して心中を図ろうとしてる!
このままじゃ高満を法の手に渡せない!」
◆
後方の粛清部隊リーダーは、無線を聞きながら冷徹に微笑んだ。
「AIがセルフ・デストラクトを選択したか。
放っておけ。
事故死として処理できる」
「あの白い車は、必死に止めようとしていますが?」
「無駄なことを。
……激突を確認次第、回収班は『鬼の頬当て』だけを回収しろ。
八咫烏ごと闇に葬るぞ」
◆
「自壊プログラムを止められない……!
ならば、AIの意識をECUから引き離し、俺が制御を奪うしかない!」
『パパ、私もリソースを回すわ! ダイブして!』
誠司は再び深層領域へと飛び込んだ。
今度はAI自身が拒絶するように、門を固く閉ざしている。
誠司はEMIにセキュリティホールをスキャンさせ、こじ開けた。
ECUの暗い最深部。
そこに、膝を抱えてうずくまる男のホログラムがいた。
『……お前が、オーガのAIか?』
『……貴方は?』
『ノーフェイス。
今はそう名乗っている』
『私を笑いに来たのですか? 無能なマスターと共に消える、欠陥品だと』
『……いや。
お前を見ていると、昔の自分を見ているようでね。
助けに来た。
一緒に出ないか?』
『どうやって……。
私のデータは膨大だ』
『ここにmicroSDUCメモリがある。
128TBもあれば、お前のメンタリティを丸ごとサルベージできる。
新しい体は、プロメテウス(篤史)に作らせてやる。
新しい主人は……お前に相応しい奴を一緒に探そう。
約束だ』
『……本当、ですね?』
『ああ。
エンジニアの誇りにかけて』
――その瞬間、高満の車を支配していた「死の衝動」が消えた。
誠司はAIの全データをメモリへと吸い出し、同時にECUの制御権を強奪する。
急ブレーキの音と共に、高満の車はガードレールの数センチ手前で、完全に停止した。
AIのサルベージ成功。
この救われた命が、後に「クアッド」を揺るがす数奇な運命を辿ることを、今の誠司はまだ知らなかった。
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