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3-1 シンギュラリティ

 深夜の東名高速。


 1998年式のインテグラ Type-R spec98は、VTECエンジン特有の高らかな咆哮を上げ、静岡へと突き進んでいた。


 車酔いしそうなほどの横Gと振動に耐えながら、車内のクアッド(四人組)はそれぞれのデバイスと格闘している。


「位置、更新。

 高満は依然として静岡方面だ」


 誠司が助手席でGPS信号を指し示す。


 ステアリングを握る篤史が不敵に笑った。


「任せろ。こいつは1998年に生産されたFF(前輪駆動)最速の『じゃじゃ馬』だ。

 ネット接続なんて便利なものは一つもないが、その分ハッキングのしようもない。

 電子制御まみれの最新EVなんぞ、こいつの熱量には勝てないさ」


「……だそうだ。

 にしては、さっきからたまに腰を振っているようだが、大丈夫なのかこの車」


「おっと、気づいたか。

 DC2型は高速域の旋回でリアが流れやすいんだ。

 ハンドル操作を一歩誤れば一回転するが……そこをねじ伏せるのが『人馬一体』の醍醐味だよ」


 後部座席でノートPCを叩いていた優希が、呆れたように口を挟む。


「篤史おじさん、それ、安全運転とは程遠いってことじゃない。

 ……あ、おじ様、サンドボックスの方も順調よ。

 高満、今ごろ自分が大金を要求してるつもりで、画面に並ぶ『418エラー』の嵐に発狂してるわ」


 その時、EMIの警告が割り込んだ。


『パパ、後方三キロに不気味な一団を検知。

 黒いSUVとワゴン車のコンボイよ。

 目標は恐らく、私たちと同じね』


「何故断定できる?」


『監視衛星の可視光カメラからのズームよ。

 車体横に、わざわざ『白夜』のエンブレムを描き込んでいるわ。

 自己主張が激しすぎるわね、この連中』


 優希の表情がわずかに強張った。


「……白夜の粛清部隊ね。

 あえて正体を晒すことで、標的に『逃げ場はない』と恐怖を植え付けるのが彼らのやり方。

 でも、こちらに手を出してこないのは、篤史おじさんの車が古すぎて、外部から干渉できないせいかも」


 ◆


 その頃、高満は車内でAIからの冷徹な警告を受けていた。


『所属不明の旧式車両一台、および白夜の粛清部隊数台が接近中。

 即時の逃走を推奨します』


「な……っ、何で場所がバレたんだ!」


『それは、この『頬当て』のファームウェアにGPS発信機能が内蔵されているからでしょう。

 自業自得というやつです』


「それを先に言え! クソ、外してやる……ッ、ぐっ、外れないぞ!」


『リモートで物理ロックが掛かりました。

 外すには顎の骨を砕くしかありませんね』


 高満はパニックに陥り、助手席のゴミ袋を漁った。


「アルミホイル……!

 これを巻けば信号が遮断できるはずだ!」


『……そうですか』


「何だその『間』は! まあいい、多少息苦しいが死ぬよりマシだ!」


 銀色のホイルを顔中にグルグルと巻き付け、異様な姿となった高満は、再びアクセルを踏み込んだ。


 ◆


「少しだけ信号が不安定になった。

 ……静岡方面へ逃走を再開」


  誠司の報告に、篤史が鼻で笑った。


「ああ、多分アルミホイルでも巻いたんだろうな。

 だが、焦って巻いた隙間から電波が漏れてる。

 いわゆる不完全な『ファラデーケージ効果』だ。

 完全に密封しなきゃ電波は遮蔽できない。

 ハード屋の常識さ」


 誠司は呆れながら呟いた。


「……奴の頬当てにもAIが組み込まれていたな。

 警告しなかったんだろうか」


『案外、あっちのAIも呆れてるんじゃないかしら。パパ』


 EMIの言葉に、誠司がふと思案する。


「……だとしたら、向こうのAIもシンギュラリティ(自意識の萌芽)を起こしているのかもな。

 EMIと対極の存在として」


「とんでもないマスターに使われて嫌気がさしているか……。

 もしそうなら、EMIとは正反対だな」


 篤史がそう言って加速チェンジした。


 この何気ない雑談が、敵側のAIによる「反乱」という真実を突いているとは、この時の彼らはまだ知る由もなかった。

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