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3-0 プロローグ:執念のノイズ

 闇の中、鉄が焼ける臭いとガソリンの芳香が混じり合う。


 崖下でひっくり返り、無残な鉄屑となった「最新EV車」から、泥にまみれた右手が這い出した。


「ガハッ……、ゴホッ……!」


 血を吐きながら這い出したのは、かつて「オーガ」と名乗り、白夜の協力者として増長していた高満だった。


 全身の骨が軋み、火傷の痛みが神経を焼く。


 だが、その苦痛以上に彼の胸を焦がしていたのは、ドス黒いまでの「屈辱」だった。


 燃え盛る車の残骸から、泥にまみれた右手が這い出し、放り出されていたスマートフォンを掴んだ。


 高満は、蜘蛛の巣状にひび割れた画面を執念深く見つめる。


  「まだだ……。俺は、まだ終わらんぞ。

 あのノーフェイスに……必ず……」


 ◆


 その頃、八咫烏のアジトでは、誠司の袖を掴んで離さない優希を中心に、騒がしくも新しい日常が動き出していた。


 誠司は女性エージェントたちからの「はっきりしなさい」「腹をくくりなさい」という無言の(あるいは直接的な)圧力に冷や汗を流しながらも、新生チーム「クアッド」の役割を定義していく。


 誠司ノーフェイスは、思考加速クロック・アップによる戦略立案とメインハック。


 EMIは、 24時間の広域監視と、膨大なパケットからの情報精査。


 優希リトル・フォックスは、 敵のファームウェアやハードウェアに潜り込む、変幻自在のトリッキーな攻撃。


 篤史プロメテウスは、 物理的な防衛、超高速の移動手段、そして全固体電池をはじめとする最新デバイスの供給。


 優希のコードネームは、白夜に特定されるのを防ぐため「リトル・フォックス」に変更された。


「リトルは余計よ!」という本人の抗議は、誠司によってあえなく却下された。


 ◆


 事態が動いたのは、優希がもたらした一つの情報からだった。


「おじ様、奴の『鬼の頬当て』には、私の特製GPSが組み込まれたままよ。

 ……生きてる。

 奴はまだ生きてるわ!」


 高満の生存は確定的となった。


 だが、彼に逃げ場はなかった。


 整形後の素顔と頬当て姿、二種類の写真が「大天使」の手によって全国に指名手配され、マスコミは一斉にその醜態を報じた。


 さらに、白夜系のメディアが「高満の車に少女が同乗していた」と報じていたことが仇となり、彼は世間から「最悪の少女趣味」という不名誉なレッテルまで貼られることになった。


 不幸は続く。


 Twitchのライブ配信で晒された「SuperBaker」の正体が高満だと特定され、かつてのハッキング動画が再燃。


 親会社であるMKKの株価は暴落し、犯罪者を重職に就けていた人事体制に批判が殺到。


 会長以下、重役全員が辞任に追い込まれる未曾有の事態へと発展した。


 ◆


 その頃、高満は盗んだHEV車の中で、執念深くノートPCを叩いていた。


 山菜取りの老夫婦から奪った車は、運良く貴重品や通信端末が残されていた。


「AI、見ろ。

 俺はやはり天才だ。

 八咫烏の防壁を突破したぞ!」


『マスター、侵入するならせめてVPNを経由してください。

 足がつき放題ですよ』


「ええい、そんな使いにくいものは知らん! 犯行声明だ。

 データを壊したくなければ、仮想通貨で百万ミリオン送金しろ、とな。

 くくく……」


 高満は歓喜に震えていた。だが、彼が「突破した」と信じているのは、優希が用意した隔離環境サンドボックスに過ぎなかった。


 ◆


「どうだい、僕の新作……『エターナル・ティー・ポット』の味は」


 優希がニヤリと笑う。


 高満がどこへアクセスしても、画面には『418 I'm a teapot』の文字が無慈悲に並ぶ。


「おじ様、奴のGPSは今、静岡方面へ向かっているわ。

 ……止まった。

 どうやらハッキングに夢中で車を止めたみたいね」


「よし、アクティブ・ディフェンス(能動的防御)に移行。

 奴をその『ティーポット』の中に閉じ込めておけ。

 篤史、行けるか?」


「ああ。

 シートベルトを締めな。

 ……焼き尽くしてやるよ、あのゴミ虫を」


 篤史の愛車が、夜のハイウェイを静岡へと切り裂く。


 その後方からは、白夜のマークを刻んだ黒塗りのSUV軍団――粛清部隊もまた、死神のような沈黙を保ちながら高満の座標を捕捉していた。


 哀れなピエロを巡る、二つの追跡者が交差する。


 誠司たちの待つ『法の檻』か、白夜の用意した『無言の棺』か。


 高満が『ティーポット』の迷宮に惑わされている間に、チェックメイトの時は刻一刻と迫っていた。

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