事件内容は大臣の行方不明
カトゥンを早足で追って到着したのは、研究室だった。
「本来なら作戦室なのだが、さすがに国内治安に関わる以上、ダイを入れるわけにはいかない。だが、ダイの見識を聞く必要もある。というわけで、ついて来てもらった」
研究もかなり国内事情というか国家秘密級のはずだが。
「実は、消息不明者が出た」
それならば確かに警察事案だ。が、しかし、国内問題云々というのはいささか飛躍しすぎではないだろうか。その事案が軽度だと言っているわけではない。
「大臣なんだ」
確かに国内問題である。しかも場合によっては外交問題にもなりそうだ。
「他国の拉致は有り得ない。なにせ城下にいたのが確認されているからだ」
それならスパイなどの暗躍によって、それこそ外交問題になるのではないだろうか。腹心が敵と通じていたなんてことは歴史が雄弁に語る点である。
「それならば何かしらの要求があるはずだ。しかし、現在の所どこの国や自治区からも音沙汰はない」
身代金なり、取引条件なりがあるからこそ高位の役人を連れ去るわけだが、それがないとなれば、
「暗殺か?」
消去法が一番物騒だった。ただ、それも一滴の血痕もなければ、傷害事件や騒ぎさえ報告されてないとのこと。
「それなら自作自演の失踪とか」
あの大臣の性格上そのようなことはしまい、というのはカトゥンばかりではなく、デイザンもイングロードも室長も同意であり、聞けば他の役人も兵士も他意や異議を示すものはいないと言う。
「けれども、それはこれまでだろ。例えば家族に身の危険が迫り、脅迫されて……自作自演はしないか」
カトゥンの補足によれば、家族は全員安否が確認されており、しかも傷一つ、あるいは周辺の関係で軋轢さえもないという。
「その他、確定できるような証拠が一切ない」
カトゥンの表情が曇った。デイザンもイングロードも暗い。室長は我関せずである。とはいえ明るくもない。部隊である以上面識があるだろうが、室長とはいえ研究者と専門外の大臣とはやはりそれほど接点が少ないということであろう。
「神隠しってことか」
ここで春日大が呼ばれた理由に合点が行った。
「俺がこっちに来て、その大臣が日本に行った……」
ぼそりと思い付きを言ってみた。安否を確認する具体的な着想ではない。ただ単に頭に浮かんだだけだ。それが的を一ミリも得てないことは分かり切っている。春日大が転移してから時間が経っているし、大臣がミミ関係を装着できないにしろ発見でもしたら、それこそ評判通りの大臣ならば報告をしているだろう。
「《災悪》絡みなら……」
数は少ないが春日大が目撃した現象。人が異形になる種の《災悪》は本当に気味が悪い。大臣自身が《災悪》に巻き込まれ、身体変容までしたとしたら、姿が見えない点はクリアできる。しかし、城下にも建築物や家屋に被害なぞありはしないし、目撃者もいない。それに、
「《災悪》なら私たちが感知できないのがおかしい。城下のあちこちに、とある器具を設置してある。それにも反応もなかった」
つまりは事前に室長たち研究グループが赤外線アラームもどきを作っていたわけだ。
「《災悪》ではないが、人間に関心がある生物、……生命体は確認されている?」
「関心とは?」
「生体的に、食糧的に、その他あらゆる意味で」
「ないとは言えない。いくつかの種族は人間を捕食するものもいる。ただ、そうなら城下で目撃者がいないことと大臣だけいなくなった点に合理性がない」
室長はやはりすごいのかもしれないと、何も資料を見ないで即答した生物学的見識に舌をまくが、
「異文化接触の面は?」
「やはり大臣だけというのは、どうもな。それになぜ大臣だったのか、偶然大臣だったとしてもやはり大臣が誰にも知られずにという点と矛盾する」
残るのは、
「ダイ、君の国の研究にその他の仮説はないのか?」
「それを確認するためにいくつか質問したんだが、俺の浅識を保留してもらっても……」
顔をしかめながら個人的見解を述べる。言い訳にしかならない。だが、ピコライトの騎士たちはそうは思わない。あくまで国内事情。それこそ偶然来訪した異人に別の視点を求めただけである。何より一介の高校生に意見を求める方が無茶である。それでも、イヌミミを装着できる以上カトゥンたちが何かしらの期待を持つのも分からなくはない。捜索を続行する、それ以外の選択肢はないのだ。
ただ、春日大には一つ気がかりがあった。
「イトラス、あのさ」
柔らかいが毅然とした色合いの春日大の声で、誰しもがイトラスの存在を再確認した。それくらいにイトラスは大人しかったのだ。
「知っていることがあるのなら、言ってくれないか」
春日大を見上げるイトラスの眼にはいつになくおどおどした感じがあった。
「知っているというか、ざわざわするんです」
「ざわざわ?」
「はい、背子様。なんだかこう落ち着いていられないような」
「知識ではなく、感覚的に通常でないと思うということ?」
「そうです、背子様。なんでしょう、不快までは感じないのですが」
すっきりさっくりしているイトラスが言いきれないとしている感覚とやらは、
「もっと明確に説明できないのか」
竹を割ったような女騎士様にはむず痒いようでじれったそうだった。カトゥンの心情も分からなくはない。騎士としては大臣が行方不明となり手がかりが一つもないと来た。ようやくとっかかりに思われた口から出たのが非常に知覚的なこととあっては物足りないのだろう。
「お前になぞ測れるものか、メスネコ」
口汚い割には毒気のない反撃である。ところが。その毒舌が、
「そう! メスネコ。メスネコですよ、背子様」
ようやく活気づいてきたのは良い兆候だが、何か気付いたとしたもっとオブラートに包んだ方がいい。
「落ち着いて、イトラス。いったい何に気付いたんだい?」
イトラスから盛りのついた小動物呼ばわりされて地団駄を踏むカトゥンはすでにデイザンによって羽交い絞めにされており、この状況で平静で問える辺り、春日大の胆力も大したほどである。
「メスネコです、犯人」
イトラスが毅然として、女騎士を指さした。さすがのカトゥンもしばらく動きを止め、その意味を咀嚼している様子で、その後
「私が大臣をかどわかすはずがなかろう」
などと雄叫びを上げるものだから、デイザンも本気モードで締め上げる始末。
「犯人じゃなくて、カトゥンみたいなって言いたいんだろ」
「はい、背子様。さすがです」
徐々に覇気を取り戻しつつあるイトラス。春日大にしがみついてさらなる英気を養う算段とも見える。
「ダイまで何を言い出す! 私は潔白だ!」
デイザンの腕力の中でもさらに暴れ出すカトゥン。振り回す拳やら踵やらで打撲中のデイザンが気の毒である。
「つまり、ミミ関連だということだ」
ようやく大人しくなるカトゥン。作業中の姿勢が硬直する室長。
「そういうことだ」
眠そうに入って来たのはウキヨである。誰しもがとっとと出てこいとは思ったものの、
「だから、お前たちには修練が必要だと言っただろ」
春日大が導き出した仮説を断定してしまったのだから、妙に説得力があるので反論の仕様がない。
そこへ。
「失礼いたします」
朝のカトゥンほどの激しさはないものの、やはり緊急事態であろうことは入室した兵士が、
「《災悪》が出現いたしました。部隊には出動が下されました」
言い切って自らの職務に戻る兵士。だが、
「《災悪》?」
ネコミミ部隊のメンバーがキョトンとした。まるで知覚しなかったのだ。ただ、
「ちょっと、これは気がかりな数値だな。《災悪》、……ではない気もするが、一体なんだ、これは。どっちみち、早くした方がいいみたい」
室長がとある画面を見ながら目を走らせている。
確認し合って走り出すネコミミ部隊。
「さて、私は」
けだるそうに外へ出ようとするウキヨをつまみ上げ、
「どこに行かれますか、閣下。いろいろと確認しなければならないので、同行を願いたい」
顔を突き合わせる春日大に、
「察しがいいな、ダイ。ま、いいだろ」
観念したみたいな顔して体の力を抜く。そのまま春日大が一歩出るので、
「まずは、放してもらえないだろうか」
ねだるように言った。
「じゃあ、イトラス。ウキヨ様をしっかり抱っこして差し上げてくれるか」
摘んだままイトラスへウキヨを突き出すと、
「はい、背子様」
これ見よがしにウキヨを抱き寄せて、走り出している春日大に続いた。




