0年目 第9話 初代キャプテン
第9話 初代キャプテン
数日後。
俺と岡本さん、隠岐の三人で大学サッカーを見に来ていた。
「何番?」
「六番です」
隠岐が指差す。
「長谷川直人。四年生です」
長谷川直人。
中盤の選手。
派手ではない。
でも。
よくボールに触る。
味方に声をかける。
ボールを受ける前に何度も周囲を見る。
味方がミスをすると、すぐに近づいて何か話している。
逆に守備を怠った選手には強く言っていた。
そして自分も走る。
「あいつやな」
岡本さんが言った。
「どうです?」
隠岐が聞く。
「ちょっと待て、見たばっかりや」
俺も長谷川を見る。
能力はプロ並みとは言わないが十分高い。
JFのアカデミー出身だったな。
流石だ。
キャプテンとしてはどうか?
適性までは俺の能力でも見えない。
でも、能力を使うまでもなく、キャプテンシーが十分あるように見える。
味方に声をかける。
周囲を見て自分も走る。
監督が集合をかけると誰よりも早く集まる。
周りにも注意する。
監督の話を聞く姿勢も素晴らしい。
部下にもしてほしいやつだ。
よく分からなかったっぽい下級生にも説明している。
「岡本さん」
「なんや」
「どうでしょうか?
能力もキャプテンシーも問題なさそうに見えます」
「俺もや。試合の時の様子も見たいが、今見た感じは問題ないわ。
あの聞く姿勢がええな」
即答だった。
「よし」
隠岐が立ち上がる。
「じゃあ、話してみますか」
「お願いします」
「ただ」
隠岐が俺たちを見る。
「多分、簡単ちゃいますよ」
◇
理由はすぐに分かった。
長谷川には、すでにいくつかのチームから話が来ていた。
俺たちより上のカテゴリー。
社会人サッカーでは、それなりに名前の知られたチームもある。
そりゃそうだ。
あれだけの選手だ。
「普通に考えたら、そっち行くよな」
俺が言う。
「まあ、サッカーだけ考えたらそうやろな」
岡本さんも否定しない。
「会社の条件なら?」
「ウチも悪くないですよ」
隠岐が答える。
「ただ、それだけで決める感じでもなさそうですね」
「どうする?」
「まず話しましょ」
そうだな。
何事も話さないと始まらない。
◇
長谷川と話す機会を作ってもらった。
第一印象は真面目。
短髪で爽やか。
キリッとした顔はイケメンというよりは男前って感じがする。
日焼けしているが、歯は白く綺麗。
清涼飲料水のCMに出られそうだ。
受け答えもしっかりしている。
俺たちが京南FCについて説明すると、ちゃんと質問もしてくる。
練習時間。
仕事。
チームの目標。
監督の考え方。
どんな選手を集めているのか。
俺たちが選手を見ているつもりだったけど。
向こうも俺たちを見ている。
そんな感じだった。
こいつ、社会人適性もめちゃくちゃ高いな。
更に来てほしくなったぞ。
でも、やっぱり即答はしなかった。
「ありがとうございます。ただ、他からも話をいただいているので、少し考えたいです」
ですよね。
でも隠岐は焦らなかった。
「もちろん。そらちゃんと考えた方がええよ」
そこから。
サッカーとは直接関係ない話までしていた。
大学生活。
後輩。
アルバイト。
就活。
将来。
気がつけば、長谷川の方がよく喋っている。
俺は横で聞いていた。
本当にどうやってるんだ?
話を聞いているうちに。
少しずつ長谷川という人間が分かってきた。
大学では、下級生の面倒を見ることが多い。
練習メニューについて監督やコーチに意見を言うこともある。
試合に出られない選手の相談にも乗る。
そして、小学生のときに初めてキャプテンを任された話が興味深かった。
この爽やか男前キャプテンも、昔は引っ込み思案だったそうだ。
当時のコーチが長谷川の秘めた才能に気づいたのか。
それとも、たまたまだったのか。
今となっては分からないが、長谷川は次のキャプテンに指名されたそうだ。
「小学生の頃、初めてキャプテンにされた時なんて、嫌で仕方なかったんですよ」
意外だった。
「俺、昔は結構引っ込み思案で。なんで自分なんだって。その日の夜、緊張して眠れなくて」
それでも、好きだったアニメのキャプテンを思い出して、次の日の練習で思い切って声を出した。
それから少しずつ、周りから頼られるようになった。
「最後にコーチから『お前をキャプテンにして良かった』って言われたの、今でも覚えてます」
長谷川は少し照れたように笑った。
「たぶん、あれが今の自分の始まりなんですよね」
何かを任された時。
頼られた時。
そんな話になると、明らかに長谷川の話す量が増える。
◇
帰り道。
隠岐が笑った。
「なるほどなぁ」
「何が?」
「長谷川君ですよ」
「うん」
「責任持たされたら燃えるタイプですね、あの子」
「そうなの?」
「多分」
多分なのか。
「サッカーの条件だけで勝負したら、他のチームに負けると思います」
「ですよね」
「だったら」
隠岐が笑った。
「違うもんで勝負したらええんですよ」
「勝算はあるんか?」
「いえ、分からないですわ。
でも、勝負にはなります」
この時の隠岐の笑顔は、やり手の営業マンの顔に見えた。
◇
後日。
もう一度、長谷川と会った。
ただし。
前回とは違う。
最初に隠岐が言った。
「長谷川君」
「はい」
「京南FCの初代キャプテン、やってみいひん?」
長谷川が止まった。
「……キャプテンですか?」
「そう、初代のキャプテン」
「私が、ですか?
まだ入るとも言ってないんですけど」
「せやから口説いてんねん」
隠岐が笑う。
「ウチにはまだ歴史がない」
長谷川が黙って聞く。
「強い選手も、伝統も、実績もない。来年、府六部から始まるチームや」
そこだけ聞くと本当に何もないな。
「でもな」
隠岐が続ける。
「何もないから、自分らで作れる」
長谷川の表情が少し変わった。
「出来上がった強いチームに入るのもええと思う。そこで上を目指すのも絶対面白い」
否定しない。
「でも、自分が中心になって、ゼロから強いチーム作るんも面白そうちゃう?」
長谷川は何も言わない。
隠岐はそこで俺を見る。
事前に聞いていたとおりだ。
長谷川と目を合わせる。
「俺たちは本気でプロを目指します」
長谷川は俺を見る。
「そのためには、チームの中心になって引っ張ってくれる人が必要です」
長谷川。
この選手なら。
俺たちがこれから作るチームの中心になれる。
そう思う。
「長谷川君」
「はい」
「京南FCの初代キャプテンになって」
一度、息を吸う。
「このクラブをプロまで連れていってくれませんか?」
長谷川が目を丸くした。
岡本さんが隣でニヤッと笑った。
隠岐も笑っている。
しばらく。
長谷川は何も言わなかった。
そして。
「プロまで進むチームの初代キャプテン……か。
そんなこと言われたら、やってみたくなるじゃないですか」
隠岐の笑顔がさらに大きくなる。
「それで?」
「かなり興味出ました」
まだ。
加入が決まったわけではない。
でも。
手応えはあった。
その後も何度か話をした。
仕事について。
サッカーについて。
将来について。
長谷川が他のチームとも最後まで迷っていたことも知っている。
それでも。
数日後。
一本の電話が入った。
◇
「長谷川君、決まりました!」
隠岐の声が部屋に響いた。
「マジで!?」
「京南FCに来るって!」
「よっしゃ!」
思わず立ち上がった。
岡本さんも笑っている。
伊東と佐藤さんも手を叩いている。
七人目。
でも。
ただの七人目じゃない。
京南FCの初代キャプテン。
長谷川直人。
後になって考えれば。
あの日。
俺たちは選手を一人獲得しただけじゃなかった。
京南FCというチームの。
最初の中心を手に入れた日だった。




