0年目 第8話 飲み会
第8話 飲み会
田中和弘が京南FC最初の選手になった。
それから一か月ほど。
田中に続いて、何人かの選手から内定承諾をもらうことができた。
高校生。
大学生。
社会人。
全員がすぐに決まったわけじゃなく、断られた選手もいる。
それでも、一人決まり、二人決まり。
気がつけば、京南FCへの加入を決めてくれた選手は六人になっていた。
ゼロだった時とは大違いだ。
そして今日は。
「六人に乾杯!」
「乾杯!」
京南市内の居酒屋。
会社から近く、よく利用している店だ。
サッカー事業部創設プロジェクトのメンバーで飲みに来ていた。
──もちろん、費用は俺持ちだ。
俺。
伊東。
佐藤さん。
岡本さん。
隠岐。
プロジェクトが始まってから、まともに飲みに来るのは初めてだ。
「いやぁ、やっと六人」
俺はビールを飲む。
「ようやくプロジェクトメンバーの数を超えましたね」
と伊東。
結構いい飲みっぷりだ。
「社長、追加メンバーの件どうなってるんです?」
ドンッと空のグラスを置きながら佐藤さん。
ぎくり。
「ごめん、言うの忘れてた。追加メンバーは延期になった。現状必要な手続きや準備は順調に進んでるから……」
「ええ〜、何とかしてくださいよ〜」
あれ、佐藤さん、飲むと性格変わる?
「ごめん。今年の総務部の新人の子が研修終了後にこっちに半分入ってくれるから。何か現状で困ってるところあるの?」
「いえ、確かに申請の類は思ったよりもややこしくなかったし、永井さんも親切にしてくれますけど〜」
「けど?」
「女の子がプロジェクトに欲しいんです〜
増えたのはおじ……男性だけじゃないですか!
しかもみんなサッカー好きの!!
普通の女の子の仲間が欲しいんです〜」
おお、酔ってても発言には気をつけている。
やるじゃないか。
「分かったよ、もう少しだけ待って」
「分かりました〜、もう少しだけですよ〜
あ、店員さん、生おかわり!」
結構面白いな、この子。
ふと逆を見てみると、岡本さんが日本酒を飲んでいた。
あれ?
さっき乾杯したところじゃなかったかな?
「岡本さん、結構飲みますね。お酒強いんですか?」
「普通やろ」
この発言は強者感があるな。
俺の人生の統計上、普通と言う人はお酒に強い。
確かに顔色が全く変わっていない。
「社長はもう顔が赤いですよ〜」
佐藤さんが笑う。
「佐藤さんが可愛いから照れてるんだよ」
「え? 何ですか?
もう一回言ってください〜」
「いえ、何でもないです」
ボケ殺しか。
二回言うのは恥ずかしいぞ。
皆も笑ってないで助けてくれ。
「岡本さん、グラウンドと食堂の工事の業者の方って知り合いなんですか?
工事に来てる時によく話してますよね?」
伊東が話題を変えてくれた。
できるやつは本当に助かる。
「せやな、中学の同級生やで」
「なるほど、さすが地元民」
「隠岐もよう喋ってるけどな」
「確かに」
隠岐は業者の方とか内外関係なく、誰とでも喋りまくっている。
さすがのコミュ力だ。
逆に社内から隠岐について質問されることも多い。
一番多いのは、
「え、隠岐さんって営業じゃなくてサッカー事業部なんですか?」
という質問だ。
早くも目をつけられたか。
こっちの仕事は最優先として、営業の仕事も始めてもらってもいいかもな。
「あれ? その隠岐は?」
「岡本さん、これ美味いですよ」
と、隠岐が突然何かの煮込みを持ってやって来た。
「お、ほんまやな」
「店長さんのおすすめです」
「店長と知り合いなん?」
「いや、今日初めてです」
「なんでおすすめ聞くほど仲良くなってんねん」
いないと思ったら……
こいつのコミュニケーション能力、本当にどうなってるんだ。
隠岐が来てから、選手との話は明らかに進みやすくなった。
俺たちが説明すると条件の話で終わってしまうことでも、隠岐が話すと、なぜか相手の方から色々話してくれる。
何に迷っているのか。
何が不安なのか。
将来どうしたいのか。
そして、その人に合わせて話をする。
選手を見る目はない。
本人も認めている。
でも。
選手に来てもらうことに関しては、間違いなく頼りになった。
◇
「そういや、工事の業者からグラウンド周りの駐車場は大丈夫かって聞かれたで?」
岡本さんが唐揚げを食べながら聞いた。
「駐車場?
会社用の駐車場で足りませんか?」
──ウチは少し田舎に社屋を構えているので、無駄に広い駐車場を持っている。
「足りるか足りへんかで言うと足りるけど、社屋挟んで逆側で結構遠回りせなあかんやろ?
スクールやった時の保護者とか練習試合の相手とか、ちょっと不便やで。荷物運ぶにも遠いしな」
「なるほど、確かにそうですね」
「土地をならして砂利敷き詰めるだけなら、そんなに高くなくできるみたいや。グラウンド工事のついでやな」
「同級生割引効きます?」
「知らんわ、自分で聞け」
「了解。伊東、来週話聞いてきて」
「了解です。
あ、佐藤さん、食堂のメニューアンケート何て書いたの?」
──伊東が待ち望んだ社員食堂も、グラウンドと並行して工事が進んでいた。
「そりゃ、スイーツですよ〜
女子が生きていくためには甘いものが必要なんです!」
「確かによくチョコとか食べてますもんね」
「岡本さんもアンケート書きました?」
「……入れ方が分からん」
「聞いてくださいよ!
この間もエクセルのファイル壊してあたふたしてたでしょ」
「可愛い鬼のおじさんでしたね〜」
「うっさいわ」
よしよし。
岡本さんと二人も打ち解けてきてるな。
「食堂って完成いつやった?」
「年末予定ですね。栄養士の方はもう採用進めてて、一部限定でのプレオープンも考えてるとか」
「ええやん、サッカー部に間に合いそうやな。
練習後にちゃんとしたご飯食べたら体どんどんできるで」
と、岡本さんはまた杯を空にする。
その日本酒、結構度数強いけど大丈夫かな?
「伊東、それ腕に何つけてんのや?」
岡本さんが伊東の腕を指差した。
「ん、これですか?」
「そう、その黒いやつ」
「ああ、これは例のAIトレーナーの試作機です。市販のウェアラブル端末のセンサー部分を流用して……」
「……」
あ。
岡本さん、全く分かってないな。
「伊東くん、専門用語を使わないで説明しないと一般の人には分からないですよ」
さすがの隠岐のフォロー。
「あ、えーっと、これをつけてると選手の運動量とかを測定できるんですよ」
「あー、前に言ってたやつか」
「はい。まだ試作段階なのでデータは取れますが、トレーニングマシンとの連動とか、AIからのアドバイスとかはまだできないです」
「自分から進んで試作機のモニターしてるの偉いですね」
「いや、立ち上げプロジェクトメンバーだからって半ば強制的にですよ!」
伊東が腕についた試作機を見せる。
「毎日専用の体重計で体重と体脂肪を測らないといけないですし、食べたものの記録とか、開発からの要望に応えて運動しないといけないですし」
「ああ、コソコソ何かやってると思ったらそういうことかいな」
「なかなか大変ですね」
「大変ですよ。まあ、食べたものの記録が面倒っていうフィードバックは毎回してるので、本番ではある程度簡単にしてくれるはずです」
なるほど。
伊東は結構鋭い意見を言うから、この手のモニターには向いてそうだな。
「あれ? プロジェクトメンバーってことは、さと……」
何やらプレッシャーを感じる!
ここに触れてはいけない!
と、第六感が言っている!!
「いや、何でもない」
と言いつつ、隠岐に目配せする。
隠岐がすぐに話題を拾った。
「個人情報をめちゃくちゃ扱うんで、その辺は注意しなあかんですね」
「ですよね。そのあたりは大丈夫そうですが、念のため開発に伝えておきます」
ふぅーっ。
危ないところだった。
「トレーニングルームも進んでますし、目に見える進捗があると進んでいる実感が湧きますよね」
「あ、ユニフォームのデザインを社内公募した件で何件か応募ありましたよ!」
「おお、カッコいい奴あった? もちろん紫だろうな?」
「そこはもちろん」
「社長、そこだけは最初から全然ブレませんよね〜」
「紫は重要だから」
「何がそんなに重要なんですか?」
「将来ヴァイオレット京都と最強の紫をかけて戦うため」
「まだ言ってる〜」
佐藤さんが笑い、皆も笑う。
一か月前までは。
監督もいなかった。
選手もいなかった。
練習場もなかった。
何をするにも、一から調べていた。
今は違う。
監督がいる。
スカウトがいる。
選手が六人いる。
グラウンドの工事が始まった。
食堂の工事も始まった。
リーグ参加の準備も進んでいる。
社内制度も作っている。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
京南FCが形になってきている。
「なんか」
伊東がビールを見ながら言った。
「本当にできそうですね」
「今さら?」
「いや、最初は本当に大丈夫かなって思ってたんですよ」
「私も〜、今もちょっと思ってますけど〜」
佐藤さんも岡本さんも普通に同意した。
「俺も最初は金持ちの道楽やと思ってた」
そんな、ひどい。
「隠岐は?」
「面白そうやと思いましたよ」
「さすが隠岐!」
味方がいた。
「まあ、ダメやったら次の仕事探せばええかなって」
「おい」
全員が笑った。
なんだかんだ。
良いチームになってきたと思う。
サッカーチームはまだできていないけど。
作る側のチームは。
もうでき始めている。
そんな気がした。
「まあ」
岡本さんが日本酒を一口飲んだ。
「形にはなってきたな」
珍しく褒めた。
「でしょ?」
「せやけど」
来た。
絶対何か言う。
「まだ足らんな。
チームの中心になる奴がおらん」
中心。
「中心って、エースですか?」
「それも必要やけど、今言うてんのはそっちちゃう」
岡本さんが俺たちを見る。
「キャプテンや」
キャプテン。
「新しく作るチームやろ。高校出たばっかりの奴も入ってくる。大学から来る奴もおる。社会人から来る奴もおる」
確かに。
「全員バラバラのところから来るんや。最初は俺がまとめるだけじゃ足らん。選手の中に一人、中心になる奴がおった方がええ」
「なるほど」
監督がチームをまとめるのと。
選手同士をまとめるのは違う。
「プレーもそれなりにできて、周り見れて、言う時は言えて、他の奴から信頼される。そういう奴が欲しいな」
「要求高くないですか?」
「チーム立ち上げの最初のキャプテンやぞ」
それはそうか。
「でも、そんな選手がいたら普通に上のチーム行きません?」
伊東の言う通りだ。
「まあな」
岡本さんもあっさり認めた。
「……キャプテンかぁ」
六人集まった。
喜んでいたけど。
今度は中心になる選手。
チームを作るって。
考えることが次から次へと出てくる。
その時。
「あ」
隠岐が声を上げた。
「一人、心当たりあるかもしれません」
全員が隠岐を見る。
「どんな選手?」
俺が聞く。
「知り合いの大学におる子なんですけどね。周りからの評判はええですよ」
「隠岐から見て、選手としては?」
「俺に聞きます?」
「……ごめん」
「そこは社長と岡本さんで見てください」
学習している。
「一回、見に行ってみます?」
「行こう」
程よくアルコールも回り、その後も楽しく飲み会は続いた。
店を出て、自宅まで歩きながら今日のことを思い返す。
やはり酒は偉大だな。
酒豪の岡本さん。
絡み酒の佐藤さん。
店長と初対面で仲良くなる隠岐。
普段仕事をしているだけじゃ分からないこともある。
今後も定期的に飲みに行こう。
それにしても。
隠岐が心当たりがあるという、キャプテン候補。
どんな選手なんだろうな。




