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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第二章 地域定着編

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6年目 第7話 昇格決定大会 決勝

「きょーなん! きょーなん!」


試合開始までは、まだ一時間近くある。


選手たちはピッチでウォーミングアップしている。


特に緊張している様子もなく、集中できているように見える。


その選手たちにスタンドからは早くも京南FCの応援が響いていた。


「ドン! ドン!」


その声に合わせて、太鼓の音が鳴る。


この応援は先週の準決勝では、試合の途中から自然発生的に始まった。


一週間空いて少し心配だったが、今日は最初から当たり前のように行われている。


「すごいですね、社長。何だか応援団って感じになってますね」


隣にいる伊東が、嬉しそうに観客席を見上げる。


「本当だな。一回やっただけで、こんなに変わるんだな」


この前の試合までは決まった応援のやり方なんてなかった。


声を出す人も、どこか遠慮がちだった。


それが今では、知らない人同士が声を合わせ、子どもも大人も同じリズムで手を叩いている。


何より、みんな楽しそうだ。


「たいこのおっちゃーん!」


子どもたちの声が聞こえた。


見れば、植田さんが太鼓を抱えたまま、何人もの子どもに囲まれている。


「おう! 今日も元気に応援するで!」


「もっと太鼓たたいて!」


「よっしゃ、任せとけ!」


ドン、ドン、ドン!


「きょーなん! きょーなん!」


植田さん、すっかり人気者じゃないか。


「太鼓のおっちゃん、ですって」


伊東が笑う。


「いいなあ。ああいうの」


「社長も何かやってみます?」


「俺が太鼓を叩いたら、応援じゃなくて騒音になるぞ」


そもそもリズム感に自信がない。


植田さんに任せておこう。


先週と同じように、観客席には大勢の京南FCの関係者が集まっていた。


ノードシードの社員とその家族。


サッカースクールの子どもたちと保護者。


農業関係者や、普段からクラブを支えてくれている地域の人たち。


紫色が、観客席の一角を埋めている。


六年前には、こんな光景を想像すらしていなかった。


いや、想像くらいはしていたかもしれない。


ただ、それが本当に目の前にあると、少し不思議な気分になる。


「応援すごいわね」


振り返ると、瑞希と修ちゃんがやってきていた。


そして、もう一人。


「あれ、絵理さん?」


田中の奥さん、絵理さんだった。


少しふっくらとしたお腹を、ゆったりした服が包んでいる。


「こんにちは、社長さん。今日も応援に来ちゃいました」


「こんにちは。体調は大丈夫ですか?」


「はい、元気ですよ」


明るく笑う絵理さんを見て、瑞希が少し心配そうに声をかけた。


「でも、無理しちゃ駄目よ。ご実家も近くにないんでしょう? 妊娠中に何かあったら大変だし」


「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です」


絵理さんは笑いながら、自分のお腹を軽く撫でた。


「和くんが作ってくれる野菜が本当においしくて。いっぱい食べちゃって、予定よりも太っちゃいました」


「ノードシードのお野菜美味しいよね〜、うちの修ちゃんも大好きなの」


「ですよね、野菜なのにとっても甘いんです」


農業事業部の事業化計画は田中たちの頑張りもあり、順調に進んでいる。


実際に作った野菜は本当に美味しかった。


来年からは正式に事業部として立ち上げられそうだ。


「順調でよかったわ。でも、何か困ったことがあったら、遠慮しないで声をかけてね」


瑞希が優しく言う。


「私たちも近くにいるんだから。買い物でも、病院でも、何でもいいのよ」


「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、すごく心強いです」


「ねえ、修ちゃん。赤ちゃんが生まれるんだって」


瑞希が修ちゃんに話しかける。


「あう?」


「そうそう、赤ちゃんよ」


「まだ分からないかな?

 修ちゃんもちょっと前まではお母さんのお腹の中だったんだぞ」


しかしこうしてみると不思議だな。


少し前までここには大人しかいなかった。


でも今では新しい命がそこにあることが当たり前になっている。


ノードシード、京南FCという繋がりで広がっていると思うと感慨深い。


「じゃあ、お父さんはそろそろ岡本さんのところに行ってくるよ」


「ばいばい」


修ちゃんが手を振る。


「おう。頑張ってもらおうな」


今日勝てば、地域リーグ昇格。


六年間、目指してきた場所だ。


◇


試合前の選手たちは、思ったより落ち着いていた。


もちろん緊張はしているだろう。


ただ、先週の準決勝を勝ち抜いたことで、少し自信がついたようにも見える。


「相手は大阪の代表や。グループリーグでも戦ったから、強さはよう分かっとるな」


岡本監督が選手たちに話しかける。


大阪代表。


グループリーグでは押された結果、何とか一対一で引き分けた相手だ。


昨年まで地域リーグ二部に所属していたチームで、府リーグの相手とは一段違う実力を持っている。


その大阪と、もう一度戦う。


今度は引き分けでは終わらない。


「向こうも、こっちのことは研究しとるやろう。先週の試合も見とるはずや」


岡本監督が選手一人ひとりに声をかける。


「犬飼、お前には今日も走り回ってもらうで。攻めも守りも隙をみつけたら走れ!」


「はい!」


「田中、今日は上がるべきところでちゃんと上がれ。でも戻るときは死ぬ気で戻れ!」


「はい!」


「板垣、お前がエースや!

 試合を決めろ!

 でも行くときと行かん時を考えろ!」


「はい!」


「大久保、チャンスは少ない。少ないチャンスをものに出来るように備えておけ!」


「はい!」


岡本監督が続ける。


「ディフェンス陣、相手から目を離すな!」


「はい!」


「長谷川、サイドの上がりを効果的に使え!

 ただサイドを警戒してくるなら、空いたところを使え!」


長谷川が頷いた。


「はい!」


「いいか、このチームが出来てから六年。

 スタッフ含め皆よく頑張った。ほんまに良いチームにまとまったと思う。

 今日はその集大成や。

 あの応援に来てくれた人たちに、俺たちが京南FCなんや!っていうところを見せろ!」


「「「はい!」」」


長谷川が立ち上がる。


「よし、皆行くぞ!

 あの声援に応えるぞ!」


「「「おう!」」」


「地域リーグに行くのは俺たちだ!」


「「「おう!!」」」


選手たちが立ち上がる。


俺たちは、そんな選手たちを見送った。


「みんな、頑張ってくれ!

 今日も頼むぞ!

 ここまで来たんだ。最後は勝って、みんなで喜ぼう!」


「はい!」


「絶対勝ちます!」


力強い返事が返ってきた。


よし。


あとは信じるだけだ。


◇


「きょーなん! きょーなん!」


京南コールが響く中、試合開始の笛が鳴った。


大阪代表は、やはり強かった。


ボールを持てば簡単には失わないし、守備でも一人が抜かれたらすぐに別の選手がカバーに入る。


グループリーグで戦ったときと同じだ。


いや、あのとき以上に京南FCを警戒しているように見える。


「田中、上がれ!」


右サイドでボールを持った田中が、前へ走り出す。


だが、大阪の選手がすぐに寄せてきた。


さらにもう一人が、パスコースを塞ぐ。


「うわ、速いな」


思わず声が出る。


「やっぱりサイドを警戒してますね」


隣で伊東が言った。


「そうみたいだな」


田中は無理に突破せず、後ろへボールを戻した。


反対側でも同じだった。


左サイドバックが上がろうとすると、大阪の選手がすぐに対応する。


先週の試合で京南FCが何をしたのか、きちんと分析しているんだろう。


「これは厳しいかな……」


俺が呟いた、そのときだった。


長谷川が犬飼にパスを出す。


この動きに連動して田中が右サイドで上がりを見せる。


犬飼はダイレクトで長谷川に戻す。


大阪の選手がサイドへ寄った。


その瞬間、長谷川は右に出すと見せかけて中に鋭いパスを出した。


大久保へ。


「おお、いいところ!」


大阪の選手が寄せる。


だが、一歩遅い。


サイドを警戒していた分、中央への寄せが間に合っていない。


大久保はボールの勢いを利用して、寄せてきた相手をかわすようにターンした。


前を向くと同時に、板垣へスルーパスを送る。


「板垣!」


相手ディフェンスの間を、ボールが抜けていく。


板垣が走り込んだ。


「行け!」


トラップでそのままペナルティエリアに侵入する。


キーパーが飛び出してくる。


板垣は慌てなかった。


フワッとボールを浮かせる。


ボールがキーパーの上を抜けた。


そして、そのままゴールネットを揺らした。


「入ったあああ!」


俺は思わず立ち上がった。


「やった! 先制だ!」


スタンドから大歓声が上がる。


「きょーなん! きょーなん!」


ドン! ドン!


太鼓の音が響く。


大久保が両手を広げて走り出し、板垣に飛びついた。


他の選手たちも次々と集まって来ている。


「板垣コーチ!!」


子どもたちも狂喜乱舞だ。


「田中いい上がりでしたね!」


俺は絵理さんに話しかける。


「え、そうですか?」


「田中が前回と違って高い位置まで上がってくれたから中央を崩せたんですよ」


「……?

 よく分からないですが、役に立って良かったです!」


田中も長谷川も大久保もいい攻撃だった。


あのスピードでの攻撃なら大阪にも通用する。


板垣にもエースの風格が出てきた気がする。


ベンチでは岡本監督が大きく頷いている。


「よっしゃ! ええぞ!」


前半、京南FCが一対〇で先制した。


◇


だが、大阪も黙ってはいなかった。


先制されたことで、少しずつ攻撃の圧力を強めてくる。


京南FCが中央を使おうとすれば、今度は素早く寄せてくる。


サイドへの警戒も緩めない。


さすがだ。


一度やられたことを、そのまま放置してくれる相手ではない。


ただ京南も負けていない。


相手に決定的なチャンスを与えていない。


前半はそのまま一対〇で終了した。


ハーフタイム、選手たちが控え室に戻る。


俺たちは拍手で見送る。


このまま勝ってくれよ。


◇


後半が始まると、大阪の勢いはさらに増した。


中盤でボールを奪われる場面が増える。


犬飼が走り回ってカバーするが、相手の攻撃は簡単には止まらない。


右から攻めてきたかと思えば、今度は左。


中央にボールを入れて、再び外へ展開する。


あの手この手で攻めて来ている。


「うわ、危ない!」


大阪のシュートが、ゴールのわずか横を通り過ぎた。


助かった。


だが、その数分後。


大阪が右サイドから攻撃を仕掛けてきた。


田中が相手に寄せる。


犬飼も寄せてきて二人で奪おうとする。


しかし、大阪の選手は無理に仕掛けなかった。


一旦後ろのサイドバックに戻す。


そこから一気にサイドチェンジ。


左サイド深い位置まで通される。


サイドバックが当たるも縦に突破される。


大阪攻撃陣が一気にペナルティエリアに飛び込んでくる。


「まずい!」


左サイドからクロスが上がった。


CBが中央で競り合う。


だが、相手FWが先に頭で触った。


ボールがゴールの隅へ飛ぶ。


キーパーが手を伸ばした。


届かない。


ゴールネットが揺れた。


一対一。


大阪代表が、同点に追いついた。


「くそっ……」


思わず声が漏れた。


大阪の選手たちが喜び合っている。


敵ながらいい攻撃だった。


京南FCの選手たちは、直ぐに集まって声を掛け合っている。


同点にはされたが慌ててはいないようだ。


「まだ同点だ! 切り替えよう!」


「「おう!」」


いい声だ、観客席まで聞こえてきた。


観客席からは、再び応援が響き始める。


「きょーなん! きょーなん!」


ドン! ドン!


失点はしたが、応援は止まらなかった。


「きょーなん!」


俺たちも合わせて声を出す。


選手たちも、きっと聞こえているはずだ。


◇


後半も残り十分を切った。


スコアは一対一。


どちらも決定的なチャンスを作れず、時間だけが過ぎていく。


「このままだと、また延長か……」


ただこの時間でも京南FCの選手たちは運動量を落とさずに走っている。


岡本流エンドレスマラソンで鍛えられてるからだ。


あのトレーニングは京南FCに根づき、スタミナは俺たちの武器になっている。


犬飼は相変わらず、中盤を走り回っていた。


田中も何度も右サイドを上下している。


大久保や板垣も、相手の隙を探し続けている。


長谷川は声を出し、守備と攻撃をつないでいた。


「頼む……」


俺には、それしか言えなかった。


そして、後半も終了間際。


大阪が中盤でボールを奪った。


「まずい!」


大阪の選手が、一気に前へ出てくる。


京南FCの守備陣が下がる。


中央から相手FWへパスが出た。


そこへ。


「させません!」


犬飼が飛び込んできた。


ディフェンスラインにまで戻っていた犬飼が、相手のパスをカットする。


「犬飼!」


奪ったボールを、すぐに長谷川へ渡した。


犬飼はパスを出すと同時に、前へ走り出す。


長谷川はすぐには前へ蹴らなかった。


一度ボールを足元に置き、少しタメを作る。


そして、左サイドバックへパス。


そのまま自分も前へ動く。


左サイドバックから、長谷川へボールが戻った。


相手の寄せを外した長谷川が、顔を上げる。


その視線の先には、右サイド。


田中が走っていた。


「田中!」


長谷川は迷わなかった。


戻ってきたボールを、ダイレクトで大きく蹴り出す。


ボールが、ピッチを横切った。


左から右へ。


一気にサイドチェンジ。


田中の前には、広いスペースがあった。


大阪の選手たちは、左側へ寄せられていたのだ。


田中がボールを受ける。


そのまま右サイドを駆け上がった。


「和くん、頑張れ!」


絵理さんも叫んだ。


一人、相手が追いかけてくる。


田中はスピードを落とさない。


右サイドの深い位置まで進む。


そして、ゴール前へクロスを上げた。


「板垣!」


中央に走り込んだ板垣が、ボールに合わせる。


しかし、シュートではなかった。


頭で、後ろへそらしたのだ。


「えっ?」


ボールが、ゴール前を横切る。


その先には。


「大久保!」


逆サイドから上がってきた大久保がいた。


大久保は迷わずシュートを放つ。


「入れ!」


強烈なシュート。


だが、大阪のキーパーが反応した。


両手で弾く。


「ああっ!」


止められた!


しかし、ボールはゴール前にこぼれた。


そこへ、誰かが走り込んでくる。


「犬飼!?」


さっき、ディフェンスラインでパスをカットしたばかりなのに。


もう、ここまで来ているのか!


犬飼が右足を振り抜く。


「行けえええ!」


だが、大阪のディフェンダーも必死だった。


身体を投げ出して、シュートをブロックする。


ボールが高く浮き上がった。


「まだだ!」


誰かが叫んだ。


浮き上がったボールが、ゆっくりと落ちてくる。


その落下地点に、一人の選手が走り込んでいた。


田中だった。


右サイドからクロスを上げた田中が、そのまま足を止めず、ゴール前まで走ってきていたのだ。


「和くん!」


田中は落ちてくるボールを見つめる。


そして。


右足を振り抜いた。


ボレーシュート。


ボールが、一直線にゴールへ向かう。


大阪のキーパーが飛ぶ。


しかし、届かない。


ゴールネットが、大きく揺れた。


「――入ったあああああ!」


俺は叫んだ。


何も考えられなかった。


ただ、両手を上げていた。


「田中ああああ!」


ベンチから選手たちが飛び出す。


田中はゴール前で一瞬立ち尽くしていた。


自分でも、入ったことが信じられないのかもしれない。


そこへ犬飼が飛びついた。


「田中さん! やったあああ!」


「おう!」


続いて板垣、大久保、長谷川。


他の選手たちも、次々と集まってくる。


全員が田中を取り囲んだ。


「すげえ! すげえよ!」


俺は何度も叫んでいた。


犬飼が奪った。


長谷川がつないだ。


田中が走った。


板垣がそらし、大久保が打った。


犬飼がもう一度詰めた。


そして、田中が決めた。


誰か一人の力じゃない。


みんなでつないだゴールだった。


「きょーなん! きょーなん!」


ドン! ドン!


観客席から、割れんばかりの声が響いている。


見れば、植田さんが夢中で太鼓を叩いていた。


その周りでは、子どもたちが飛び跳ねている。


瑞希も立ち上がっていた。


修ちゃんも両手を上げている。


その隣で、絵理さんが口元を押さえていた。


目には涙が浮かんでいる。


自分の夫が、京南FCを地域リーグへ導くかもしれないゴールを決めたのだ。


それもあんなにカッコいいシュートを。


そりゃ、嬉しいよな。


俺だって泣きそうだ。


いや、もうちょっと泣いてるかもしれない。


◇


試合が再開された。


大阪代表も、最後の力を振り絞って攻めてくる。


しかし、残された時間はわずかだった。


「集中! 最後まで!」


長谷川が叫ぶ。


犬飼が走る。


田中が戻る。


板垣も大久保も、必死に守備へ加わる。


「頼む……頼むぞ……」


俺は時計を見た。


もう、ほとんど時間がない。


大阪が最後のロングボールを放り込んできた。


長谷川が競り合う。


高く跳び上がり、頭で大きく弾き返した。


そのボールを犬飼が拾う。


相手が寄せてくる。


犬飼は無理をせず、サイドへボールを逃がした。


そして。


ピィィィィィィッ!


長い笛が鳴った。


「やったーーーーー!」


隣の伊東が叫んだ。


「社長! 勝ちました! 勝ちましたよ!」


二対一。


京南FC、勝利。


地域リーグ二部への昇格が、決まった。


「……やった」


ようやく、声が出た。


「やったああああ!」


伊東と抱き合った。


岡本監督も、ベンチから飛び出している。


選手たちはピッチの上で、次々と抱き合っていた。


犬飼がその場に座り込む。


さすがに、もう走れないらしい。


そりゃそうだろう。


あれだけ走ったんだから。


長谷川が両手を突き上げる。


大久保が板垣の肩を抱いている。


田中は、仲間たちに何度も背中を叩かれていた。


「きょーなん! きょーなん!」


応援は、まだ続いていた。


ドン! ドン!


先週生まれたばかりの応援。


それが今日、昇格を決めた京南FCを祝っている。


「社長!」


伊東が俺の肩を叩いた。


「選手たちのところ、行きましょう!」


「おう!」


俺はスタンドにいた子どもたちにも声をかけた。


「皆、コーチたちのところに行って一緒にお祝いしよう」


何人かで誘導して慌てないように一緒にピッチに降りる。


でも自然と駆け足になってしまう。


下に降りると子どもたちは思い思いのコーチのところに駆け出した。


選手たちが、こちらに気づく。


「お前たち、来てくれたのか!」


「長谷川コーチ!凄かった!!」


長谷川が笑っていた。


「板垣コーチ、今度ループシュート教えて!」


「いいぞ」


板垣も普段より楽しそうだ。


「田中コーチ、カッコよかった!!」


「おお、見てくれたか。

 コーチあんなゴール生まれて初めてだよ」


「和くん、カッコよかったよ」


「お腹の子も見てくれたかな?」


田中も絵理さんと笑っている。


俺に気がついた長谷川が声をかけてくれる。


「社長! やりましたよ!」


「おう! やったな!」


差し出された手を握る。


いや、握手だけじゃ足りない。


そのまま抱き合った。


「ありがとう、長谷川」


「こちらこそ、ありがとうございます」


「本当に、よくやってくれた」


岡本さんもやってきた。


「社長、ようやくやな」


「はい。本当に……長かったですね」


「まだまだこれからやけどな」


「それはそうですけど、今日くらいは喜ばせてくださいよ」


「ははは! せやな!」


岡本さんが豪快に笑った。


その後ろから、田中が絵理さんと歩いてきた。


「社長」


「田中!」


俺は思わず、その肩を掴んだ。


「最高のゴールだったぞ!」


「ありがとうございます」


田中は少し照れくさそうに笑った。


「でも、みんながつないでくれたボールですから」


「そうだな」


本当に、そのとおりだ。


「最後、よくあそこまで走ったな」


「犬飼が走ってるのが見えたんで。自分も止まれないなと思って」


そう言って、田中は犬飼の方を見た。


犬飼はまだ座り込んでいる。


犬飼のところには子どもたちが群がっている。


「犬飼コーチ、大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫!

 コーチ走りすぎて疲れちゃったよ」


「コーチ凄かった、カッコよかったよ」


「ありがとう〜」


ピッチの上で選手、子ども入り交じって歓喜の輪が広がっていた。


観客席からはまだきょーなん!の声が響いていた。


◇


「記念撮影をするので皆さん集まってくださーい」


広報部が声をかける。


以前とは違い人数が多くなっているので拡声器を使っている。


ピッチには選手と子どもたち。


後ろの観客席には保護者たちや地域の人々。


府六部で優勝したときからずっと使っている「優勝おめでとう!」の横断幕もある。


その横には真新しい「地域リーグ昇格決定!」の横断幕もある。


何とか全体が入るようにカメラマンの篠宮さんも苦労している。


「撮りまーす!」


京南FCの新しい歴史が刻まれた。


この写真はまた執務室に飾ろう。


記念撮影が終わると選手たちが観客席の前に並んだ。


ピッチにいた子どもたち、観客席からも拍手と京南コールを送る。


長谷川が一歩前に出た。


「皆さん!」


応援が少し静かになる。


「今日は、本当にありがとうございました!」


大きな拍手が起きた。


「皆さんのおかげで、勝つことができました!」


長谷川は、一度仲間たちを振り返った。


そして、もう一度観客席を見る。


「俺たちは、六年間、この場所を目指してきました!」


声が響く。


「今日、ようやく地域リーグに昇格することができました!」


歓声が上がった。


長谷川は、さらに声を張り上げる。


「でも、俺たちはこれからも、もっと強くなります!」


「おおおお!」


「これからも、京南FCをよろしくお願いします!」


選手たちが一斉に頭を下げた。


観客席から、大きな拍手が送られる。


「おめでとー!」


「よくやったぞー!」


「きょーなん! きょーなん!」


子どもたちの声が、ひときわ大きく響いた。


その中心では、植田さんが笑いながら太鼓を叩いている。


「ドン! ドン!」


もう、誰もリズムを間違えない。


みんなが、同じ声を出している。


俺は、その光景をしばらく眺めていた。


六年前。


サッカー事業部を作ろうと思う。


そんなことを言い出したとき、ここまで来られるなんて、正直なところ分からなかった。


何度も悩んだ。


お金のことも、選手のことも、会社のことも。


うまくいかないことだって、たくさんあった。


それでも、今日。


俺たちは地域リーグへの昇格を決めた。


そして、こんなにも大勢の人が喜んでくれている。


いい光景だな。


俺は、心からそう思った。


「社長」


伊東が隣に立った。


「昇格、おめでとうございます」


「伊東も、おめでとう」


「ありがとうございます」


二人で顔を見合わせ、笑った。


「さて……」


俺は、もう一度ピッチを見渡した。


「今度はみんなで祝勝会だな」


「ですね!」


「盛大にやろう!」


「はい!」


地域リーグ。


ようやく、そこまでたどり着いた。


次のリーグで勝てるのか。


選手をどうするのか。


クラブをどう成長させるのか。


考えることは、きっと山ほどある。


だけど、それは明日からでいい。


今日はただ、この勝利を喜びたい。


六年間、一緒に歩いてきた仲間たちと。


そして、京南FCを応援してくれる、みんなと一緒に。


「きょーなん! きょーなん!」


太鼓の音が、また響いた。


俺も手を叩き、その声に加わった。


「きょーなん! きょーなん!」


京南FC。


創設六年目。


ついに、地域リーグ昇格を果たした。

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