6年目 第6話 昇格決定大会 準決勝
「おお、凄いな」
俺は、ノードシードの駐車場に並んだバスを見て、思わず言葉を漏らした。
寒くなってきた朝の澄んだ空気の中に大きな観光バスが十台も集まっている。
もちろん駐車場には入りきらず、路上で待機しているバスもある。
さらに、このバスに乗るべく応援の方々もどんどん集まってきている。
小さいお子さんも多いのでなかなかカオスな状態だ。
総務部を中心に整理してもらっている。
試合自体はお昼からなので直通で行けば時間にはかなり余裕がある。
でもトイレ休憩やら渋滞も考慮してかなり早い時間に集まってもらっている。
せっかく来たのに試合に間に合わなかった、とかなら意味ないもんな。
子どもたちや親御さんもみんな試合を楽しみにしてくれている。
同じスクールの友達も多く、お弁当やおやつも用意しているので遠足みたいな雰囲気なんだろう。
彼らの笑顔が朝日で輝いて見える。
彼らを笑顔のまま帰すことができるか、それは我らが京南FCにかかっている。
次の試合はいよいよ地域リーグ昇格決定大会、準決勝。
京南FCはグループステージを二勝一分けの首位で突破し、ついに地域リーグ二部への昇格まであと二勝というところまで来た。
そして今日、会社で手配した応援バスが、試合会場へ向けて出発する。
参加者は、およそ五百人。
社員とその家族、サッカースクールの子どもたちと保護者、地元で京南FCを応援してくれている人たち。
筋トレ部やジムの会員の人もいる。
まさか、こんなに集まるとは思わなかった。
「いや~、でもここまで多くなると思ってなかったですね。
京南FCが地域から応援されるチームになったってことですね!」
伊東が誇らしげに言う。
バスの手配では苦労しただろうに、それをアピールしない。
伊東も心から京南FCを応援したいと考えてくれているんだろう。
「そうだな」
そう言いながら、俺はもう一度バスの列を眺めた。
六年前。
京南FCが京都府リーグ六部で初めて試合をしたとき、僅かな社員とその家族くらいしか応援はいなかった。
それが今はどうだ。
応援に行くためだけに、バスが十台も並んでいる。
五百人もの人が、わざわざ休日を使って俺たちの試合を見に来てくれる。
「……ここまで来たな」
「はい、あとは昇格するだけですね」
「まずは今日の試合にしっかり勝ってもらおう」
京南FCのメンバーを乗せたバスはすでに現地に向かっている。
応援の力を届けるのだ。
◇
試合会場に到着すると、駐車場には応援バスよりも先に乗用車が多く停まっていた。
直接応援に来てくれた社員たちや地域の人の車のようだ。
「社長ー!」
声のする方を見ると、隠岐が手を振っていた。
隣には奥さんと子どもたちもいる。
「おお、隠岐。今日は家族で来たのか?」
「もちろんです。せっかくですからね。
私がスカウトした選手が活躍するところを見せないと」
隠岐と俺の姿を見て伊東も家族を連れてやってきた。
我が可愛い奥様と可愛い可愛い修ちゃんも一緒だ。
普段は仕事で顔を合わせているが、こうして家族もそろうとかなり新鮮だ。
「ほら、修ちゃん、これが我がノードシードが誇る敏腕スカウトマンの隠岐おじさんだよ」
修ちゃんを抱っこして隠岐に近づけてみる。
しかし修ちゃんは意外な抵抗力で隠岐から逃げようとしている。
今日は人見知りの日か…
「社長のお子さんは意外にも人見知りなんですね」
と伊東が突っ込む、意外とはなんだ、意外とは。
「そうなんだよ、俺に似て奥ゆかしいんだ」
「何言ってるの? おむつ変えてないからでしょ?」
と瑞希が修ちゃんを引き取って多目的トイレに向かう。
──ちなみに瑞希は俺の愛する奥様、佐藤さんの名前だ。
今日はお子さん連れの家庭が多いのでトイレは混んでいるみたいだ。
その姿を目で追っていると、意外な人物を見つけた。
「植田さん!」
そこには田中たちが農業の研修でお世話になった植田さんのところの息子さんがいたのだ。
同じ農業仲間なのか日に焼けた人たちと一緒だ。
しかも植田さんは何やら大きな荷物を持っている。
「えーっと、あんたは……
あー、田中の会社の社長か」
「はい、その節はうちの社員がお世話になりました」
「まぁそれはお互い様やわ、最後らへんはいい労働力やったんやけどな。
いなくなったらまた面倒なことは俺がやらなあかんようになった」
「ははは、それは指導がよかったんですよ。
ところで、それは?」
大きな荷物を指さす。
「応援の太鼓や」
「……太鼓?」
「今日こそ出番やと思ってな」
聞くところによると植田さんは以前から結構京南FCの試合を見に来てくれていたらしい。
その際、応援の声が小さいと感じていたらしく、
今日は満を持して公民館に眠っていた太鼓を持ってきたとのことなのだ。
「おお、それは頼もしいですね。
一緒に京南FCの勝利を応援しましょう!」
「任せとけ」
植田さんは胸を張った。
仕事のつながりから京南FCに興味を持って応援に来てくれる人もいる。
この人たちと一緒に試合を盛り上げていきたいな。
◇
今日の会場は兵庫県の中央くらいにある三木市の陸上競技場だ。
国体にも使われていたらしい会場は老朽化はしているが観客席も広く、非常に見やすい会場だった。
ちなみに今日は観客席からの応援だ。
前回は昇格決定大会ということでベンチに入っていたのだが、正直ちょっと邪魔だったらしい。
ぐすん……
まぁいい、気持ちを切り替えて今日は観客席から試合を盛り上げるのだ。
その観客席は、京南FCの応援に来た人たちで、かなりの部分が埋まっていた。
その数おおよそ七百人。
応援バスの五百人以外に、自家用車でも多く駆けつけてくれている。
数字としては分かっていたが、実際に集まっている姿を見ると、なかなか壮観だ。
ジュニアチーム、スクールの子どもたちは普段から着ている紫のユニフォームを着ている。
応援の保護者も大半が応援用の紫のTシャツを着てくれている。
紫に染まったスタンド、これはチーム創設時に俺たちが目指していた姿に近い。
「すごいな…」
試合が始まる前から少し感動してしまった。
「そうね…」
隣の瑞希さんも同じ気持ちだったようだ。
ちなみに俺たちや伊東の家族は非売品のレプリカユニフォームを着ている。
ちょっとした特典だ、許してくれ。
そして、選手たちがピッチに姿を現した。
「コーチー!」
「頑張ってー!」
スクールの子どもたちが、一斉に声を上げた。
おお。
これはすごい。
普段の試合とは、声の大きさがまるで違う。
子どもたちも人数の多さでテンションが上がっている。
そしてピッチにいる選手たちも、子供たちに手を振っている。
選手達も紫に染まった応援席を見てテンションが上がっているようだ。
「いやあ、いいな」
その姿を見て俺たちは笑顔になった。
応援というのは、やっぱりありがたいものだ。
ただ、一つ問題があった。
「頑張れー!」
「板垣ー!」
「大久保コーチー!」
「京南ー!」
みんな、それぞれ好きなことを叫んでいる。
人数は多い。
声も大きい。
だが、まったくそろっていない。
そこへ植田さんが、満を持して太鼓を持ち出した。
「よーし! みんな、いくぞー!」
ドドドン、ドン!
ドンドンドン!
……ん?
何だか、ずいぶん複雑なリズムだ。
「京南! 京南! オーオー!」
植田さんたちが声を張り上げる。
しかし、周囲の人たちはどう合わせればいいのか分からない。
何人かが声を出すものの、タイミングがばらばらだ。
太鼓だけが元気よく鳴り続けている。
ドドドン、ドン!
ドンドンドン!
「……難しくないか、これ?」
俺が伊東に聞くと、伊東も苦笑した。
「ちょっと難しいですね」
しばらく頑張っていた植田さんだったが、やがて太鼓を止めた。
「……いったん、やめときます」
うん。
その方がいいかもしれない。
でも、何とか応援を盛り上げようとしてくれているのは、本当にありがたい。
俺は植田さんに声を掛けた。
「まだ試合はこれからですし、ゆっくり考えましょう!」
「せやな!」
植田さんは、まだ諦めていないようだった。
◇
準決勝の相手は、兵庫県代表。
兵庫県リーグ一部を優勝し、昇格決定大会のグループステージも首位で突破してきたチームだ。
しかも、俺たちと少し似た境遇にある。
企業がバックアップし、将来のプロクラブ化を目指している。
ここ数年で着実に力をつけ、府県リーグの上位まで上がってきた。
さすがに京南FCのように毎年昇格してきたわけではないが、それでも十分に勢いのあるクラブだ。
そして昨年も、この昇格決定大会に出場している。
ただし、結果は敗退。
あと少しのところで地域リーグへの昇格を逃していた。
今年こそは。
その思いは、俺たち以上に強いのかもしれない。
「なんか、うちと似てますね」
俺が言うと、伊東さんもうなずいた。
「そうだな。向こうも会社がかなり力を入れているみたいですよ」
「そうなると、ますます負けられないなあ」
もちろん、相手だって同じことを考えているだろう。
プロ化を目指す二つのクラブ。
そのどちらかが、今日ここで敗退する。
これが勝負の世界か…
やがて、試合開始の笛が鳴った。
◇
「おっ、いいぞ!」
開始早々、京南FCがチャンスを作った。
中盤でボールを受けた大久保が、前を向く。
大阪代表戦では、ここで相手に囲まれ、パスが出せずにいた。
だが、今日は違う。
大久保がちらりと見ただけでいつもより早く、前線へパスを送った。
走り込んだ板垣がボールを受ける。
「行けっ!」
板垣が相手DFをかわし、ペナルティエリアへ切り込む。
シュート!
しかし、相手GKが弾き出した。
「惜しい!」
俺は思わず立ち上がった。
周囲からも大きな歓声が上がる。
「板垣コーチ―!!」
「もう一本!」
いいぞ。
今日は、大久保と板垣の連携が機能している。
大阪戦ではあれほど苦労したのに、今日は何度も相手ゴールに迫っていた。
地域リーグレベルのプレスに慣れたということだろうか。
ただし、相手も簡単には崩れない。
兵庫代表は、全体的に体格のいい選手が多かった。
競り合いに強く、クロスを上げても簡単に跳ね返される。
こちらが攻め込んでも、最後のところで体を張って止めてくる。
逆に、ボールを奪われると鋭いカウンターが飛んでくる。
「おおっと!」
相手FWが長谷川と競り合う。
かなり体格のいい選手だ。
だが、長谷川も負けていない。
体を寄せ、相手に自由なプレーをさせず、最後はボールを奪い返した。
「直人ー!」
突然、すぐ近くから大きな声がした。
びっくりして振り向くと、篠宮さんがカメラを構えていた。
カシャカシャカシャ!
「ナイス! 直人!」
おお。
今日も元気ですね。
長谷川の奥さんである篠宮さんは、旦那さんがボールに触れるたびに写真を撮っていた。
いや、触れていないときも撮っている気がする。
「すごいですね、篠宮さん」
「だって、今日は大事な試合ですから!」
それはそうなんですが。
その勢いだと、試合が終わる頃には何千枚になっているんだろう。
そんなことを考えている間にも、試合は進んでいった。
前半は、やや京南FCが優勢だったと思う。
大久保を中心にボールを動かし、板垣が何度も仕掛ける。
サイドからの攻撃も機能している。
しかし、点が入らない。
そして、前半三十五分過ぎ。
相手のカウンターから、コーナーキックを与えてしまった。
「……嫌だなあ」
思わずつぶやく。
兵庫代表は、体格のいい選手が多い。
セットプレーは、当然警戒していたはずだ。
相手の選手たちが、次々とゴール前へ上がってくる。
笛が鳴った。
ボールが高く上がる。
長谷川が相手FWと競り合う。
だが、そのさらに奥から別の選手が飛び込んできた。
「うわっ!」
強烈なヘディングシュート。
ボールはGKの手が届かないコースへ飛び込んだ。
一対〇。
兵庫代表、先制。
「ああ……」
俺は頭を抱えた。
ここまで、悪くない試合だった。
むしろ、こちらの方がチャンスは多かったと思う。
それなのに、先に点を取られてしまった。
「くっそー!」
近くで伊東が悔しそうに声を上げる。
子どもたちも、少し静かになってしまった。
ピッチでは長谷川が仲間たちに声を掛けている。
「まだ時間はある! 切り替えよう!」
そうだ。
まだ前半だ。
十分、取り返せる。
しかし、その後も京南FCは得点できず、一対〇のまま前半が終了した。
◇
ハーフタイム。
もちろんハーフタイムショーなんて気の利いたものはない。
みんな今のうちにトイレに行ったりおやつを食べたり思い思いの準備をしている。
だが、負けていることもあってか、みんな試合開始前よりも暗い気がする。
何とか盛り上げなければ…
そう思った俺は植田さんのところに向かった。
「植田さん、前半は太鼓ありがとうございました。」
「おう、でも難しいな、試合も負けとるし」
「少し思ったんですが、太鼓のリズムはもっとシンプルな方がいいかもしれないです」
「ええ? でももっと人数が多いJFリーグは難しいリズムでみんな揃ってたで」
「いやいや、うちの応援席を見てくださいよ。
小さい子ばかりじゃないですか。
シンプルにドン、ドン、でいいんじゃないですか?」
「そんなもんかな?」
と話しているうちに選手がピッチに戻ってきた。
「はい、もしも後半に太鼓を使うことがあれば試してみてください」
慌てて元の席に戻る。
選手達に向けて子どもたちから声援が飛ぶ。
選手達は集中しているのか、手を振らずピッチに散っていった。
◇
後半。
京南FCは、開始から攻勢を強めた。
大久保がボールを動かし、板垣が前線で仕掛ける。
サイドからも積極的に攻め込む。
しかし、兵庫代表は前半以上に守備を固めてきた。
中央には人数をそろえ、クロスは高さで跳ね返す。
板垣がドリブルで切り込もうとしても、複数の選手で対応してくる。
「うーん……」
俺は腕を組んだ。
攻めてはいる。
だが、点が取れない。
時間だけが過ぎていく。
後半二十分。
まだ一対〇。
選手たちにも、少しずつ焦りが見え始めていた。
パスがずれる。
普段なら選ばないような強引なシュートを打つ。
攻撃を急ぎすぎて、相手にボールを奪われる。
「落ち着けー!」
岡本さんが叫んでいる。
しかし、落ち着けと言われたくらいで落ち着けるなら苦労はない。
選手達の表情に変化はない。
このまま終わってしまうのか…?
そう思ったときだった。
「きょーなん!」
子どもの声が聞こえた。
「きょーなん!」
別の子どもも続く。
最初は、何人かが叫んでいるだけだった。
しかし、少しずつ周囲の子どもたちが真似し始めた。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
おっ。
何だか、いい感じじゃないか?
俺も思わず声を合わせた。
恥ずかしがらずに全力だ。
「きょーなん!」
修ちゃんがびっくりしているようだ、すまん。
すると、隣の伊東や隠岐も叫び始めた。
「きょーなん!」
さらに、周囲の社員や保護者たちも声を合わせる。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
それを見ていた植田さんが、突然立ち上がった。
「……これや!」
植田さんは、足元に置いていた太鼓を持ち上げた。
「難しいことなんか、いらんかったんや!」
そして、太鼓を二回叩いた。
ドン、ドン!
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
おお。
これなら分かりやすい!
俺は伊東、隠岐に声をかけて各所の子どもたちに声をかける。
「いいかい? あのおっちゃんが太鼓を二回ドン、ドン!って叩いたら
きょーなん!って言ってくれるかい?」
「そうしたら勝てる?」
「おう、君たちの声が届いたら、コーチたちが絶対に点を取ってくれるよ!」
「うん、やる!」
「さぁやるぞ!」
俺は植田さんに合図を送る。
ドン、ドン!
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
最初は周囲の数十人だった声が、次第に広がっていく。
社員たちが立ち上がる。
スクールの子どもたちが、元気いっぱいに叫ぶ。
保護者たちも、それに続く。
気がつけば、観客席のあちこちから同じ声が聞こえていた。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
観客全員が完全にそろっていたわけではない。
それでも、さっきまでばらばらだった声が、一つの応援になっていた。
すごい。
本当に、すごい。
俺は、少し鳥肌が立っていた。
ピッチの選手たちにも、その声が届いたようだった。
大久保が顔を上げる。
板垣が、こちらに向かって拳を握った。
長谷川も、仲間たちに声を掛けている。
「まだいけるぞ!」
その姿を見て、俺たちはさらに声を張り上げた。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
◇
岡本さんが動いたのは、その少し後だった。
選手交代の準備が始まる。
投入されるのは、犬飼だ。
「おっ、犬飼だ!」
犬飼は、運動量が持ち味の選手である。
そして岡本さんから何やら細かい指示を受けていた。
試合が再開すると、京南FCの配置が変わった。
長谷川が、普段よりも前の位置を取っている。
両サイドバックも、積極的に攻撃へ参加し始めた。
「えっ、長谷川まで上がるんですか?」
俺が驚くと、伊東もピッチを見つめた。
「かなり攻めますね……」
「攻めないと勝てないからな」
その分、後ろの人数は少なくなる。
相手にボールを奪われれば、危険なカウンターを受けることになる。
だが、そこで犬飼が走る。
右へ。
左へ。
相手がボールを持てば、素早く寄せる。
味方のサイドバックが上がった場所には、犬飼が戻ってカバーに入る。
一人で全部を守れるわけではない。
それでも、犬飼が走り回ることで、ほかの選手たちが攻撃に出る時間を作り、戻ってくる時間を稼いでいた。
「頑張れ、犬飼コーチ!」
スクールの子どもたちからも声が飛ぶ。
犬飼コーチがんばれ、と書かれた小さな旗を振っている子もいる。
犬飼は、その旗を見て、応援に応えるように、さらに走った。
そして、京南FCの攻撃が変わり始めた。
大久保が、ペナルティエリアの手前でボールを受ける。
シュート!
相手DFに当たって、コーナーキック。
続いて、こぼれ球を拾った長谷川が前へ出る。
「長谷川、打て!」
俺が叫ぶより早く、長谷川が右足を振り抜いた。
強烈なミドルシュート。
しかし、これも相手GKが弾き出した。
「うわあ、惜しい!」
篠宮さんのカメラが、すごい勢いで音を立てる。
カシャカシャカシャ!
「直人! もう一本!」
いやあ、奥さんの応援もすごいな。
その後も、大久保と長谷川が積極的にミドルシュートを狙った。
相手は、ペナルティエリア内を固めていた。
だからこそ、その外から狙う。
何度も打てば、相手だって放っておけない。
少しずつ、相手の守備陣が前へ出てくるようになった。
そして、後半三十五分過ぎ。
その瞬間が訪れた。
大久保が、ペナルティエリアの少し手前でボールを受けた。
相手DFが、シュートを警戒して距離を詰める。
もう一人も、前へ出てきた。
大久保が右足を振りかぶる。
「打て!」
俺は叫んだ。
だが、大久保は打たなかった。
振りかぶった足から、短いパスが出る。
相手DFが前へ出たことで生まれた、わずかなスペース。
そこへ、板垣が走り込んでいた。
「板垣!」
板垣がボールを受ける。
一人目のDFをかわす。
さらに、カバーに来た選手の横を抜ける。
ペナルティエリア内。
シュート!
ボールが、ゴールの隅へ飛んだ。
「入れえええ!」
ネットが揺れた。
一対一!
同点!
「うおおおおおっ!」
俺は両手を突き上げた。
隣の伊東と、思わず抱き合う。
「やった! やりましたよ!」
「板垣コーチ!」
周囲からも、ものすごい歓声が上がった。
ドン、ドン!
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
太鼓の音が、さらに大きく響く。
「やったねえ」
すぐ横から瑞希の声がした。
修ちゃんはまだ試合の内容は分からないだろうが、お母さんが笑顔だから笑顔になっている。
なんとも微笑ましい。
「やったな~、瑞希、修ちゃん!」
「すごいよね!」
そこかしこから選手を称賛する声が響いている。
スタンドも大盛り上がりだ。
さぁこのまま逆転まで行ってくれ!
◇
同点に追いついた京南FCは、その後も攻め続けた。
大久保がパスを出す。
板垣が仕掛ける。
長谷川も、積極的に前へ出る。
しかし、兵庫代表も必死だった。
昨年、この大会で敗れている。
今年こそは昇格したい。
その思いが、プレーから伝わってくるようだった。
京南FCが攻めれば、体を張って止める。
ボールを奪えば、少ない人数でもカウンターを仕掛けてくる。
互いに、譲らない。
そして、後半終了の笛が鳴った。
一対一。
勝負は、延長戦へ持ち越された。
「……疲れるなあ」
俺は思わず座り込んだ。
まだ試合をしている選手たちの方が、何倍も疲れているはずなのに。
見ているだけで、こんなに疲れるとは。
延長戦に入っても、両チームは攻め続けた。
だが、さすがに疲労が見えている。
足が止まりかける選手もいる。
それでも、誰も諦めない。
京南FCも何度かチャンスを作ったが、決めきれなかった。
兵庫代表も、最後までゴールを狙ってきた。
そして、延長戦も終了。
一対一。
決着は、PK戦に委ねられることになった。
◇
「……PKかあ」
俺は、大きく息を吐いた。
ここまで来たら、もうどちらが勝ってもおかしくない。
だが、勝つのは一チームだけだ。
PK戦の前に、コイントスが行われた。
結果、京南FCは後攻。
一般的には、先に蹴る方が心理的に有利だと言われている。
先に決められると、後から蹴る選手にはどうしてもプレッシャーがかかるからだ。
「うーん、後攻か……」
俺が顔をしかめると、伊東が言った。
「でも、ゴールはこっち側ですよ」
「おっ!」
PK戦が行われるのは、京南FCの応援が集まっている観客席に近いゴールだ。
つまり、七百人の応援が、選手たちのすぐ近くに届く。
「これは、悪くないな」
「ですね!」
植田さんも、すでに太鼓を構えていた。
ドン、ドン!
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
応援の声が、再び大きくなる。
そして、PK戦が始まった。
兵庫代表の一人目。
助走を取り、シュート。
成功。
一対〇。
続いて、京南FCの一人目は板垣だ。
「頼むぞ、板垣!」
俺は祈るように見つめた。
板垣は、いつも通りの表情でボールをセットする。
短い助走。
そして、強烈なシュート。
ゴール!
一対一。
板垣も小さくガッツポーズ。
板垣ファンの子どもは飛び上がって喜んでいる。
まずは、お互いに成功。
続いて、兵庫代表の二人目も成功した。
京南FCの二人目は、もう一人のFW。
こちらも、落ち着いて決めた。
二対二。
三人目。
兵庫代表、成功。
京南FCは大久保。
大久保はGKの動きをよく見て、冷静に逆を突いた。
成功。
三対三。
「うわあ……」
俺は、もう落ち着いて見ていられなかった。
一人蹴るたびに、心臓が跳ね上がる。
握りしめたタオルがちぎれてしまいそうだ。
四人目。
兵庫代表、成功。
京南FCは田中だ。
「田中、頼む!」
田中は、ゆっくりとボールをセットした。
普段の試合では、あまり目立つ選手ではない。
だが、守備ではいつも堅実に仕事をしてくれる。
今日も、相手の攻撃を何度も止めていた。
その田中が、助走を始める。
シュート!
ボールは、ゴールの右隅へ飛び込んだ。
成功!
四対四!
「田中ー!」
俺は、思わず叫んだ。
これで、京南FCは四人連続成功。
しかし、相手も四人連続で決めている。
まだ、何も決まっていない。
ピッチでは、選手たちが肩を組んでPK戦を見守っていた。
その中に、犬飼もいる。
犬飼は、仲間が蹴るたびに大きな声を出していた。
「よっしゃ!」
「ナイスです!」
だが、その顔はどこか引きつっている。
……分かるぞ、犬飼。
ここまで来たら、自分に順番が回ってくる可能性だってある。
犬飼は、今日もよく走ってくれた。
でも、PKを蹴るとなったら話は別だ。
本人も、できれば自分まで回ってこないでほしいと思っているんじゃないだろうか。
……いや、俺の勝手な想像だけど。
そして、兵庫代表の五人目がボールを持った。
◇
四対四。
相手が決めれば、京南FCも決めなければならない。
相手が外せば、こちらが決めることで勝利が決まる。
観客席の緊張も、最高潮に達していた。
ドン、ドン!
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
植田さんが、力いっぱい太鼓を叩く。
子どもたちも、声を振り絞っている。
社員も、保護者も、地元の人たちも。
みんなが、同じ声を出していた。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
相手のキッカーが、ボールをセットする。
何度か深呼吸をして、ゴールを見た。
京南FCのGKも、じっと相手を見つめている。
笛が鳴った。
助走。
シュート!
「……!」
ボールは、ゴールの右側へ飛んだ。
だが、少しだけコースが甘かった。
GKが横へ跳ぶ。
伸ばした手が、ボールに届いた。
弾かれたボールが、ゴールの外へ転がる。
「止めたあああ!」
俺は、思わず叫んだ。
観客席から、ものすごい歓声が上がる。
「うおおおお!」
「ナイスキーパー!」
GKは、立ち上がってスタンドに向けて大きく拳を握った。
「キャー―――――」
子どもの金切り声のような声も響く。
だが、まだ終わっていない。
京南FCの五人目が決めれば、勝利。
外せば、PK戦は続く。
その五人目は――。
長谷川直人。
京南FCのキャプテンだった。
「長谷川、頼む!!」
六年間。
京南FCが六部からここまで上がってくる間、ずっとチームを支えてきたキャプテン。
苦しいときも、声を出し続けてきた。
今日も、何度も相手の攻撃を止め、前線まで上がって攻撃に参加していた。
その長谷川が、最後のキッカーとしてボールを持ちゆっくりとペナルティーマークに歩いている。
「直人!」
篠宮さんの声がした。
そして。
カシャシャシャシャシャシャ!
ものすごい連写音が聞こえてきた。
篠宮さんの祈りを込めた指先がシャッターボタンを押しまくっているようだ。
長谷川にとってはこの篠宮さんのシャッター音こそが何よりの応援かもしれないな。
まぁピッチまで聞こえないと思うけど…
長谷川が、ボールをセットする。
相手の応援席からも、大きな声が聞こえてきた。
「止めろー!」
「頼むぞー!」
向こうだって、必死だ。
この一本で、昇格への道が閉ざされるかもしれない。
しかし、その声に負けないくらい、京南FCの応援も大きかった。
ドン、ドン!
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
長谷川が、ゆっくりと後ろへ下がる。
ゴールを見る。
深呼吸。
そして、笛が鳴った。
長谷川が走り出す。
右足を振り抜く。
ボールは、ゴールの左隅へ飛んだ。
相手GKも反応した。
だが、届かない。
ネットが揺れた。
その瞬間爆発したかのような歓声がスタンドに響き渡った。
「勝ったああああ!」
俺たちは、またしても抱き合っていた。
「やったー!」
「京南ー!」
「きょーなん!」
「きょーなん!」
太鼓の音が鳴り響く。
ピッチでは、選手たちが長谷川に駆け寄っていた。
GKも、犬飼も、大久保も、板垣も。
そしてそのままスタンドの方に向かってきてくれた。
「決めたぞー!」
長谷川が声を張り上げる。
「直人ー! おめでとう!」
カシャシャシャシャシャ!
いやあ。
本当に、すごい奥さんだ。
◇
試合終了後。
試合に出ていた選手も出ていない選手も全員京南FCの応援席の前に集まってきた。
みんな、疲れ切っている。
それでも、その顔は晴れやかだった。
長谷川が、代表して頭を下げる。
「皆さん、今日は応援ありがとうございました!」
長谷川が大きな声で挨拶する。
「苦しい時間もありましたが、皆さんの声が本当に力になりました。
おかげで、最後まで戦い抜くことができました!」
そこで一度、観客席を見渡す。
「次はいよいよ決勝です。
勝てば、俺たちが六年間目指してきた地域リーグに昇格できます」
長谷川は、力強く言い切った。
「必ず勝って、皆さんと一緒に昇格を喜びたいと思います!
次も応援、よろしくお願いします!」
観客席から自然と声が上がった。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
ドン、ドン!
「きょーなん!」
選手たちも、笑顔で手を振る。
スクールの子どもたちは、自分たちのコーチの名前を叫んでいた。
「大久保コーチー!」
「板垣ー!」
「犬飼コーチー!」
犬飼が、こちらに向かって大きく手を振った。
今日の犬飼は、後半から入って本当によく走ってくれた。
あの運動量がなければ、長谷川やサイドバックを前に出すことも難しかっただろう。
もちろん、同点ゴールを決めた板垣も、パスを出した大久保も、最後のPKを決めた長谷川も素晴らしかった。
そして、PKを止めたGK。
本当に、みんなよく頑張った。
俺は、植田さんに声を掛けた。
「植田さん、ありがとうございました!」
「いやいや! やってくれたな~、最高や!」
植田さんは、汗だくになりながら笑っていた。
「いやあ、最初はどうなることかと思いましたけど……」
「ははは! ほんまやな!」
「でも、いい応援になりましたね」
「そうやな!」
植田さんは、太鼓を軽く叩いた。
ドン、ドン。
「きょーなん!」
俺も、思わず声を合わせた。
「きょーなん!」
周囲の子どもたちも、また叫び始める。
「きょーなん!」
「きょーなん!」
そうか。
これが、京南FCの応援なんだ。
誰かが最初から用意したものじゃない。
子どもたちが声を出し、大人たちがそれに続いた。
そして、植田さんが太鼓で一つにしてくれた。
六年前には、観客なんてほとんどいなかった。
それが今では、七百人もの人が同じ声でクラブを応援してくれている。
……本当に、ここまで来たんだなあ。
俺は、もう一度ピッチを見た。
京南FC、地域リーグ昇格決定大会、決勝進出。
あと一勝。
あと一勝すれば、地域リーグ二部に昇格できる。
そして、その相手は。
グループステージで、俺たちをあれほど苦しめた大阪府代表だ。
すでにもう一つの準決勝を勝ち上がったそうだ。
今度こそ、勝ちたい。
「よし……!」
俺は、小さく拳を握った。
京南FCは、決勝へ進む。
六年間かけて目指してきた地域リーグまで、あと一つ。
観客席では、まだ「きょーなん!」の声が響いていた。




