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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第二章 地域定着編

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6年目 第8話 六年間の積み重ね

地域リーグへの昇格が決まってから、しばらく経った。


京南FCが昇格決定大会の決勝で大阪代表を二対一で破った、あの日。


試合が終わってからも興奮が冷めず、選手やスタッフたちと何度も喜び合った。


週明けからノードシードの社内でも、あちこちからお祝いの声をかけてもらった。


「社長、昇格おめでとうございます!」


「ありがとう!」


「来年から地域リーグですね!」


「おう。まだまだ頑張らないと!」


本当にありがたい話だ。


六年前にサッカー事業部を作ろうと言い出したときは、反対意見も多かった。


反対意見というか、何それ、とか無関心な反応が多かったな……


それが今では、社員たちが当たり前のように京南FCの結果を気にしてくれている。


中には、サッカーにまったく興味がなかったのに、昇格決定大会を見に来てくれた社員もいるらしい。


こういう変化は、やっぱり嬉しい。


「社長」


声をかけられて振り向くと、管理本部の日下が立っていた。


「おお、日下。そういえば、決勝戦は見た?」


「はい、見ましたよ」


「おおっ! どうだった?」


「面白い試合でしたね。最後までどうなるか分かりませんでしたし」


「そうだろう! 俺なんか、もう心臓が止まるかと思ったよ!」


「田中君の決勝点は見事でしたね」


「そうなんだよ! あんな場面で決めるんだからなあ!」


思い出すだけで、また興奮してくる。


「日下も楽しんでくれたならよかったよ」


「私もノードシードの社員ですからね。自分の会社のチームが勝てば嬉しいですよ」


日下はそう言って、少し笑った。


そうだよな。


日下はサッカー事業部の計画に厳しい意見を出すことが多い。


でも、それは会社の経営を預かる立場だからだ。


京南FCを嫌っているわけではない。


むしろ、ずっと会社の事業として成立させようと、一緒に考えてくれている。


「それで、社長」


「うん?」


「来年度の事業計画についてですが」


……あ。


そっちの話もあったな。


「地域リーグに昇格した以上、必要な費用も変わってくると思います。早めに検討を始めましょう」


「そうだな。岡本さんとも相談しないと」


「よろしくお願いします」


日下は少し笑った。


「ただ、今日は改めてお祝いを言いに来ただけですので」


「おお、そうなの?」


「はい。地域リーグ昇格、おめでとうございます」


「ありがとう!」


俺は笑って答えた。


「来年も応援してくれよ!」


「もちろんです」


こういうやり取りができるのも、六年間一緒にやってきたからなんだろうな。


◇


年末が近づいたある日。


京南FCでは、サッカースクールの交流イベントが開催されていた。


各地で活動しているスクールの子どもたちが集まり、普段は会わない子と一緒にサッカーを楽しむ。


毎月恒例となっているイベントだ。


最初はスクール生同士の交流試合が中心だったが、今ではスポンサー企業の出店やサッカー体験なども行われるようになった。


今年最後の開催となる今回は、地域リーグ昇格を記念して、いつもより少し規模を大きくしている。


「いやあ、すごい人数だな」


俺はグラウンドの周囲を見渡した。


屋台からはおいしそうな匂いが漂っている。


スポンサー企業のブースでは、家族連れが商品を手に取ったり、担当者と話したりしていた。


サッカー体験のコーナーには、順番待ちの子どもたちが並んでいる。


紫色のユニフォームやTシャツを着た子も多い。


「毎月のイベントも、ずいぶんにぎやかになりましたね」


隣にいた伊東が答えた。


「ほんとだなあ」


最初にサッカースクールの体験会を開いたときは、参加者が五人しかいなかった。


五人だ。


しかも。


「最初の体験会って、五人全員が社員の子どもだったんだよな」


「そうでしたね」


「あのときは、さすがに驚いたよ」


会社の社員たちが協力してくれたのはありがたかった。


でも、地域の子どもたちにサッカーを楽しんでもらいたいと言って始めたのに、参加者が全員ノードシード関係者。


瑞希からその話を聞いたときは、なかなか複雑な気持ちになったものだ。


「それが今じゃ、こんなに集まってくれるんだからなあ」


「地域の方にも、少しずつ知っていただけるようになりましたからね」


「ありがたいことだな」


俺は改めて会場を見渡した。


五人から始まったスクール。


今では、あちこちに子どもたちの笑顔がある。


うん。


なかなか感慨深いものがある。


「社長!」


声のした方を見ると、犬飼が子どもたちに囲まれていた。


「どうした、犬飼?」


「子どもたちが、また昇格した試合の話をしてくれるんです!」


「いいじゃないか」


「もう何回目か分からないくらいです!」


嬉しそうだな。


確かに犬飼は、あの決勝でもよく走っていた。


子どもたちに自慢したくなる気持ちは分かる。


「犬飼コーチ、あのときすっごい走ってた!」


「ありがとう!」


「でも最後、座り込んでたよね!」


「それは言わないでよ〜!」


子どもたちが笑った。


少し離れたところでは、キックターゲットが行われている。


的の前に並んでいるのは、子どもたちだ。


板垣と大久保が、順番に挑戦する子どもたちを見ていた。


「よーし、次!」


大久保が声をかける。


小さな男の子が、勢いよくボールを蹴った。


ボールは的を外れて、横のネットに当たった。


「あーっ!」


「惜しい! もうちょっと右だったな!」


大久保が笑って声をかける。


「ねえ、大久保コーチ! どうやったら当たるの?」


「そうだなあ。まず、狙いたいところをちゃんと見てみようか」


大久保が男の子の横にしゃがんで、的を指さした。


「それで、慌てずに蹴ってみろ」


「うん!」


男の子がもう一度挑戦する。


今度は、ボールが的の端に当たった。


パコン!


「やったあ!」


「おお、当たったじゃないか!」


大久保が拍手する。


男の子は嬉しそうに飛び跳ねた。


その隣では、板垣が女の子に蹴り方を教えている。


「足のここで蹴ると、狙いやすいよ」


「ここ?」


「そう」


「やってみる!」


女の子がボールを蹴る。


今度は、まっすぐ的に向かって飛んでいった。


「やった!」


「ナイスシュート」


板垣が笑って手を叩いた。


……板垣も、すっかりコーチらしくなったなあ。


あの二人は、今年の京南FCを引っ張ってくれた選手たちだ。


でも、こうして子どもたちと接している姿を見ると、また違った一面が見える。


大久保なんか、子どもたちと同じくらい楽しそうだ。


「大久保コーチ! 次、僕!」


「おう! かかってこい!」


いや、勝負するわけじゃないんだけどな。


俺は思わず笑ってしまった。


◇


少し離れたコートでは、ジュニアチームとサッカースクールの子どもたちが試合をしていた。


ジュニアチームを指導している森も、その様子を見守っている。


昨年発足した京南FCジュニア。


まだまだ小さなチームだが、少しずつ活動も軌道に乗ってきている。


「社長、お疲れさまです」


「お疲れさま、森」


「今日はみんな楽しそうですよ」


「みたいだな」


コートの中では、ジュニアの子どもたちがスクールの子どもたちに声をかけながらプレーしていた。


ジュニアは普段からチームで練習している。


外部のチームとの試合経験も積んできている。


当然、サッカーの技術ではスクールの子どもたちより上手な子が多い。


それに、スクール側にはまだ小さな子もいる。


でも、ジュニアの子どもたちは、そんな相手を置き去りにして勝ちにいくようなことはしていなかった。


相手のチームに小さい子が多いのを見ると、上級生が試合から抜けたり、相手チーム側に移ったり、みんなが楽しめるように工夫していたのだ。


「こっち、こっち!」


一人のジュニアの子が、スクールの子に声をかける。


「ボール来たら、こっちに蹴ってみて!」


「うん!」


スクールの子が、少しぎこちない動きでボールを蹴る。


そのボールをジュニアの子が受け取ると、今度は別の子にパスを出した。


「ナイス!」


「やった!」


歓声が上がる。


少しすると、コートの端で一人の小さな子が立ち止まっていた。


どうやら、何をしたらいいか分からなくなってしまったらしい。


ボールを追いかけていたジュニアの子が、それに気づいた。


「どうしたん?」


「……ボールが蹴れないからつまんない」


「そっか。よし、お兄ちゃんがボール取ったらパスするわ。

 パスが来たらあっちにシュートしてな」


ジュニアの子が指をさす。


「こっち?」


「そう。あっちにシュートしたらええねん」


「うん!」


「ほら、一緒に行こ!」


二人は笑いながら走り出した。


試合はそのまま続いていく。


誰かが転べば、近くの子が手を差し出す。


小さい子がボールを蹴れたら、周りが喜ぶ。


勝ち負けはある。


でも、みんな楽しそうだった。


「いいですね、ああいうの」


俺が言うと、森も頷いた。


「ええ。ジュニアの子たちも、少しずつ周りが見られるようになってきました」


「サッカーが上手くなっただけじゃないんだな」


昨年発足したジュニアチームは、試合でも勝てることが出てきたと聞いている。


「そうですね」


森は子どもたちを見ながら続けた。


「もちろん、サッカーも上手くなってほしいです。試合にも勝てたら嬉しいですし」


「うん」


「でも、それ以上に、仲間を大切にできる子になってほしいと思っています」


なるほど。


「年下の子が困っていたら助ける。うまくできない子がいたら、一緒にやってみる。そういうことを自然にできるようになってくれたら嬉しいですね」


「いいね」


俺は笑った。


「チームの最初のコーチを森に任せてよかったよ。

 結構大変だったんじゃないか?」


「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」


森も笑う。


「喧嘩もしますし、言うことを聞かないこともありますから」


「ははは、それは仕方ないな」


この雰囲気だったら、ウチの修ちゃんも楽しめるだろうな。


「ウチの修ちゃんが大きくなってサッカーがしたいって言ったらジュニアチームに入れるからよろしく頼むよ」

 

「え、社長のお子さんですか!? えこひいきはしないですよ」


「ははは、当たり前だ。ビシバシ指導してやってくれよ」


「はは、分かりました」


そのとき、コートから声がした。


「森コーチ! 次の試合は?」


「メンバーを入れ替えて、もう一試合やろうか!」


「やったー!」


子どもたちの元気な声が響く。


森は、嬉しそうにコートへ戻っていった。


うん。


これも、京南FCの大切な仕事だよな。


◇


午後になると、イベント会場の一角に、ひときわ大きな人だかりができていた。


「さあ、それではお待ちかね! ビンゴ大会を始めまーす!」


司会をしているのは、広報部のスタッフだ。


「ビンゴ始まったー!」


子どもたちも大盛り上がりだ。


なんと京南FCのレプリカユニフォームが景品になっているらしい。


しかも、選手の背番号+サイン入りだ。


「おお、いいなあ」


俺も思わず景品を眺めた。


長谷川、田中、板垣、大久保。


ほかにも何人かの選手のユニフォームが用意されている。


おお、鈴木のユニフォームまである。


残念ながら鈴木のユニフォームは去年のモデルだが、逆にレアかもしれない。


これは子どもたちにとっては相当魅力的な景品だな。


ジュニアチーム、スクール活動時に事前にビンゴカードを配ったらしいが、殺到して大変だったらしい。


「絶対、板垣コーチのが欲しい!」


「僕、長谷川コーチ!」


「田中コーチのがいい!」


あちこちから声が飛んでくる。


選手たちも司会の横に並び、自分のユニフォームが当たった子に直接渡すことになっている。


「それでは最初の番号は……!」


数字が読み上げられるたびに、歓声とため息が上がった。


ビンゴがよく分からないちびっ子向けに何度も確認しているのでなかなか時間がかかっている。


それでも全く盛り上がりは冷めない。


しばらくして。


「ビンゴー!」


一人の男の子が勢いよく立ち上がった。


「おめでとう! 誰のユニフォームがいいかな?」


男の子は迷わず板垣の方を指さした。


「板垣コーチ!」


板垣がユニフォームを渡す。


「おめでとう」


「ありがとう! 試合、また見に行くね!」


「待ってる」


男の子は満面の笑みだ。


ついでにユニフォームを上から被って板垣と記念撮影もしている。


あの板垣も頑張って笑顔をキープしている。


続いて、長谷川のユニフォームが当たる。


さらに、大久保。


大久保は自分のユニフォームを受け取った子に、


「これ着て応援に来てくれよ!」


と声をかけていた。


その子も嬉しそうに頷いている。


そして。


「ビンゴ!」


今度は女の子だった。


選んだのは、田中のユニフォーム。


「田中コーチの!」


「おお、ありがとう!」


田中は嬉しそうに受け取り、女の子に手渡した。


「大事にしてね」


「うん! この前のシュート、すごかった!」


「あはは、ありがとう!」


その横では、まだビンゴになっていない子が、半分泣きそうな顔をしている。


「もうなくなっちゃう……」


「まだ景品あるよ!」


スタッフが励ます。


もっとも、全員にユニフォームが当たるわけではない。


最後まで当たらなかった子の中には、悔しくて泣き出す子もいた。


うん。


こういうイベントは難しいな。


「来年は、参加賞ももうちょっと考えましょうか」


伊東が苦笑している。


「そうだな。でも、楽しんでくれた子も多いだろ」


景品を抱えた子どもたちの笑顔を見る。


その中には、ユニフォームを胸に当て、誇らしげに友達へ見せている子もいた。


六年前。


京南FCという名前すら、まだ誰も知らなかった。


それが今では。


この街の子どもたちが、選手のユニフォームを欲しがっている。


そして、選手たちをヒーローのように見ている。


……いいじゃないか。


俺は、そう思った。


◇


別の日。


今度は京南FCのスポンサー企業を招いた懇親会が開催された。


こちらも毎年少しずつ規模が大きくなっている催しだ。


すべてのスポンサー企業から参加してもらっているので、会場を押さえるのに苦労する規模になってきている。


会場には、さまざまな業種の企業の人たちが集まっていた。


工務店、飲食店、製造業、学習塾、スポーツ用品店。


ほかにも、地元で長く商売を続けている会社や、最近設立されたばかりの企業までいる。


それぞれのテーブルで名刺交換が行われ、あちこちから笑い声が聞こえてきた。


「社長、お久しぶりです」


声をかけてきたのは、京南武田工務店の武田社長だった。


「武田社長! 本日はありがとうございます」


「いやあ、久しぶりに来たら、ずいぶん大きくなってるじゃないですか」


「おかげさまで」


武田社長は、京南FCの最初のスポンサーになってくれた人だ。


京都府四部の頃。


スポンサーの実績なんて一社もない俺たちの話を聞いて、協力してくれた。


年間二十万円。


あのときの契約は、本当に嬉しかった。


「最初にお願いしたときは、武田社長にずいぶん厳しいことを聞かれましたよね」


「そりゃそうでしょう。何の得があるかも分からんのに、金を出してくださいじゃ通りませんから」


「ははは、まったくそのとおりです」


「でも、あのとき話を聞いてみてよかったですよ」


「そう言っていただけると嬉しいです」


武田社長は会場を見渡した。


「スポンサーになってから、ほかの会社との付き合いも増えましたしね。ノードシードさんの保育園の工事にも関わらせてもらいましたし」


「こちらこそ、お世話になりました」


「それに、京南FCの試合も意外と面白い」


「意外と、ですか」


「ははは! いや、今じゃ楽しみにしてるんですよ」


嬉しいことを言ってくれる。


こういう話を聞くと、スポンサー事業を始めてよかったと思う。


「社長!」


そこへ隠岐がやってきた。


「ちょうどよかった。武田社長、こちらの企業さんをご紹介してもよろしいですか?」


「おお、何です?」


「新しく店舗を出す予定がありまして、工事をお願いできる会社を探しておられるんです」


隠岐は、別の企業の担当者を紹介した。


すぐに名刺交換が始まる。


「なるほど、店舗ですか」


「はい、来年の春頃を予定していまして……」


二人の話は、あっという間に具体的な内容になっていった。


隠岐はその様子を見て、満足そうに笑っている。


……こいつ、相変わらずうまいな。


スポンサー企業同士をつなぐ。


そこから仕事が生まれる。


最初に隠岐たちと考えたことが、今では当たり前のように行われている。


「隠岐、いい仕事してるな」


「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」


「まだまだ?」


「紹介できる企業は、もっとありますからね」


頼もしい。


本当に、こいつをスカウトしてよかった。


◇


会の途中で、俺は壇上に上がった。


「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


会場が静かになる。


「まずは、今年も京南FCをご支援いただき、本当にありがとうございました」


俺は頭を下げた。


「おかげさまで、京南FCは京都府リーグ一部で優勝し、昇格決定大会を勝ち抜いて、来年から地域リーグ二部で戦うことになりました!」


大きな拍手が起こる。


「ありがとうございます!」


俺は少し間を置いた。


「そして、もう一つご報告があります」


スクリーンに数字が映し出された。


――スポンサー企業数、百五社。


「今年、京南FCを支援してくださる企業が、百社を超えました!」


再び拍手が起こった。


「三年前、私たちがスポンサーを募集し始めたとき、契約してくださった企業はほとんどいませんでした」


武田社長の方を見ると、少し笑っている。


「そこから少しずつ増え、昨年は五十五社。そして今年は百五社となりました」


改めて数字にすると、なかなかすごい。


「ただ、企業の皆さんには、単に京南FCへお金を出していただくだけの関係にはしたくないと考えています」


俺は会場を見渡した。


「京南FCをきっかけに、企業同士が知り合い、新しい仕事が生まれる。人材の採用につながる。地域で働く人が増える」


何人かが頷いてくれている。


「昨年から始めた合同企業説明会も、実際に採用につながった企業がありました。スポンサー企業同士の取引も少しずつ生まれています」


あのとき考えた言葉を口にする。


「共存共栄です」


俺は続けた。


「京南FCだけが成長するのではなく、スポンサー企業の皆さんも、そして京南市全体も一緒に成長していけたらと思っています」


拍手が起こった。


「来年からは地域リーグという新しい舞台になります。これからも、どうぞよろしくお願いいたします!」


もう一度頭を下げた。


大きな拍手が返ってきた。


壇上を降りると、岡本監督と長谷川が待っていた。


「社長、ええ挨拶やったで」


「ありがとうございます」


「ほんまに百社超えたんやなあ」


「そうなんですよ。皆さんのおかげです」


長谷川も頷いた。


「選手としても嬉しいですね。これだけ多くの企業に応援してもらっていると思うと」


「プレッシャーにならない?」


俺が尋ねると、長谷川は笑った。


「もちろん責任は感じます。でも、それ以上にありがたいです」


そうだよな。


選手たちも、もう自分たちだけのためにサッカーをしているわけじゃない。


多くの人に支えられている。


そのことを、みんな分かってくれているんだと思う。


◇


スポンサー懇親会も終わり、年末が近づいてきた頃。


俺は社長室で仕事をしていた。


「社長、少しお時間よろしいですか」


入ってきたのは田中だった。


「おう、どうした?」


田中は、いつもより少し真面目な顔をしていた。


田中が来るのは例の仕事に悩んでいた相談の時以来だな。


でもあのときとは顔が違う。


今回は心配事ではなさそうだ。


「実は、相談したいことがありまして」


「うん。座って」


田中は椅子に座ると、一度深呼吸をした。


そして。


「俺、今年で選手を引退しようと思っています」


「……え?」


思わず聞き返してしまった。


引退?


田中が?


ついこの間、昇格決定大会の決勝で、あんなゴールを決めたばかりじゃないか。


「え、どうして?」


俺が尋ねると、田中は少し笑った。


「実は、前から考えていたんです」


「前から?」


「はい。来年から農業事業部が正式に始まるじゃないですか」


「ああ」


農業事業。


四年目に始めた新しい挑戦だ。


岡本さんの実家の後継者問題をきっかけに、京南市の農家の人たちと協力しながら進めてきた。


田中もその中心メンバーの一人だ。


最初は植田さんのところで、一年間農業を学んだ。


その後は岡本さんの実家や近隣の農地で実習と検証を進めてきた。


最近では、収穫した野菜の品質も上がり、少しずつITを使った取り組みも始まっている。


「農業とサッカーの両立はやっぱりきつい?」


サッカー事業部の社員の受け入れ先の一つとして農業事業部を考えていた。


なので第一号の田中がギブアップとなると、この考えは捨てないといけなくなる。


「いえ、もちろんきついこともありますが、二年やってみて両立はできると思っています。

 でも仕事のキツさから引退というわけではなくて……」


田中は少し考えてから続けた。


「俺、農業が本当に面白くなってきたんです」


「うん」


「最初は、正直、こんな仕事をするなんて思ってもいませんでした。サッカーを続けたくてノードシードに入社したわけですし」


「そうだったな」


田中は、京南FCの第一号の選手だ。


まだチームの形もできていなかった頃に、入社を決めてくれた。


あのときは本当に嬉しかった。


「ITの仕事にも、なかなか慣れなくて」


「うん。相談してくれたよな」


「はい。でも、農業をやってみたら、今までITでやってきたことが役に立つこともあって」


田中が笑った。


「もちろん、システムを作るのは小林君に頼りっぱなしなんですけどね」


「ははは、そうなのか」


「でも、畑で実際に作業してると、こういうところにITを使えたら便利なんじゃないかって思うことが増えたんです」


「いいじゃないか」


「最初はITなんて、自分には向いてない仕事だと思っていたんですけど」


田中は少し照れくさそうに笑った。


「今は、ITを使って農業をもっとよくできたらって、考えるようになりました」


その言葉を聞いて、俺は嬉しくなった。


田中が、そんなふうに考えるようになったのか。


「それで、来年からは農業の方を中心に頑張りたいと思っています」


「なるほど……」


理由は分かった。


でも。


「サッカーは、もういいのか?」


俺は尋ねた。


「はい」


田中は迷わず答えた。


その顔に後悔はないように見えた。


「もちろん、サッカーは大好きです。今でも試合に出るのは楽しいですし、地域リーグでもやってみたい気持ちはあります」


「だったら……」


「でも、俺、もうすぐ三十歳なんですよね」


そう言って笑った。


「サッカー選手としては、今が一番いい時期かもしれません。だからこそ、悩みました」


「うん」


「地域リーグに上がったら、もっと高いレベルでサッカーができます。それは魅力的です。でも、農業も今が大事な時期です」


田中は少し視線を落とした。


「絵理のお腹にも、子どもがいますし」


「ああ、そうだったな」


「これからは、家族との時間も大事にしたいんです」


俺は黙って聞いていた。


仕事。


サッカー。


家族。


どれも大事だ。


そして、どれも簡単に手を抜いていいものではない。


「実は、昇格決定大会の前から考えていました」


「そうだったのか」


「ただ、あのときはまだ決められなくて」


田中が、少し笑った。


「でも、決勝であのゴールを決めて、試合が終わって、みんなで喜んで……」


田中は言葉を探すように、少し間を置いた。


「何というか、もう十分やらせてもらったなって思ったんです」


「……そうか」


「六年間、本当に楽しかったです。みんなと一緒にサッカーができて、毎年昇格して、最後に地域リーグまで上がれた」


田中は俺を見た。


「だから、今度は農業の方で頑張りたいです」


……なるほどなあ。


俺は、ようやく頷いた。


「分かった」


「ありがとうございます」


「寂しくなるけどな」


「俺も、少し寂しいです」


田中は笑った。


「でも、会社を辞めるわけじゃありませんから」


「そうだな」


「ジュニアの指導も、できる範囲で続けたいと思っています。森さんとも相談しますけど」


「おお、それはありがたい」


「子どもたちとサッカーするのも楽しいですからね」


よかった。


完全にサッカーから離れたいというわけではないらしい。


ただ、自分の人生の中で、今、一番力を入れたいものが変わった。


そういうことなんだろう。


「田中」


「はい」


「六年間、本当にありがとう」


田中が少し驚いた顔をした。


「いや、そんな辞めるみたいに言わないでくださいよ。まだ、みんなに話してもいませんし」


「はは、それもそうか」


俺は笑った。


「じゃあ、改めて言うよ。これからもよろしくな」


「はい!」


田中も笑って答えた。


◇


その後、田中は岡本監督にも引退の意思を伝えた。


もちろん、岡本監督も驚いたらしい。


ただ、農業事業を始めるきっかけになったのは岡本さんの実家だ。


田中がどれだけ一生懸命に取り組んできたか、岡本監督もよく知っている。


「せやけど、あんなゴール決めた奴が直後に引退とはなあ」


岡本監督が苦笑する。


「ほんま、最後まで驚かせてくれるわ」


「すみません」


「謝ることやない。お前が自分で決めたことやろ」


岡本監督は田中の肩を叩いた。


「六年間、よう頑張った。次は農業で頑張れ」


「ありがとうございます!」


その言葉に、田中は深く頭を下げた。


◇


田中の引退は、まず長谷川や鈴木たち、創設時からの仲間に伝えられた。


そして、ほかの選手たちにも話があった。


やはり、驚く選手は多かった。


「えっ、田中さん引退するんですか!?」


犬飼が目を丸くした。


「はい。そういうことになりました」


「この前、決勝ゴール決めたばかりじゃないですか!」


「ははは、そうだよな」


田中が笑う。


「でも、俺はあの試合で十分やり切ったと思ってるんだ」


「……そうなんですか」


犬飼はまだ少し納得できないようだった。


その横で、板垣が口を開いた。


「……あのゴール、すごかったです」


「おお、ありがとう」


田中は少し照れくさそうに笑った。


「みんなのおかげだよ」


大久保も田中の方を見た。


「地域リーグでも一緒にやりたかったですけどね」


「ありがとう。来年からは応援する側になるよ」


「じゃあ、もっと上まで行きますよ」


「頼む!」


長谷川は、しばらく田中を見ていた。


それから。


「六年間、お疲れさま」


「ありがとう」


二人は握手を交わした。


「田中がいなくなって弱くなったなんて言わせないからな」


「おう。頼むな、キャプテン」


……いい仲間だな。


誰も、田中の選択を責めなかった。


寂しい気持ちは、もちろんあるだろう。


でも、それ以上に、これからの田中を応援したい。


そんな空気だった。


◇


そして、社内の祝勝会の日。


ノードシードの社員たちが集まり、京南FCの地域リーグ昇格を祝った。


さすがに全社員が集まるわけにはいかない。


それでも、会場は多くの人でにぎわっていた。


「皆さん、今日はありがとうございます!」


俺は壇上でマイクを握った。


「京南FCは、六年間で京都府六部から一部まで勝ち上がり、ついに地域リーグ二部への昇格を決めました!」


大きな拍手が起こる。


「選手やスタッフだけではありません。普段の業務を支えてくれている社員の皆さん、広報や総務、さまざまな部署の協力があってこその成果だと思っています」


俺は会場を見渡した。


「六年前、サッカー事業部を作ろうと言い出したときは、ずいぶん心配されたものです」


何人かが笑った。


「今でも心配されている気はしますけどね」


会場の一角にいた日下と目が合った。


日下は笑いながら、軽く頷いている。


まあ、そりゃ心配するよな。


俺だって、経営者として心配することは山ほどある。


「それでも、ここまで来ることができました。本当にありがとうございます!」


俺は頭を下げた。


拍手が起こる。


「それでは、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


会場が一気ににぎやかになった。


選手たちの周りには、次々と社員が集まっている。


普段一緒に仕事をしている同僚や、試合を応援に来てくれた人たちだ。


「長谷川さん、昇格おめでとうございます!」


「ありがとうございます!」


「板垣君、決勝のゴールよかったよ!」


「ありがとうございます」


「犬飼、よく走ってたなあ!」


「ありがとうございます! めちゃくちゃ疲れました!」


犬飼、お前は本当に元気だな。


その様子を見ながら、俺も自然と笑顔になった。


◇


会の途中で、田中の引退についても紹介された。


照れている田中を壇上に引っ張り出す。


ふふふ、社長命令だ。


田中は少し照れくさそうにマイクを握った。


「えー、田中です」


会場から拍手が起こる。


「このたび、六年間続けてきた京南FCの選手を引退することになりました」


田中は一度、仲間たちの方を見た。


「京南FCができたばかりの頃から、ずっとサッカーをさせてもらいました」


そうだった。


田中は、京南FCに入社を決めてくれた最初の選手だ。


まだ仲間もほとんどいなかった頃から、一緒に頑張ってくれた。


「毎年昇格できたことも嬉しかったですし、仕事とサッカーを両立する生活も大変でしたけど、本当に楽しかったです」


田中が笑う。


「最後に、あんなゴールを決められるとは思っていませんでした」


田中が照れたように言う。


「いや~、自分でも全然信じられなくて、入った後ポカーンとしちゃいまして」


会場から笑いが起こった。


「正直、自分でもびっくりしました」


そりゃそうだろう。


俺だってびっくりした。


「来年からは、農業事業部で本格的に頑張っていきたいと思っています」


田中の表情が少し引き締まる。


「農業の仕事を始めたのは、京南FCがあったからです。これからは、農業でも会社や地域の役に立てるように頑張ります」


そして、最後にこう付け加えた。


「あと、ジュニアの指導は続けたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします!」


大きな拍手が起こった。


「田中、お疲れさま!」


「ありがとう!」


「農業も頑張れよ!」


あちこちから声が飛ぶ。


田中は笑顔で何度も頭を下げていた。


◇


壇上から戻ってきた田中のところへ、鈴木が歩いていった。


「田中、お疲れさん」


「おう、ありがとう」


二人は笑いながら握手を交わした。


鈴木も、昨年引退したばかりだ。


創設時に一緒に入社し、ずっとサッカーを続けてきた同期。


鈴木は怪我で現役を退き、今ではスクールのコーチやクラブスタッフとして働いている。


「しかし、最後に決勝ゴールまで決めるとはな」


「自分でもびっくりしたよ」


「こっちは外から見てて、ちょっと悔しかったぞ」


「何でだよ」


「俺もあんな試合をやりたかったからな」


と少し羨ましそうに鈴木はいった。


鈴木は怪我が原因での引退だった。


最後までやり通した田中とはまた違うんだろう。


田中が笑った。


「そういうもんか」


「そういうもんだ。引退すると寂しいぞ。外から試合を見てると、今でも自分が出たくなるし」


「ははは、鈴木らしいな」


「まあ、俺たちはジュニアの指導もあるけどな」


「そうだな。これからもよろしく」


「おう!」


鈴木が田中の肩を叩いた。


その様子を見て、俺も少し安心した。


鈴木が引退するときも、田中が支えていた。


今度は鈴木が、田中を送り出している。


六年間、一緒に頑張ってきた仲間だからこそのやり取りなんだろう。


……いいなあ。


もちろん、寂しくないわけじゃない。


でも、こうして引退した選手が会社に残り、新しい仕事を見つけて働いている。


それは、俺がサッカー事業部を作ったときに考えていたことでもある。


サッカーができなくなったら、それで終わり。


そんな会社にはしたくなかった。


少なくとも、今の京南FCはそうなっていない。


それが嬉しかった。


◇


年末。


俺はサッカー事業部の今年の収支報告を受けていた。


場所は社長室。


相手は伊東と日下だ。


毎年恒例の時間である。


もっとも、今年は少し事情が違う。


「社長、ずいぶん嬉しそうですね」


伊東が笑った。


「そうか?」


「はい。さっきから、ずっとニヤニヤしています」


「いやあ、そんなことないと思うけどなあ」


俺は笑いながら答えた。


……まあ、しているんだろうな。


だって。


今年は黒字になる。


毎月の報告は、もちろん確認していた。


スポンサー収入が順調に増えていることも、スクールやジュニア事業が成長していることも知っている。


大きな設備投資とは別に、通常のサッカー事業の収支が黒字になりそうだという話も、以前から聞いていた。


だからこそ、今日を楽しみにしていたのだ。


「それでは、今年のサッカー事業部の実績をご説明します」


伊東が資料を開いた。


「今年の売上は、約一億二千万円になりました」


「おお、一億二千万円!」


分かっていても、改めて聞くと嬉しい。


ついに一億円を超えたのか!


「内訳は、スクール・ジュニア事業が四千八百万円、スポンサー収入が六千五百万円、物販やイベントなどが七百万円です」


「やっぱりスポンサーが大きいなあ」


「そうですね。百五社まで増えたことが、かなり寄与しています」


昨年のスポンサー収入は三千五百万円。


そこから三千万円も増えたわけだ。


「隠岐たち、本当によく頑張ってくれたな」


「はい。もちろん、ほかの部署の協力も大きかったです」


「そうだな」


スポンサー企業を集めるだけではない。


集まってくれた企業同士を紹介したり、合同採用イベントを開いたり。


相手の会社にとっても、スポンサーを続ける意味があるように考えてきた。


その積み重ねが、数字になって表れている。


「それで、支出は?」


俺が尋ねると、伊東は次の資料を表示した。


「通常の運営費用は、約一億円です」


「ということは……」


いや、計算するまでもない。


俺は、にやけるのを我慢しながら伊東を見た。


「今年の通常運営ベースの収支は、約二千万円の黒字です」


「よしっ!」


思わず拳を握った。


分かっていた。


分かっていたけど、やっぱり嬉しい!


「ついに黒字だなあ!」


「はい!」


伊東も嬉しそうに笑っている。


「日下!」


俺は日下を見る。


「はい」


「黒字だぞ!」


「はい。いい結果だと思います」


日下は頷いた。


「二年目には五千万円以上の赤字でしたからね。そこからここまで改善できたのは、評価すべきことです」


「そうだろう!」


「特に、会社からの支援だけに頼らず、外部からの収入をこれだけ増やせたことは大きいですね」


日下が、少し笑った。


「おめでとうございます、社長」


「ありがとう!」


六年前。


サッカー事業部を作った。


選手を集め、監督を迎え、練習場を用意した。


スクールを始めた。


スポンサーを集めた。


地域活動に参加した。


いろいろなことをやってきた。


その間、ずっと赤字だった。


二年目には、五千万円を超える赤字を出した。


あのときは、さすがに厳しかった。


日下や役員たちから、当然のように厳しい指摘を受けた。


それでも。


三年目にスポンサー事業を始めた。


四年目、五年目と収入を増やし、昨年には赤字を一千万円まで減らせた。


そして、今年。


ついに。


「黒字になったのかあ……」


俺は椅子に座り直した。


何だか、しみじみしてしまった。


「よかったなあ、伊東」


「はい。本当によかったです」


伊東も嬉しそうだった。


「日下も、ありがとう」


「私は数字を確認していただけですよ」


「いやいや。厳しいことも言ってくれたから、ここまで来られたんだと思うよ」


「……そう言っていただけるのは、ありがたいですね」


日下も、嬉しそうに笑った。


◇


「ただし、社長」


日下が次の資料を開いた。


おっと。


ここからは別の話らしい。


「今回の黒字は、あくまでも通常運営の収支です」


「うん。分かってる」


「今年は、メイングラウンドの人工芝化という大きな設備投資も行っています」


「……そうだったな」


俺は苦笑した。


長年使ってきた土のグラウンド。


雨が降ればぬかるみ、晴れが続けば砂ぼこりが舞う。


スクールやジュニアの利用者も増え、以前から人工芝化を検討していた。


そして今年、ようやく工事を実施した。


排水設備の整備なども含めた、かなり大きな工事だった。


「人工芝化には、一億円以上の費用がかかっています」


日下は資料を指さした。


「設備投資の支払いまで含めた資金の出入りで見ると、今年のサッカー関連事業は大幅なマイナスです」


「うん……」


一億二千万円の売上。


通常運営では二千万円の黒字。


でも、人工芝工事の支払いがある。


そりゃあ、お金は大きく出ていくよな。


「もちろん、人工芝の工事費を会計上すべて今年の費用にするわけではありません。設備として計上して、今後何年も使っていくものです」


「そうだよな」


「ただし、維持管理費も必要ですし、将来は張り替えも発生します。そこまで考えておかないといけません」


「分かってるよ」


実際、人工芝化を決めるときには、日下たちと何度も話し合った。


工事費だけではない。


将来の維持費。


利用者が増えたときの対応。


会社として投資するだけの価値があるか。


そんな議論を重ねて、ようやく承認された工事だった。


「でもさ、日下」


「はい」


「こうして毎年の運営費を、自分たちの売上でまかなえるようになったのは大きいよな」


「ええ。それは間違いありません」


日下ははっきりと頷いた。


「設備投資については別途評価が必要ですが、事業の運営そのものが黒字になったのは重要な成果です」


「だよな!」


「はい。そこは、きちんと評価すべきだと思います」


よかった。


日下も、そう思ってくれているらしい。


「ただし、来年以降も黒字が続くとは限りませんからね」


「……はい」


俺が答えると、日下と伊東が笑った。


まあ、そうだよな。


地域リーグに昇格したからといって、自動的に収入が増えるわけじゃない。


むしろ、競技レベルが上がる分、必要な費用は増えるかもしれない。


でも。


今は、この六年間の成果を素直に喜びたい。


「とりあえず、今日は黒字を祝おう!」


「そうですね」


伊東が笑う。


日下も頷いた。


「それは賛成です」


おお。


三人の意見が一致したぞ!


なかなか珍しいことかもしれない。


◇


「それにしても、会社も大きくなったよなあ」


俺は別の資料を眺めながら言った。


ノードシードの今年の業績資料だ。


「売上百六十億円。社員数も約六百人ですからね」


伊東が答える。


「サッカー事業部を作った頃は、売上八十億円くらいだったのにな」


「あれから倍ですね」


「社員も、ずいぶん増えた」


以前は、社員の顔と名前を大体覚えていた。


今は……。


いや、もちろん、できるだけ覚えるようにはしている。


でも、六百人ともなるとなかなか難しい。


「既存のIT事業や地域企業向けのDX事業も成長していますし、スポーツテック事業も順調ですね」


「そうだな」


今年はAIトレーナーの全国チェーンへの導入が決まった。


もともとは京南FCの選手たちのために作ったシステムだ。


最初は地元のジムで試験運用し、一般の利用者にも使いやすいように改良を重ねてきた。


そして今年、全国に店舗を持つフィットネスジムチェーンに採用された。


「AIトレーナーの全国展開はどうなってる?」


俺が尋ねると、伊東が別の資料を開いた。


「最初の三十店舗での導入結果が良好だったので、その後も順次拡大しています」


「おお、順調なんだな」


「はい。現在は約百五十店舗まで導入が進んでいるそうです」


「百五十!?」


思わず声が出た。


「すごいな!」


「現場のスタッフからの評価もよいそうです。導入店舗は今後も増やしていく予定だと聞いています」


「いやあ、嬉しいなあ」


京南FCで始めたシステムが、全国のジムで使われている。


サッカーをしていない人たちの健康づくりにも役立っている。


あのとき、選手たちの能力をもっと伸ばしたいと思って始めたことが、こんな事業になるとはなあ。


そして、もう一つ。


農業事業。


こちらも来年から正式に事業部として動き出す予定だ。


サッカーを始めたことが、思いもしなかった新しい仕事につながっている。


「何だか、不思議な感じだな」


「何がですか?」


「最初は、地元にサッカークラブを作りたかっただけなのにさ」


伊東が笑った。


「社長、最初からプロを目指すって言ってましたよね」


「そうだったな」


「十分大きな話だったと思いますよ」


……そう言われると、そうかもしれない。


でも。


サッカーがきっかけになって、いろいろな人がつながった。


地域の企業がつながった。


子どもたちが集まった。


農業の仕事まで始まった。


こんなに広がるとは、さすがに想像していなかった。


◇


「それで、社長」


日下が口を開いた。


「来年度の予算についてですが」


「ああ、そうだったな」


「地域リーグへ昇格した以上、今までと同じ体制では難しい部分も出てくると思います」


「そうだよな」


今までは、岡本監督を中心に、選手たちも運営に協力しながら活動してきた。


しかし、今度は地域リーグだ。


対戦相手も強くなる。


活動範囲も広がる。


試合の準備や選手の身体の管理など、見直さなければならないこともあるだろう。


「必要な人員や費用を整理して、来年度の計画を作りたいと思っています」


日下が続ける。


「今年、ようやく通常運営の収支が黒字になったところです。投資するにしても、きちんと検討が必要ですから」


「もちろん」


俺は頷いた。


「岡本さんや伊東とも相談して、必要なところから強化しよう」


「はい」


「せっかく地域リーグまで来たんだから、ちゃんと戦える環境を作ってやりたいしな」


「その点には賛成です」


日下が頷く。


「私も、来年の試合は楽しみにしていますから」


「おお、そうか!」


「はい。もっと上を目指すんですよね?」


「もちろん!」


俺は笑った。


「まだまだ、これからだよ!」


◇


報告を終えた夕方。


俺は社長室に一人残っていた。


窓の外には、ノードシードの本社周辺が広がっている。


創設当初から使ってきた練習場。


そこは、もう六年前の土のグラウンドではない。


今年の工事で人工芝への改修が完了し、今では選手や子どもたちが新しいグラウンドで練習している。


工事中は、サブグラウンドや外部施設を使って練習場所を確保するのが大変だったらしい。


それでも、今ではすっかり新しい環境にも慣れたようだ。


その向こうでは、京南市スポーツパークの整備も進められている。


まだ完成にはもう少し時間がかかるだろう。


それでも、少しずつ形になってきた。


俺は視線を社長室の壁へ移した。


そこには、何枚もの写真が飾ってある。


最初の試合で撮った集合写真。


府六部で優勝したときの写真。


選手たちや子どもたちが写っている写真。


田中の結婚をみんなで祝ったときの写真もある。


あの友近も映っている。


どれも懐かしい。


そして、その中に新しい一枚が加わっていた。


地域リーグ昇格を決めた決勝戦の集合写真だ。


篠宮さんが撮ってくれた写真には、選手たちだけでなく、スクールの子どもたちやスタッフ、応援に来てくれた人たちが大勢写っている。


後ろには、二枚の横断幕。


一枚は、府六部で優勝したときから使っているもの。


――優勝おめでとう!


もう一枚は、今回のために作られたもの。


――地域リーグ昇格決定!


俺は、その二枚を見比べた。


最初の写真。


そこに写っているのは、まだ本当に小さなクラブだった。


選手も、スタッフも、応援してくれる人も少ない。


ユニフォームも、練習環境も、今とはずいぶん違う。


それでも、みんないい顔をしている。


そして、今回の写真。


大勢の人が写っている。


知らない間に、これほど多くの人が京南FCに関わってくれるようになったのか。


……いや、知らない間に、ではないな。


六年間。


選手たちが、毎日練習してきた。


岡本さんが、チームを鍛えてくれた。


長谷川たちが、仲間をまとめてきた。


スクールの子どもたちが、少しずつ増えていった。


地域の人たちが、応援してくれるようになった。


隠岐たちが、スポンサー企業とのつながりを作ってくれた。


田中が農業の仕事に出会い、新しい道を見つけた。


鈴木は選手を引退しても、クラブに残ってくれた。


ほかにも、たくさんの人が関わってくれている。


その一つひとつが、今の京南FCを作っている。


俺は、最初の写真を見た。


あの頃は、俺たちのことを応援してくれる人なんて、ほとんどいなかった。


それが今では。


地域リーグに昇格した。


サッカー事業部は、初めて通常運営で黒字になった。


子どもたちは選手に憧れ、地域の人たちは声を合わせて応援してくれる。


スポンサー企業も百社を超えた。


……うん。


悪くない六年間だったな。


いや。


かなりいい六年間だったんじゃないだろうか。


可愛い奥様と可愛い可愛い修ちゃんも生まれたしな。


俺は少し笑った。


「さて……」


机の上には、次年度の事業計画に関する資料が置かれている。


地域リーグ二部。


今までよりも、ずっと厳しい戦いになるだろう。


それでも。


ここまで一緒に歩いてきてくれた仲間たちがいる。


応援してくれる人たちがいる。


そして、俺たちには、まだ目指している場所がある。


俺は写真をもう一度見た。


「みんな、よく頑張ったな」


誰に聞かせるでもなく、そうつぶやいた。


それから、机の上の資料を手に取る。


六年間かけて、京都府リーグを駆け上がった。


これから先も、きっと簡単ではない。


でも。


俺たちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。


京南FC。


創設六年目。


京都府リーグを卒業し、次の舞台へ。


――地域リーグ二部。


新しい挑戦が、始まろうとしていた。

長かった第二章の地域定着編もこれで完了です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


今までの設定のまとめの回を挟んで地域リーグ編を投稿していきます。

これからも宜しくお願いします。

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