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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第二章 地域定着編

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5年目 閑話「農業を舐めるな」

農業を舐めたらあかん。


これは親父が昔から口癖のように言っていた言葉だ。


子どもの頃は、また始まったと思っていた。

だが、実家の農業を手伝うようになって、その意味が少しずつ分かるようになった。


野菜は種をまいたら勝手に育つわけやない。


土を作り、水をやり、肥料を考え、病気や虫にも気を配る。

天気予報を見ながら作業の予定を立てても、雨が降れば全部やり直しになることだってある。


それだけ苦労して育てても、売れる値段は自分で決められへん。


収穫量が多ければ儲かるとも限らん。

市場に同じ野菜が大量に出回れば、値段は下がる。


親父が何度も言っていた理由も、今なら分かる。


だから、最初にその話を聞いたときは、正直、呆れた。


「ノードシードっていう会社が、農業を始めたいらしいで」


話を持ってきたのは親父だった。


「ノードシード? あっこにあるあのITの新しい会社か?」


「そうや」


「IT企業が農業?」


「まずは農家で研修させてほしい言うてるらしい。役所から連絡来たわ」


俺は思わず顔をしかめた。


「なんやそれ。パソコンばっかり触っとる連中に、農業ができるんか?」


親父は笑った。


「できるかどうか、やってみな分からんやろ」


「いや、そらそうやけど。そんな簡単なもんちゃうで」


「せやから、教えてほしい言うてるんやろ」


それはそうかもしれん。


だが、どうにも引っかかった。


最近は農業にも新しい企業が参入しているらしい。

テレビでも、スマート農業だの何だのとよく聞く。


別に新しいことをするのが悪いとは思わん。


けど、農業を知らん人間が、思いつきで始められるほど甘い仕事でもない。


しかも、研修に来る社員の一人はサッカー選手らしい。


サッカーの片手間に農業か。


……農業を舐められたもんやな。


◇


「今日からお世話になります! 田中です!」


最初に挨拶してきた男は、思っていたよりもずっと愛想がよかった。


日に焼けた顔に、がっしりした身体。

いかにもスポーツをやっていそうな男だ。


その隣には、あと二人の社員が立っていた。


こちらも丁寧に頭を下げる。


田中ともう一人は、農業の経験がほとんどないらしい。

残る一人は実家でやっていたらしいが、怪しいもんだ。


俺は腕を組んで三人を見た。


「先に言うとくけど、農業は見た目よりずっと大変やで」


「はい。覚悟してます!」


田中は元気よく答えた。


……ほんまかいな。


「まあ、最初は簡単な作業からやってもらうわ」


まずは畑の草取りや、収穫の補助をしてもらうことになった。


説明をして、実際にやって見せる。


「こんな感じや。分かったか?」


「はい!」


返事だけはええ。


だが、実際にやらせてみると、案の定だった。


作業が遅い。


腰を落とす姿勢もぎこちない。

少し進んだだけで立ち上がり、腰を伸ばしている。


「なんや、もう疲れたんか?」


「いや、これ……結構きついですね」


田中が苦笑いする。


「お前、サッカー選手なんやろ? 体力あるんちゃうんか」


「あるつもりだったんですけど、使う筋肉が全然違いますね」


「当たり前や。走るのと畑仕事は別もんやで」


「いやあ、勉強になります」


そう言って、またしゃがみ込む。


もう一人の社員も、慣れない手つきで作業を続けていた。

残る一人は、さすがに少しは慣れた様子だった。


昼になる頃には、三人ともすっかり疲れ切っていた。


「どうや。思ってたより大変やろ」


「はい。正直、ここまでとは思ってませんでした」


田中は素直に認めた。


「まだ初日やで」


「ですよね……」


俺は内心でため息をついた。


まあ、一週間もすれば音を上げるやろ。


そう思っていた。


◇


ところが、一週間が過ぎても、田中たちは普通にやってきた。


二週間が過ぎても同じだった。


もちろん、仕事ができるようになったわけではない。


相変わらず作業は遅いし、何度も同じことを確認してくる。


だが、一つだけ最初の印象と違うことがあった。


こいつら、思っていたより真面目や。


「植田さん、ちょっといいですか?」


作業が終わったあと、田中が声をかけてきた。


「なんや?」


「今日、収穫する野菜を選ぶとき、植田さんが何個か残してましたよね」


「ああ」


「あれって、まだ早いからですか?」


「そうや。大きさだけやなくて、色とか張りも見るんや」


「なるほど……」


田中は手元のメモに何かを書き込んだ。


「それ、毎回書いてるんか?」


「はい。覚えきれないんで」


「そんなもん、何回もやってたら覚えるで」


「そうなんですけど、次に同じこと聞いたら申し訳ないですし」


……変なところで気を使うやつやな。


「分からんかったら聞いたらええ。勝手に判断して失敗する方が困るわ」


「ありがとうございます!」


田中は嬉しそうに笑った。


それからも、分からないことがあれば質問してきた。


なぜこの時期に肥料をやるのか。

雨が続いたときは何に気をつけるのか。

収穫した野菜をどうやって選別するのか。


最初は、そんなことも知らんのかと思った。


だが、考えてみれば当たり前だ。


俺が子どもの頃から知っていることでも、農業をやったことのない人間には分からん。


それに、田中は一度教えたことを、次からは自分でやろうとする。


間違えたら謝る。

分からなければ聞く。

教えたことは覚えようとする。


簡単なことのようで、意外とできん人間もおる。


少なくとも、仕事を舐めている人間の態度ではなかった。


しかも、それは田中だけではなかった。


少なくとも自分が見ている限りでは、他の二人──最近覚えたが、小林と森だ──も真面目に取り組んでいる。


小林は田中と同じく農業未経験で、何をするにも慎重だった。

作業はまだ遅いが、教えたことを一つずつ確かめながら進めている。


一方、森は実家で農業を手伝っていたというだけあって、道具の扱いにも多少慣れていた。


最初は大した経験もないやろと思っていたが、作業の段取りを説明すると、こちらの意図を理解するのも早い。


「森、お前は結構やっとったんやな」


「まあ、実家の手伝い程度ですけど」


「いや、それでも違うもんや」


そう言うと、森は少し嬉しそうに笑った。


三人とも、まだまだ覚えることは山ほどある。


それでも、最初から疑ってかかる必要はなかったのかもしれん。


少し構えすぎだったかな、と最近は思うようになった。


◇


「田中さん、そっち終わりました?」


「ああ、もうちょっと!」


ある日の午後。


小林が、畑の端で腰を伸ばしていた。


慣れない農作業が続いて、かなり疲れているらしい。


田中も汗だくだったが、自分の作業を終えると、自然にそちらへ歩いていった。


「こっち手伝いますよ」


「いや、田中さんも疲れてるでしょ」


「大丈夫です。二人でやった方が早いですし」


そう言って、何でもないように作業を始めた。


俺は少し離れたところから、その様子を見ていた。


別に珍しいことではない。


農業は一人でできる仕事ばかりではないし、忙しいときには互いに手を貸す。


だが、田中は誰かに言われる前に動いていた。


それも、恩着せがましいところがない。


「お前、よう周り見とるな」


作業が終わったあと、何となく声をかけてみた。


「え? そうですか?」


「さっきも、頼まれる前に手伝っとったやろ」


「ああ。あれくらい普通ですよ」


田中は笑った。


「サッカーでも、周りを見て動かないといけないんで」


「サッカーなあ」


そういえば、こいつはサッカー選手だった。


毎日畑で泥だらけになっている姿ばかり見ているせいで、すっかり忘れていた。


「お前、ほんまにサッカー選手なんか?」


「はい。京南FCでやってます」


「サッカーだけやっとったらええんちゃうんか?」


少し意地悪な質問だったかもしれん。


だが、田中は嫌な顔をしなかった。


「サッカーも好きですけど、農業もちゃんと覚えたいんです」


「なんでや?」


「うーん……」


田中は少し考えた。


「もちろん、会社から与えられた自分の仕事、というのもあります」


「ほう」


自分は会社員の経験はないが、与えられた仕事を会社員としてきっちりやる、というのは当たり前か。


「農業は身体を動かす仕事ですし、何より自分がやったことが目に見えるじゃないですか」


「まあ、そうやな」


「まだ全然できませんけど、ちゃんと覚えて農業を会社の事業としてできるようになれば、会社や、この地域の役に立てるんじゃないかなって」


地域の役に立つ……。


そういえば、あの社長もそんなこと言ってたな。


ITの会社の社長やのに、ほんまによく分からん人や。


「それに、自分で作った野菜なら美味しいんだろうなって楽しみにしてるのもあります」


「……!」


「奥さんに食べさせて喜んでもらえたら、って思っています」


せやな、それは大事や。


自分の野菜を美味しいって喜んでもらえたら、そんなに嬉しいことは他にはない。


「そうか、そりゃええな。でも、簡単にはいかんで」


「はい。それはもう、十分分かりました」


「まだまだ分かってへんことの方が多いぞ」


「ですよね。だから、これからも教えてください」


まっすぐな目でそう言われた。


……調子のええやつやな。


だが、不思議と悪い気はしなかった。


◇


農業の仕事は、毎日同じことをすればええわけではない。


晴れの日もあれば雨の日もある。

予定していた作業ができなくなることも珍しくない。


ある日も、朝から天気が怪しかった。


「今日は予定変えるで」


俺がそう言うと、田中たちは少し驚いた顔をした。


「昨日はこっちの作業って言ってませんでした?」


「雨が来そうやからな。先に済ませときたいことがあるんや」


「なるほど」


「農業は予定通りにいかんことの方が多い。天気には勝てへんからな」


田中たちは急いで準備を始めた。


だが、慣れない作業はなかなか進まない。


「田中、そっちもうちょい急げるか!」


「はい!」


声をかけると、田中は手を動かす速度を上げた。


それでも、俺たちと同じようにはいかない。


結局、途中で雨が降り出した。


予定していた作業は全部終わらなかった。


道具を片づけ、屋根の下に戻る。


田中は悔しそうな顔をしていた。


「すみません。もっと早くできてたら……」


「しゃあない。雨が早かったんや」


「でも、僕らが足引っ張ってますよね」


「そら、まだ慣れてへんからな」


田中はうなずいた。


「農業って、本当に大変ですね」


その言葉に、俺は思わず返していた。


「当たり前や。農業を舐めたらあかん」


少し強く言いすぎたかもしれん。


だが、田中は不快そうな顔をしなかった。


「はい。実際にやってみて、ようやく少し分かりました」


そして、少し笑った。


「でも、まだ全然できないんで。これからもよろしくお願いします」


俺は返事に困った。


最初、こいつらが来ると聞いたときは、どうせすぐに辞めると思っていた。


農業の大変さを知らん連中が、会社の思いつきでやってくる。


そんなふうに決めつけていた。


だが、田中たちは毎日畑に来ている。


失敗もする。

作業も遅い。

まだまだ一人前には程遠い。


それでも、次の日にはまた来る。


俺の話を聞き、少しでも覚えようとしている。


……舐めてたんは、俺の方かもしれんな。


「まあ、明日も朝からやるぞ」


「はい!」


「返事だけやなくて、仕事も早う覚えてや」


「頑張ります!」


田中が笑った。


俺も、つられて少し笑ってしまった。


◇


それからしばらくして。


その日の作業を終えた田中が、時計を見て慌て始めた。


「すみません、今日はそろそろ失礼します」


「なんや、用事か?」


「はい。このあとサッカーのスクールがあるんです」


俺は思わず聞き返した。


「お前、これだけ働いて、まだ仕事か!?」


「はい。今日はその後に自分の練習です」


「ようやるわ……」


「まあ、サッカーも好きですから」


田中は笑いながら頭を下げた。


「じゃあ、またお願いします!」


「ああ。気ぃつけてな」


田中が帰っていく。


俺はその背中を見送りながら、ふと思った。


そういえば、あいつがサッカーをしているところを一度も見たことがない。


畑ではまだまだ頼りないところもある。


だが、サッカーではどうなんやろ。


ちょっと気になった。


「……京南FC、やったか」


一度くらい、試合を見に行ってやってもええかもしれん。


◇


次の休日。


俺は京南FCの試合会場に来ていた。


サッカーは普段、日本代表の試合をテレビで見るくらいだ。


サッカーの生観戦自体、初めてだった。


しかし、アマチュアと聞いていたが、京南FCのホームページが想像以上にしっかりしていてびっくりした。


試合予定や会場へのアクセス方法など、少し調べたらすぐに分かったのだ。


やはりIT会社のチームなだけはある。


あの田中がどんなふうにサッカーをしているか、そこに少しだけ興味があった。


それにしても。


「……客、少ないな」


観客席には、ぽつぽつと人が座っている。


社員とおぼしき人や、選手の家族や知り合いらしき若者が何人か。


子どもが多いのは予想外だったが……。


思っていたより、ずっと静かだった。


「まあ、アマチュアやし、こんなもんか」


そうつぶやいて、空いている場所に腰を下ろした。


やがて試合が始まった。


最初は、田中がどこにいるのかもよく分からなかった。


ユニフォーム姿だと、畑にいるときとは雰囲気が違う。


だが、しばらく見ていると、見慣れた顔が走っているのに気づいた。


「あ、おった」


田中だった。


畑では腰をさすりながら作業していた男が、ピッチの上では元気に走り回っている。


味方に声をかけ、相手を追い、ボールをつなぐ。


「へえ……」


思わず声が漏れた。


「結構やるやん、あいつ」


田中が相手からボールを奪った。


そのまま味方につなぎ、京南FCが攻め込んでいく。


「おっ、ええぞ!」


気づけば声が出ていた。


周囲の何人かが拍手する。


俺もつられて手を叩いた。


そのあとも、田中がボールに関わるたび、自然と目で追ってしまう。


別に派手なプレーばかりするわけではない。


だが、味方が困っているときには近くに走り、守備でも手を抜かない。


……畑におるときと、あんまり変わらんな。


そんなことを思って、少し笑った。


試合は京南FCが勝った。


終了の笛が鳴ると、観客席から拍手が起こった。


俺も立ち上がり、手を叩いた。


「よう頑張ったな」


選手たちが観客席に向かって頭を下げる。


田中の姿も見えた。


俺は軽く手を上げた。


向こうが気づいたかどうかは分からん。


それでも、悪い気分ではなかった。


ただ、一つ気になったことがある。


……やっぱり、応援が少ないな。


試合は面白かった。


選手たちも一生懸命やっている。


田中だけやない。

ほかの選手も、必死に走っていた。


それなのに、観客席はずいぶん静かだった。


もちろん、拍手をする人はいる。

声を出して応援している人も、少しはいる。


でも、せっかく地元のチームが頑張っているのに、なんや寂しい気がした。


「……もうちょっと、応援してやってもええのにな」


誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。


俺自身、今日が初めての観戦なのだから、人のことは言えんのやけど。


帰り際、もう一度ピッチを振り返った。


田中たちは、まだ片づけをしていた。


畑でも、サッカーでも、よう働く連中や。


「……まあ、次も時間があったら来たろか」


そう言って、俺は会場をあとにした。


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