5年目 第3話 選手じゃなくなっても
俺は鈴木新之助。
ノードシード株式会社の社員で、京南FCの選手だ。
ポジションはセンターバック。
愛知県から京都に来て、もう五年目になる。
サッカーをしながらITの仕事をする。
最初はそんな生活が本当にできるのかと思っていたが、気づけばすっかり慣れてしまった。
ただ、最近は一つ大きな問題を抱えている。
……俺の身体が、サッカーについていけなくなってきたことだ。
今年も、京南FCは順調だった。
京都府二部リーグに昇格してからも、俺たちは勝ち星を積み重ねている。
もちろん、六部や五部の頃と比べれば、相手のレベルは上がっている。
簡単に勝てる試合ばかりではない。
それでも、チームは着実に強くなっていた。
特に大きいのは、板垣の成長だろう。
昨年までも上手い選手だったが、今年は完全にチームのエースになっていた。
ボールを持てば何かをしてくれそうな期待感がある。
実際、得点にもよく絡んでいる。
友近がチームを離れたときは、どうなることかと思った。
あいつがいた頃は、チームの中心に友近がいた。
いなくなった直後は、誰にボールを預ければいいのか迷うような場面もあった。
だが、今ではそんな影響もほとんど感じられない。
板垣を中心に、ほかの選手たちもうまく役割を分担している。
チームというのは、こうして変わっていくものなのだろう。
一方で、すべてが順調というわけでもなかった。
エンペラーカップの京都府予選では、以前のように勝ち進むことができなかった。
全国社会人選手権の予選も同じだ。
以前は勢いで勝てた試合もあったが、相手もこちらを警戒するようになってきた。
警戒させると勝ちきれない試合が増えた。
京南FCは確かに強くなっている。
でも、上にはまだまだ強いチームがいる。
そのことを、改めて思い知らされている。
そんなチームを、俺は最近、ピッチの外から見ることが増えていた。
◇
「……痛いな」
練習が終わった後、俺はベンチに座って足をさすっていた。
ここ数年、怪我に悩まされることが増えている。
治療して、リハビリして、ようやく復帰する。
ところが、しばらくするとまた別のところが痛くなる。
以前なら少し休めば治っていたものが、なかなか治らない。
医者から、もうサッカーをするなと言われたわけではない。
続けようと思えば、まだ続けられるのかもしれない。
ただ、以前のようなプレーは難しくなっていた。
無理をすれば、また怪我をする。
その繰り返しだ。
「お疲れさまです」
板垣が声をかけてきた。
「ああ、お疲れ」
「……」
板垣は無口だが、無礼ではない。
こうやって挨拶はちゃんとするのだが、その後に黙ることが多い。
「今日のあのゴール、上手かったな」
「……ありがとうございます」
「では、お先です」
「おう」
そう言って必要なことだけ伝えると、またグラウンドに戻っていった。
あれでスクールの方では生徒に人気らしいから、分からないものだ。
今日も居残りで個人技の練習なんだろう。
若いっていいな。
あいつはまだまだ上手くなるだろう。
これからもっと上のカテゴリーで戦うことになっても、十分に活躍できるんじゃないか。
そんなことを考えて、ふと自分の足に目を落とした。
……俺は、どうなんだろうな。
もう一度、あいつらと同じように走れるのだろうか。
自分でも、答えは分かっていた。
そろそろ、決めないといけない。
◇
「田中、ちょっといいか?」
ある日の仕事終わり。
俺は田中に声をかけた。
「ん? どうした?」
「……俺、引退しようと思う」
田中は少し驚いた顔をした。
「……そうか」
それから、俺の足に目を向ける。
「やっぱり、怪我が厳しいか」
「まあな。治ったと思っても、また痛くなるし」
「そうか……」
田中はしばらく黙っていた。
俺たちは、京南FCの初期メンバーだ。
府六部の開幕戦からこれまでずっと一緒にやってきた。
ITとサッカーの両立など、俺たちにしか分からない悩みをよく話したものだ。
もっとも田中は先に結婚し、最近は農業事業部のトライアルに従事しているので、めっきり話をする機会も減ってしまったが……。
田中の反応は、思っていたよりも寂しそうだった。
「今期最後まで残るのか?」
「いや、怪我が治る見込みが薄いんだ。
無理せず早めに退くよ」
「そうか……。
もう一回、一緒に試合に出たかったけどな」
「俺もだよ」
「……残念だな」
「まあ、しょうがないよ」
そう答えたものの、俺にはもう一つ気になっていることがあった。
「なあ、田中」
「ん?」
「俺、選手を辞めたら、会社はどうなるんだろう」
「会社?」
「いや、俺たちってサッカーをするために入社しただろ?」
「まあ、そうだな」
「選手じゃなくなったら、会社にもいられなくなるのかなって」
田中は目を丸くした。
「えっ、そんなこと考えてたのか?」
「そりゃ考えるだろ。もうサッカーができないんだから」
「いや、でも、ITの仕事もしてるじゃないか」
「してるけど、普通の社員ほど働いてるわけじゃないしな」
俺たちはサッカーの練習や試合がある分、ITの仕事に使える時間が限られている。
もちろん、任された仕事はきちんとやってきたつもりだ。
それでも、サッカーができなくなった自分に、今までと同じように仕事をさせてもらえるのか。
そこは不安だった。
「いや、絶対に大丈夫だって。社長を信じろよ」
「……そうかな。いや、そうだな」
「引退について社長や岡本さんには言った?」
「いや、まだ。
チームに迷惑をかけないように明日には伝えるよ」
「そうか。残念だけど、同じ会社の一員としてこれからも頼むよ」
そう言って、田中は俺の肩を叩いて励ましてくれた。
「……おう」
田中はやっぱりいい奴だな。
俺は岡本監督よりも先に、久世社長に相談することにした。
◇
「おう、鈴木。どうしたの?」
社長室に入ると、久世社長はいつもの調子で迎えてくれた。
俺は少し緊張していた。
選手としての引退を伝えることもそうだが、その後のことを考えると、どうしても気が重い。
「怪我の調子はどう?
最近休みが多いらしいけど」
「社長、その件ですが、ちょっと相談がありまして」
「うん、何?」
「……俺、選手を引退しようと思っています」
社長は少し驚いた顔をした。
「そっか。鈴木が京南FCの最初の引退選手になるのか」
「あ、そういえばそうですね」
友近のように移籍でいなくなった選手はいるが、純粋に京南FCでの引退は俺が初めてだ。
「五年間、お疲れさま」
「ありがとうございます」
それだけだった。
引き留められることもなければ、残念そうにため息をつかれることもない。
あまりにもあっさりしていて、逆に戸惑ってしまった。
「じゃあ、引退後はどうする?」
「……え?」
「仕事の話。いくつか選択肢があるから、希望を聞いておこうと思って」
「……選択肢、ですか?」
少しドキッとする。
クビなんていう選択肢があったらどうしようか。
「そう、選択肢。初京南FC引退キャンペーンとして三つから選べるぞ」
社長はいつものおどけた口調で、すらすらと三つ教えてくれた。
何も見ずに言っているということは、普段から考えていたんだろうか。
「まず一つ目。サッカー事業部から完全に離れて、今やっているITの仕事に専念する。普通の社員と同じ働き方だ」
「はい」
「二つ目。サッカースクールのコーチだけは続けて、トップチームの活動からは離れる。
今よりITの仕事の時間が増えるし、スクールが終わってから会社に戻って仕事をする日も増えると思う。
俺としてもできればスクールのコーチは続けてほしい。
何しろ会場が増えて選手のスケジュール調整が大変だから」
「なるほど……」
「三つ目。スクールのコーチに加えて、トップチームのスタッフとしても働く。
練習や試合の準備、用具の管理、遠征の手配なんかもお願いすることになるかな。今と勤務時間の配分はあまり変わらないと思う。
このスタッフの案がキャンペーンで今ならできますって感じ。
誰でも彼でもスタッフができるわけじゃなくて、数年で府リーグを突破して地域リーグに行くし、スタッフが必要だから」
お、これで三つ。
三つということは──
「……あの、社長」
「うん?」
「俺、会社に残れるんですか?」
社長は不思議そうな顔をした。
「えっ、なんで残れないと思ったの?」
「いや、俺、選手として入社したので……」
「でも、鈴木はノードシードの社員でしょ?」
「……はい」
「サッカー選手を一生続けられる人なんていないんだから、引退したら会社からおさらば、なんてことあるわけないじゃん」
社長は、ごく当たり前のことのように言った。
俺はしばらく言葉が出なかった。
「もちろん鈴木が辞めたいっていうなら止めないけど……」
そう言って、少し寂しそうに確認してきた。
「いえ、そんなわけないです!」
慌てて否定する。
「でも社長、最初から、そういうつもりだったんですか?」
「うん。京南FCを立ち上げる当初からそのつもり。五年たって初めてのケースだからみんなはあんまり知らなかったかな。
だから選手のみんなにもITや農業など、サッカー事業部以外の仕事もちゃんとやってもらってるんだ」
「……そうだったんですね」
「おう、ノードシードや京南FCは地域貢献することが理念なんだ。
その地域の一部である社員を大事にしなかったら意味わかんないだろ?」
社長は笑った。
「……ありがとうございます」
気づけば、肩の力が抜けていた。
俺はずっと、選手を辞めることは、京南FCを離れることだと思っていた。
でも、社長は最初から、その先のことまで考えていたらしい。
「まあ、すぐに決めなくてもいいよ。これからの仕事のことだから、ちゃんと考えて決めてほしい。
あと今回決めたら今後ずっと絶対にそのままってわけでもないから。
同じ会社内なんだからまた違う選択ができるときもくるよ。
まあ、単なる社内の人事異動だな」
「なるほど。分かりました、少し考えさせてください」
「うん。決まったら教えて」
社長室を出たとき、来たときとは違う気持ちになっていた。
会社を辞めなくていい。
それだけで、随分と気が楽になった。
ただ、今度は別のことで悩むことになった。
……俺は、これから何をしたいんだろう。
◇
引退することは、チームのみんなにも伝えた。
田中には先に話していたが、長谷川や渡部にはまだ話していなかった。
「えっ、鈴木、引退するのか?」
長谷川が驚いた声を上げた。
「ああ。もう足がな」
「そうか……」
長谷川は少し考え込んだ。
それから、俺の顔を見て言った。
「で、これからどうするんだ?」
「まだ考え中だ。社長からは、ITに専念するか、これからもサッカー事業部に関わるかとか、どうするか決めてくれって言われたけど」
「なんだ、それだったらスタッフとして残ってくれよ」
長谷川はあっけらかんと言った。
「京南FCを初期から知っている鈴木がスタッフとしていてくれたら心強いよ。
それに、スクールの子どもたちも鈴木がいたら喜ぶだろ。
いなくなったらあの子たち悲しむぞ」
「……そうかな」
「そうだって。何をそんな暗い顔してるんだよ」
思わず笑ってしまった。
こいつは一緒に京南FCに入った時から頼りになるやつだ。
長谷川に聞いてよかった。
選手を辞めても俺をサッカー事業部で必要としてくれている。
それが妙にうれしかった。
渡部の反応は、少し違っていた。
「……そうか。鈴木も引退か」
「ああ」
「五年か。早いもんだな」
「本当にな」
渡部はしばらく黙っていた。
最近、渡部は試合に出る機会が減っている。
同じポジションに板垣がいることもあるし、チーム全体のレベルが上がってきたこともある。
昔は当たり前のように試合に出ていた選手が、今ではベンチに座ることも珍しくない。
それは、渡部も同じだった。
「渡部は、まだまだ頑張れよ」
俺がそう言うと、渡部は少し笑った。
「……まあ、俺はもうちょっと選手を続けたいからな」
「そうだな。頑張ってくれ」
「おう」
そのときの渡部は、何か考えているように見えた。
でも、俺はそれ以上聞かなかった。
あいつにも、いろいろ思うところがあるのだろう。
一方で、若い選手たちの反応は意外とあっさりしていた。
「鈴木さん、引退するんですか?」
板垣が尋ねてきた。
「ああ。今シーズンでな」
「……そうですか」
「まあ、怪我もあるしな」
「……お疲れさまでした」
「ありがとう」
板垣は小さく頭を下げた。
それ以上、何かを聞いてくることはなかった。
ほかの若い選手たちも、似たような反応だった。
まあ、そうだよな。
あいつらにとって、俺は怪我であまり試合に出ていない先輩だ。
一緒にプレーした時間も、田中や長谷川たちほど長くない。
俺の引退が、そこまで大きな出来事ではないのだろう。
少し寂しくもあったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
それだけ、新しい選手たちが京南FCの中心になっているということだ。
俺たちが始めたチームは、もう俺たちだけのチームではなくなっている。
◇
それからしばらく、俺は引退後の仕事について考えた。
ITの仕事に専念するのも悪くない。
この五年間で、最初はほとんど分からなかった仕事も、少しずつできるようになってきた。
ITの仕事の面白さも少し分かってきている。
もっと勉強して、普通の社員として働く道もある。
そんなことを考えていたある日。
昼休みに、同期のIT社員と話す機会があった。
入社した頃からの付き合いで、社員寮にいた頃はよく一緒にゲームをした仲だ。
今でも仕事の相談をすることがある。
「そういえば俺、今シーズンでサッカーを引退することにしたんだ」
何気なくそう伝えると、同期は少し驚いた顔をした。
「お、そうなの? 怪我か?」
「まあな。もう足の痛みが引かないんだ」
「そっか。残念だな」
そう言った後、同期はすぐに笑った。
「じゃあ、いよいよIT専任だな。ようこそ!」
「……え?」
「いや、これからは俺たちと同じように一日中パソコンの前だろ?
一緒に徹夜のデスマーチを楽しもうじゃないか!」
「……いや、まだ決めてないけど。
それにデスマーチは勘弁してくれ」
「なんだ、そうなのか。てっきりこっちに来るのかと思ったよ」
俺は少し拍子抜けした。
「……お前、俺が選手を辞めるって聞いても、あんまり驚かないな」
「そりゃ、怪我してるって聞いてたしな。残念だとは思うけど。
それに俺たちももうアラサーだし」
アラサーか、27は確かにアラサー……。
「でも、会社を辞めるわけじゃないだろ?」
「……まあ、そうだけど」
「だったら、今までとそんなに変わらないじゃないか。仕事は一緒にできるんだし」
「……そうだな」
「むしろIT専任になるんだったら、こっちは助かるよ。今までサッカーで忙しかった分、仕事をいっぱい振れるしな!」
「おいおい、勘弁してくれよ」
二人で笑った。
そういえば、こいつとは入社した頃にも似たような話をした気がする。
あの頃は、サッカーの練習がある俺を見て、よくそんな生活ができるなと言われた。
俺からすれば、一日中パソコンに向かって仕事をしているこいつの方がすごいと思っていた。
五年経っても、その感覚はあまり変わっていない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
俺はずっと、サッカー選手でなくなったら、自分の居場所がなくなるんじゃないかと心配していた。
でも、こいつにとって俺は、最初から同じ会社の社員だったのだ。
サッカーをしているかどうかなんて、会社の仲間であることには関係ない。
久世社長も、田中も、こいつも。
みんな、俺が会社に残ることを当たり前のように考えている。
……心配しすぎていたのかもしれないな。
◇
スクールのコーチを続けるのもいい。
子どもたちが少しずつ上達していくのを見るのは楽しい。
自分が教えたことをできるようになって、嬉しそうに報告してくれる。
あれは、選手として試合に勝つのとはまた違った喜びがある。
ただ、トップチームから完全に離れることを考えると、どうしても寂しかった。
俺は五年間、京南FCの選手として過ごしてきた。
毎日の練習。
週末の試合。
勝って喜んだことも、負けて悔しかったこともある。
怪我で苦しんだ時間も含めて、全部が俺の五年間だった。
その場所から、完全に離れてしまっていいのだろうか。
ある日、練習場で選手たちの姿を眺めていた。
板垣がボールを受け、相手をかわしてシュートを決める。
「ナイス!」
仲間たちから声が上がった。
板垣は笑いながら、次のプレーに備えている。
その様子を見ていると、自然と答えが出た。
……やっぱり、俺はここにいたい。
選手としては、もうあいつらと一緒に走れない。
でも、あいつらがサッカーをするために、自分にもできることがあるはずだ。
そう思った。
◇
「社長、引退後のこと、決めました」
後日、俺は久世社長に返事をした。
「うん、どうする?」
「スクールのコーチと、クラブスタッフを続けたいです」
社長はうなずいた。
「おお~ありがとう!
分かった。じゃあ、その形で進めよう」
「ありがとうございます」
「これからは選手たちを支える側になるな」
「はい」
「頼りにしてるよ。京南FCで最初の元選手スタッフなんだから」
「……はい!」
今度は、迷わず返事ができた。
選手を辞めることを決めたときは、何かを失うような気持ちだった。
でも、今は違う。
これからも、このクラブでやれることがある。
そう思えるだけで、随分と気持ちが軽くなった。
◇
シーズンも終盤に差しかかった頃。
俺は選手としての活動を終え、少しずつスタッフの仕事を始めていた。
練習前にはボールやマーカーを準備する。
使った道具を片づけ、足りないものがあれば確認する。
試合の日には、用具の準備や運搬も手伝う。
遠征の手配や、練習場の調整など、今まで選手としてはあまり意識していなかった仕事もある。
やってみると、思っていたよりも大変だった。
「これ、誰が準備してたんだろう……」
そんなことを考えることも増えた。
今までは練習場に来れば、当たり前のようにボールが用意されていた。
試合に行けば、必要なものが揃っていた。
でも、それは誰かが準備してくれていたからだ。
選手を辞めて、初めて分かることもある。
「鈴木ー!」
練習中の田中が声をかけてきた。
「ボール、もう一個ない?」
「あるよ。ちょっと待って」
俺はボールを取り出して渡した。
「お、助かる!」
「ちゃんと返せよ」
「分かってるって!」
田中は笑いながら練習に戻っていった。
俺はその後ろ姿を見送った。
以前なら、俺もあの中にいた。
一緒に走って、ボールを追いかけていた。
もう、それはできない。
正直に言えば、今でも少し寂しい。
でも、こうして仲間たちの練習を支えることができる。
それも、悪くないと思えた。
スクールの仕事も続いている。
子どもたちにボールの蹴り方を教えたり、一緒に練習したりする。
「鈴木コーチ! 見て!」
子どもが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お、上手くなったな!」
「ほんと?」
「ほんとだよ。前よりずっと良くなってる」
「やったー!」
そんなやり取りをしていると、自然と笑顔になる。
サッカーをすることだけが、サッカーとの関わり方ではない。
今は、そう思えるようになっていた。
◇
練習が終わり、選手たちが片づけを始めた。
俺も道具を集めながら、ふと、この五年間を思い返していた。
京南FCに入った頃は、こんな未来になるなんて想像もしていなかった。
ただサッカーを続けられるから、と選んだ会社だった。
それが自分の本当の居場所だと感じられるようになるなんて……。
社長、隠岐さん、岡本さんの三人に大学時代にスカウトされたこと。
説明を受けたが、サッカーをしながらITの仕事をするなんて、本当にできるのかと思ったこと。
入社式での京南FCのお披露目会のこと。
社員研修ではITの知識を叩き込まれて泣きそうだったが、同期に助けられたこと。
初試合で大勝したこと。
忘年会で社長とゲームトークで盛り上がったこと。
初めて昇格し、毎年昇格を決めたこと。
エンペラーカップではプロチームと公式戦ができたこと。
スクールでは鈴木コーチと慕われたこと。
スクールの生徒からサインを頼まれたこと。
思い出すと走馬灯のようにいろいろな思い出が頭を駆け巡った。
いや、死ぬわけじゃないし……。
「鈴木さん、これどこに置けばいいですか?」
板垣がマーカーの入ったカゴを持ってきた。
「ああ、それは倉庫の奥だ。俺も行くよ」
「……ありがとうございます」
二人で倉庫へ向かう。
「板垣」
「はい?」
「来年も頼むぞ」
「……何をですか?」
「京南FCを勝たせることだよ」
板垣は少し驚いた顔をした。
それから、小さくうなずいた。
「……分かりました」
「頼もしいな」
俺も笑った。
板垣はカゴを置くと、仲間たちのところへ走っていった。
その背中を見ながら、俺は思った。
もう、選手としてピッチに立つことはない。
それは、やっぱり少し寂しい。
でも、俺はまだ京南FCにいる。
選手じゃなくなっても、京南FCの一員だ。
「……プロになるのは、任せたぞ」
小さくつぶやいて、俺は倉庫の扉を閉めた。
いつか、このクラブが本当にプロになる日を。
今度はピッチの外から、見届けたいと思った。




