5年目 第2話 京南FCジュニア、始動
「みんな、集まってー!」
俺が声をかけると、子どもたちがぞろぞろと集まってきた。
元気よく走ってくる子もいれば、少し恥ずかしそうに歩いてくる子もいる。
中には、まだボールを蹴り足りないのか、足元でボールを転がしながらやってくる子もいた。
「はい、ボールは一回置こうか」
「あっ、はーい!」
慌ててボールを置いた男の子が、隣の子に笑いかける。
その様子を見て、俺も思わず笑ってしまった。
今日から、京南FCジュニアが正式に活動を開始する。
昨年から準備を進めてきた、京南FCのジュニアチームだ。
対象はU-10。
小学四年生以下の子どもたちで構成されるチームになる。
当初は三、四年生を中心に募集する予定だった。
しかし、これが思ったほど集まらなかった。
京南FCは、まだできて数年のクラブだ。
トップチームも京都府リーグで戦っている段階で、地域での知名度は決して高くない。
サッカースクールにはそれなりに子どもたちが通ってくれているが、中心は幼稚園児や小学校低学年だ。
三、四年生になると、すでに別の少年サッカーチームに所属している子も多い。
そこで、一、二年生にも参加してもらうことになった。
結果として集まったのは、二十人に届かないくらい。
八人制のチームが、何とか二つ作れる程度の人数だ。
しかも、一、二年生が半分以上を占めている。
同じU-10とはいっても、一年生と四年生では身体の大きさが全然違う。
当然、できることにも大きな差がある。
正直、指導する側としてはなかなか難しい。
それでも、こうして子どもたちが集まってくれたことは嬉しかった。
「じゃあ、最初に少しだけ話をするね」
俺は子どもたちの顔を見渡した。
「京南FCジュニアでは、みんなに大切にしてほしいことがあります」
何人かの子が、真剣な顔でこちらを見た。
「まずは、サッカーを楽しむこと」
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
「それから、自分で考えて、たくさんチャレンジすること」
「チャレンジ?」
一年生の男の子が首をかしげた。
「そう。例えば、今までできなかったことをやってみるとか、難しいことに挑戦するとかね」
「失敗してもいいの?」
男の子は少し不安そうだ。
「もちろん。失敗してもいいよ」
そう答えると、男の子は少し安心したような顔をした。
「ただし、仲間を大切にすること。これは絶対に守ってほしい」
「仲間?」
「そう。一緒にサッカーをする友達だね。困っている子がいたら助ける。誰かが頑張っていたら応援する。そういうことも大切にしてほしいんだ」
何人かの子がうなずいている。
全員にどこまで伝わったかは分からない。
でも、これから少しずつ覚えていってくれればいい。
「じゃあ、さっそくサッカーを始めようか!」
「やったー!」
子どもたちが一斉に走り出した。
……まだ何をするか説明していないんだけどな。
「ちょっと待って! まずは準備運動から!」
俺は慌てて子どもたちを呼び戻した。
どうやら、なかなか賑やかなチームになりそうだ。
◇
最初の練習は、予想よりも大変だった。
「コーチ! 見て見て!」
「コーチ、ボールがあっち行った!」
「ねえ、試合まだ?」
あちこちから声が飛んでくる。
一人に説明していると、別の子が何かを始めている。
四年生には簡単すぎる練習でも、一年生には難しかったりする。
逆に、一年生に合わせていると、上級生が退屈そうにしてしまう。
もちろん、俺一人で指導しているわけではない。
田中君も手伝ってくれているし、ほかのスタッフにも協力してもらっている。
それでも、全員が楽しみながら練習できるようにするのは簡単ではなかった。
「森さん、子どもたちって元気ですね!」
田中君が笑いながら言った。
「本当にね。こっちの体力が先になくなりそうだよ」
「でも、楽しいですね!」
「うん。それは間違いないね」
田中君は子どもたちと一緒に走り回っている。
ああいうところは、彼の強みだと思う。
俺も負けていられない。
そう思って練習を見ていると、少し離れたところで一年生の子が転んだ。
「あっ!」
見ると、四年生の男の子がボールを奪おうとして、身体を強くぶつけていた。
一年生の子は地面に座り込み、泣きそうな顔をしている。
「ストップ!」
俺はすぐに声を上げた。
子どもたちが動きを止める。
まず、転んだ子のところへ向かった。
「大丈夫? 痛いところはない?」
「……うん」
幸い、怪我はなさそうだった。
俺は四年生の子を呼んだ。
「ちょっと来て」
「……はい」
「今のプレー、どう思う?」
「……ボール取ろうとしただけ」
「うん。ボールを取りたかったのは分かるよ。でも、相手は一年生だよね」
「……うん」
「自分よりずっと身体が小さい子に、あんなぶつかり方をしたらどうなる?」
男の子は黙り込んだ。
「怪我をするかもしれないんだよ」
俺はいつもより強い口調で言った。
「ボールを取れたら何をしてもいいわけじゃない。そこはちゃんと考えてほしい」
「……はい」
「サッカーは身体を使うスポーツだから、ぶつかることもある。でも、相手のことを考えずに力任せにぶつかるのは違うよ」
男の子はうつむいた。
「それに、力任せだけじゃサッカーは上手くならないんだ。身体をぶつけるだけじゃなくて、相手とボールの間に上手く身体を入れるとか、そういう技術も覚えていこう」
「……ごめんなさい」
「うん。じゃあ、まずあの子に謝ろうか」
四年生の子は、一年生のところへ歩いていった。
「……ごめん」
「……いいよ」
一年生の子が小さく答える。
俺は二人の様子を見て、少し安心した。
もちろん、これで全部理解してくれたとは思わない。
これから何度も同じようなことがあるだろう。
でも、そのたびに伝えていけばいい。
プレーの失敗なら、いくらでも挑戦してほしい。
ただ、仲間を傷つけるような行動は見過ごせない。
そこは、きちんと教えていきたいと思っている。
◇
活動を始めてしばらくした頃、初めての練習試合が決まった。
何チームか集まる合同練習試合だ。
以前のコーチの伝手で紹介してもらったのだ。
相手チームの中には、地元でも強豪として知られる南山ジュニアSCもいる。
南山ジュニアSCは所属する子どもの数も多く、各学年に十分な選手がいる。
練習も厳しく、地域の大会でも好成績を残しているらしい。
正直、今の京南FCジュニアとは実力差が大きい。
それでも、子どもたちにとっては良い経験になると思った。
「先生! 試合って、勝ったらトロフィーもらえる?」
一年生の子が尋ねてきた。
「いや、今日は練習試合だから、トロフィーはないかな」
「えー!」
「でも、相手と試合をするのは初めてだからね。楽しみだね」
「うん!」
その横では、三年生の沢村悠斗が少し緊張した顔をしていた。
悠斗はスクールにも通っていた子で、今回ジュニアに参加してくれた一人だ。
サッカーが好きで、練習にも真面目に取り組んでいる。
ただ、まだ自分から積極的に話すタイプではない。
「悠斗君、緊張してる?」
「……ちょっと」
「そっか。初めての試合だもんね」
「相手、強いんでしょ?」
「うん。強いと思うよ」
「……勝てるかな」
「それはやってみないと分からないね。でも、今日は勝つことだけじゃなくて、練習してきたことを一つでもやってみよう」
「……うん」
悠斗は小さくうなずいた。
さて、どうなることやら。
◇
試合会場に着くと、まず相手チームの人数に驚いた。
同じユニフォームを着た子どもたちが、何十人もいる。
ウォーミングアップもきびきびしていて、ボールを扱う技術も高い。
「うわ、めっちゃ上手い……」
京南FCの子どもたちから、そんな声が漏れた。
確かに上手い。
同じ四年生でも、うちの子たちとはかなり差がある。
それに、相手は四年生を中心にメンバーを組んでいる。
こちらは一年生や二年生も試合に出る。
体格も走る速さも違う。
一年生が四年生を相手にするのだから、苦戦するのは当然だろう。
それでも、子どもたちは一生懸命だった。
試合が始まると、予想どおり相手に圧倒された。
ボールを奪っても、すぐに取り返される。
相手の四年生が走り出すと、一年生の足ではなかなか追いつけない。
何度もゴールを決められた。
ただ、俺が気になったのは、試合内容だけではなかった。
「何やってんだ! そこはパスだろ!」
相手ベンチから、大きな声が飛んできた。
「何回同じこと言わせるんだ!」
ミスをした子どもが、びくっと肩をすくめる。
その子はすぐにベンチの方を見た。
「もっと考えてプレーしろ!」
また怒鳴り声が飛ぶ。
相手の子どもたちは確かに上手い。
動きも速いし、連係もできている。
厳しい練習を積んできたのだろう。
ただ、ミスをするたびにベンチを気にする姿が、俺には少し気になった。
「森さん、すごいですね……」
隣にいた田中君が小さな声で言った。
「うん。かなり鍛えられてるね」
「でも、あんなに怒鳴らなくても……
俺が子どものころでも、あんなコーチはいなかったですよ」
「……そうだな」
俺はそれ以上、何も言わなかった。
指導にはいろいろな考え方がある。
ただ、少なくとも俺は、ああいう指導をしたいとは思わない。
結局、試合は大差で負けた。
何点取られたのか、途中から数えるのも大変なくらいだった。
対してこっちは一点も取れなかった。
子どもたちは肩を落としている。
初めての試合は、ほろ苦いものになった。
◇
「みんな、お疲れさま」
試合後、子どもたちを集めた。
いつもなら騒がしい子どもたちが、今日は妙に静かだった。
うつむいている子もいる。
何人かは、ちらちらと俺の顔を見ていた。
どうしたんだろう。
そう思って、ふと気づいた。
もしかすると、怒られると思っているのかもしれない。
さっきまで、相手のコーチが何度も選手を怒鳴っていた。
自分たちはそれ以上に失点している。
怒られると思っても不思議ではなかった。
「みんな、初めての試合はどうだった?」
俺が尋ねると、しばらく沈黙が続いた。
「……負けた」
誰かが小さく言った。
「そうだね。いっぱい点を取られちゃったね」
また沈黙。
「悔しかった?」
何人かがうなずいた。
「うん。悔しいよね」
俺は少し笑って続けた。
「じゃあ、次はどうしたい?」
子どもたちが顔を上げた。
でも、まだ誰も答えない。
しばらくして、悠斗がそっと手を挙げた。
「……もっと、パスを出せるようになりたい」
「いいね。どうしたら出せるようになると思う?」
「……周りを見る?」
「そうだね。じゃあ、次の練習でやってみようか」
悠斗がうなずく。
すると、別の子も手を挙げた。
「僕、シュート打ちたかった!」
「いいね。次はシュートを打てるように頑張ろう」
「俺、もっと走れるようになりたい!」
「うん、それもいいね」
少しずつ、子どもたちから声が出始めた。
「次は一点取りたい!」
「僕も!」
「僕、ボール取れたで!」
「そうだね。ちゃんと取れてたよ」
気づけば、いつもの賑やかさが戻っていた。
俺は子どもたちを見渡した。
「今日は負けちゃったけど、みんな最後まで頑張ってたよ。初めての試合で、よく頑張りました」
何人かの子が、ほっとしたように笑った。
「でも、次はもっとできるようになりたいよね?」
「うん!」
「よし、じゃあ次の試合では今頑張りたいって思ったことを意識して試合してみよう!」
「はーい!」
元気な返事が返ってきた。
その声を聞いて、俺も安心した。
負けることは悪いことじゃない。
大切なのは、そこから何を学ぶかだ。
子どもたちには、失敗を怖がらずに挑戦してほしい。
そして、自分の考えを言えるようになってほしい。
今日の試合が、その第一歩になればいいと思う。
◇
それから数か月が経った。
京南FCジュニアは、相変わらず賑やかだった。
もちろん、練習がすべて順調に進むわけではない。
子ども同士で喧嘩することもある。
練習中にふざけてしまう子もいる。
俺たちコーチも、毎回試行錯誤だ。
ある日の練習試合では、ベンチにいる子どもたちが試合を見ずに遊んでいた。
「ねえ、あっちでPKしよう!」
「いいよ!」
二人がベンチから離れようとしている。
俺は声をかけた。
「ちょっと待って」
「……はい?」
「今、みんなは何をしてる時間かな?」
「……休憩?」
「違うよね。試合の時間だよね」
子どもたちは黙り込んだ。
「試合に出てる子たちは、一生懸命頑張ってるよね」
「……うん」
「じゃあ、試合に出てない子は、何もしなくていいのかな?」
「……」
「試合に出てなくても、みんな同じチームの仲間だよ」
俺は子どもたちの目を見て続けた。
「仲間が頑張っているときは、ちゃんと応援してほしい。それに、試合を見ていたら勉強になることもたくさんあるからね」
「……はい」
「自分が試合に出ているとき、仲間が応援してくれたら嬉しいでしょ?」
「うん」
「だったら、みんなも応援しよう」
「はーい!」
子どもたちはベンチに戻った。
最初は小さな声だった。
「……頑張れー」
でも、しばらくすると、
「悠斗! 頑張れー!」
「ナイス!」
「こっち空いてるでー!」
大きな声が聞こえてきた。
俺は思わず笑ってしまった。
……最後のは、ベンチから指示してるだけのような気もするけど。
まあ、最初はこんなものだろう。
◇
さらにしばらくすると、子どもたちの様子にも少しずつ変化が見られるようになった。
以前は、自分のプレーだけで精いっぱいだった上級生たちが、年下の子を気にかけるようになってきた。
「大丈夫? 痛くない?」
転んだ一年生に、四年生の子が手を差し伸べる。
「……うん」
「じゃあ、一緒に戻ろう」
そんな姿を見ることが増えた。
練習の準備でも、上級生が小さい子を手伝うようになった。
「それ、俺が持つわ」
「ありがとう!」
「こっちの軽いの持ってくれる?」
「うん!」
以前なら、自分の準備が終わるとすぐにボールを蹴り始めていた子たちだ。
それが今では、周りを見るようになっている。
悠斗にも変化があった。
最初は緊張して、自分からあまり話さなかった。
でも、最近は下級生に声をかけることが増えてきた。
ある日の練習試合。
一年生の子がボールを奪われ、悔しそうにうつむいていた。
すると、悠斗が近づいていった。
「大丈夫やで」
「……でも、取られた」
「俺もいっぱい取られてるし」
悠斗はそう言って笑った。
「次、また頑張ろう」
「……うん!」
一年生の子が顔を上げた。
その様子を見て、俺は嬉しくなった。
悠斗は今のチームではうまい方だが、特別上手いわけではない。
でも、確実に成長している。
それは、パスやシュートの技術だけではない。
仲間を気遣うこと。
自分の意見を言うこと。
失敗した子を励ますこと。
試合に出ていないときも、仲間を応援すること。
そういうことも、サッカーを通じて学んでくれている。
もちろん、勝てるようになってほしいという気持ちもある。
試合に勝てば嬉しいし、子どもたちにもその喜びを味わってほしい。
でも、勝つことだけが目的ではない。
少なくとも、今の俺はそう思っている。
◇
また別の練習試合ではあの南山ジュニアSCと試合することになった。
前回の試合を覚えている子は明らかに緊張している。
「大丈夫、試合に負けたっていいからどんどんチャレンジしていこう!」
「…はい!」
試合はやはり一方的だった。
数か月練習しただけでは追いつけないのは当たり前だ。
でも前回とは違う。
試合に出ている子どもは声を掛け合っている。
試合に出ていない子どもも自分のチームを応援している。
試合では負けていても、ベンチやチームの活気では負けていない。
京南は一点も取れていないが、前回よりもみんなで協力して守ることはできている。
それでも大差がついていた終了間際。
四年生の子が相手のドリブルにうまく体を入れてボールを奪う。
後ろにいた一年生の子に優しいパスをする。
「前に思いっきり蹴って!」
「うん!」
一年生が思い切りボールを蹴った。
そのボールが相手選手の足に当たり、思いがけず前線にいた悠斗のもとへ転がった。
悠斗は前にディフェンダーがいるが、思い切ってシュートをする。
ふわっと高く上がったボールに相手ゴールキーパーも届かずそのままゴールに入った。
南山ジュニアSC相手の初めての得点。
「やったーーーーーー!!!」
叫ぶ悠斗。
その瞬間、ベンチにいた子どもたちも悠斗のところに走って行って全員で喜んでいた。
「おいおい、まだ試合中だぞー!」
と田中君は言う。
「いいじゃないか。……でも、ちゃんと戻るように言ってきて」
「そうですね」
そうそう、こういうのが見たかったんだ。
これが出来るならこのチームはきっと大丈夫だ。
最初は、まともにチームになるのかも分からなかった。
学年も違うし、技術にも大きな差がある。
試合では大敗した。
今でも、強豪チームには全く勝てない。
でも、子どもたちは少しずつ成長している。
サッカーが上手くなることも大切だ。
だけど、それだけじゃない。
仲間を大切にできること。
失敗を恐れずに挑戦できること。
自分で考えて行動できること。
そういうことも、ここで学んでいってほしい。
子どもたちの笑い声が、試合会場に響いている。
京南FCジュニアは、まだ始まったばかりだ。
これから、きっといろいろなことがあるだろう。
でも、この子たちがどんなふうに成長していくのか。
それが今から、とても楽しみだった。




