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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第二章 地域定着編

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5年目 閑話 サッカー選手と農業

朝、目が覚めた。


まだ外は薄暗い。


時計を見ると、午前五時前だった。


起きるか。


そう思って身体を起こす。


「いててて……」


思わず声が出そうになり、慌てて口を押さえた。


隣では、妻の絵理がまだ眠っている。


危ない危ない。


起こしてしまうところだった。


農業研修を始めて、もう一か月ほど経った。


以前はもう少し遅く起きていたのだが、今はすっかり早起きになった。


農業の仕事は朝が早い。


特に暑くなる時期は、日中の暑さを避けるため、早朝から作業することも多い。


その代わり、仕事は昼過ぎには終わる。


夕方からのサッカーの練習まで時間があるので、身体を休めることもできる。


もっとも、朝早く起きるのには、まだ完全には慣れていない。


俺はこれでも京南FCの選手だ。


体力にはそれなりに自信があった。


だが、農業を始めて分かった。


サッカーの体力と、農業の体力は別物らしい。


今まで使っていなかった筋肉を使うのか、身体のあちこちが痛い。


農業、恐るべし。


俺は絵理を起こさないように、そっと布団から抜け出した。


寝室のドアを静かに閉め、洗面所へ向かう。


顔を洗って、作業着に着替える。


朝食も、できるだけ物音を立てないように準備した。


以前は絵理と一緒に朝食を食べることも多かったが、最近は時間が合わなくなってしまった。


その代わり、夕食はできるだけ一緒に食べるようにしている。


「……さて、行くか」


玄関で靴を履いていると、背後から声がした。


「……もう行くの?」


振り返ると、絵理が眠そうな顔で立っていた。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「ううん。目が覚めただけ」


そう言いながら、絵理は小さくあくびをした。


「毎朝早いね。身体、大丈夫?」


「大丈夫! だいぶ慣れてきたよ」


「昨日も帰ってきたらすぐ寝てたけど」


「……それは、ちょっと疲れてただけで」


「ふふっ。無理しないでね」


「うん、ありがとう」


絵理に見送られ、家を出る。


朝の空気は少しひんやりしていて、気持ちがいい。


今日も一日、頑張ろう。


◇


「おはようございます!」


「おはようございます!」


畑に着くと、すでに小林君と森さんが来ていた。


「田中さん、今日も元気ですね」


小林君が笑う。


「元気だけが取り柄だからね!」


「でも、歩き方がおかしいですよ」


「……ちょっと筋肉痛で」


「俺もです」


そう言って、小林君もぎこちなく歩いてみせた。


二人で笑っていると、森さんが声をかけてきた。


「二人とも大丈夫? 無理しないようにね」


「森さんは平気なんですか?」


「多少は疲れてるよ。でも、昔手伝ってたからね。身体が覚えてる部分もあるんだと思う」


なるほど。


経験というのは大きいらしい。


「おーい、そろそろ始めるで!」


植田さんの声が聞こえた。


「はい!」


俺たちは返事をして、作業に取りかかった。


今日の作業も、なかなか大変だった。


最初の頃は何をするにも植田さんに確認していたが、最近は少しずつ、自分たちで進められる作業も増えてきた。


もっとも、調子に乗るとすぐに指摘される。


「田中さん、そこ違うで」


息子さんだ。


「えっ、そうですか?」


「前にも言うたやろ。そこはもうちょっと間隔を空けなあかん」


「あ、そうでした! すみません!」


慌ててやり直す。


「ほんまに覚えてるんかいな……」


息子さんは呆れたように言った。


「覚えてます! ちょっと忘れてただけです!」


「それを覚えてへん言うんや」


ごもっともだ。


ただ、最近は以前ほど厳しい言い方をされなくなった気がする。


……いや、単に俺たちが怒られることに慣れてきただけかもしれない。


それでも、少しずつ仕事を任せてもらえるようになってきた。


植田さんから「それ、やっといて」と言われると、何だか嬉しい。


会社で仕事を任されるのと同じような感覚だ。


いや、ちょっと違うか。


自分たちが作業した場所が、目に見えて変わっていく。


その達成感が、俺には結構合っているらしい。


◇


昼過ぎ。


「今日はここまでにしとこか」


植田さんの声で、その日の作業が終わった。


「ありがとうございました!」


俺たちは道具を片づけ、作業を終えた。


農業を始める前は、仕事が昼過ぎに終わると聞いて、少し楽そうだと思っていた。


だが、実際には朝が早い。


それに、作業中はずっと身体を動かしている。


昼過ぎには、もう十分に疲れていた。


「いやあ、今日も疲れましたね」


小林君が笑う。


「そうだね。でも、最初の頃よりは慣れてきたかな」


「俺もです。最初は家に帰ったら何もできなかったですから」


「俺もそうだったよ」


作業を終えた後、俺たちはサッカー部のMTGルームを使って少し休憩してから帰ることが多くなっていた。


基本的には、横になって昼寝をする。


夕方からサッカーの練習がある俺にとって、この時間は結構大切だ。


ただ、最近は小林君や森さんと雑談することも増えてきた。


植田さんたちは農作業をしながら雑談しているが、作業の丁寧さやペースは変わらない。


年季の違いを感じている。


雑談しながら出来るようになったらもっと楽しくなりそうだ。


でも今は作業中は喋っている余裕が無い。


黙々と作業しているので、この雑談の時間がなかなか楽しい。


仕事のことや、最近見たテレビの話。


小林君とは、農業の仕事について話すことが多い。


一方、森さんとは、やっぱりサッカーの話になる。


「そういえば森さん、ジュニアの方はどうですか?」


「まだ準備もいろいろあるけど、楽しみだよ」


森さんは今年から、京南FCのジュニアチームでコーチをする予定だ。


「子どもたちに教えるのって、難しそうですよね」


「そうだね。大人みたいに説明しても伝わらないことがあるから」


「なるほど」


「でも、子どもたちが自分で考えて、できなかったことができるようになるのを見るのは、すごく楽しいんだよ」


「ですよね、スクールでも子どもたちが出来るようになったら嬉しいんですよ」


「田中君もジュニアのコーチ来るんだよね?」


「はい、まだ詳しい予定は聞いてないですが、参加することになっています」


「ははは。田中君なら、子どもたちにも人気が出そうだね」


「そうですかね?」


「うん。元気だし、楽しそうにサッカーするから」


そう言ってもらえると嬉しい。


俺自身、サッカーは楽しいものだと思っている。


もちろん、試合に勝ちたい気持ちはある。


でも、それ以上に、仲間とボールを蹴る時間が好きだ。


子どもたちにも、そんな気持ちを知ってもらえたらいいなと思う。


「田中さん、そろそろ寝なくていいんですか?」


小林君が笑いながら言った。


時計を見る。


「あっ、もうこんな時間か!」


話していると、あっという間に時間が過ぎる。


「今日はもう昼寝できないですね」


「しまった……」


森さんが笑った。


「まあ、今日は早めに帰って休みなよ」


「そうします!」


雑談は楽しい。


でも、休憩する時間もちゃんと確保しないといけない。


これはなかなか難しい問題だ。


◇


夕方。


少し休んでから、京南FCの練習場に向かった。


農業研修が始まってから、俺の生活は大きく変わった。


早朝から農作業。


昼過ぎに仕事を終え、少し休憩。


スクールの指導がある日は、休憩を早めに切り上げて子どもたちのもとへ。


そして夕方からは、自分自身のサッカーの練習だ。


帰宅して、夕食を食べて、風呂に入って、早めに寝る。


以前のITの仕事をしていた頃とは、まったく違う生活だ。


ただ、今の生活は結構気に入っている。


「お疲れさまです!」


練習場に入ると、すでに何人かの選手がウォーミングアップを始めていた。


「おう、田中。今日も畑帰りか?」


「はい!」


「元気やなあ」


「声だけは元気です!」


笑いながら準備を始める。


ふと、いつもいるはずの鈴木の姿がないことに気づいた。


「あれ、今日は鈴木は休みですか?」


「ああ、また足を痛めたらしい。今日は大事を取って休みやって」


「そうなんですね。早く良くなるといいですね」


「ああ、そうやな」


鈴木は以前から怪我に悩まされている。


最近は調子が良さそうだったんだけどな。


まあ、無理せず治してほしい。


俺も怪我には気をつけないと。


そんなことを考えながら、練習に加わった。


◇


「田中! 足が止まってるぞ!」


監督の声が飛んできた。


「はい! すみません!」


慌てて走り出す。


だが、思うように身体が動かない。


いつもなら追いつけるはずのボールに、あと一歩が届かなかった。


「田中、どうした! 今日は動きが鈍いぞ!」


「すみません! 畑に体力を置いてきました!」


「持って帰ってこい!」


周りから笑い声が上がった。


俺もつられて笑ってしまったが、正直なところ、笑っている場合ではない。


農業を始めてから、練習で身体が重く感じる日が増えた。


特に、腰や太ももが疲れている日は厳しい。


ボールを追いかけようと思っても、最初の一歩が遅れる。


試合中なら、それだけで相手に先を越されてしまう。


仕事を言い訳にはしたくない。


でも、気合だけではどうにもならないこともある。


その日の練習は、最後まで思うように動けなかった。


◇


「田中、ちょっとええか」


練習が終わった後、監督に呼び止められた。


「はい!」


「最近、農業の方はどうや?」


「はい! 大変ですけど、楽しいです!」


「そうか。それは良かった」


監督は少し笑った。


「ただな、最近ちょっと疲れが溜まってるんちゃうか?」


「……そうですね。正直、結構疲れています」


「やっぱりな」


「でも、大丈夫です! そのうち慣れると思います!」


そう答えると、監督は首を横に振った。


「頑張るのはええことや。でもな、頑張りすぎて怪我したら、畑にもピッチにも立てへんぞ」


「……はい」


「仕事もサッカーも大事なんやろ?」


「もちろんです!」


「ほんなら、休むことも覚えなあかん。疲れてる日は練習量を調整するし、遠慮せず言うてくれ」


「ありがとうございます」


「無理して隠すのが一番困るからな」


確かに、そのとおりだ。


農業を始めてから、俺は以前よりも身体を使う時間が増えた。


今までと同じように練習していたら、疲労が溜まるのは当然なのかもしれない。


昼過ぎに仕事が終わるからといって、十分に休めているとは限らない。


休憩中に話し込んで、昼寝できない日もあるしな。


「分かりました。気をつけます!」


「おう。農業もサッカーも、長く続けられるようにな」


監督はそう言って、俺の肩を軽く叩いた。


ありがたい。


俺はサッカーも好きだし、農業も好きになり始めている。


どちらかを諦めたいわけじゃない。


だからこそ、両方続けられるように考えないといけないんだろう。


◇


それから、さらに数か月が経った。


俺たちは少しずつ農作業にも慣れてきた。


もちろん、まだまだ一人前には程遠い。


それでも、植田さんから任される仕事は以前より増えている。


小林君もすっかり農作業が板についてきた。


最初は土の状態を見ても首をかしげていたのに、最近は植田さんに自分から質問して、作業の進め方を考えるようになっている。


森さんは相変わらず頼りになる。


農業経験があるので、俺たちが分からないことを教えてくれるし、作業の段取りを考えるのも上手い。


ジュニアの指導も始まり、最近は休憩中に子どもたちの話を聞かせてくれることも増えた。


俺も負けていられない。


「田中さん、そこ、もうちょっと丁寧にやってや」


今日も息子さんから声が飛んできた。


「はい!」


「……まあ、最初の頃よりはマシになったけどな」


「本当ですか! ありがとうございます!」


「いや、褒めてへんから」


「でも、前より良くなったんですよね!」


「……まあ、そうやけど」


よし。


少しは成長しているらしい。


息子さんは呆れたような顔をしていたが、以前ほど険しい表情ではなかった。


最近は、作業の合間にちょっとした話をすることもある。


農業のことはもちろん、天気の話や、地元の話。


ただ、京南FCの話になると、あまり興味がなさそうだった。


まあ、それは仕方がない。


サッカーに興味がある人ばかりじゃないからな。


それでも、俺たちのことは少しずつ認めてもらえている気がする。


……気のせいかもしれないけど。


◇


ある日の昼過ぎ。


農作業を終えた俺たちは、いつものように一息ついていた。


「いやあ、今日も疲れましたね」


小林君が笑う。


「そうだね。でも、最初の頃よりは楽になった気がするよ」


「俺もです。身体が慣れてきたんですかね」


「それもあると思うけど、作業のやり方を覚えてきたのが大きいんじゃないかな」


森さんが言った。


確かに、最初の頃は何をするにも時間がかかっていた。


今は少しずつ、無駄な動きが減っている気がする。


「そういえば田中さん、サッカーの方はどうですか?」


小林君が尋ねてきた。


「うん。最近はだいぶ調子が戻ってきたよ」


監督と相談して、練習量を調整してもらうこともある。


疲れている日は無理をせず、身体のケアにも以前より気をつけるようになった。


そして、昼寝もできるだけするようにしている。


そのおかげか、最近は練習でも以前のように動ける日が増えてきた。


「農業とサッカー、両方やるのは大変ですね」


「そうだね。でも、どっちも楽しいよ」


俺は畑を見渡した。


最初に来た頃は、土を見ても何も分からなかった。


今でも分からないことの方が多い。


それでも、昨日できなかったことが、今日できるようになる。


それが嬉しい。


考えてみれば、サッカーも同じだ。


最初から上手くできる人なんて、そうはいない。


毎日練習して、失敗して、少しずつ上達する。


農業もサッカーも、結局は毎日の積み重ねなんだと思う。


「よし、じゃあ俺はそろそろ帰るよ!」


「今日は練習ですか?」


「うん!」


「頑張ってください!」


「ありがとう!」


二人に手を振って、帰宅する。


練習までには、まだ少し時間がある。


農業を始めてから、毎日が本当に忙しくなった。


身体は疲れるし、覚えることも多い。


でも、不思議と嫌じゃない。


朝は畑で働いて、夕方はサッカーをする。


今の俺には、どちらも大切な時間だ。


さて、今日も練習を頑張ろう。


……その前に、ちょっと昼寝をしようかな。

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