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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第二章 地域定着編

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5年目 第1話 農業は甘くない

京南FCの創設から、五年目を迎えた。


今年から戦うのは京都府二部リーグだ。


六部から始まったクラブが、毎年昇格を重ね、もう二部まで来た。


我ながら、なかなか順調だと思う。


実際、開幕戦も勝利で飾ることができた。


今年も板垣の個人技は健在だ。


相手の守備を強引に突破し、得点まで決めてしまう。


もちろん、板垣だけに頼っているわけではない。


ほかの選手たちも年々成長しているし、ほぼメンバーが変わっていないので、連携面もかなり良くなっている。


一方、橋本はまだ思うような結果を残せていない。


練習では悪くないのだが、試合になるとなかなか持ち味を発揮できずにいる。


まあ、まだシーズンは始まったばかりだ。


岡本さんもいろいろ考えているだろうし、俺が口を出すことでもない。


それよりも、今年はサッカー以外にも大きな挑戦が待っていた。


農業だ。


昨年、役員会でなんとか承認をもらった農業事業への参入に向けた取り組みが、いよいよ始まる。


もっとも、正式な事業部の設立が認められたわけではない。


まずは地元農家で一年間、農業の基本の基本を学ぶ。


その結果を踏まえ、来年以降の試験栽培や事業化を判断する。


無論、一年だけで独り立ちできるとは思っていないので、その後も地元農家と協力して取り組む予定だ。


つまり、ようやくスタートラインに立ったところだ。


そして今日は、その研修初日だった。


田中たち、うまくやれていればいいが……。


◇


「おはようございます! 本日からよろしくお願いします!」


俺は元気よく頭を下げた。


俺たちが訪れたのは、京南市内で長年農業を営んでいる植田さんという農家だ。


今回、市役所から紹介してもらい、研修を受け入れてもらうことになった。


「はいはい。元気が良いですね! まあ、まずはやってみましょうか」


出迎えてくれた植田さんは、穏やかな表情でそう言った。


その隣には、息子さんらしい男性も立っている。


こちらは、あまり穏やかな表情ではない。


「……ほんまに一年やるんですか?」


「はい。そのつもりです」


そう答えると、息子さんは俺たちをじろじろと見てきた。


「へえ……」


その返事には、どうにも納得していないような響きがあった。


まあ、気持ちは分からなくもない。


突然IT企業がやって来て、農業を始めたいと言い出したのだ。


しかも、全員ほぼ素人。


農業の「の」の字も知らないレベルだ。


農業を舐めているんじゃないか。


そう疑われても仕方がないだろう。


「改めまして、よろしくお願いします。農業については本当に素人なので、基礎から教えていただければと思っています」


俺は頭を下げた。


「まあ、分からんことは聞いてください。うちも人手が増えるのは助かりますし」


植田さんはそう言って笑った。


一方、息子さんは腕を組んだままだ。


「農業は、思ってるほど甘くないですよ」


「はい。覚悟はしています」


いや、本当に甘く考えているわけではない。


農業事業部を成功させるためにも、ここは素直に教えを請うしかない。


「……まあ、やってみたら分かりますわ」


うん。


これはなかなか厳しい一年になりそうだ。


◇


今回、研修に参加するのは三人だ。


一人目は俺。


社長にITの仕事がどうも合わないと相談したところ、この農業事業部の立ち上げに抜擢された。


俺の何事にも真面目に取り組む姿勢を評価しての抜擢とのことだ。


サッカーのことやいろいろなことで、会社や社長にはお世話になっている。


何としてでも、この研修を成功させたい。


一応、俺がリーダーということなので、代表して挨拶をしている。


二人目は、同じくIT部門から異動してきた社員の小林君だ。


年次は一つ下。


サッカー事業部には関係がないが、運動経験があり、ガタイはいい。


こちらも農業経験はない。


本人の希望もあって、今回は農業の仕事に専念することになった。


そして三人目は、今年から京南FCのジュニアチームで指導に加わる予定の森さんだ。


実家が農家で、農作業を手伝っていた経験がある。


その代わり、ITについてはほとんど知識がない。


俺よりも年上だが、今回は社員としての年次が優先され、俺がリーダーになっている。


農業経験もあるし、ジュニアの指導にも慣れている優しい方なので、正直めちゃくちゃ頼りにしている。


農業初心者が二人と、経験者が一人。


正直、心強いと言い切れる体制ではなかった。


社長も農業を学ぶとか言っていたくせに、今日は来てくれていない。


心細い気もするが、そんなことを言っている場合ではない。


研修の一年間を無駄にしないように、気合を入れて何でも学んでいかないといけない。


「じゃあ、まずはこっちからお願いします」


植田さんに案内され、三人で畑へ向かう。


◇


最初に教わったのは、畑の準備だった。


土の状態を確認し、作業する場所を整えていく。


説明を聞いているだけなら、それほど難しそうには思えない。


だが、実際にやってみると話は違った。


「田中さん、そこ、もう少し丁寧に」


「はい!」


丁寧というのは、何をだ?


「いや、そーっとやったらええわけやないんです。土を均等にならして」


「あ、すみません!」


俺は額の汗を拭いながら、もう一度作業をやり直した。


隣では、小林君も苦戦している。


「これ、どこまでやればいいんですか?」


「どこまでって、そりゃ」


植田さんは畑全体を見渡す。


「そうですよね、全部ですよね」


「そうそう、畑は土が大事なんやから、全体を見てやらな」


「土がどういう状態ならいいんですか?」


「そこは土を見て判断や」


「土を見る……ですか?」


「そうそう。見て触ったら、だいたい分かるで」


「……なるほど。すみません、全然分からないです」


「そら今日初めてやから当たり前や」


そう言って、植田さんは笑ってくれた。


笑ってくれるうちに、何とか覚えよう。


植田さんは慣れた手つきで土を確かめ、必要な作業を次々と進めていく。


一方、俺たちは一つの作業を終えるだけでも時間がかかっていた。


「これじゃあかんな、やり直しや」


息子さんが容赦なく指摘してきた。


「土を扱う仕事やから、力が強かったらええってもんやない。雑にやったら、あとで困るんは自分らやで」


「はい! すみません、やり直します!」


慌ててやり直す。


うーん、同じようにやったはずなんだけどな……。


「これでどうでしょうか?」


「……まあええか。次からはもっと丁寧にやってや」


「はい!」


良かった。


何が違ったのか、後で聞いてみよう。


これは、想像していた以上に奥が深そうだ。


◇


昼休み。


俺たちは日陰で休憩していた。


俺も含め、三人ともすでにかなり疲れている。


「どう? 実際にやってみて」


俺が尋ねると、小林君が苦笑した。


「想像以上ですね。もっと機械で作業するものだと思ってました」


「機械も使うで。でも、全部機械でできるわけやないし」


植田さんが教えてくれる。


「それに、機械を使うにしても、何をどう作業するか判断せなあかん。土や作物の状態もあるし、天気も毎年同じやないしな」


「なるほど……」


「農業は一年やったら全部分かる、いうもんでもない。何十年やってても、毎年違う」


その言葉には重みがあった。


一年間の研修。


俺たちはそれを一つの区切りとして考えていた。


しかし、農家の人たちにとって、一年とは一度の季節の巡りにすぎない。


春に何をして、夏にどう管理し、秋に何を収穫するのか。


天候によって何が変わるのか。


失敗したら、次の年まで同じ条件で試せないこともある。


ITの仕事なら、プログラムを修正してすぐに動作確認できる。


もちろん、それはそれで大変なのだが、農業にはまったく違う難しさがある。


「なかなか大変ですね」


思わずつぶやいた。


「当たり前やろ」


息子さんが答えた。


「農業なんて、始めたらすぐ儲かるようなもんやないで」


「そうですよね」


「会社やったら、儲からんかったらすぐにやめたらええんかもしれんけど」


その言葉に、少しだけ棘を感じた。


ただ、言っていることは間違っていない。


企業がやるんだから、採算が合わなければ撤退するという判断もあり得る。


しかし、俺たちが農業に挑戦する理由は、単に新しい収益源が欲しい、新しい仕事がしたいからではなかった。


後継者不足という地域の課題に、企業として貢献する。


社長に何度も説明された目的が、俺たちの頭にはしっかり入っている。


だからこそ、簡単に投げ出すつもりはない。


とはいえ、気持ちだけで続けられる仕事でもない。


「すみません。ご指摘ありがとうございます。まずは、ちゃんと勉強して学んでいこうと思います」


俺はそう答えた。


息子さんは何も言わなかった。


◇


午後の作業も終わり、研修初日が終了した。


植田さん親子は納屋の方に行っている。


俺たちは木陰に座り込んでいた。


正直、疲れた。


俺たち全員、朝とは明らかに様子が違っている。


特に小林君は、全身から疲労がにじみ出ていた。


森さんは経験もあるし、普段から身体を動かしているので、まだ平気そうだ。


「お疲れさま。大丈夫?」


「いやあ……結構きついですね」


小林君が笑う。


「想像以上にきつかったですね」


「そうだよね。スポーツともITとも、また違うよね」


「多分、今日はあえてきつい作業をまとめてやったんだと思う」


と森さんが言う。


「え、そうなんですか?」


「いや、分からないけどね。実家でも同じような作業はあったけど、一日にまとめず、数日に分けていた気がするんだ」


「なるほど」


「もしかしたら、俺たちが本当に農業を続ける気があるのか、見ていたのかもしれないね」


なるほど。


農家の方だって、一年間を無駄にしたくはないはずだ。


最初に厳しい作業を経験させて、本気度を確かめることは考えられる。


「なるほど。でも、これが一番きついなら、あとは楽になるだけですね!」


リーダーらしく、ポジティブに発言してみる。


「そうですよ、頑張りましょう」


小林君も同意してくれる。


仲良くなれそうだ。


「あとさ、畑仕事って、やったことが目に見えるよね」


「そうですね」


「朝は何も分からなかったけど、教えてもらいながら作業して、少しずつできるようになって」


俺は畑の方を振り返った。


「なんか……楽しかった気がするよ」


「俺もです」


「俺も。きついけど、気持ちいいよな」


みんな同意してくれた。


何とかやっていけそうだ。


帰り際、俺たちは植田さんに改めて頭を下げた。


「今日はありがとうございました。これから一年間、よろしくお願いします」


「こちらこそ。まあ、ぼちぼち覚えてもらったらええですよ」


「はい」


「ただ、農業は待ってくれへんって覚えておいてな。天気も作物も、こっちの都合では動いてくれへんで」


「……そうですね」


「まあ、明日からもよろしく」


この日はこれで解散した。


俺はこれから京南FCの練習だ。


農業をしてからサッカーへ。


この生活にも、慣れていかないと。


◇


俺たち三人が帰った後。


植田家では、親子が農具を片づけていた。


「親父、本気であいつらに教えるつもりなんか?」


「そら、向こうが本気ならな」


「……片手間で農業なんか、できるわけないやろ」


「まあ、そうかもしれんな」


「どうせ、すぐ音を上げるで」


父親は何も答えず、道具を片づけていた。


息子は、田中たちが帰っていった方を見た。


「……一年も続くんかね」

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