↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第一章 創設編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/55

0年目 第5話 もう一度、監督を

第5話 もう一度、監督を


サッカー教室が終わった。


子どもたちは保護者と一緒に帰っていき、さっきまで賑やかだったグラウンドが急に静かになっていく。


岡本さんは一人でボールやマーカーを片付けていた。


さて。行くか。


ここまで来て帰ったら、ただの日曜日に子どものサッカーを眺めていた怪しいおっさんになってしまう。


俺は岡本さんの方へ歩いていった。


「すみません」


「ん?」


岡本さんが振り返る。


近くで見ると威圧感があるな。

でもさっきの風景を見ているから怖くはない。


「岡本義雄さんですよね?」


「そうやけど」


思いっきり警戒されている。


当然か。


「私、こういう者です」


名刺を渡す。


岡本さんが受け取った。


「ノードシード株式会社……代表取締役、久世悠真  社長さん?」


「一応」


「なんで会社の社長さんが、さっきから俺のこと見てたんや?」


バレていた。


隠密行動とは何だったのか。


「実は、監督を探してまして」


「監督?」


「はい」


「何の?」


「サッカークラブです」


岡本さんが俺を見る。


しばらく見る。


「……何の話や?」


ですよね。


     ◇


「まぁ、立ち話もなんやし」


そう言って岡本さんが案内してくれたのは、グラウンドからそれほど離れていない岡本さんの自宅だった。

自宅横には田んぼが広がっている。

軒先には、大きな作業着が干してあった。

……サイズ的に岡本さんのだろうな。



「お邪魔します」


「どうぞ」


家に入ると、奥から女性が顔を出した。


「おかえりなさい。その方は?」


「知らん人や」


「いやいや、ちゃんと紹介してくださいよ」


俺は思わず突っ込んだ。


知らん人を家に入れるな。


「ノードシード株式会社の久世です。突然すみません」


名刺を渡す。


「まぁ。主人が何か?」


「その話を今から聞くところや」


本当に何も説明してないのね。


岡本さんの奥さんは少し不思議そうな顔をしながらも、お茶を出してくれた。


リビングを見渡す。


棚にはいくつか写真が飾られていた。


家族写真。


娘さんだろうか。

若い女性と岡本さん夫婦が写っている。

隣に写っているのは岡本さんのご両親か。


その隣には、サッカー部の集合写真。


若い頃の岡本さんが、大勢の高校生と一緒に写っている。


今より少し痩せているが、やっぱりでかい。


そして、その近くには今日のようなサッカー教室で撮ったと思われる写真もあった。


子どもたちに囲まれている岡本さん。


「奥様も一緒にお話聞きますか?」


「せやな、隠すもんでもないやろ?」


「はい、では宜しくお願いします」


岡本さんと奥さんが俺の向かいに座った


「それで、サッカークラブの監督って、どういうことや?」


「うちの会社でサッカークラブを作るんです」


「会社のサッカー部?」


「最初はそうですね。でも、ずっと会社のサッカー部でいるつもりはないです」


「ほう」


「チーム名は京南FCにしました」


岡本さんの眉が少し動いた。


「京南?」


「はい。会社の名前じゃなくて、この街の名前です」


俺は事業計画の概要を説明した。


ノードシード株式会社のサッカー事業部としてスタートすること。


選手は基本的に社員として採用すること。


仕事とサッカーを両立すること。


地域活動にも参加すること。


そして。


「来年から京都府リーグ六部に参加する予定です」


「六部?」


「六部です」


「チーム立ち上げならそらそうか」


岡本さんが腕を組む。


「で、そこからどこまで行くつもりなんや?」


来た。俺は笑った。


「プロです」


岡本さんが黙った。


「……プロ?」


「はい」


「本気で言うてんの?」


「本気です」


そこから俺は話した。


府リーグを上がる。


地域リーグへ行く。


NALへ行く。


そしてJF3。


そこまで行けばプロリーグだ。


もちろんそこで終わるつもりもない。


いつかJF2へ。


そしてJF1へ。


今は何もない。


選手すらいない。


それでも、いつか京南の人たちが当たり前のように京南FCの試合結果を気にするようなクラブにしたい。


子どもたちが紫のユニフォームを着て街を歩くようなクラブにしたい。


いつか育成組織も作りたい。


京南で育った子どもが京南FCでプレーする。


そこからプロになる選手が出てもいい。


もっと上へ行く選手が出てもいい。


気づけば、俺は身振り手振りまで使って話していた。

「そこでヴァイオレット京都と最強の紫をかけて対決するんですよ!」


岡本さんは何も言わずに聞いている。


「……楽しそうやな」


「でしょ!」


「いや。あんたが」


「楽しいですよ」


まだ何も始まっていない。


でも。実際ここ数週間は楽しかった。


何もないからこそ、楽しいのかもしれない。


「全部これから作れるんで」


「……変わった社長やな」


岡本さんが少し笑った。


最初にグラウンドで話しかけたときより、明らかに警戒が薄れている。


その表情が、少しだけ変わった。


「久世さん」


「はい」


「俺が高校の監督辞めた理由、知ってるんやろ?」


来た。


「はい」


「調べたんか?」


「調べました」


「なら、なんで俺なんや」


岡本さんの声が少し低くなった。


「他にもおるやろ。監督経験のある人間なんて」


「います」


「俺は一回、指導で問題起こしてる」


「はい」


「選手に厳しくしすぎた。結果を出すことばっかり考えてた」


岡本さんが自分の手を見る。


「俺は正しいと思ってた。強くするためには必要やと思ってた」


少し間が空いた。


「でも、違った」


俺は黙って聞く。


「監督辞めて、しばらくサッカーなんて見たくもなかった」


だからサッカーから離れた。


家族にも迷惑をかけた。


学校を辞めた後は地元へ戻り、知人の仕事や実家の農業を手伝った。


最初は子どもに教えるつもりもなかった。


ただ近所の子供がサッカーを1人でしているところを見て声をかけた。


次はその子が友達を連れてきた。


気づけば他の子も集まって今の形になった。


「高校の時みたいに勝たせなあかんわけでもない。試合に出す選手を選ぶ必要もない。ただサッカー教えるだけや」


岡本さんが少し笑った。


「それが思ってたより楽しかった」


俺は今日のグラウンドを思い出した。


やっぱり。


そうだったんだ。


「だからです」


「ん?」


「俺、今日の岡本さんを見て、監督になってほしいと思いました」


岡本さんが俺を見る。


「過去のことは知ってます。なかったことにするつもりもないです。」


でも。


「俺が今日見に来たのは、昔の岡本さんじゃないんで。それに、一度失敗しても、もう一度サッカーに関わっている。その姿も素晴らしいと思いました」


岡本さんは何も言わない。


「今日の子どもたち、楽しそうでしたよ」


少し間を置く。


「岡本さんも楽しそうでした」


「……俺が?」


「はい」


本人は気づいていなかったのだろうか。


「めちゃくちゃ楽しそうでした」


「そうですよね、主人はサッカー教室を始めてから生き生きとするようになりました」

ここまで黙って聞いていた奥様が口添えをした。


岡本さんが黙る。

照れてるのかな?


「それに、指導も上手かったです」


「一回見ただけやろ」


「まぁ、そうなんですけど」


能力も見た。


これまで俺が見てきた地域リーグの監督と比べても遜色ない。


戦術面だけなら、もっと優れた人もいるだろう。


でも選手を鍛えること。


教えること。


基礎を身につけさせること。


そこはかなり高い。


もちろん、それだけで決めたわけじゃない。


決め手はあのサッカー教室で見た岡本さんの姿だ。


「だから、一緒にやってみません?」


「……」


「もう一回、監督」


岡本さんはすぐには答えなかった。


     ◇


「あの、先ほど普通の仕事もする、というお話でしたが、主人はパソコンにも疎いですし、社長さんの会社で普通の仕事をするのは難しいんじゃないかと思うんですが……」


お、奥様、ナイス質問。

そっちの話をしてなかったな。


「すみません、監督の待遇、仕事の話が漏れてました。」


俺は持ってきた資料をテーブルに置いた。


「もし引き受けてもらえるなら、ノードシード株式会社に入社してもらいます。待遇はサッカー事業部の課長待遇を考えてます」


「……課長?」


「当面はサッカー事業部創設プロジェクトの専属です。チームを作ることが仕事です」


奥様もそれなら大丈夫そうという顔をしている。


監督。


選手集め。


練習内容。


チーム作り。


今後増えるスタッフとの連携。


岡本さんにはサッカー面の中心になってもらう。


クラブがある程度形になってからは、会社の仕事も少しずつ担当してもらう予定だ。


もちろん監督業務が中心なのは変わらない。


岡本さんが給与や勤務条件を確認する。


「……高校の時よりええぞ」


「そうなんですか?」


「ええどころちゃうわ」


それは良かった。

奥様の目も輝いて見える。


「ここまで出すんか」


「監督ですし、ウチの会社の社員、しかも課長ですから」


「府六部の?」


「今は府六部の、です。」


俺は答える。


「ずっと府六部にいるつもりはないんで」


岡本さんが俺を見る。


そして。


「……本気なんやな」


「最初から本気ですよ」


「金持った社長の道楽かと思ってたわ」


「本当に道楽なら、もっと簡単なやり方を選んでますよ。わざわざ府六部から始めませんって。

それにしても道楽って酷くないです?」


「急に知らん社長が来て、府六部からプロ目指すから監督やってくれって言うんやぞ」


「それは怪しいですね」


「やろ?」


二人で笑った。


それでも岡本さんは、すぐには答えなかった。


「少し、時間もらってええか」


「もちろんです」


「家族と話し合って決めたい」


その言葉で。


俺は、この人に声をかけて良かったと思った。


「大事なことなんで、ちゃんと話してください。

何か質問あれば先ほどの名刺の電話番号にお願いします」


「すまんな」


「ただ」


「ん?」


「出来れば早めでお願いします。監督決まらないと選手集めが進まないんで」


「台無しやな、お前」


「せっかちなもので」


     ◇


「面白い社長さんだったわね」


その日の夜。


岡本は妻と両親と今日の出来事を話していた。


「せやな、あれでIT企業の社長っていうんだから面白いな。」


突然、知らない会社の社長に声をかけられて


「府六部からプロって」


妻が笑う。


「随分、大きなことを言う社長さんね」


「アホやろ」


そう言いながら。

岡本も笑っていた。


「でもな」


気づけば、久世から聞いた話を細かく説明していた。


社員として選手を雇う。


仕事もさせる。


地域活動もする。


いつか子どものチームも作る。


練習環境もこれから整える。


一つ話すたびに、次の話が出てくる。


妻は黙って聞いていた。


「あなた」


「ん?」


「楽しそうね」


岡本の言葉が止まった。


「俺が?」


「ええ」


昼間。


久世にも同じことを言われた。


『岡本さんも楽しそうでした』


「……そうか?」


「高校で監督してた頃よりも楽しそうにしてるわよ」


岡本は黙った。


高校の監督を辞めたとき。


家族には迷惑をかけた。


心配もかけた。


だから。


もう一度監督をするなら、自分だけで決めるつもりはなかった。


「やっても、ええと思うか?」


妻は少し考えた。


「あなたは?」


「俺?」


「やりたいの?」


「……ちょっと、やってみたい」


妻が笑った。


「義雄、サッカーのことは分からんへんけど、過去のお前の失敗を知ったうえで声をかけてくれてるんやろ?」

ここまで黙っていた母が語る。


「それはとても貴重なことやで、この縁は大事にせなあかん。」


「そうやな」


「今のあなたならもう一回やってみてもいいんじゃない?」


「お給料もいいしね」

と、妻が付け加えた。

「そこ大事な……大事やな」

「大事よ」

さっきまでの真面目な空気が少しだけ緩んだ。


岡本はしばらく何も言わなかった。


そして。


「……そうやな」


小さく頷いた。


     ◇


数日後。


「やります」


電話越しに岡本さんが言った。


「ありがとうございます!!」


「やるからには本気でやるぞ」


「もちろんです」


「府六部やからって遊びでやるつもりはない」


「はい!」


「プロ目指すんやろ?」


その言葉に。


思わず笑った。


「目指します」


「ほな、やろか」


こうして。


京南FCに初めての監督が誕生した。


     ◇


岡本さんの入社手続きを進めることになった。


正式な入社までは少し時間がかかるが、それより先に見せておきたいものがある。


「ここです」


俺は会社の建物の横を指差した。


岡本さんが見る。


広い土地。


以上。


「……ここ?」


「はい」


「何が?」


「練習場です」


「どこに?」


「ここに作ります」


岡本さんがもう一度土地を見る。


「今は?」


「見ての通りです」


土。


草。


以上。


「グラウンドは?」


「これから作ります」


「クラブハウスは?」


「これからです」


「トレーニング設備は?」


「これからです」


岡本さんが俺を見る。


「選手は?」


「これから集めます」


「スタッフは?」


「岡本さんが一人目です」


沈黙。


あれ。


もしかして。


契約前に見せるべきだった?


「いや、でもちゃんと計画はあるんですよ。グラウンドは市役所とも話を進めてますし、トレーニング設備も――」


「ははっ」


岡本さんが突然笑った。


「え?」


「なんや」


岡本さんは、何もない土地を見渡した。


「ほんまに何もないんやな」


「いや、だから計画は――」


「ええやん」


岡本さんが笑う。


さっきまでとは違う。


楽しそうな顔だった。


「面白いやんけ」


何もない。


だから。


全部、これから作れる。


京南FCの最初の監督。


岡本義雄が加わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。