4年目 第3話 新しい課題
◇長谷川目線です
「長谷川、ちょっと相談のってもらえる?」
練習が終わった後、田中に声をかけられた。
「ん? どうした?」
「いや、ちょっと仕事の話で……
ここじゃなんだから飯食べながらでもいい?」
珍しいな、仕事で俺にか。
京南FCではキャプテンだが、こと仕事に関しては俺も田中と同期でまだ四年目だ。
まだまだ自分一人で仕事を全部回せているとは言い難い。
だがキャプテンとして、何より友人として田中の相談を無下にはしない。
「おう、良いよ。絵理さんは大丈夫?」
「今日は飯食って帰るって言ってるから大丈夫」
二人で京南の駅前の居酒屋に移動する。
もちろん酒は飲まない。田中の希望で個室の店にした。
「結婚生活はどう?
喧嘩とかしてない?」
「いや、めっちゃするよ。
この間なんて味噌汁にご飯ぶち込んで食べてたらめっちゃ怒られたもん」
ご飯を食べながら他愛もない話で盛り上がる。
話していると田中は普通だ。
そんなに深刻でもないんだろうか。
「で、仕事の話ってどうしたんだ?」
と、適当なところで切り出す。
「いや、俺、やっぱりITの仕事、向いてない気がするんだよね」
「え、何かあった?」
「いや、何かあったわけじゃないんだよ。先輩とかも親切だし、会社が嫌とかでもない」
田中は少し考えてから続けた。
「ただ、何年やっても苦手というか……。周りはどんどんできるようになってるのに、俺はずっと人に聞いてばっかりで」
「俺も似たようなもんだぞ。コーディングは最近全くしてないし、設計とか進捗管理とかでも分かんないことだらけだ」
「長谷川は自分がITの仕事に向いてるとは思う?」
「向き不向きは分からないな……
でも意外と面白いなって思うことはあるよ」
「そこなんだよ。確かに上手く動作したり、完成すると良かった、とは思うんだ。
でも楽しいとは思えないんだ。何とか終わらせてホッとしたって思うだけかな。でもホッとしたらまた次の仕事だろ?」
そう言うと田中はググッと烏龍茶を飲み干した。
「この先ずっとこれが続くのか。
この仕事、この先ずっと続けられるのかなって……」
なるほど、田中は結構悩んでいるようだ。
でもサッカーのことなら話を聞いて、ある程度アドバイスもできる。
だが、仕事になると入社四年目の自分にできることは限られている。
「確かにそれはちょっとしんどいよな。
先輩とか課長には相談した?」
「したよ。したけど田中くんなら出来るようになるからもうちょっと頑張ってみようって……」
田中は真面目だ。
教わったこと、頼まれたことを手を抜かずに真面目にやる。
先輩や課長から見ると、ちょっと悩んでいるだけで何とかなるように見えるのかもしれない。
「そうか……
それならサッカー事業部の方で相談してみようか。IT専任の人じゃない方が田中の気持ちも分かると思うし」
「そうだな。ごめんな、面倒くさい相談しちゃって」
「いや、相談するくらい別にいいだろ。同じチームメイトだし、俺はキャプテンなんだぜ」
「本当、長谷川は頼りになるキャプテンだよ。ありがとう」
「気にするなよ。田中がフォローしてくれるから俺も助かってるんだ。持ちつ持たれつだよ」
と言って、その後は他愛もない話をしてお開きになった。
帰り道、絵理さんの待つ新居に帰る田中と別れたあとに考える。
田中がそんなふうに考えていたなんて……
今まで仕事で悩んでいるという話はあまり聞いたことがない。
皆、順調とまではいかないまでも問題なく両立できているとばかり思っていた。
もしかしたら田中以外にも悩んでいる奴もいるかもしれないな。
これからは他の奴にも気をつけないといけないな。
さて、田中の件は誰に相談しようか……
一瞬岡本さんのことが思い浮かんだが、流石に岡本さんの領域ではない気がする。
◇久世視点です。
ある日、長谷川から田中が仕事のことで悩んでいるから相談させてほしいと連絡が来た。
正直、社員に頼られるのは嬉しい。
社長として社員の悩みの解決をサポートするのは当然だ。
俺は改めて田中本人と話をすることにした。
上手く解決に持っていければいいが……
辞める、なんて言わないでくれよ!
「会社を辞めたいとかじゃないよな?」
「それは全然ないです」
田中はすぐに否定した。
「会社には良くしてもらってますし、サッカーも続けさせてもらってますし。結婚してからも特に困ってないです」
「それは良かった。
じゃあ仕事のことで悩んでるってどういうこと?」
「いえ、まだ四年目の自分がこんなこと言うのはおかしいとは思うのですが……
どうもITの仕事が合わないと感じているんです」
「合わない……か。
それは出来ないとか何も分からないってことじゃないよね?」
「はい、おそらく……
先輩達のサポートもありますし、教えてもらって何とか割り振られた仕事はこなせていると思います。
ただ何というか、この先これを続けても抜け出せる気がしない、先輩達のように出来るとも思えないんです。
だから仕事が一段落しても、また次の仕事が来ると思うと……」
なるほど。
俺も田中の仕事ぶりを詳しく見ているわけではない。
所属長からも、田中は真面目にやっていて勤務態度などに問題はないと聞いている。
ただ、今の仕事に対してやり甲斐が見つけられないってことなんだろう。
この場合、モチベーションコントロールの話も出来るが、それで本当に解決になるだろうか?
逆に仕事には何の感情もなく、ただ作業としてこなすという考え方もあるが、真面目な田中には難しいだろう。
「分かった。ちょっと考えてみるよ。
部署異動とか配置転換とか」
「部署異動……ですか?」
「そう。田中は入社以来真面目に頑張ってくれている。
でもまだ四年目で、今の部署とサッカーの仕事しか経験していない。だから会社の中でも他にもっと田中のスキルとか能力を活かせる仕事ってあると思うんだ」
「なるほどです。何かありますかね、俺に向いている仕事って」
「そうだな、田中は真面目にやってくれるし気配りもできる。
同じITでもサポート系とかがいいかもしれない」
「サポート系ですか……」
あら、あんまり乗り気じゃないかな?
IT系を避けたいってことかな。
「まぁ具体的な異動先は所属長とか他部署と相談してみるよ。もしかしたら総務とか全然違う部署かも」
「わかりました、お願いします」
「ただ今回のことで分かっておいてほしいことが二つあるんだ。
一つはネガティブに考えないこと。
今の仕事が向いていない、ダメだから別の仕事にするんじゃなくて、より向いている、より田中がポジティブにチャレンジできる部署を探すってこと」
「……!」
お、少し驚いた顔だけど、ちょっと気分が変わったかな。
そうだ、ネガティブに異動じゃ結局次に行っても同じだからな。
人間ポジティブが大事だ。
「もう一つは、これは田中やサッカー事業部だから特別ってわけじゃないってこと。
ほかの社員でも同じように仕事に悩んだら同じように対応を考えるよ。
みんなうちの社員の一人なんだから」
「わかりました。すみません、ありがとうございます」
と田中は深く頭を下げる。
「いや、謝ることじゃないよ。
社長として当たり前のことだ。
それにちゃんと他の人に相談出来るって大事なことなんだ。一人で悩んでどん詰まりになる前に来てくれてありがとう」
「はい、相談に来てよかったです」
田中は少しすっきりした顔になっている。
よかった、悩める若者に手を差し出すことができた。
「ただ、そんなすぐに変更はできないから、期末の異動タイミングとか、もう少しだけ待ってくれよ」
「わかりました」
「その間は俺秘伝のモチベーションコントロール術を伝授するので、それでしのいでくれ」
「何ですか、それ」
田中も笑った。
秘伝の術を伝授した後、田中は退出していった。
少しだけ考える。
会社が大きくなれば、働く人間も増える。
人が増えれば、当然こういう問題も出てくる。
サッカー事業部やスポーツテックなど新しい事業をやるときは、特に注意した方がよさそうだ。
各社員の期末の部署での面談時に、少し気をつけるようにしてもらおう。
全員が自分に合った仕事をしている。
そんな会社を作れれば理想なんだろうけど、現実はなかなかそうはいかない。
田中に合う仕事か。
何がいいだろうか。
そう考えながらも、すぐに答えは出なかった。
◇
それからしばらくして、田中の件は人事部と調整を続けていた。
その後、京南FCの練習を見学する。
田中の件もあったので、困っている人がいないかな、という目線で見てしまう。
まぁ練習中の選手を見ていて、そんなことが分かるはずがないのだが……
だが、気になることを見つけてしまった。
選手ではない、岡本さんだ。
「岡本さん、最近ちょっと疲れてない?」
練習後、岡本さんに声をかける。
「そうか?」
「うん。なんか前より疲れてるように見える」
「歳ちゃうか」
「それで済ませていいすか?」
岡本さんは笑ったが、やっぱり少し疲れているように見える。
それだけではない。
最近、地域のイベントに岡本さんが参加できないことが何度かあった。
市から声をかけてもらったイベントや、地域の子どもたちと触れ合う活動。
そういったものに岡本さんは比較的積極的に参加してきた。
それだけに、何度も来られないことが続くと気になる。
「最近、地域のイベントも何回か来てないよね」
「ああ。それか」
岡本さんは少し考えてから言った。
「実家の畑、手伝ってんねん」
「畑?」
そういえば、岡本さんの実家は農家だった。
「親父もお袋も、もう歳やからな。前みたいには動かれへんようになってきてん」
「岡本さんが手伝ってるの?」
「時間ある時だけやけどな。せやけど農業って、こっちの都合だけではできへんやろ。やらなあかん時はやらなあかんし」
確かに。
サッカーなら練習時間を調整することはできる。
でも、農作物がこちらの予定に合わせてくれるわけではない。
「じゃあ、これから岡本さんが継ぐの?」
そう聞くと、岡本さんは首を振った。
「無理やろ」
「やっぱり?」
「監督やりながら片手間で続けられるようなもんちゃうしな」
「じゃあ、どうするの?」
「たぶん今年か、遅くても来年までやな」
「何が?」
「畑や。もう閉めるつもりらしい」
「えっ」
思わず岡本さんを見る。
ずっと続けてきた農業を、やめる。
俺が想像していたよりも重い話だった。
「もったいなくない?」
「そら、もったいないけどな。やる人間がおらんかったら、しゃあないやろ」
岡本さんはそう言ってから、グラウンドの方を見た。
「うちだけちゃうで」
「え?」
「この辺、似たような家いっぱいあるからな。親が歳とって、子どもは別の仕事してて、継ぐ人間がおらん。うちなんか珍しくもないで」
そうなのか。
京南市に住んでいても、俺はそんなことをほとんど知らなかった。
地域の会社と仕事をするようになった。
地域のイベントにも参加するようになった。
サッカースクールには地域の子どもたちが集まっている。
少しずつ、この街との関わりは増えている。
それでも、知らないことはまだいくらでもある。
「……何とかならないのかな」
「何が?」
「岡本さんのところみたいな農家」
岡本さんが俺を見る。
「何とかって、どうすんねん」
「いや……」
そこまで聞かれると、何も思いつかない。
俺は農業なんてやったことがない。
農家がどうやって仕事をして、どれくらいの人手が必要で、どれくらいのお金がかかるのかも知らない。
「まだ分からないけど」
「なんやそれ」
岡本さんが笑う。
俺も笑った。
でも、頭には残った。
後継者がいなくて、続けられなくなる農家。
自分に合わない仕事を続けている社員。
会社が大きくなれば、今までできなかったことができるようになる。
一方で、大きくなったからこそ見えてくる問題もある。
俺たちにできることはないのだろうか。
その答えは、まだ何も見えていなかった。




