4年目 第1話 新しいシーズン
季節は流れて春、京南FCは4年目のシーズンを迎えていた。
「ナイス!」
グラウンドに声が響く。
「田中、戻せ!」
「おう!」
「板垣! 持ちすぎるな!」
「分かってます!」
「分かってへんから言うてんねん!」
岡本さんの声に、何人かが笑う。
いつもの練習風景。
去年と大きく変わったわけではない。
選手たちは声を出している。
長谷川はキャプテンとして周りを見ているし、田中もよく声を出すようになった。
岡本さんの怒鳴り声は、去年よりむしろ増えている気さえする。
なのに。
「……なんか大人しいな」
俺はグラウンドを眺めながら呟いた。
「そうですね、なんとなく……」
隣にいた佐藤さんも同意する。
「声は出てるんだけどな……」
自分でも上手く説明できない。
静かなわけじゃない。
何かが足りない。
友近がいないからか……
ずっとこのグラウンドにいた友近拓海は、もう京南FCの選手ではない。
今は長崎でプロサッカー選手として生活している。最近の試合で短時間ながらデビューしていた。
別に友近が誰よりも大声を出していたわけじゃない。
キャプテンでもなかった。
でも。
「イタ、そこちゃう」
「田中さん、こっち空いてます」
「一回戻しましょう」
「長谷川さん、後ろ見ます」
思い返せば、あいつはずっと喋っていた。
プレーが止まった時も誰かと話していたし、プレー中も周囲に細かく声を掛けていた。
特に板垣には、よく声を掛けていた気がする。
その声がない。
だからなのか。
人数はほとんど変わっていないのに、グラウンドが少し広くなったように感じた。
「まあ、慣れるしかないか」
友近はもういない。
いつまでもそんなことを言っているわけにもいかない。
それに。
新しく入ってきた選手もいる。
俺はグラウンドの中央へ目を向けた。
橋本文樹。
十八歳。
滋賀県出身。
高校を卒業したばかりの、新入社員だ。
ポジションは――ボランチ。
◇
橋本文樹を最初に見たのは、偶然だった。
別件で滋賀の会社を訪問した際に、たまたま隣でやっていた高校生の試合を見かけた。
今では学生のサッカーを見かけると、つい選手のステータスを見てしまう。
職業病?ってやつか。
怪しい人と通報された時用に京南FCの名刺を常備している。
その中に一人、気になる選手がいた。
パス。
その数字だけが目立っていた。
現在値も高い。
そして最大値は、さらに高い。
ほかの能力も確認した。
スタミナはそれほど高くない。
ボディバランスも普通。
スピードも飛び抜けているわけではない。
だけど。
サッカー脳を含め、全体的な最大値はかなり高い。
友近ほどじゃない。
あいつの最大値は、今思い返してもかなりおかしかった。
でも、それでも十分だった。
――この子ならプロでも通用するんじゃないか?
すぐに隠岐へ連絡した。
そこからは隠岐の仕事だった。
橋本は大学へ進学することも考えていたらしいが、隠岐からの勧誘でノードシードへの入社を決めた。
隠岐は本当にこういう仕事が上手い。
それにチームが出来る前よりも交渉は楽になっているみたいだ。
選手を見る目があるかは、未だに怪しいけど。
◇
「橋本!」
田中の声が飛ぶ。
「はい!」
橋本がボールを受ける。
ワンタッチ。
そのまま逆サイドへ。
綺麗なボールが通った。
「おお」
思わず声が出る。
やっぱり上手い。
特にパス。
これは高校を卒業したばかりとは思えない。
「岡本さん」
「ん?」
「あの子、いいですよね」
「橋本か?」
「はい」
岡本さんが腕を組む。
「パスは上手いな」
「ですよね」
「技術もある」
「ですよね!」
思わず嬉しくなる。
俺が見つけてきた選手だ。
岡本さんが評価してくれると、なんとなく自分が褒められた気分になる。
「でも、時間かかるやろな」
「え?」
予想していなかった言葉だった。
「時間かかります?」
「かかると思うで」
岡本さんはグラウンドを見たまま答える。
「上手いんやけどな」
「はい」
「まだ試合の中で何したらええか、よう分かってへん」
そうなのかな。
俺には最大値が見えているが、
監督目線だとまた違うのか。
「まあ、まだ十八歳ですからね」
「そらそうや」
「そのうち出てきますよ」
「そうやな」
岡本さんは軽く頷いた。
俺はもう一度、橋本を見る。
友近と同じボランチ。
プレースタイルは全然違う。
友近みたいに走り回るタイプじゃない。
ボールを持った時のパスは面白い。
やはり期待してしまう。
友近ほどではない。
それでも、この最大値ならどこまで伸びるのか。
◇
そして今年に入ってから、明らかに変わった選手がいる。
板垣だ。
「ふっ!」
ボールを右足から左足へ。
切り返す。
また右。
マーカーを相手に何度もドリブルを繰り返している。
全体練習が終わった後。
ほかの選手が片付けを始めても、板垣は一人でボールを触っていた。
最近、ずっとこんな感じだ。
「頑張ってるなあ」
俺は感心していた。
去年。
エンペラーカップでプロと戦った。
そして友近が、本当にプロになった。
板垣なりに何か感じるものがあったんだろう。
俺は板垣のステータスを見る。
ちゃんと伸びている。
ドリブル。
トラップ。
シュート。
少しずつ数字が上がっている。
「板垣くん、最近すごいですね」
佐藤さんも同じように見ていた。
「やっぱり友近がプロになったの、刺激になったのかな」
「かもしれませんね」
そう言いながら板垣と友近、二人の息のあったプレイを思い出す。
いいことだよな。
板垣もいなくなられると困るけど……
板垣の練習後に声をかける。
「最近、頑張ってるじゃん」
「……はい」
相変わらず反応は薄い。
「友近がプロになったから?」
そう聞くと。
板垣は少しだけ考えた。
「そうですね」
やっぱり。
「友近さんがプロになれたんだったら」
「うん」
「俺も、もっと上手くならなきゃって思うんです」
いいじゃないか。
「そうだな。頑張れよ」
「はい」
そう言って板垣は帰っていった。
去年までならその横には友近がいた。
今年は一人だ。
その背中は少し寂しそうに見えた。
そう思っていると。
後ろから声がした。
「努力する方向がちょっと違うけどな……」
「え?」
振り返る。
いつの間にかそこには岡本さんがいた。
「何がですか?」
「友近の何見てたんや、あいつ」
「え?」
「個人技を磨く、それはもちろん必要や。
でもあいつに今必要なのはそれやない」
入社時から散々言われているパスのことだろう。
個人技を磨き続ける板垣。
少しだけ不安に思えてきた。
◇
四年目。
京都府リーグ三部。
開幕。
俺は今年も優勝を狙えると思っていた。
友近は抜けた。
それは大きい。
でも、ほかの選手たちは去年より成長している。
板垣もいる。
橋本も入った。
三年間積み上げてきたものもある。
俺が見ている能力値もAIトレーナーの実測値も伸びている。
だから、今年もいけるだろう。
そう思っていた。
でも。
「長谷川!」
「おう!」
長谷川がボールを受ける。
前を見る。
一瞬止まる。
相手が寄せてくる。
後ろへ戻す。
鈴木が受ける。
サイドバックへ。
ボールは持てている。
でも。
前に進まない。
「……あれ?」
おかしい。
相手がものすごく強いわけじゃない。
京南FCの選手たちが悪いわけでもない。
なのに。
何かが噛み合わない。
去年までなら、もう少し簡単に前へ運べていた気がする。
ボールを奪われる。
相手が前へ出る。
「戻れ!」
長谷川が叫ぶ。
選手たちが戻る。
危ない。
なんとか田中がクリアした。
「ふう……」
俺は息を吐く。
「なんだかあんまり調子良くないですかね?」
同じ感想を持っていたのか伊東が言う。
「やっぱり友近がいない影響なのかな」
声を出していないわけじゃない。
長谷川は指示を出している。
田中も皆も声を掛け合っている。
友近がいたなら、声もかけるがそれ以上によく動いていた。
味方がボールを持った時。
パスを受けられる位置へ動く。
ボールを受ける、前に運ぶ。
無理なら戻してまた動き直す。
味方が上がれば、その後ろへ。
危なくなれば誰よりも早く戻る。
「友近くんってやっぱり凄かったんですね……」
佐藤さんもつぶやく。
府リーグ三部の開幕戦。
早くも友近がいない影響を感じていた。
◇
後半。
橋本が入った。
ボランチ。
友近と同じ場所。
期待してしまう。
橋本がボールを受ける。
相手が寄せる。
ワンタッチで右サイドへ。
綺麗に通る。
数分後。
また橋本へ。
今度は前を向いた。
そして。
「おっ!」
相手の間を通す。
一気に前線へ。
いいパスだ。
やっぱり上手い。
しかし、それからしばらく橋本の名前を聞かなかった。
ボールに触らない。
どこにいる?
いた。
いるんだけど。
試合に入れていない。
ボールが来れば上手い。
でも、ボールが来ない。
橋本にボールが渡ると、すぐにチェックにいける位置に常に相手がいる。
橋本の位置でボールを取られたら即ピンチに繋がる。
だからパスが出せない。
だからといって自分からマークを外してボールを受けられる位置へ何度も動くわけでもない。
周りに声を掛けることも少ない。
相手に身体を当てられると、簡単に体勢を崩す。
時間が経つにつれて、運動量も落ちてきた。
なるほど。
岡本さんの言っていた意味が、少しだけ分かった。
上手いは上手い。
でも、まだ、それだけだ。
◇
試合終盤。
スコアは一対一。
このまま引き分けか。
そう思った時だった。
板垣が左でボールを持った。
ゴール前には渡部がいる。
後ろからは長谷川が上がってきている、逆サイドには田中もいる。
一人来る。
抜いた。
「おっ!」
二人目。
切り返す。
抜いた。
「行け!」
三人目が寄せる。
渡部がフリーだ。
さすがにパス――。
出さない。
そのまま行った。
「イタ!」
岡本さんの声が飛ぶ。
板垣はペナルティエリアへ入る。
右足。
シュート。
相手DFの足に当たってコースが変わったボールはそのままゴールに吸い込まれていった。
「うおおおお!」
ベンチが沸く。
「良かったあ」
俺は安堵してつぶやく。
板垣がチームメイトに囲まれ祝福されている。
二対一。
そのまま試合終了。
何とか勝った。
本当に何とか、だ。
今年は今までのようにはいかないかもしれない。
そんな思いが頭をよぎった。
◇
それから数試合。
京南FCは勝ちきれない試合が増えた。
去年よりも得点も失点も悪化している。
無論去年よりはリーグレベルは上がっている。
もちろん理由はそれだけじゃなかった。
順位は上位。
だけど首位ではない。
板垣は結果を出している。
ゴールが去年よりも増えているのだ。
でもチームの総得点は減っている。
ドリブル突破が武器になっているにも関わらずだ。
一方橋本はまだ目立った活躍がない。
練習では上手い。
試合でも時々、驚くようなボールを通す。
でもそれが続かない。
試合から消える時間が長い。
「まあ、まだ一年目だよな」
高校を卒業したばかり。
新しい会社。
新しいチーム。
新しい生活。
いきなり全部上手くいく方がおかしい。
そのうち伸びる。
この最大値なら。
きっと。
グラウンドの向こうを見る。
全体練習は終わっている。
それでも板垣は、一人でボールを蹴っていた。
ドリブル。
切り返し。
シュート。
またドリブル。
板垣はもう結果を出し始めている。
橋本も、そのうち出てくる。
友近はいなくなった。
でも。
新しい選手はいる。
俺たちは俺たちで、また強くなればいい。
そう思った。
四年目。
京南FCは少しだけ苦戦しながら、
それでも、また前へ進み始めていた。
新しいサッカー小説をアップしました。
京南FCとはかなり読み味が違う物語です。
もしタイトルで気になったら御一読いただけると嬉しいです。
短い話になリますので。完結まで一気に投稿します。
10回ループするまでにサッカー日本代表にならないと人類滅亡ってそりゃないよ
https://ncode.syosetu.com/n5157mw/




