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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第二章 地域定着編

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3年目 閑話 いってらっしゃい

「俺、プロサッカー選手になる!」


拓海が初めてそう言ったのが何歳の頃だったか。


もう、はっきりとは覚えていない。


小学校に入る前だったか。


それとも、一年生になってサッカーを始めてからだったか。


ボールを抱えて、得意そうな顔で言っていたのは覚えている。


「ほんでな、日本代表にもなるねん!」


「はいはい。頑張りや」


「ほんまやで!」


「分かった、分かった」


「絶対なるわ!」


あの頃の拓海は、本当に何度も言っていた。


プロサッカー選手になる。


JFリーガーになる。


日本代表になる。


テレビでサッカーを見ては、自分もいつかここでプレーするんだと言っていた。


有名な選手の真似をして、家の中でもボールを蹴ろうとする。


何度怒ったか分からない。


試合の日は朝早くからお弁当を作った。


泥だらけのユニフォームを何度も洗った。


負けて帰ってきた日は分かりやすく機嫌が悪かった。


勝って帰ってきた日は、聞いてもいないのに試合のことをずっと喋っていた。


「今日な、俺二点決めてん!」


「へえ、すごいやん」


「二点目がすごかってん! 相手一人抜いてな――」


「分かったから、先にお風呂入ってき」


「まだ話の途中やん!」


そんな子だった。


本当に、サッカーが好きだった。


◇


中学生になっても。


高校生になっても。


拓海はサッカーを続けていた。


朝から学校へ行って。


授業が終われば部活をして。


真っ黒になって帰ってくる。


相変わらずサッカーは楽しそうだった。


でも。


いつの間にか、言わなくなっていた。


プロになる。


日本代表になる。


子どもの頃、あれだけ何度も言っていた言葉を聞かなくなった。


別に何かきっかけがあったわけではないと思う。


大きな怪我をしたわけでもない。


サッカーが嫌いになったわけでもない。


ただ。


中学生になって。


高校生になって。


自分より上手な子がたくさんいることを知って。


少しずつ現実が分かるようになったのだろう。


でも毎日が楽しそうだった。


試合に勝てば嬉しそうに帰ってくる。


負ければ悔しそうに帰ってくる。


友達の話もよくしていた。


プロにはならなくても。


この子はずっとサッカーが好きなんだろうな。


それでいいんじゃないかと思っていた。


◇


高校三年生になって。


拓海は就職することを選んだ。


サッカーは趣味で続けられたらいい。


本人もそんなことを言っていた。


私も、そうなるんだと思っていた。


ただ。


就職先はなかなか決まらなかった。


本人はあまり気にしていないように見えたけれど、親としては心配だった。


そんな中。


拓海が入りたいと言っていた会社の最終面接まで進んだ。


ノードシード。


新しい会社だけれど、地元では結構大きな会社だった。


お父さんも会社のことを調べて、


「ここなら大丈夫ちゃうか。俺のとこよりもいいで」


と言っていた。


だから。


最終面接の日は、私も朝から落ち着かなかった。


ここまで来たら受かってほしい。


そう思いながら、拓海の帰りを待っていた。


そして。


帰ってきた息子を見て。


私は固まった。


スーツで面接に行ったはずの拓海が。


見たこともない紫色のトレーニングウェアを着ていたからだ。


何があったのか聞くより先に。


拓海は満面の笑みで言った。


就職が決まった、と。


嬉しかった。


本当に嬉しかった。


でも。


それ以上に、訳が分からなかった。


どうして最終面接に行った息子が、サッカーの格好で帰ってきたのか。


話を聞いても、なかなか理解できなかった。


面接を受けていたら、社長さんからサッカーの話をされた。


そのあと、サッカー部の監督とスカウトという人が来た。


グラウンドへ行った。


服と靴を借りた。


ほかの選手とサッカーをした。


そして。


京南FCでサッカーをするなら、ノードシードに来ないかと言われた。


拓海は、その場でやると答えたらしい。


何の面接だったんだろう。


そう思った。


しかも。


嬉しすぎた拓海は。


スーツも革靴も鞄も何もかも全部ノードシードに忘れて帰ってきた。


借りたトレーニングウェアを着たまま。


今思い出しても。


あんな就職の決まり方をした人を、私はほかに知らない。

一生笑い話に出来ると思う。

あの日のことを思い出すだけでいつも笑ってしまう。


その日の夜。


話を聞いたお父さんまで、


「……ほんまに内定なんやろな?」


と心配していた。


拓海だけは。


「内定やって!」


と嬉しそうに笑っていた。


私も嬉しかった。


高校を卒業したら働く。


サッカーは趣味で続けられたらいい。


そう言っていた息子が。


ちゃんとした会社に就職できて。


しかも大好きなサッカーまで続けられることになった。


だからあの時の私は、ただ、安心していた。


息子の就職先が決まったこと。


大好きだったサッカーを、もう少し続けられること。


それだけで十分だった。


◇


それから三年。


拓海は、相変わらずよく喋った。


「今日、田中さんがさ」


「長谷川さんがな」


「今日岡本さんに怒られてさ」


「イタのやつがさぁ」


イタというのが誰なのか、最初は分からなかった。


何度か聞いているうちに、板垣君という年下のチームメイトなのだと分かった。


ほかにも、いろんな名前が出てきた。


サッカーの細かいことはよく分からない。


ボランチがどうとか。


ポジショニングがどうとか。


プレスがどうとか。


説明されてもよく分からない。


それでも。


楽しそうなのは分かった。


会社にも恵まれた。


チームにも恵まれた。


仲のいい人たちもできた。


試合にも出て、リーグ戦では優勝もしている。


最初は会社のサッカーチームくらいに思っていた京南FCが、少しずつ大きくなっていった。


拓海も少しずつ上手くなっていたらしい。


私には、どれくらい上手くなったのかはよく分からない。


ただ、ノードシードに入って良かったんだと思う。


京南FCに入って良かったんだと思う。


拓海を見ていれば、それくらいは分かった。


だから。


これでいいんだと思っていた。


この子は京南市で働いて。


京南FCでサッカーをして。


いつか結婚でもして。


そのうち家を出て。


そんなふうに生きていくんだろうと思っていた。


あの日、私は、大好きだったサッカーを、もう少し続けられる。


それだけで十分だと思っていた。


まさか。


その「もう少し」の先に。


プロサッカー選手になる日が待っているなんて思ってもいなかった。


◇


「プロからオファー来た」


最初は何を言っているのか分からなかった。


プロ。


サッカーの。


本当のプロ。


しかもJFリーグのクラブだという。


長崎。


あまりにも突然だった。


ついこの間まで、いつも通り会社へ行って。


いつも通り京南FCでサッカーをしていたのに。


いきなりプロサッカー選手になるかもしれないと言う。


もちろん嬉しかった。


自分の息子がプロから必要とされた。


親として、嬉しくないわけがない。


でもそれ以上に心配だった。


契約は二年。


その先は分からない。


試合に出られる保証もない。


今の会社を辞める。


京南FCも辞める。


そして長崎へ行く。


今までずっと家にいた拓海が。


家を出る。


私はたぶん。


プロになることより、そっちの方がすぐには受け入れられなかった。


ノードシードに就職した時。


これで安心だと思った。


ちゃんとした会社に入って。


実家から通えて。


好きなサッカーまで続けられる。


毎朝家を出て。


夜になれば帰ってくる。


それが当たり前になっていた。


だから。


「今の会社に残った方が良いんじゃない?」


と言った。


本当にそう思っていた。


心配だから。


できることなら、このままここにいてほしい。


だけど。


話しているうちに思い出した。


――俺、プロサッカー選手になる!


小さかった拓海。


ボールを抱えて。


得意そうな顔をして。


何度も何度も言っていた。


プロになる。


JFリーガーになる。


日本代表になる。


いつから言わなくなったんだろう。


私も忘れていた。


いや。


忘れていたというより。


叶わなかった子どもの夢として、心のどこかにしまっていたのかもしれない。


その夢が。


今。


本当に手の届くところにある。


「そんな夢まであと一歩ってところまで来てるんやねぇ」


そう言うと。


拓海は何も答えなかった。


私も。


それ以上は何も言わなかった。


◇


翌日。


仕事から帰ってきた拓海の顔を見て、何となく分かった。


「決めたの?」


「うん」


「どうするの?」


「行く」


やっぱり。


そう言うと思った。


「そう……」


「社長にも言ってきた」


「そうなんや」


それだけ答えた。


何か言わないといけないと思った。


頑張りや。


良かったね。


おめでとう。


いろんな言葉が浮かんだ。


でも。


最初に出てきたのは。


「ちゃんとご飯食べるんやで」


「そこ?」


拓海が笑った。


「大事やろ」


「食べるって」


「洗濯できる?」


「できるわ!」


「ほんまに?」


「俺を何歳やと思ってんねん」


「家ではほとんどやらへんやん」


「長崎行ったらやるって!」


いつもの拓海だった。


少し安心した。


「まあ、頑張りや」


「うん」


「怪我だけはせんようにね」


「分かってる」


「あとちゃんと連絡して」


「はいはい」


そう言いながら、拓海は自分の部屋へ戻っていった。


その背中を見送る。


行ってほしくない。


そう言おうと思えば言えた。


今ならまだ。


でも。


言えなかった。


いや。


言わなかった。


あの子が自分で決めたことだから。


それに。


あの子は。


ずっと、この日のためにサッカーをしてきたのかもしれない。


本人さえ忘れていただけで。


◇


それからの日々は、あっという間だった。


V長崎との契約。


ノードシードの退職。


京南FCのみんなへの挨拶。


引っ越しの準備。


拓海の部屋には段ボールが増えていった。


「これ持っていく?」


「いらん」


「これは?」


「それもいらん」


「これ小学校の時のやつやで」


「だからいらんって」


「捨てるで?」


「……それは置いといて」


どっちやねん。


そんなやり取りを何度もした。


服。


靴。


生活用品。


サッカー用品。


荷物をまとめていくたびに、部屋から拓海のものが減っていく。


今まで散らかっていると、


片付けなさい。


何度言ったか分からない。


それなのに。


物がなくなっていくと、少し寂しかった。


◇


そして。


引っ越しの日。


玄関には荷物が並んでいた。


「忘れ物ない?」


「たぶん」


「たぶんって何よ」


「大丈夫やって。忘れてても向こうで買えるし」


「そういう問題じゃないやろ」


「はいはい」


いつも通りだ。


本当に。


いつも通り。


「向こう着いたら連絡してよ」


「分かってる」


「ちゃんと食べるんやで」


「それ何回言うねん」


「野菜も食べや」


「オカン」


「何?」


「俺もう子どもちゃうで」


知ってる。


そんなこと。


とっくに知っている。


でも。


親からしたら。


いつまで経っても子どもなんやから。


「拓海」


「ん?」


言おうと思った。


行かないで。


やっぱり地元にいればいい。


ノードシードで働いて。


京南FCでサッカーして。


今までみたいに。


毎日家から会社へ行って。


夜になったら帰ってくればいい。


でも。


目の前にいる拓海は。


あの日。


ボールを抱えていた小さな子どもじゃない。


自分で決めて。


自分で選んで。


今から夢を追いかけに行く。


だから。


言葉を飲み込んだ。


代わりに。


笑った。


「頑張ってきいや」


「おう」


拓海も笑った。


そして。


玄関を出ていく。


「じゃあ、行ってくるわ」


「うん」


ずっと。


当たり前のように聞いてきた言葉。


毎朝聞いていた言葉。


でも。


今日だけは意味が違った。


私はいつもと同じように答えた。


「いってらっしゃい」


拓海が手を上げる。


そのまま離れていく。


姿が見えなくなるまで見送った。


家に戻る。


静かだった。


拓海の部屋を覗く。


あれだけ物があった部屋が、随分すっきりしている。


机の上に、一枚の写真が残っていた。


小学生の頃の拓海。


サッカーのユニフォームを着て。


泥だらけで。


満面の笑みで写っている。


写真を手に取る。


――俺、プロサッカー選手になる!


そうやったね。


ずっと言ってたね。


あの頃は。


子どもの夢だと思っていた。


まさか本当に。


その夢を追いかけて、家を出ていく日が来るなんて。


写真の中の拓海は。


あの頃と変わらず、楽しそうに笑っていた。


「頑張りや、拓海」


誰もいない部屋で。


もう一度だけ、そう言った。

新しいサッカー小説をアップしました。


京南FCとはかなり読み味が違う物語です。


もしタイトルで気になったら御一読いただけると嬉しいです。


短い話になリますので。完結まで一気に投稿します。


10回ループするまでにサッカー日本代表にならないと人類滅亡ってそりゃないよ

https://ncode.syosetu.com/n5157mw/

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