3年目 第7話 プロからのオファー
三年目のシーズンが終わって、少し経った頃。
少し戸惑っているような顔をした伊東から、声をかけられた。
「社長。京南FCの方に、JF2のクラブから問い合わせが来ています」
「JF2?」
仕事をしていた手を止める。
「はい。V長崎というクラブです」
もちろん名前は知っている。
JF2。
正真正銘のプロサッカークラブだ。
日本でも有名な通販会社がメインスポンサーを務め、近年成績を上げてきているクラブだ。
社長の考え方も面白く、本を読んだこともある。
「何の問い合わせ?」
「友近についてです」
「……友近?」
一瞬、意味が分からなかった。
友近に何の用があるんだ?
「友近に興味を持っているそうです。一度、クラブの方とお話をしたいと」
「……プロが?」
「はい」
思わず椅子から立ち上がった。
「マジで!?」
プロクラブが、うちの選手に興味を持っている。
エンペラーカップでプロと対戦した時、友近はかなりやれていた。
ステータスを見ても、それは分かっている。
パス、スタミナ、ボディバランス、サッカー脳。
どれもこの三年間で大きく伸びた。
何より今年の友近は、自分が活躍するだけじゃなく、周りを使ってチーム全体を動かす選手になっていた。
プロが見ても、やっぱりそうなのか。
すごいじゃないか。
うちの友近が、プロに見つかった。
あの、友近が。
「あの、返事はどうしましょうか?」
「どうって……
話するしかないよな?」
「私に聞かれても」
伊東も困った顔をしている。
「話してみるからテレビ会議出来ないか聞いてみてくれる?岡本さんも参加してもらいたいし」
「分かりました」
京南FCからプロになった選手なんて、一人もいない。
まだ三年しか経っていないのだから当たり前だが……
プロクラブから選手について問い合わせを受けること自体が初めてだ。
何をしゃべったらいいだろうか。
岡本さんに確認しておこう。
◇
数日後。
俺と岡本さんはV長崎の強化担当者とテレビ会議をすることになった。
画面の向こうに映った男性が、丁寧に頭を下げる。
『本日はお時間をいただき、ありがとうございます』
「いえ、こちらこそ」
俺も慌てて頭を下げる。
『早速ですが、友近選手についてお話しさせてください』
来た。
『我々は以前から友近選手を確認していまして、最近の、特にエンペラーカップでのプレーを高く評価しています』
「やっぱり!」
岡本さんが横から俺を見る。
しまった。
つい声が出た。
『ボランチとしてのポジショニングや運動量もそうですが、周囲を使いながらゲームを動かせるところに魅力を感じています』
俺は何度も頷いた。
分かる。
すごく分かる。
今年の友近は、まさにそこが伸びた。
なんだろう。
自分が褒められているわけでもないのに、ものすごく嬉しい。
『そこで、まずは一度、我々のトップチームの練習に参加していただけないかと考えています』
「練習参加?」
『はい』
「あの、それって……もう移籍するってことですか?」
画面の向こうの男性が少し笑った。
『いえ。まだその段階ではありません。実際に我々の環境でプレーしていただいて、クラブとして改めて判断することになります』
「なるほど」
全然知らない。
「じゃあ、そこで良かったらプロ契約になる可能性があるってことですか?」
『そうですね。当然、我々が正式にオファーを出したとしても、最終的に決めるのは友近選手本人です』
「承知しました。
あの、すみません、恥ずかしい話なのですが、我々はまだチームを作って三年しか経っていない若いチームです。なのでこういった話自体いただくことが初めてで、初歩的な質問になりますがいくつか質問させてもらってもいいですか?」
『もちろん、答えられる範囲でお答えしますよ』
恐らく同じようなアマチュアチームとの交渉経験も豊富なんだろう、快諾いただけた。
そこから俺は、思いつくまま質問した。
プロ契約ってどういうものなのか。
契約期間などあるのか。
給料や福利厚生、選手へのサポートにはどのようなものがあるのか。
京南FC側で何か手続きが必要なのか。
移籍するとしたらいつからそちらに合流するのか。
たぶん向こうからすれば、かなり初歩的な質問もあったと思う。
それでも担当者は、一つずつ丁寧に答えてくれた。
一通り話を聞き、テレビ会議が終わる。
画面が消えた。
「……すごいな」
思わず口から出た。
「友近、プロから声かかったぞ」
「まだ声かかっただけやけどな」
「いや、でもすごいでしょ」
岡本さんも否定はしなかった。
嬉しかった。
三年前、あの一般社員の面接で入ってきた友近がプロのスカウトに見つかった。
俺たちがやってきたことが認められたような気さえした。
……ん?
待てよ。
友近がプロになる。
それって。
「岡本さん」
「ん?」
「友近がプロに行ったら……」
「うん」
「京南FCからいなくなる?」
「そらそうやろ」
……。
そうか。
そうだよな。
何を当たり前のことを聞いているんだ。
来年は府三部。
その次には二部、一部。
まだまだ上を目指していく。
その中心には、当然のように友近がいると思っていた。
今年の友近の成長を見れば、来年はもっとやれる。
その友近が、いなくなるかもしれない。
「……困るな」
俺は椅子にもたれた。
行ってほしくない。
最初に浮かんだのは、それだった。
でも。
それを俺が決めていいわけがない。
◇
その後会議室に友近を呼んでもらった。
「社長、何ですか?」
いつもと変わらない。
何も知らない顔で、俺と岡本さんの前に座る。
どう切り出そうか少し迷ってから、結局そのまま言った。
「友近。プロから話が来てる」
「……え?」
「JF2のV長崎。友近に興味があるって」
「俺に?」
「うん」
「マジっすか!?
ということはまさかプロになるってことっすか!?」
友近が驚きながら騒いでいる。
「まだオファーするとか、そういう話じゃない。まず練習に参加してほしいって」
「練習に?俺だけでですか?」
「そう」
しばらく友近は何も言わなかった。
先ほどのテンションの高さから落ち着いている。
練習に参加すること、プロから興味を持たれていることの意味に気がついたのかもしれない。
「一回、向こうの人と話してみるか?」
「……はい」
その後、今度は友近自身がV長崎の担当者と話をすることになった。
俺や岡本さんは同席しなかった。
これは友近自身の話だ。
何を聞いて、何を話すのか。
そこまで俺が入る必要はないと思った。
しばらくして、会議室から友近が出てきた。
「どうだった?」
「……いろいろ聞きました」
「そっか」
何を聞いたのか。
何を思ったのか。
少し気になった。
でも、聞かなかった。
「先に言っとく」
俺は友近を見る。
「俺個人としては、行ってほしくない」
友近が少し驚いた顔をした。
「来年も友近と一緒に戦うつもりだったからな。府三部に上がって、もっと上を目指す。その中心に友近がいると思ってる」
これは本音だ。
「でも」
一度、言葉を切る。
「俺が決めることじゃない」
友近は黙って聞いている。
「行くか、行かないか。決めるのは友近だ。これは友近の人生だからな。
無責任に感じるかもしれないが、友近がどちらを選んでも俺はそれを支持するし、サポートはしっかりするよ。
まだ、先ずは練習に参加してそこから契約を勝ち取る必要があるけど」
「……はい」
友近はしばらく俯いていた。
やがて、小さく口を開く。
「社長」
「うん?」
「もし……」
あの友近が少し言いにくそうにしている。
「もしプロに行って、ダメだったら……ノードシードに戻れますか?」
もちろん。
そう答えようとした。
友近が戻ってくるなら、俺は喜んで迎える。
一度外に出たからって、帰ってきちゃいけない理由なんてない。
でも。
俺が口を開くより先に、岡本さんが言った。
「そんな覚悟やったら、行かん方がええ」
「……え?」
友近が顔を上げる。
俺も岡本さんを見る。
岡本さんはいつもの調子だった。
怒っているわけじゃない。
「俺が高校で教えてた頃にな。一人だけ、プロになった奴がおった」
「プロに?」
「ああ」
岡本さんが頷く。
「そいつはめちゃくちゃ上手かった。今までの教え子の中でも頭一つ二つ抜けてたわ。プロから声かかった時は嬉しかったで。自分の教え子がプロになるんやからな」
少しだけ間が空いた。
「でも、数年で契約切られた」
友近が黙る。
「プロになるだけでも難しい。でもな」
岡本さんは友近を見る。
「プロで居続ける方が、もっと難しい」
部屋が静かになった。
「別に脅してるんちゃうぞ。行くなとも言ってへん」
「……はい」
「ただ、プロってそういう世界や」
岡本さんは続けた。
「行くんやったら、最初からダメやった時のこと考えて行くな」
「そこで生き残るつもりで行け」
友近は何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
俺はダメだったら戻ってくればいいと思っている。
本当にそうなったら普通に迎える。
でも。
それを今、俺から友近に言うべきじゃない気がした。
数日後。
友近がV長崎の練習に参加することが決まった。
当然、チーム内でも話題になった。
「友近さん、プロの練習行くんすか?」
板垣が食いつく。
「おう、行ってくるわ。
イタ、俺がいなくて寂しくないか?」
「何言ってるんですか」
「すげえな。プロかー」
「プロの練習ってどんなんだろうな?」
「俺のこともアピールしてきてくれよ」
周りも反応は単純にプロの練習に呼ばれて凄い、というような反応だった。
誰もまだ、友近が本当に京南FCを離れるとは思っていない。
俺もまだそう思っている。
その時、長谷川が言った。
「俺もアカデミー時代にトップの練習に参加したことがあるぞ」
「そうなんすか、長谷川さん」
「一回だけだけどな」
そういえば長谷川は、プロクラブのアカデミー出身だった。
「どうだったんですか?」
友近が聞く。
長谷川は少し笑った。
「何もできなかった」
「え?」
「全然。判断は速いし、身体は強いし、ボール回るのも速いし。自分ではそれなりにやれると思ってたんだけどな」
「そんな違うんすか」
「違ったな」
長谷川が友近を見る。
「まあ、友近なら俺よりやれるんじゃないか?」
「プレッシャーかけないでくださいよ」
友近が苦笑する。
みんな笑った。
この時はまだ、そんな感じだった。
プロの練習に参加する。
すごいな。
頑張ってこい。
それくらいだった。
そして友近は、V長崎の練習に参加した。
俺たちは京南に残っているので、向こうで何があったのかは分からない。
一週間後、友近が戻ってきた。
「どうだった?」
「めちゃくちゃレベル高かったです」
「やっぱり?」
「はい」
「長谷川の言ってた通り?」
「たぶん。でも……」
「でも?」
友近が少し笑った。
「楽しかったです」
「……そっか」
通用したのか。
ダメだったのか。
V長崎がどう評価したのか。
それ以上は聞かなかった。
それから数日後。
V長崎から連絡が入った。
以前と同じ強化担当者だった。
『先日は友近選手に練習へ参加していただき、ありがとうございました』
「いえ、こちらこそ」
少し緊張する。
『練習参加でのプレーも含め、クラブ内で改めて検討させていただきました』
「はい」
『その結果ですが』
一瞬、間が空いた。
『友近選手に、正式にオファーを出したいと考えています』
「……正式に?」
『はい』
思わず息を呑んだ。
練習参加。
興味を持たれている。
そこまでは、まだどこか現実味がなかった。
でも。
正式なオファー。
その言葉で、ようやく意味が変わった。
友近が京南FCから、プロになるかもしれない。
そして京南FCの友近ではなくなるかもしれない。
新しいサッカー小説をアップしました。
京南FCとはかなり読み味が違う物語です。
もしタイトルで気になったら御一読いただけると嬉しいです。
短い話になリますので。完結まで一気に投稿します。
10回ループするまでにサッカー日本代表にならないと人類滅亡ってそりゃないよ
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