3年目 第4話 エンペラーカップ
三年目のリーグ戦は、その後も順調だった。
全国社会人サッカー大会予選は敗れたものの、リーグ戦では相変わらず負けなし。
引き分ける試合こそあったが、首位を走り続けている。
去年までと違い、試合を見に来てくれる人も少しずつ増えてきた。
スポンサーも少しだがついた。
スクールも大きくなった。
そしてチームも強くなっている。
府四部。
まだまだ下のカテゴリーではある。
それでも、京南FCは確実に前へ進んでいた。
そんな中。
今年もエンペラーカップ予選が始まった。
◇
エンペラーカップの一回戦の相手は府五部――去年リーグ戦で対戦したチーム――だった。
「よし!」
板垣が相手を一人抜く。
そのまま二人目。
さらに三人目――。
「イタ! そこ出せ!」
友近の声が飛ぶ。
だが、板垣はそのまま行った。
相手DFに囲まれる。
ボールを奪われた。
「板垣ぃ!」
岡本さんの声が響く。
「一人で何人抜くつもりや!」
「……いけると思ったんです」
「いけてへんから取られたんやろ!」
相変わらずだ。
板垣は上手い。
このレベルの選手相手なら、明らかに一人だけ違う。
スピードがある。
トラップも上手い。
ドリブルなら一人、二人と簡単に抜いていく。
シュートも強い。
高校を卒業したばかりとは思えない。
ただ――。
「パスせぇ! 味方使え!」
そこはまだ変わっていない。
一方で。
「友近!」
長谷川がボールを預ける。
友近が受ける。
相手が寄せてくる前にワンタッチで横へ。
そこから前へ。
また友近が受ける。
今度は逆サイド。
相手が動く。
空いた場所へ板垣が走る。
そこへボールが入った。
「ナイス!」
今度は板垣が抜け出す。
クロス。
中で合わせてゴール。
今年の友近は、明らかに違う。
板垣みたいな派手さはない。
一人で何人も抜くわけでもない。
でも、友近がボールに触れるとチーム全体が動く。
全国社会人サッカー大会予選でも思った。
こいつ。
また上手くなってないか?
試合はそのまま京南FCが勝利。
エンペラーカップ予選一回戦も、俺たちは順調に勝ち上がった。
◇
もちろん、ずっと簡単な試合が続いたわけではない。
勝ち上がれば、相手も強くなる。
府二部。
大学の強豪。
普段のリーグ戦では戦わない相手ばかりだ。
それでも。
「いけるぞ!」
「もう一点!」
京南FCは食らいついた。
全国社会人サッカー大会予選で府一部のチームと戦った経験も大きかったのかもしれない。
あのときは負けた。
でも、何もできなかったわけじゃない。
俺たちでも戦える。
選手たちもそれを分かっている。
そして何より――。
「友近!」
また友近だ。
相手のレベルが上がっても、こいつのプレーがあまり変わらない。
ボールを受ける。
前を見る。
味方を動かす。
守備でも走る。
身体をぶつけられても簡単には負けない。
一人で試合を決める選手じゃない。
でも、試合のどこにでもいる。
俺には選手の能力が数値で見える。
だから友近が成長していること自体は分かっていた。
それでも。
実際の試合で見ると、数字以上に何かが違う。
そんな気がした。
◇
「社長!」
試合後に岡本さんと話していると、佐藤さんがスマホ片手にやってきた。
「どうしたの?」
「洛南ユナイテッド、負けたみたいですよ。
これ見てください」
「え?」
思わず佐藤さんを凝視してしまう。
最近AIトレーナーさぼっているな?
「どこ見てるんですか!
スマホの方です!」
「ごめんごめん。お、本当だ」
洛南ユナイテッド。
京都でも地域リーグにいる、俺たちと同じJFリーグを目指している強豪クラブだ。
俺たちよりも数段上のレベルにいる。
今回のエンペラーカップ予選でも、本戦出場の最有力候補だった。
その洛南が消えた。
改めて自分のスマホでトーナメント表を確認する。
「……これ」
隣から覗き込んでいた佐藤さんも気づいたらしい。
「もしかして、本戦にいけるんじゃないですか?」
「いやいや」
そんな簡単な話じゃない。
あと二回勝たないと本戦には行けない。
まだ強いチームは残っている。
洛南を破った大学のチームだって強い。
そもそも俺たちは府四部だ。
でも。
「いけるかも」
「油断したらあかんが、ここまで来たら狙うしかないな」
岡本さんもやる気だ。
今まで、本戦出場なんてほとんど考えていなかった。
いつもと違う強い相手と試合ができればいい。
それくらいだった。
でも、もしかしたら――。
◇
そして。
俺たちは本戦出場を懸けた試合までたどり着いた。
相手はプロ内定選手もいる強豪大学。
当然、簡単な試合にはならなかった。
「板垣!」
板垣がボールを持つ。
一人抜く。
二人目。
抜いた。
「おお!」
思わず声が出る。
やっぱりこいつのドリブルは凄い。
相手のレベルが上がっても通用している。
そのままゴールへ向かう。
三人目が来た。
板垣は仕掛けた。
取られた。
「ああ!」
岡本さんが頭を抱える。
「そこや! そこ!」
ベンチからでも何が言いたいのか分かる。
一人目を抜いた。
二人目も抜いた。
そこで味方を使えばいい。
抜いた分、確実に味方が空くようになっているのだから。
でも板垣は三人目にも行く。
まだ、そこだ。
相手の攻撃に変わる。
だが長谷川が止める。
友近へ。
友近が前を向く。
板垣も走り出した。
今度はすぐに出さない。
友近が田中とワンツーしながらボールを運ぶ。
相手が寄る。
友近を信じて田中も右サイドを駆け上がる。
渡部も左サイドに開きながら裏を狙っている。
相手の守備がずれる。
そして――。
「イタ!」
友近から板垣へ。
板垣の前にスペースができていた。
「いけ!」
今度は一人だ。
トラップで逆を突き、板垣が抜く。
シュート。
ゴールネットが揺れた。
「よっしゃああああ!」
ベンチが一斉に立ち上がった。
板垣が友近のところへ走っていく。
友近は板垣を連れてベンチまで走っていく。
サブメンバーを含めてゴールを祝う。
その後、試合は最後まで苦しかった。
何度も攻められたが、鈴木、長谷川を中心とした守りは固かった。
何より友近が相手を中盤で自由にさせなかった。
それでも危ない場面はあった。
だが、最後までゴールを割らせなかった。
そして――。
試合終了の笛が鳴った。
一瞬。
静かになった気がした。
そのあと。
「うおおおおおおお!」
選手たちが叫ぶ。
ベンチからも全員が飛び出した。
俺も立ち上がった。
「おおおおおおお!」
隣の佐藤さん、伊東、隠岐とハイタッチする。
応援に来ていたスクールの子どもや保護者も大はしゃぎだ!
「やりましたね!」
佐藤さんも涙目で喜んでいる。
「こんなことってあるんですね!」
隠岐も喜んでいる。
「うおおおおおおおおお!!!」
伊東も選手以上に叫んでいる。
創部三年目。
京都府リーグ四部。
京南FC。
エンペラーカップ本戦出場。
いや。
そんなことある?
◇
会社に戻れば大騒ぎだった。
「おめでとうございます!」
廊下ですれ違う社員から言われる。
社内サイトにも大きく載った。
京南FCのサイトには特集ページも作った。
スクールの子どもたちも大喜びだ。
保護者からも本戦を見に行きたいと相談いただいたくらいだ。
スポンサー企業からもお祝いの連絡が来た。
京南武田工務店の武田社長からは、
「ほんまに全国行ってもうたんか。
ユニフォームに会社名入れてもらえばよかったな」
と電話が来た。
俺もそう思う。
ほんまに全国行ってもうた。
三年前。
府六部から始まったクラブだ。
それが全国大会に出る。
もちろん、トーナメントの組み合わせにも恵まれた。
洛南ユナイテッドが途中で負けたのも大きい。
他にも番狂わせがあったが、俺たちだって格上を倒した。
いろんなものが重なった結果だ。
それでも。
本戦出場という結果が消えるわけじゃない。
京南FCが全国大会へ行く。
その事実だけで、しばらく会社全体が浮ついていた。
◇
そして迎えたエンペラーカップ本戦。
俺たちの相手はJF2のプロクラブだった。
ジャイアントキリングを起こす。
その想いで選手、監督もやる気に満ちている。
遠方、かつ平日の夜の開催なので、残念ながらスクール生たちは来られなかったみたいだ。
が、何と動画配信サービスでライブ配信があるのだ。
府リーグとの差に改めて愕然とする。
プロにも勝てるかもしれない、と俺たちは浮ついていた。
しかし、当然ながらプロは強かった。
「速い!」
思わず声が出る。
何がというより全般的にだ。
判断、寄せ、ボールのスピード、プレーの切り替え。
一人一人の技術だって高い。
板垣がボールを持つ。
いつものように相手へ仕掛ける。
抜けない。
それどころか、吹っ飛ばされてボールを奪われる。
上手い上に強い。
「戻れ!」
すぐに攻撃される。
今までの相手なら通用していたことが、通用しない。
プロは違った。
これがプロか。
まだ点こそ取られていないが、明確な差を感じる。
それでも。
「友近!」
友近がボールを奪う。
相手が来る。
身体を入れる。
簡単には取られない。
横へ。
すぐに動く。
もう一度受ける。
前へ。
「……あれ?」
俺は友近を見る。
普通にやれてないか?
もちろん、圧倒しているわけじゃない。
相手より上だとも思わない。
苦しい場面だってある。
それでも。
友近だけは、相手がプロになってもあまり消えていない。
守備でも食らいつく。
ボールを持てば周りを見る。
味方を使う。
チームが押し込まれていても、自分の仕事を続けている。
友近がいるエリアは、相手からあまり攻められていない。
全国社会人サッカー大会予選でも思った。
エンペラーカップ予選でも思った。
そして今。
プロを相手にしても思う。
今年の友近。
やっぱり何か違う。
◇
試合終盤。
京南FCは三点取られて負けていた。
三点で済んでいるのは幸運かもしれない。
相手も無理に四点目を取ろうとはせず、安全なプレーに切り替えているようだ。
逆転は厳しい。
それでも選手たちは走っていた。
長谷川が奪ったボールを友近へ預ける。
友近が前を向く。
相手が寄るが、走力で躱し切る。
守りは捨てて、両サイド、フォワードが前線に駆け上がる。
板垣は前に行くと見せかけて、少し後ろに戻る。
「イタ!」
その瞬間に友近が蹴る。
相手DFの前で板垣がゴールを向いてトラップする。
一対一。
抜けばゴールまで阻むDFはいない。
いつもの板垣なら、絶対に抜こうとしただろう。
でも。
今回は迷わなかった。
シュート。
予想外だったのか、相手のDFが反応できず、GKも反応が遅れた。
ゴールネットが揺れた。
「入った!」
立ち上がる。
「よっしゃあああ!」
ベンチから声が飛ぶ。
選手たちが板垣のところへ集まる。
板垣は真っ先に友近を指さしていた。
友近が笑っている。
プロから取った一点。
試合をひっくり返す一点じゃない。
結果だけを見れば、大差で負けている。
それでも。
俺には、その一点がものすごく大きなものに見えた。
やがて試合終了の笛が鳴った。
京南FCのエンペラーカップは終わった。
◇
負けた。
完敗だった。
プロは強かった。
まだまだ差がある。
今日の試合だけを見れば、それは嫌というほど分かる。
でも。
俺はなぜか、それほど落ち込んでいなかった。
エンペラーカップ予選では、格上のチームにも勝った。
全国大会まで来た。
そして。
プロから一点を取った。
三年前。
俺たちは府六部から始めた。
それが今、プロと同じピッチに立っている。
もちろん。
まだ勝てない。
今すぐプロになれるなんて思わない。
でも。
「……いけるかもしれないな」
「何がです?」
隠岐が聞いてくる。
俺は答えずにピッチにいる選手たちを見る。
長谷川は岡本さんとしゃべっている。
田中や渡部、鈴木たちも集まって何かをしゃべっている。
今日の試合で何か得たものがあったんだろう。
真剣な表情だ。
そして。
友近と板垣が何か話している。
板垣は悔しそうなのに、どこか楽しそうだった。
友近は次は勝てると言っているように見える。
俺たちが最初に決めた目標。
毎年一つずつ上がっていく。
府六部から始めて。
府五部。
そして今は府四部。
その先にも府リーグが続く。
さらにその上もある。
今までも目指していた。
当然、行くつもりだった。
でも。
今日初めて。
そこへ続く道が、本当にあるような気がした。
「俺たち、もっと上まで行けるかもしれない」
隠岐が少し笑った。
「今さらですか?」
「いや、そうなんだけどさ」
分かってる。
最初からそのつもりでクラブを作った。
でも、目標にするのと。
本当に行けると思うのは。
少し違う。
プロは遠かった。
ものすごく遠い。
でも。
見えない場所にはいない。
その背中を、今日初めて見た気がした。
ピッチでは板垣が友近の肩を叩いている。
二人なら。
こいつらなら、もっと上へ行ける。
そして。
俺たちも。
京南FCも。
まだまだ上へ行ける。




