3年目 第3話 二度目の全国社会人サッカー大会予選
三年目の京南FCは、今のところ順調だった。
リーグ戦では勝利を重ね、首位をキープしている。
もちろん、まだシーズンは長い。
油断は禁物だ。
それでも、ここまでの戦いを見る限り、去年よりチームが強くなっているのは間違いなかった。
そして、順調なのはトップチームだけではない。
スクールの会場はさらに増えた。
もはやスクールがない曜日はなく、スクール後に練習という流れが毎日になっている。
スポンサー営業も少しずつ成果が出始めている。
京南武田工務店との契約を皮切りに、学習塾や食品会社など、地元企業との契約も増えてきた。
やはりスクール生が多いところが魅力なのか、子育て世代向けの企業が多い。
まだまだ一社一社の金額は大きくない。
五千万円を超える赤字を考えれば、焼け石に水と言われても仕方がないだろう。
だが、スポンサーが増えたことで変わったこともある。
それを一番感じたのが、先日行われたスクールの交流戦だった。
「はい! 運動した後に飲んでみてください!」
グラウンドの一角で、スポンサーになってくれた食品会社が子ども向けスポーツドリンクの試飲会をやっている。
その横には、たこ焼きやアイスの屋台。
試合を終えた子どもたちがスポーツドリンクを受け取り、そのままアイスの方へ走っていく。
試供品があっという間になくなったみたいで、もらえなかった子が不満を言っていたくらい好評だ。
保護者たちはたこ焼きを食べながら試合を見ていた。
「……なんか、すごいことになってきましたね」
俺の隣で伊東が呟いた。
「な」
以前の交流戦も賑やかではあった。
だが、今日は明らかに雰囲気が違う。
スクール生とその家族だけじゃない。
スポンサー企業の社員やその家族も来ている。
近所の人らしい姿もちらほら見える。
サッカーの試合をやっているだけなのに、ちょっとした地域のイベントみたいになっていた。
第7話のスポンサー会議で、俺たちはいろいろなことを話した。
企業と企業をつなぐ。
人をつなぐ。
仕事をつなぐ。
そして京南FCを中心に、地域全体が少しずつ良くなっていく。
あのときはホワイトボードの上に描いただけだったものが、ほんの少しだけ現実になっている。
ただ、順調な反面――
俺はグラウンドの周りを見渡した。
練習する場所が狭くなり、フィールドの中にボールが入ってしまう子どもたち。
我が子の姿を見ようと、後ろの方からカメラを伸ばして写真を撮る保護者。
横の駐車場に停めきれず、遠くのコインパーキングから歩いてきている保護者。
屋台の容器や弁当のゴミでいっぱいになっているゴミ箱。
「ちょっと、ここも手狭になってきたな」
「ですね」
伊東も同じことを感じていたんだろう。
「といっても、すぐにできることは少ないよな。でも、このまま放っておくとトラブルになりそうだ。次回から交流戦を半分ずつ時間をずらすとか、何か対策を考えてくれ」
「分かりました」
そもそも、ここはただの練習用グラウンドだ。
こんなに人が集まるなんて思っていなかった。
幸い、周囲に土地は余っている。
単にグラウンドを増やすだけじゃなくて、何か新しいことを考えないとな。
◇
そんな中、全国社会人サッカー大会の京都予選が始まった。
昨年も出場した大会だ。
今年の京南FCは一回戦を四対〇で勝利。
二回戦も三対一で突破した。
そして迎えたブロック決勝。
ここを勝てば関西大会への出場が決まる。
相手は京都府一部に所属するクラブだった。
府四部の京南FCから見れば、三つも上のカテゴリー。
だが。
「思ってたより、やれるな」
試合を見ながら、俺は思わず口に出していた。
「そうですね」
隣にいた佐藤さんが頷く。
試合は互角だった。
もちろん相手は強い。
一人一人の技術も高いし、チームとしてもまとまっている。
だが、京南FCも負けていない。
友近が中盤でボールを奪った。
すぐに前を向く。
相手が寄せてくるより先に右へ展開。
そこに板垣が走り込んだ。
「板垣!」
ボールを受けた板垣が、一気に加速する。
相手のサイドバックが前に出た。
板垣はボールを右へ運ぶ。
相手もついてくる。
次の瞬間、板垣の体が左へ動いた。
相手の重心がずれる。
そこから再び右。
「おおっ!」
一人抜いた。
そのままペナルティーエリアへ向かう。
中央には渡部がいる。
板垣は――。
自分で行った。
二人目をかわそうとして、足を出される。
ボールがこぼれた。
「あー!」
俺の声とほぼ同時に、岡本さんが叫ぶ。
「板垣! 今のは出せ!」
板垣が一度こちらを見た。
それから小さく頭を下げる。
ただ、その表情はあまり理解しているようには見えなかった。
確かに、一人目は完全に抜いていた。
あと少しだった。
怒られたのは取られたからだ。
邪推かもしれないが、そんな風に考えているように見える。
実際、その数分後。
今度は板垣が左サイドでボールを持った。
一人目を抜く。
今度は二人目までかわしかける。
DFに寄せられながらも、そのままシュート。
惜しくもゴール右へ外れた。
「……通用してるな」
「してますね。板垣君、すごいじゃないですか!」
佐藤さんも興奮気味に話す。
確かに、今まで京南FCにはこの手の仕掛けて抜く選手はいなかった。
「うーん、抜けるのはもちろんすごいし最高だ。でも、毎回そればっかりなら相手も対応するんじゃないかな」
「対応されても抜けばいいんじゃないですか?」
「まあ、それができたらなお最高だな」
実際、相手も板垣を警戒し始めていた。
板垣がボールを持つと、最初から二人目が寄ってくる。
それでも板垣は仕掛ける。
一人目は抜く。
だが、かわした先には相手が待ち構えている。
それでも、また仕掛ける。
いくら取られても折れない精神力はすごいのかもしれない。
一方で、友近はまったく違った。
ボールを受ける。
相手が来る。
ワンタッチで味方に預ける。
自分はすぐに別の場所へ動く。
もう一度受ける。
今度は自分で前に運ぶ。
そして守備、攻撃を問わず走り回る。
派手ではない。
板垣が相手を抜いたときのように歓声が上がるわけでもない。
なのに、気づけば友近がボールに触っている。
守備でもそうだった。
相手のパスコースに入る。
こぼれ球を拾う。
危険な場所を先に埋める。
そしてボールを奪えば、すぐに次の攻撃につなげる。
運動量は去年よりも、もしかしたら落ちているかもしれない。
でも、それ以上にボールに触るようになっていた。
「……友近、今年すごくない?」
「そうですか? 新人のときからずっと走り回っていますよ」
「いや、それは確かにそうだけど」
違う。
去年より明らかに存在感が増している。
板垣が一人で局面を壊す選手なら、友近は周りの選手まで使って試合そのものを動かしている。
前半は〇対〇。
ひいき目なしでも互角の攻防だったと思う。
ただ後半、先に点を取ったのは相手だった。
相手のスルーパスに鈴木の反応が遅れ、FWに抜け出されて点を取られてしまったのだ。
「今日の鈴木、ちょっと動きが鈍い?」
「AIトレーナーに古傷が痛むって回答してるみたいです」
ただ、それ以降はプレーに問題はなさそうだった。
先取点は取られたが、京南FCは崩れなかった。
友近が中盤でボールを奪い、前へ運ぶ。
相手が寄せてきたところで右へ。
田中が駆け上がり、中央へ折り返す。
渡部がそらしたところに、最後は長谷川。
「入った!」
一対一。
ベンチが一気に沸く。
府一部相手でも戦えている。
いや。
戦えているどころじゃない。
勝てる。
そう思った。
試合終盤。
いい形で長谷川がボールを奪いきり、右ウイングの位置にいた板垣にボールが入った。
相手が一人寄せる。
だが、板垣は相手の動きの逆を突いて抜く。
「行け!」
俺も思わず立ち上がった。
前にはスペース。
だが、ゴールとの間にはDF。
フォローのDFも走ってきている。
中央には味方がいる。
さらに友近が、中央にすごい勢いで駆け上がってきている。
「イタ! こっちに出せ!」
俺たちも心の中で叫ぶ。
出せ!
しかし板垣は自分で行った。
パスを出すふりをして、相手をかわそうとする。
――取られた。
相手はすぐに前へ蹴り出した。
京南FCの選手たちが戻る。
友近も、今度は前以上のスピードで戻る。
しかし、空いた中央のスペースを使われた。
長谷川が対応するものの、右へ展開されてクロス。
中央で合わせられた。
GKが触るも、はじききれず、そのままゴールに入っていった。
一対二。
「くそっ!」
まだ時間はある。
京南FCは最後まで攻めた。
板垣も仕掛けた。
友近も走った。
だが、二点目は奪えなかった。
そして試合終了の笛が鳴った。
◇
「負けたかー」
俺は大きく息を吐いた。
悔しい。
関西大会まで、あと一勝だった。
だが、不思議と悲観するような負けでもなかった。
相手は府一部。
京南FCは府四部。
所属カテゴリーだけ見れば大きな差がある。
それでも試合内容はほぼ互角だった。
去年より確実に強くなっている。
それは間違いない。
「板垣」
岡本さんが板垣を呼んだ。
「はい」
「お前、今日何回取られた?」
「……結構取られました」
「なんでやと思う?」
板垣は少し考えた。
「まだ技術が足りないからです」
岡本さんが黙った。
板垣は真剣な顔をしている。
冗談で言っているわけではないらしい。
「もっと練習します。二人来ても抜けるように」
岡本さんが額に手を当てた。
「……そこちゃうねん」
「え?」
「パスせぇ! 味方使え!」
前にも聞いた気がする。
板垣は怒られている理由が、まだ完全には分かっていないようだった。
長谷川がフォローするも、すぐに改善しそうにはなかった。
今日の試合を見て、一つだけはっきりしたことがある。
友近は京南FCの中心になっていた。
俺は少し離れたところでチームメイトと話している友近を見る。
今年の友近は、何かが違う。
そのときの俺は、まだそれが何につながるのかまでは考えていなかった。
全国社会人サッカー大会京都予選。
京南FCはブロック決勝敗退。
関西大会には届かなかった。
リーグ戦はまだ続く。
スポンサーも増えている。
スクールも大きくなっている。
グラウンドは、少し狭くなってきた。
そしてチームには、板垣という新しい才能が加わった。
三年目。
京南FCは、俺が思っていた以上の速さで成長していた。




