2年目 第5話 五千万円の赤字
二年目のシーズンが終わった。
今日は経営会議。二年目のサッカー事業部の収支を報告する。
京南FC、サッカー事業部の二年目はかなり順調だったと思う。
でも収支はどうかというと……。
「では、次にサッカー事業部の収支について説明します」
会議室の空気が少し変わった。
俺だけではなく、日下や各部門の責任者、それに何人かの取締役も参加している。
スクリーンに映し出された数字を見る。
売上、約二千百万円。
支出、約七千三百万円。
そして――。
「事業損失は、約五千二百万円です」
「五千二百万……」
もちろんこの数字は事前に知っていた。
当初の予測よりもスクール関連が順調だったものの、結果はこの赤字だ。
説明は続く。
「売上の大部分はスクール事業です。二十会場、約二百名。月謝収入だけで年間約千九百二十万円になります」
日下が説明を続ける。
他にはスクールユニフォームやサポーターTシャツなどの売上があるが、まだ金額としては小さい。
一方で支出の大半を占めるのが人件費だ。
現在、京南FCには二十三人の社員選手がいる。
もちろん彼らはサッカーだけをしているわけではない。ノードシードの社員として、それぞれの部署でも仕事をしている。
だから給与の全額をサッカー事業部の費用にしているわけではない。
ただ、練習や試合、スクール、地域活動に使っている時間、その間に周囲の社員が仕事を補っていることなども考え、社員選手の人件費の半分をサッカー事業部の負担としている。
そこに岡本監督や、隠岐、伊東、佐藤さん、篠宮さんたち、兼務で関わっている社員の人件費。
グラウンドや照明の維持管理費。
試合や大会への参加費、移動費。
ユニフォームやボールなどの用具費。
スクールの運営費。
そういったものを全部合わせると、年間約七千三百万円になる。
「質問してもよろしいですか」
一人の取締役が手を上げた。
「もちろん、どうぞ」
「この五千二百万円は、いつ回収する予定ですか?」
俺はすぐには答えられなかった。
「……いつ、ですか」
「はい」
別に責めるような口調ではない。
彼はこの事業に反対しているわけじゃない。
事業として評価するために質問しているんだろう。
だからこそ、俺もちゃんと答えないといけない。
「サッカー事業部については、以前から説明している通り、単純な収支だけで判断するものではないと考えている。
スクールを通じた地域への貢献や、京南FCとして活動することでの宣伝効果もある。採用面では京南FCをきっかけにした応募も、数件だが存在している」
俺は続けた。
「AIトレーナーもそうだ。実際に選手たちが使うことでデータを集められているし、商品化についても動いているところだ」
取締役は俺の話を黙って聞いていた。
そして、少し考えてから口を開いた。
「それらに価値がないと言っているわけではありません」
俺はその言葉を聞いて、少しだけ身構えていた肩の力を抜いた。
「むしろ、スクールは二年目で二百人まで増えている。年間で二千万円近い売上になっているのですから、これは立派な成果だと思います」
「ありがとうございます」
「ですが」
やっぱり続きがあった。
「今、社長がおっしゃった効果は、具体的な数字にできますか?」
「具体的な数字か……」
「そうです。私も価値があると思います。
ですが、社員や株主に説明するためには数字が必要です。
見込みや想定でもいい。数年以内にこれくらい、実際はどうだったのか、という数字が要ります」
確かにそうだ。でも今は答えられない。
俺は京南FCを作ってから、いろいろなものが変わったと感じている。
スクールで子どもたちと接するようになった。
地域のイベントにも呼ばれるようになった。
会社の中でも、京南FCの試合結果を気にしてくれる社員が増えた。
でも、それが数字としていくらの価値なのかと聞かれたら――。
「現時点では数字として出せる状態ではないな。すまない」
正直に答えた。
取締役は頷いた。
「五千万円を使うなと言っているわけではありません」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「五千万円を使うのであれば、それによって会社に何をもたらしているのかを示してほしいと言っているんです」
「……はい、そうだな」
もっともな指摘だ。サッカーの成績が順調だったので、このあたりがおろそかになっていた。
「もう一ついいですか?」
「どうぞ」
「来年、京都府四部に昇格しますよね」
「はい」
「支出は減りますか?」
「府リーグの間はほとんど変わらない見込みだ。
ただ、その上に上がると増えると思う」
「そうですよね」
四部に上がれば終わりではない。
俺たちは、その先を目指している。
三部、二部、一部。
さらに、その先の地域リーグへ。
上に行けば行くほど、設備や遠征費など、より多くの費用がかかるようになる。
スクール事業なども増えていく想定だが、収入の増加が支出の増加を上回るペースになるのかは分からない。
つまり赤字については、今が一番小さい可能性だってある。
「社長が本気でこの事業を育てるのであれば、サッカー事業部自身でも外から収益を得る方法を考えるべきだと思います」
俺はスクリーンに映っている数字を見た。
売上、約二千百万円。
支出、約七千三百万円。
事業損失、約五千二百万円。
「分かった。考えるよ」
会議が終わった後も、俺はしばらく考えていた。
「具体的な数字か……」
地域貢献によって具体的に何円になった、なんて出しようがない。
出せたとしても、それは根拠がない数字だろう。
地域貢献によって京南FCの認知が上がり、スクール生が何人増えて、収入が何円増えた。
というふうに根拠がないと意味がない。
つまり、地域貢献によって具体的に収入を得ないといけない。
「……スポンサーか?」
俺が呟くと、日下がこちらを見た。
「それも一つでしょうね」
スポンサーか。
京都府四部のクラブにスポンサーになってくれる会社なんてあるんだろうか。
今度、隠岐、岡本さん、伊東、佐藤さんを交えて話を進めてみよう。
社長の俺が最初からスポンサーになるほど価値がないと断言しちゃうのは違うからな。
今まで続けてきた、この京南FCの二年を評価してくれる会社はあるはずだ。
ただ、その前にやっておきたいことがあった。
あまり気は進まないが、きっと選手のためにもなることだ。
数日後。
練習が終わった後、俺は選手とスタッフに集まってもらった。
「今日はちょっと会社の話をします」
選手たちが俺を見る。
「この前、二年目のサッカー事業部の収支が出ました」
「友近、収支はいくらくらいだと思う?」
「え、スクール生が多いから一千万くらいの黒字じゃないですか?」
「違う、全然違うぞ」
「えー、マジですか」
少し笑いが起こる。
さすがに友近にこの質問をするのは難しすぎたかな。
でも選手みんなの顔を見ていても、似たような反応だ。
それは当然だ。今までこんな話はしたことがなかったのだから。
ちゃんと伝えていなかった俺の責任だな。
俺は少し間を置いた。
少し空気が重くなる。
「だいたい五千二百万円の赤字です」
「えっ」
「そんなに?」
何人かが顔を見合わせた。
友近が目を丸くしている。
「まあ、別に五千万円をお前らで返せって話じゃないから安心してくれ」
「ただ、知っておいてほしいんだ」
選手たちを見る。
「会社が、みんなに何を託してるのか」
誰も喋らなかった。
「みんなはノードシードの社員として給料をもらってる。その中で練習する時間を作って、試合にも出る。スクールで子どもたちを教えるのも仕事としてやってもらってるし、地域のイベントにも参加してもらってる」
俺は一度言葉を切った。
「サッカーだけしてればいい、とは思わないでほしい」
何人かが小さく頷いた。
「もちろん、試合には勝ってほしい。上にも行きたい。俺だってそのつもりで京南FCを作った」
京都府六部から始めて、五部まで来た。
来年は四部だ。
「でも、京南FCが会社のサッカー部である以上、試合に勝つことだけが仕事じゃない」
スクールで子どもを教えること。
地域の人と関わること。
ノードシードの社員として働くこと。
その全部を含めて、京南FCだ。
「会社が五千万円使ってるから、五千万円分働けって話でもないからな」
「ただ、君たちにそれだけ会社は投資している、期待している、ということを理解したうえで仕事に取り組んでほしい」
全員の顔が変わった。
俺の言わんとするところが伝わったんだと思う。
「それがプロになるってことだと思う」
友近がはっとした顔をしている。
「ああ、別にJFリーグでプレーするとか、そういう意味じゃないぞ」
少し勘違いされそうだったので付け加える。
「サッカーを仕事として任されて、そのために給料をもらって、会社に環境まで用意してもらってる。だったら、カテゴリーが府六部だろうが四部だろうが関係ない。俺はそれをプロだと思ってる」
長谷川も他の選手も大きく頷いている。
「だから、サッカーだけ上手ければいいって話じゃない。期待されてることに、ちゃんと応えてほしい」
俺が言いたかったのは、そういうことだ。
「みんな分かったか?」
「「「はい!!!」」」
良い返事だ。いい選手がそろったことに改めて感謝する。
五千二百万円。
数字だけを見れば、ただの赤字だ。
でも、俺はそれをただの赤字にはしたくない。
スクールに通ってくれる子どもが増えた。
地域のイベントに呼んでもらえるようになった。
会社の社員が試合結果を気にしてくれるようになった。
京南FCに入りたいと言ってくれる人も現れた。
数字にできていないだけで、この二年間で生まれたものは確かにある。
だからこそ、それを「数字にできません」で終わらせるわけにもいかない。
来年からは京都府四部。
チームを強くする。
地域とのつながりも増やす。
そして、京南FC自身でも稼ぐ。
やることが、また一つ増えた。
興味のある方がいるか分かりませんが、赤字を試算したときのメモを載せておきます。
【支出試算】
① 人件費:約6,300万円
② グラウンド・設備維持:約300万円
③ 試合・大会・移動:約200万円
④ トップチーム用具・消耗品:約200万円
⑤ スクール直接経費:約150万円
⑥ 物販原価:約100万円
合計:約7,250万円
※人件費について
大卒20人を年収410万円、高卒3人を年収350万円で計算。
社員選手の年間給与総額は、
410万円 × 20人 + 350万円 × 3人
= 8,200万円 + 1,050万円
= 9,250万円
このうち半分をサッカー事業部に配賦しています。
9,250万円 × 50% = 4,625万円
さらに、
岡本さん:約700万円
隠岐・伊東・佐藤・篠宮・川崎などの兼務分:約1,000万円
として、
4,625万円 + 700万円 + 1,000万円
= 約6,300万円
としています。
【収入試算】
スクール生:200人
月謝:8,000円(出張スクールなので相場よりやや高め)
200人 × 8,000円 × 12か月
= 1,920万円
その他、
スクールユニフォーム:約160万円
(8,000円 × 200着 ※初年度なので全員購入)
サポーターTシャツ:約15万円
(3,000円 × 50着 ※社員や保護者購入分)
合計:約2,095万円
ということで、
収入 約2,095万円 - 支出 約7,250万円
= 約5,200万円の赤字
かなり恵まれている設定で書いてますが、大きな赤字だ……




