2年目 第3話 地域活動参加オファー
市役所から連絡が来たそうだ。
普段なら伊東が対応してくれるが、今回は社長に代わってほしいとのことだ。
何か手続きミスでもあったんだろうか。
少し不安だ。
「京南FCさんに、今度市が主催するスポーツイベントへ参加していただけないかと思いまして」
「うちにですか?」
「はい」
思わず聞き返してしまった。
今まではこちらから相談することの方が多かった。
京南FCとして地域で何かできないか。
サッカースクールをやりたい。
グラウンドをどうするか。
そういう話をこちらから持っていくことはあった。
でも、市役所の方から京南FCに何かをしてほしいと言われたのは初めてだ。
「もちろん参加したいのですが、日程を教えてください」
提示いただいた日付を確認する。
よし! 試合がない土曜日だ!
「参加します。よろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
「で? うちは何をしたらいいんですか?」
「後から確認ですか」
市役所の方に笑われた。
IT企業は決断の早さが大事なんだい!
「陸上競技への参加や、競技外でのちょっとしたサッカー体験などですね。競技の方は特別枠というわけではなく、通常参加の枠の中でやっていただくことを想定しています」
なるほど、それならうちに持ってこいの内容だ。
了承し、詳細は後ほど詰めることになった。
電話が終わると伊東がやってきた。
「社長、先ほどの電話、何だったんですか?」
「オファーだよ!」
「え?」
「京南市主催のスポーツイベントに京南FCで参加してもらえないか、だって」
「おお! 向こうからですか! それは紛れもないオファーですね!」
「おお! 大筋は聞いたけど、詳細はまた連絡が来るとのことなので対応お願いね」
「了解です! 盛り上げましょう!」
「任せた!」
いや、これはめちゃくちゃ嬉しい。
一年間活動してきて、少しは京南FCのことを知ってもらえたということだろうか。
こういうのは素直に嬉しかった。
イベントは京南市が主催する、市民向けの陸上イベントだった。
子どもから大人まで、市民であれば誰でも参加でき、短距離走や長距離走、リレーなどいくつかの種目がある。
京南FCからも何人かの選手が参加することになった。
せっかくなので、全員ユニフォーム姿だ。
「おお、結構人いるな」
会場に着くと、思っていたよりもたくさんの人が集まっていた。
親子連れも多い。
その中を歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「友近コーチ!」
「ん?」
友近が振り返る。
京南FCのユニフォームを着た男の子が手を振っていた。
「あ、スクールの子や」
「長谷川コーチもいる!」
その隣にも同じユニフォームを着た子がいる。
よく見ると、他にも何人かいた。
この前作ったばかりのスクール用ユニフォームだ。
「お前らも出るんか?」
「うん! 五十メートル!」
「俺、絶対一位になるで!」
「おお、頑張れよ」
「友近コーチは?」
「俺?」
友近が競技一覧を見る。
「決まってるのは百メートルだけだな。狙うは優勝だ!」
「おおー! コーチ頑張れ!」
「おう、他にもマラソンも出ようかなと思ってるぞ」
「いや、ダメだ」
「え? なんでですか、長谷川さん?」
「なんでって、お前サッカー選手だからな?」
「でも走るだけですよ?」
「その走るだけで何キロ走るつもりだよ」
「俺、スタミナには自信ありますよ」
「いや、お前、プロ意識が足りないぞ! 疲労も溜まるし、怪我したらどうするんだ!」
「え、まだプロじゃ……すみません」
ナイスだ長谷川。
長谷川も連れてきてよかった。
今日は岡本さんがご実家の手伝いで不在だったのだ。
友近は一人にすると危ないな。
「あー、友近コーチまた怒られてる〜」
「そうだ、キミたちも怒ってやってくれ」
「かんべんしてくれ〜」
と、子どもたちに笑われている。
そして百メートル走。
「友近コーチ、頑張れー!」
「ゆうしょうだー!」
「任せろ!」
スクールの子どもたちの声援に、友近が手を上げて応える。
ずいぶん余裕だな。
でもまあ、友近は速い。
サッカー選手の中でもかなり速い方だ。
俺にも数字が見えているので、それは間違いない。
ただ、友近が参加する組は全体の一番最後。
たぶん本格的に競技をやっている人たちが集まった組みたいだ。
大学陸上部のユニフォームを着た選手も何人かいる。
これは優勝は難しそうだな……。
スタートの合図が鳴る!
が、友近は他の参加者よりも少し遅れてのスタートになった。
そりゃクラウチングスタートなんて練習してないからな。
しかし、友近も持ち前のスピードで追いすがる!
おお、ジリジリと追い上げている。
と思ったら、後半は他の選手の方が速かった。
やはり陸上の走りとサッカーの走りでは違うんだろうな。
結果、友近は三着だった。
「くっそー!」
「友近コーチ負けたー!」
「うるさい! 俺も速かったやろ!」
三位でも十分すごいと思うが、子どもたちには分からないみたいだ。
「来年こそは優勝するぞ!」
「コーチ、来年も出るの?」
「コラ、勝手に約束すんな。来年も出られるか分からないぞ」
「あ、そうですね。じゃあ来年は、試合がなければ参加して優勝するぞ!」
わざわざ言い直すなよ。
でも、これがきっかけでスピードがまた伸びたら面白いな。
俺たちが参加したのは競技だけではない。
イベント会場の一角を借りて、簡単なサッカー体験もやることになっていた。
小さなゴールを置いて、選手とパスをしたり、シュートをしたりする。
普段スクールでやっていることを、もっと簡単にしたようなものだ。
スクールに参加できない年齢の小さな子どもから、京南市在住の外国人の方まで参加者はいろいろだ。
ルールは決めず、短い時間で少しでもサッカーの楽しさに触れてもらう。
それを順繰りに繰り返していく。
「よーし、ボールをよく見て、足にポーンと当てるんだ」
「いくで!」
「おお! 上手いやん!」
「がんばれー!」
子どもたちの声が響く。
長谷川も田中も子どもの対応に慣れていて、さすがだ。
篠宮さんもパシャパシャ写真を撮りまくっている。
あの子はもう、いるのが当たり前になっているな。
「こちらのチームって、小さい子ども向けのサッカースクールもやってるんですか?」
子どもを連れてきていたお母さんに何度か聞かれた。
ふふふ、こういう時の備えはバッチリだぜ。
「京南FCって言うんですわ〜。今は市内の保育園、幼稚園では十か所くらい定期的にやらせてもらってます」
ゆけ、僕のあいぼうの隠岐!
こんなこともあろうかと、今日は隠岐も連れてきていたのだ。
営業部に引っ張りだこな隠岐だが、この手の重要なイベントの時はこっちを優先してもらっている。
「そんなにあるんですか?」
「はい。いろいろやらせてもらっています。幼稚園の敷地を使わせてもらっているので、送り迎えが楽だと好評をいただいています」
あとはこいつに任せておけば安心だな。
「この子、今日楽しかったみたいで」
横を見ると、その子は選手からボールを受け取って、もう一度列に並んでいた。
「おお、喜んでもらえたら来た甲斐がありましたわ〜。出張スクールの体験イベントもあるので、よかったらご検討ください」
そう言ってチラシを渡している。
完璧だ。
ほんとすごいな。
営業部の新入社員研修はこいつにやらせようかな。
別に今日はスクールの宣伝をしに来たわけではない。
でも、こういうところから京南FCを知ってくれる人もいるんだな。
サッカーに興味がなかった人にクラブを知ってもらう。
それも地域で活動する意味の一つなのかもしれない。
イベントの邪魔にならないように、しっかりアピールしよう。
イベントへの参加は好評だったらしい。
その後、市役所から少しずつ別の相談も来るようになった。
地域のイベント。
清掃活動。
高齢者施設への訪問。
もちろん、全部に参加できるわけではない。
俺たちにはリーグ戦もあるし、練習もある。
選手にはノードシードの仕事だってある。
それでも、予定が合うものにはできるだけ参加するようにした。
初回はなるべく社長の俺も参加している。
その一つが、市内にある老人ホームへの訪問だった。
何人かの選手と一緒に施設へ行く。
今回も京南FCのユニフォーム姿だ。
施設の中に入ると、職員さんに案内されて広い部屋へ通された。
「今日はサッカー選手の京南FCの皆さんが来てくれましたよ」
「おお」
何人かのお年寄りがこちらを見る。
その中の一人のおじいさんが、長谷川のユニフォームを見て嬉しそうに言った。
「ヴァイオレット京都の選手か!」
「え?」
長谷川が固まった。
「ヴァイオレット京都やろ?」
「あ、いえ。京南FCです」
「京南?」
「はい。京南FCです」
「京都のチームか?」
「そうです」
「ほなヴァイオレット京都やないんか?」
「違います」
話が戻った。
これは強敵だ。
「ほな、何なんや?」
「はい、我々は京都府五部に所属するサッカーチームの京南FCです」
「五部?」
「はい」
「JFリーグってそんなにあるんか」
「いえ、違うんです。JFリーグのその下の、その下の……」
これは難しいぞ。
おじいさんはしばらく考えていた。
「まあ京都のチームなんやな」
「京南のチームです」
「そうかそうか、京南か」
分かってくれたのかは怪しい。
それでも、その後は選手たちに昔のサッカーの話をしてくれたり、一緒に写真を撮ったりして楽しんでくれた。
帰るころには、
「京南やったな。また来てや」
と言ってくれた。
今度はちゃんと覚えてくれていた。
ヴァイオレット京都と間違えられる。
まあ、今の俺たちはそんなものだ。
京都府五部。
京南市でも、まだ知っている人の方が少ないだろう。
いつか最初から、
「京南FCや!」
と言ってもらえるようになったらいいな。
地域活動が増えてくるのに合わせて、ルールも整備する。
地域活動はもちろん大事だ。
ただ、優先順位で言うと、本業の仕事──ITとサッカーの両方だ──の方が大事だ。
なので、地域活動の基本は土曜日、それも試合がない週に限定する。
もちろん基本なので、よっぽど大事なことがあれば、それは考慮して調整する。
試合がない土曜日の午後に入れるのが一番の理想だ。
土曜日は午前中に練習、午後から地域活動。
それならスケジュールも組みやすい。
そして地域活動に参加した場合、月曜日は一日休みだ。
地域活動に参加した場合は一日休み、通常練習だけなら半日休み。
実に分かりやすい。
このルールで監督や長谷川からもOKが出た。
改めて京南FCの予定表を見る。
リーグ戦。
練習。
サッカースクール。
スクール同士の交流試合。
市のイベント。
地域活動。
一年前より、ずいぶん予定が増えた。
サッカークラブを作ったんだから、最初はサッカーのことばかり考えていた。
試合をして、勝って、上のリーグへ行く。
もちろん、それは今でも大事だ。
でも、それだけじゃないらしい。
一年前は、俺たちの方から地域に入っていこうとしていた。
それが今では、少しずつ向こうから声をかけてもらえるようになっている。
まだ京都府五部。
ヴァイオレット京都と間違えられるようなクラブだ。
それでも。
少しずつ京南FCは、この街のサッカークラブになり始めているのかもしれない。




