2年目 第2話 初めてのエンペラーカップ予選
スクール用のユニフォームを作ることになった。
なった、というか以前から話は出ており、裏で動いていたのだ。
スクールも二十か所まで増えた。
月に一回程度とはいえ、スクール同士の交流試合もやっている。
保護者や子どもたちからもユニフォームが欲しいと要望いただくこともある。
どうせ作るならと、トップチームと同じデザインにした。
ただ選手たちが試合で使っているものと同じ素材ではなく、子ども向けの肌に優しい素材だ。
汚れに強く、何度洗濯してもヨレヨレになりにくい。
子どもが使うなら、たぶんこっちの方が重要だ。
ユニフォームの完成と共に、今後はスクールに入るときに購入必須になる。
それだけでもちょっとした売上になるな……。
でも金勘定だけが目的ではないので、できるだけ負担が大きくならないように価格も抑えた。
子どもの成長と共に買い直したりすることもあるだろうし。
ちなみにソックスも同じ色のものを購入可能にした。
ただソックスは消耗品だし、こっちは必須じゃなくて好きなものを履いてもOKにしている。
完成したユニフォームを各スクールに持っていってもらうと大好評だったらしい。
「トップチームと一緒や!」
「これ試合でも着ていいの?」
「もちろん。そのために作ったんだから」
「ぼく、何番?」
「わたし、長谷川コーチと同じ番号がいい!」
「俺は友近コーチ!」
「ごめんな。背番号はないねん」
「えー!」
分かりやすく不満そうな声が上がった。
「なんで!?」
「スクールのユニフォームだからな。みんな同じやつや」
「番号あった方がかっこいいのに!」
「それは分かるけど」
などと報告があった。
各所で似たような反応だったらしい。
気持ちは分かる。
自分が子どもの頃だったら、たぶん同じことを言ったと思う。
ただ、スクール生一人ひとりに背番号を割り当てるつもりはない。
背番号が被ってもややこしいし、僕の背番号は156番です! なんてのも可哀そうだ。
背番号は外部とも試合をするジュニアチームを作ることになったら、かな。
何はともあれ、子どもたちにはユニフォームは大好評だった。
いつも以上に楽しそうにサッカーをしているとのことだ。
忘れちゃった子が泣いてしまうほどに……。
そして、ユニフォームを作って最初の交流試合。
子どもたちは嬉しそうに新しいユニフォームを着てグラウンドに並んでいた。
トップチームと同じデザインのユニフォームを着た子どもたちが、何十人もいる。
なかなかいいな。
一年前にはなかった光景だ。
「じゃあ、こっちのチームはビブス着てな」
審判担当だった田中が片方のチームにビブスを配る。
「えー!」
すぐに不満の声が上がった。
「なんで!?」
「いや、なんでって……」
田中が困った顔をする。
「同じユニフォームやから、そのまま試合したらどっちが味方か分からんやろ」
「ビブス着たくない!」
「ユニフォームのままがいい!」
「せっかく今日初めて着たのに!」
なるほど。
そこまで考えてなかった。
確かにスクール同士の試合だから、両チームとも京南FCのユニフォームだ。
ホームもアウェイもない。
「社長、どうします?」
「どうするって言われてもなあ」
トップチームみたいに、色の違うアウェイユニフォームを作るか?
いやいや。
スクールで二種類のユニフォームを買ってくださいというのは、さすがに保護者の負担が大きい。
「ビブスでいいんじゃない?」
「嫌や!」
「なんで俺らだけ!」
俺が言った瞬間、子どもたちから抗議された。
「じゃあ、じゃんけんで決めるか」
「じゃんけん?」
「負けたチームがビブス」
「やる!」
「絶対勝つ!」
さっきまで試合前だったはずなのに、急にじゃんけん大会が始まった。
ユニフォーム姿のまま試合をするために、サッカー以上に真剣な顔をしている。
漫画だったら、このじゃんけんだけで一話使いそうなくらいみんな真剣だ。
「グー!」「パー!」
結果が決まった。
「うわあああ!」
「よっしゃあ!」
勝った方は、まるで試合に勝ったかのように喜んでいる。
「まだサッカー始まってないぞ」
結局、負けたチームは渋々ビブスを着た。
今のところは、これで我慢してもらおう。
ユニフォームを作ったことで、もう一つ予想していなかったことが起きた。
保護者から問い合わせが来たのだ。
「応援に行くときに着られるTシャツとかってないんですか?」
最初に聞いたときは、何のことかと思った。
「京南FCのですか?」
「はい。子どもがユニフォームを着てるじゃないですか。トップチームの試合を見に行くとき、親も何か着られたらいいなと思って」
グッズか。
そういえば、そんなものは一つも作っていない。
今まで考えたこともなかった。
俺たちはまだ京都府五部のクラブだ。
グッズを売るようなクラブという感覚が、俺自身になかった。
でも、欲しいと言ってくれる人がいる。
それなら作ってみてもいいかもしれない。
いきなり何種類も作る必要はない。
まずは京南FCのロゴが入った、紫色を基調としたシンプルなTシャツを作ってみることにした。
すると、スクールの保護者だけではなく、会社の社員も何人か買ってくれた。
次のホームゲームでは、そのTシャツを着て応援している人もいた。
人数としては、まだほんの少しだ。
それでも、グラウンドの外に京南FCのロゴが見える。
子どもたちは京南FCのユニフォームを着てサッカーをしている。
その親が京南FCのTシャツを着て試合を見ている。
少しずつだけど、クラブらしくなってきたのかもしれない。
話は前後して、二年目の京南FCが今年初めて挑戦する大会があった。
エンペラーカップ。
プロから大学、社会人、地域のクラブまでが参加する。
ある種、真の日本一のチームを決める全国大会だ。
──といってもJFリーグが出来て以降、プロ以外が優勝したことはないが。
もちろん、俺たちのような府リーグのクラブが、いきなり全国大会に出られるわけではない。
まずは京都府の予選を勝ち上がらなければならない。
その先まで勝ち続ければ、京都府代表として本大会に出場できる。
そして本大会まで進めば、JF1やJF2のプロクラブと公式戦で戦う可能性もある。
何年かに一度、大学のチームや社会人チームがプロを破ることもある。いわゆるジャイアントキリングだ。
サッカーが好きな俺としては、それだけでも少しワクワクする大会だった。
去年はクラブを立ち上げた時期や登録の関係もあって参加できなかった。
だから京南FCにとっては、今回が初めてのエンペラーカップ予選になる。
「JF1とも試合できるんですよね?」
練習後、佐藤さんが聞いてきた。
「そこまで勝ったらな、だな」
「何試合勝てばいいんですか?」
「まず京都で勝たないとダメだよ」
「じゃあ勝ちましょう」
「自分は出ないくせに、簡単に言うなあ」
府五部のリーグ戦とは違う。
予選には、俺たちより上のカテゴリーで戦っているクラブも出てくる。
強豪の大学チームもいる。
どこまで行けるのか、俺にも分からない。
でも、せっかく出るなら一つでも多く勝ちたい。
初戦、相手は府リーグの三部に所属する社会人チームだった。
いつものリーグ戦とは違う大会ということもあって、俺は少し緊張していた。
ただ、選手たちの大半は大学時代に出場していたのだろう。あまり緊張していないようだ。
友近は初出場のはずだが、緊張した様子は見られない。
こいつは緊張することはあるんだろうか?
試合が始まると、序盤こそ少し硬さが見えたが、徐々に京南FCのペースになっていった。
そして前半。
中盤でボールを奪った長谷川が前を見る。
その瞬間、友近が走った。
「友近!」
長谷川から縦にボールが入る。
フォワードの渡部が敵DFの裏にそらすと、オーバーラップしていた友近が飛び込んだ。
去年だったら、ここでトラップミスをしていたかもしれない。
でも、今日は違った。
ボールは足に吸い付くとは言わないまでも、コントロール可能な位置にトラップできた。
そのままペナルティエリアへ入ってシュート。
宇宙開発ではなく、ゴールネットが揺れた。
「よっしゃ!」
友近が拳を握る。
俺も思わず立ち上がっていた。
「いいぞ、友近!」
初めて生で友近のゴールを見た。
こいつ上手くなってないか?
その後も京南FCは追加点を奪い、初戦を勝った。
エンペラーカップ予選、初勝利だ。
「友近、良くなってますね」
試合後、岡本さんに言った。
「せやな。身体の使い方がだいぶ分かってきたな。
それだけやない。ボール受ける前に周り見るようになってきとる」
やっぱり岡本さんも感じていたらしい。
俺には友近の数字が見える。
加入したときから、将来的にかなり伸びる可能性があることは分かっていた。
でも、最大値が高いからといって、必ずそこまで伸びるわけではない。
実際にどう成長するのかは、本人次第だ。
その友近が、少しずつ数字に追いつき始めている。
「まだまだやけどな」
「ですね」
今の友近が、飛び抜けた選手というわけではない。
長谷川たちの方が安定している部分も多い。
でも、一年前とは明らかに違う。
十九歳。
まだまだ伸びる年齢だ。
これからどうなるのか。
少し楽しみになってきた。
京南FCは次の試合も勝った。
リーグ戦とは違う相手と戦うのは面白い。
普段なら対戦することのないチームと、一発勝負で戦う。
負ければ終わり。
選手たちにも良い経験になっていると思う。
ただ、勝ち上がれば当然、相手も強くなる。
そして次の試合。初めて地域リーグの相手との試合だ。
「やっぱり上には上がいるな……」
試合を見ながら、思わず呟いた。
何もできないほどの差ではない。
でも、相手の方が一つ一つのプレーが速い。
こちらが少し判断に迷っただけで、その時間を使われる。
リーグ戦では通用していたプレーが、同じようには通用しない。
それでも京南FCは食らいついた。
長谷川が中盤で走り回り、守備陣も身体を張る。
友近も守備、攻撃で駆け回った。
そして後半。
友近が中盤のいいところでボールを奪う。
「行け!」
俺も声を上げる。
友近がシュートを打つ、と見せかけて渡部へパスだ!
だが、渡部には合わず、そのまま敵ゴールキーパーにキャッチされた。
「くっそ!」
キャッチを見るや否や猛ダッシュで自陣に戻る。
その後も何度か攻め上がったが、追いつくことはできなかった。
試合終了の笛が鳴る。
京南FCにとって初めてのエンペラーカップは、京都府予選の途中で終わった。
選手たちは悔しそうだった。
友近も、さっきの惜しかったシーンが頭に残っているのか、しばらくグラウンドを見ていた。
「友近」
「はい」
「惜しかったな」
「……勝ちたかったです」
「また来年だな」
「はい」
友近が頷く。
その横で、対戦相手のスタッフらしい人たちが話している声が聞こえた。
「あのボランチ、若いんか?」
「十九らしいですよ」
「十九?」
俺は思わずそちらを見る。
二人は友近の方を見ていた。
それだけだった。
声をかけてくるわけでもない。
何かが起きたわけでもない。
それでも、少しだけ嬉しかった。
俺や岡本さんだけじゃない。
相手から見ても、少し気になる選手になってきたということだろうか。
初めてのエンペラーカップ予選。
結果は京都府予選敗退。
もちろん悔しい。
でも、府五部のリーグ戦だけを戦っていたら分からなかったこともたくさんあった。
上には、まだまだ強いチームがいる。
俺たちも、もっと強くならないといけない。
そして、選手たちも成長している。
帰り際、友近が岡本さんに捕まっていた。
「友近。明日の練習、さっきの場面からやるぞ」
「はい!」
「パスするときに悪い癖がまた出ていたぞ」
「えっ!? マジですか!?」
「来年は勝つぞ!」
「はい!!」
どうやら、落ち込んでいる暇はなさそうだ。
来年、もう一度ここへ来よう。
そのときは、今年よりもう少し先まで。
京南FCの初めての挑戦は、そんな終わり方だった。




