2年目 閑話 マネージャーは募集してますか?
京都府五部のリーグ戦が始まってから、しばらく経った。
今のところ京南FCは順調だ。
六部より相手が強くなったのは間違いない。
ただ、去年までとはまるで違う、というほどではなかった。
簡単に勝てる試合ばかりではないが、一年間での連携の成熟や選手たちの成長もあり、去年以上のペースで勝ち点を積み上げられている。
順位も首位。
去年は一試合勝つたびに、俺までかなり興奮していた気がする。
今も勝てばもちろん嬉しい。
でも試合が終われば、すぐに次の試合のことを考えるようになった。
これも慣れということなんだろう。
そんなある日。社長室で仕事をしているとノックがあった。
「どうぞ」
返事をすると、佐藤さんが女性社員と一緒に入ってきた。
なんだか珍しいな。佐藤さん一人ならサッカー事業部のことでよく来るんだが。
「社長、少しよろしいでしょうか?」
むむ、佐藤さんからなんだか圧を感じる。
なんだろう。以前の食事の件はもう一緒に行ったぞ。
「いいよ。どうしたの?」
「京南FCのマネージャーをやりたいと、こちらの宮田さんが言っておりまして」
「マネージャー?」
全く予想していなかったので、ちょっと間抜けなオウム返しの質問をしてしまった。
宮田さんがずいと前に出てくる。
「はい、サッカー部のマネージャーです」
言われてみれば、京南FCにはいわゆるマネージャーはいない。
岡本さんが監督。
隠岐がスカウト。
伊東や佐藤さんたちも必要に応じて運営を手伝っている。
でも、学生のサッカー部にいるようなマネージャーはいなかった。
というか、プロサッカーチームにマネージャーと呼ばれるようなポジションの人っているんだろうか?
「募集はしてないけど……どうして?」
「はい、私、学生のときにサッカー部のマネージャーをやってたんです。
最近、会社でも京南FCの話を聞くことが増えたじゃないですか。試合とかスクールとか。
それで私も試合を見に行ったんですが、サッカー部のみなさんが楽しそうで、またやりたいな、と」
おお、一気に喋ってくれた。
「なるほど」
これは考えたことがなかった。
「ちょっと考えてみてもいい?」
「もちろんです」
「分かった。ありがとう」
彼女は軽く頭を下げて、自分の仕事へ戻っていった。
佐藤さんはなぜか残っているので聞いてみる。
「佐藤さんもマネージャーいた方がいいと思う?」
「知りません」
「ん? 知らないってことはないだろ」
「ご自身でお考えください」
そう言って退出していった。いったい何なの?
それにしてもマネージャーか。
その日の練習後。
「そういえばさ」
選手たちが片付けをしているところで、何となく話してみた。
「マネージャーやりたいって社員がいるんだけど」
「マジですか!?」
思ったより大きな声が返ってきた。
「マネージャー来るんですか?」
「うちにもついにマネージャーが!」
「いや、まだ何も決まってないから」
何人かの選手が明らかに浮かれている。
逆に、長谷川たちはそれほどでもない。
「そんなにマネージャー欲しかったの?」
「欲しいですよ!」
「なんで?」
「なんでって……マネージャーですよ?」
「答えになってないけど」
「俺、今までマネージャーがいてくれたことないんですよ!」
「俺も!」
「ちょっと憧れるじゃないですか!」
どうやら特に盛り上がっているのは、学生時代にマネージャーがいなかった選手らしい。
逆に、強豪校や大学でマネージャーがいる環境を経験してきた選手は比較的冷静だった。
「マネージャーがいたら何してほしいの?」
「そりゃ……」
急に止まった。
「ドリンクとか?」
「今、自分で用意してるよね」
「タオルとか?」
「自分で持ってこいよ」
「練習の準備とか!」
「それも今みんなでやってるよね」
「……でも、マネージャーってええやないですか」
「結局それかよ」
具体的に何をしてほしいのかは分からないが、いてほしいのは確からしい。
会社に戻って考える。
最初は、やってもらってもいいんじゃないかと思っていた。
本人がやりたいと言っている。
選手たちも、よく分からない理由で喜んでいる。
マネージャーがいれば、助かることもあるだろう。
でも改めて考えてみると、少し引っかかった。
そもそも、何をしてもらう?
練習の準備は選手たちでやっている。
用具の管理も今のところ問題ない。
試合に関する手配には既に担当している社員がいる。
スクールも選手たちを中心に回っている。
もちろん、人が増えれば楽になる仕事はいくらでもある。
でも、マネージャーとして一人分の仕事があるかと言われると、今の京南FCにはまだない。
それに、彼女は今もノードシードの社員として自分の仕事をしている。
マネージャーをやってもらうなら、その時間をどうする?
今の部署と兼務する?
仕事が終わってから練習に来てもらう?
休日の試合にも来てもらう?
本人がやりたいと言っているんだから、ボランティアか?
一瞬、そんな考えも浮かんだ。
「……いや、違うな」
選手たちは仕事としてサッカーをしている。
岡本さんも仕事として監督をしている。
サッカースクールだって仕事だ。
それなのに、マネージャーだけはサッカーが好きだから無償でお願いします。
それは違う気がする。
手伝ってもらえたら助かる。
でも、助かるという理由だけで人の善意に頼るのは違う。
今の京南FCには、まだ専任のマネージャーを置くほどの仕事がない。
だったら、今は募集するべきじゃない。
後日、宮田さんに改めて時間を取ってもらった。
「この前のマネージャーの話なんだけど」
「はい」
「考えたんだけど、今は募集しないことにした」
「あ……そうですか」
少し残念そうだった。
「ごめんね。ただ、やってほしくないわけじゃないんだ」
「はい」
「今の京南FCだと、マネージャーだけで一人分の仕事を作れないんだよ」
俺は考えたことをそのまま説明した。
今のところは、選手や既存のスタッフで回せている。
「だからって、今の仕事をやりながら、仕事が終わった後とか休日に無償で手伝ってもらうのも違うと思ってる」
「私は、それでもいいんですけど」
「うん。そう言ってくれるのはありがたい。でも、選手たちは仕事としてサッカーをしてるから」
彼女だけをボランティアにするのは、やっぱり違う。
「もっとクラブが大きくなって、本当にマネージャーが必要になったら、そのときはちゃんと仕事として募集するよ」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃあ、そのときは応募していいですか?」
「もちろん」
彼女が笑った。
「分かりました。それまでは普通に応援します」
「ぜひお願いします」
少し申し訳なかったけど、これでいいと思う。
今はまだ、その時期じゃない。
次の府五部の試合。
グラウンドの外を見ると、見覚えのある顔があった。
宮田さんだ。
本当に応援に来てくれている。
他にもスクールの子どもたちや、その保護者。
会社の社員。
去年より、少しずつ見に来てくれる人が増えている。
試合は今日も京南FCが勝った。
これでまた一つ、勝ち点を積み上げた。
練習の日、俺は選手たちにも結論を伝えた。
「ということで、今回はマネージャーを置かないことにしたよ」
「そうですか……」
露骨に残念そうな声が上がった。
「そんなに落ち込む?」
「楽しみにしてたのに……」
「まだ何も決まってなかっただろ」
「じゃあ、マネージャーはずっとなしですか?」
「いや、ずっととは言ってないよ」
俺は首を振った。
「今の京南FCでは、専任のマネージャーを置くほどの仕事がないってだけ。もっとクラブが大きくなって、本当に必要になったら、そのときはちゃんと募集するつもり」
「もっと大きくなったら?」
「うん。選手だけじゃ回らないくらいになったらね」
何人かが顔を見合わせた。
「じゃあ、早く上がりましょう」
「え?」
「今年五部優勝して、来年四部。その次も上がっていけばいいんですよね?」
「まあ……そうだけど」
実際はもっと上のカテゴリーにならない限り必要ないと思うが、水は差さない。
「よし!」
「頑張ろうぜ!」
急にやる気を出した。
「お前ら、マネージャー欲しさに昇格する気か?」
「いえ、もちろんプロになるためです!
でもオマケの理由があったっていいじゃないですか!」
すると、話を聞いていた岡本さんが笑った。
「ほな、今日はいつもより走れるな?」
「……それとこれとは別です」
「一緒や! 走れ!」
「うわっ!」
選手たちがグラウンドへ走っていく。
まあ、理由はともかく、やる気が出たならいいか。
府五部で優勝し、四部、三部、その先へ進んでいく。
そうすれば、選手だけではクラブを回せなくなる日が本当に来るのかもしれない。
そのときは、今日みたいにやりたいと言ってくれた人を、ちゃんと仕事として迎えられるクラブにしたい。
そのためにも、まずは今年だ。
「よし、五部優勝するぞ!」
「おお!」
さっきまでより明らかに声が大きかった。
マネージャー効果、恐るべし。




