2年目 第1話 京南FCに入りたいです
年が明けた。
京南FCにとって、二度目の年が始まった。
昨年は京都府六部を優勝し、今年からは府五部で戦う。
とはいえ、年が変わったからといって何かが劇的に変わるわけではない。
選手たちは正月休みを終えると普通にノードシードへ出社し、仕事を再開した。
サッカーの方も同じだった。
「休んだ分、しっかり戻していくぞ!」
年明け最初の練習から、岡本さんの声がグラウンドに響いている。
一年間一緒にやってきたことで、岡本さんも選手それぞれの特徴が分かっている。
選手個々への細かい指導も多くなってきていた。
トレーニングルームではAIトレーナーも引き続き使われている。
こちらも一年分のデータが蓄積され、伊東たちが少しずつ改良を続けている。
最近では京南FCの選手だけではなく、普通の社員が使っている姿も珍しくなくなった。
特に筋トレ部の連中は、選手より熱心なんじゃないかと思うことすらある。
もちろん、友近も相変わらずだった。
「友近! 最後まで落とすな!」
「はい!」
グラウンドの端を走っている。
去年の春と比べれば、身体つきもプレーも変わった。
ただ、どこまで伸びるのかはまだ分からない。
俺に見える最大値が高いからといって、必ずそこまで伸びるわけではない。
それは、この一年で俺自身も改めて感じていた。
サッカースクールも冬だからといって止まってはいない。
昨年末から定期開催するスクールはさらに増え、今では二十か所になっている。
これ以上増えるなら、スクール用のスタッフを増やすことも考えないといけないくらい好評だ。
春から新しく始めたいという問い合わせも来ている。
選手たちにとっても、仕事をして、練習をして、スクールへ行く生活が当たり前になりつつあった。
また、チームのグラウンドで始めたスクール同士の試合も、今ではほぼ月に一回の定期開催になっている。
子どもたちや保護者から非常に好評で、またやってほしいという要望が多かったためだ。
参加は希望制にしているが、毎回ほとんどの子どもが参加している。
やはり、いつも一緒に練習しているスクールの子とチームを組んで、他のスクールと試合をするのは楽しいんだろうな。
勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。
ただ、コーチからはあまり口を出さないようにしている。
勝ち負けだけではなく、まずはサッカーを楽しんでもらうことが目的だからだ。
スクールからとんでもない才能を持った子が出てきたら、それはそれで面白いとは思う。
でも、それが目的になったら違う気がする。
今のところ、スクールの子どもたちの能力を見るのはなるべく自重していた。
スクールではサッカーを楽しんでもらう。
そのスタンスが選手たちにも広まっているのは安心した。
ただ最近は、スクール同士だけじゃなく、外部のチームとも試合をしたいという声がちらほら出てきている。
こっちも、そのうち考えないとな。
そして四月。
ノードシードに新しい社員が入ってきた。
京南FCにも、昨年のうちに加入が決まっていた二人の大学卒業選手が加わった。
これで選手は二十三人。
加入した二人は今のところ研修中だ。
最初は仕事とサッカーを両立する生活に慣れないと思うが、去年の先輩たちからもらったフィードバックをもとに、研修のカリキュラムやサポートも改善している。
去年より早く慣れてくれたらありがたい。
まあ、俺たちもまだ始めて二年だ。
いろいろ試してみよう。
そして京都府五部のリーグ戦も始まった。
一年前は、初めての公式戦というだけで俺まで妙に緊張していた。
今年はそこまでではない。
選手たちも同じだった。
勝てば喜ぶし、失点すれば岡本さんに怒鳴られる。
試合が終われば休みを挟んで、また会社へ来て仕事をする。
それがもう京南FCの日常になっていた。
府五部でも、俺たちは良いスタートを切った。
リーグのレベルを見ても、そこまで六部と大きな差があるようには見えない。
今年も優勝、昇格を狙っていけそうだ。
そんな春のある日。
「社長、ちょっといいですか?」
練習後に田中が俺のところへやってきた。
「いいよ。どうした?」
「俺の大学の後輩が、京南FCに入りたいって言ってきてるんです」
「え?」
一瞬、意味を理解するのに時間がかかった。
「うちに?」
「はい」
おおおおお。
極めて冷静に田中に事情を聞くと、こういうことだった。
田中の二個下――この春から大学四年生になった後輩が、卒業後もサッカーを続けたいと考えているらしい。
同じ大学の先輩で、卒業後もサッカーを続けている田中に相談が来た。
田中はありのままに、今の会社での仕事や京南FCでの活動について教えた。
すると、ノードシードに入社して京南FCに入りたい、という流れになったそうだ。
一昨年は逆だった。
選手を集めるために隠岐と大学へ行き、こっちから声をかけていた。
それが今度は、向こうから京南FCに入りたいと言っている。
「……いいね」
「社長、嬉しそうですね」
「そりゃ嬉しいよ!」
「一回、見てやってもらえませんか?」
「もちろん」
後日、その選手に練習へ参加してもらった。
田中と同じ阪東大学の選手だけあって、大学でも真面目にサッカーを続けている。
挨拶もしっかりしている。
受け答えにも特に問題はなかった。
ノードシードで働きたいという気持ちもあるらしい。
そして何より、京南FCでサッカーを続けたいと言ってくれている。
俺としては嬉しい。
嬉しいんだけど――。
プレーを見ながら、俺はその選手の数字を確認した。
決して下手な選手ではない。
ただ、今の能力だけではなく、その先に見える数字まで含めて考えると、どうしても引っかかった。
俺たちは府五部で終わるつもりはない。
府一部、その先の地域リーグ、さらにその上を目指している。
そこまで考えると、選手として獲得するべきか。
俺には判断できなかった。
いや。
正確には、俺の中では答えが出ていた。
だからこそ、俺だけで決めたくなかった。
「どうでした?」
練習後、俺は岡本さんに聞いた。
岡本さんは腕を組んで、少し考えてから答えた。
「悪い選手やないで」
「ですよね」
「大学までちゃんとやっとるだけあって、基本的なことはできとる。真面目そうやしな」
そこまでは俺も同じだった。
「でも?」
「獲らんでええと思う」
やっぱりか。
「これから上に行くつもりなんやろ?」
「もちろんです」
「ほんなら、今おる選手と同じくらいの選手を増やすより、明確に何か持っとる選手を獲った方がええ」
俺は頷いた。
岡本さんには、俺に見えている数字なんて分からない。
それでも結論は同じだった。
「分かりました」
少し残念だった。
向こうから初めて入りたいと言ってくれた選手だ。
できれば一緒にやりたかった。
でも、入りたいと言ってくれたから入れるというわけにはいかない。
俺たちは人数を揃えるためだけに選手を集めているわけではない。
田中にも先に話した。
「そっか……」
やはり少し残念そうだった。
「ごめんな」
「いや、社長が謝ることじゃないですよ。岡本監督も同じ判断なんですよね?」
「うん」
「なら仕方ないです」
田中は少し考えてから続けた。
「本人には俺から言いましょうか?」
「いや、俺から話すよ。わざわざ来てくれたんだし」
練習後、本人と話をした。
「申し訳ないけど、京南FCの選手として採用することはできない」
「……はい」
当然、落ち込んでいる。
「一応、理由も説明するよ。君のプレーを見て、悪い選手だとは思っていない。今の府リーグなら十分やれると思う。でも、その先を目指すことまで考えると難しいと、俺も岡本監督も判断したんだ」
「…………はい」
さらに落ち込ませてしまったかな?
俺もこういう話は好きじゃない。
「ただ、一つ聞いていい?」
「はい」
「京南FCでサッカーができないなら、ノードシードには興味ない?」
彼が顔を上げた。
「いえ。会社について調べて、ノードシード自体にも興味を持っています」
「だったら、普通に新卒採用を受けてみたらいいよ」
「いいんですか?」
「もちろん。ただし、俺が採用するわけじゃないからね」
彼が少し驚いた顔をした。
「普通にエントリーして、普通に選考を受けてもらう。受かるかどうかは分からない」
「はい」
「もし入社することになって、それでも京南FCに関わりたいと思ってくれてたら、そのときはまた考えよう」
選手としては無理でも、サッカーとの関わり方は一つではない。
スクールもある。
クラブの運営もある。
これから先、今は存在していない仕事が生まれるかもしれない。
もちろん、今の時点で何かを約束することはできない。
「ありがとうございます。採用、受けてみます」
「うん。頑張って」
そう言って、彼を送り出した。
少し複雑だった。
京南FCに入りたいと言ってくれた最初の選手を、俺たちは断った。
二年前だったら採用しただろうな、と思う。
でも、今は違う。
俺たちは上を目指している。
だから誰でも入れるわけにはいかない。
それでも――。
「入りたいって言ってくれるようになったんだな」
思わず口に出た。
以前は、俺たちが大学へ行って、話をして、一人ずつ集めた。
それが一年経って、向こうから京南FCを選んでくれる人が現れた。
まだ府五部。
プロでもない。
観客だって多くない。
選手の後輩ではあるが、それでも外から見て京南FCを選んでもいいと思ってもらえるようになってきたんだ。
それからしばらく経ったある日。
今度は隠岐が俺のところへやってきた。
「社長、ちょっといいですか?」
「最近その入り方流行ってるの?」
「何の話です?」
「いや、こっちの話」
隠岐が首を傾げる。
「それで?」
「ちょっと面白い選手がいるんですよ」
「京南FCに入りたいって?」
「いや、今回は逆です」
「逆?」
「こっちから見に行ってみたい選手です」
それは少し気になった。
「大学生?」
「高校生です」
「……また?」
高校生と聞いて、真っ先に友近の顔が浮かんだ。
「どんな選手?」
「それがですね。俺もまだちゃんと見たわけじゃないんですよ」
「じゃあ何が面白いの?」
「それを確かめに行きましょうよ」
「相変わらずだなあ」
選手を見る目には自信がないくせに、こういう情報をどこからか拾ってくる。
それが隠岐だった。
「名前は?」
「板垣です」
隠岐は手元の資料を見た。
「板垣蓮」
板垣蓮。
当然、このときの俺はまだ知らない。
その名前が、これから何度も京南FCの試合で呼ばれることになるなんて。
「じゃあ、一回見に行こうか」
二年目。
京南FCは、また少しずつ動き始めていた。




