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この街に、プロサッカークラブを。 ~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~  作者: いとやん
第一章 創設編

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1年目 第6話 一年目

十二月。


京都府六部の全日程が終了した。


京南FCは優勝。


来年からは京都府五部で戦う。


十月の時点ですでに優勝は決めていたので、残りの試合は来年も見据えながら色々なやり方を試すことができた。

フォワード友近などだ。


創部一年目。


最初の目標は無事達成。


そう言っていいだろう。



「社長、これ見てください」


ある日の午後。


佐藤さんが一枚の資料を持って俺のところへやってきた。


「なに?」


「サッカースクールの予定表です」


受け取ってみる。


月曜日。


火曜日。


水曜日。


木曜日。


金曜日。


幼稚園や小学校の名前がずらっと並んでいる。


「増えたなあ……」


「増えましたね」


現在、定期的にスクールを行っている場所は十五か所ほど。

開設予定、調整中の場所も数か所ある。


もちろん毎日十五か所へ行っているわけではない。


週一回のところもあれば、月に数回のところもある。


それでも、社員の子ども五人から始まったことを考えると大きな変化だ。


そしてスクールが増えたことで、選手たちの働き方も少し変わった。


幼稚園で行う場合は、午後二時半から三時半くらい。


担当する選手は普段より早く部署の仕事を切り上げ、幼稚園へ向かう。


スクールが終われば会社へ戻り、そのまま練習へ参加する。


小学校の場合は午後四時から五時くらいになることが多いので、その日は全体練習の開始時間を遅らせることもある。


最初はもっと簡単に考えていた。


一時間のスクールなら、一時間予定を空ければいい。


ところが実際には、そうはいかなかった。


スクールが終わる。


「今日はここまで!」


と言っても、


「長谷川コーチ、もう一回だけ!」


「友近コーチ、競争しよう!」


「田中コーチ、シュート見て!」


子どもたちが帰してくれない。


保護者や先生から話しかけられることもある。

──ある、というかほぼ毎回だ。


特に、子どもにしっかり運動をさせたいと考えている保護者からは、熱心に質問をいただくことが多い。

そういう保護者にとって、普段アスリートとして活動している選手と直接話せる機会は貴重なんだろう。


最初の頃、選手から相談された。


「スクール自体は一時間なんですけど、その後が結構長くなるんですよね」


どうするか。


答えは簡単だった。


それも仕事にすればいい。


子どもと遊ぶ。


保護者と話す。


サッカーや運動について相談される。


それも全部、京南FCの地域活動だ。


だからスクール終了後の時間にも余裕を持たせ、その後の練習時間を調整するようにした。


必要なら勤務開始時間もずらす。


サッカー事業部は、試合だけをしているわけではない。


サッカースクールも仕事。


子どもたちと話すことも仕事。


もちろん試合に勝つことも仕事だ。


やることは結構多い。



そんなスクールを続けていると、子どもたちから別の要望も出てきた。


「コーチは試合出来ていいなぁ」


ある日、友近がそんなことを言われたらしい。


「僕たちも試合したい!」


なるほど。


それはそうだ。


サッカーを教えてもらっているだけではなく、試合もしたいだろう。


だから京南FCの試合がない日曜日。


スクールに通っている子どもたちの中から希望者を募り、京南FCのグラウンドへ集めることにした。


まだジュニアチームを作るつもりはない。


選抜もしない。


ただ、みんなで試合をする。


それだけだ。



当日。


思っていた以上に多くの子どもたちが集まった。

希望者だけのはずが、ほぼ全員来ているようだ。


当然、その保護者も来ている。

グラウンド横に駐車場を増設していて良かった。


「よーし! 次こっちのチーム!」


友近が子どもたちを集めている。


「コーチもやって!」


「俺入ったら強すぎるやろ!」


「この前シュート外してたやん!」


「誰が言った!?」


子どもたちが笑う。


長谷川は別のコートで審判をしている。


田中は試合に入れずにいる子に声をかけていた。


岡本さんもグラウンドの端から試合を見ている。


「もっと顔上げろー!」


普通に指導している。


試合なんだから、好きにやらせたらいいと思うんだけど。


まあ岡本さんだから仕方ない。


篠宮さんも来ていた。


カメラを持ってグラウンドの周りを動き回っている。


また公式サイトに載せるんだろう。


俺は少し離れたところから、その光景を眺めた。


子どもが走っている。


保護者が応援している。


社員選手が審判をしている。


半年前まで、ここは京南FCの選手が練習するためだけのグラウンドだった。


今は地域の子どもたちが走り回っている。


なんかいいな。


「しゃちょー!」


一人の男の子が走ってきた。


──選手たちの影響で、子どもからも「しゃちょー」と呼ばれるようになってしまった。


「なに?」


「勝てんかった、めっちゃくやしいねん!」


「おお、それは残念だったな」


「次は絶対に勝つわ! 友近コーチと特訓や!」


「頑張れ」


「うん!」


男の子はすぐに走って戻っていった。


次か。

考えてなかったが、定期的にやってもいいな。


佐藤さんと相談しよう。


少しだけ気になったのは子どもたちの服装だ。

今はまだバラバラの運動服だ。


同じユニフォームになるともっと楽しいだろうな。


スクール用のユニフォームも作ろうかな。

全員に配るのは難しいし、希望者に買ってもらう形がいいだろうか。


今度、佐藤さんたちと相談してみよう。



サッカー事業部の一年目。


思っていた以上に順調だったと思う。


では、事業としてはどうだったのか。



「で、結局いくら赤字なんです?」


俺が聞くと、日下が少し嫌そうな顔をした。


「笑いながら聞く数字ではありません」


会議室の机の上には、サッカー事業部の収支資料が置かれている。


当然赤字だ。


そもそも一年目から黒字になるなんて、誰も考えていない。


監督やスタッフの人件費。


グラウンドの整備。


用具。


遠征費。


リーグや大会への参加費。


トレーニング環境の整備。


その他にも細かい支出はいくらでもある。


選手たちはノードシードの各部署でも働いているので、人件費の全てがサッカー事業部の費用というわけではない。


それでも、金はかかる。


それに対して収入はまだ少ない。


試合を見てもらうための入場料なんて取っていない。


スポンサー収入も今はない。


グッズだってまだ始めていない。


「まあ、こんなもんじゃない?」


日下は、資料を見ながら続けた。


「赤字ですが、当初の想定よりは少なく済んでいます」


「そりゃそうか、スクールが早くから広げられたもんな」


当初、サッカースクールからの収入はほとんど見込んでいなかった。


社員の子どもを中心に、小規模に始める予定だったからだ。


それが出張スクールを始めたことで予想以上に早く広がった。


定期開催のスクールでは、月謝という形でスクール料金を保護者からいただいている。

特別高いわけではなく、普通のスクールの平均額あたりに抑えている。


今では十五か所で百人以上の子どもたちが参加しているので、スクール事業としてもそれなりの収入になっている。


ありがたいことだ。


それでもクラブ全体の費用を賄えるようなものではない。


それでも、予定以上の収入が生まれた。


「来年度も赤字でしょうね」


「だろうな、でもスクール事業は拡大中だし、初年度ほど準備の費用はかからないはずだ」


「それでもしばらく黒字は期待しない方がよさそうですね」


「頑張ります」


日下がため息をつく。


でも、資料を閉じることはなかった。


別の紙を出した。


「ただ、損益だけで評価するのも正しくないでしょう」


俺は日下を見る。


「おお」


「なんですか」


「日下からそんな言葉が出るとは」


「私をなんだと思ってるんですか」


怖い人。


とは言わない。


「地域との接点は明らかに増えています」


日下が資料を指差す。


サッカースクール。


幼稚園。


小学校。


京南市役所。


公式サイト。


AIトレーナー。


そして採用。


サッカーを続けながら働きたい。


そんな理由でノードシードを知った学生も増えているらしい。


「京南FCそのものが直接利益を出していなくても、会社全体に与える影響はあります」


「ですよね!」


「だからといって、いくら赤字でも構わないとは言っていません」


「分かってます」


そこは大事だ。


サッカーだから許される。


地域貢献だから許される。


そんな事業にするつもりはない。


いつかは自分たちで稼げるクラブにしたい。


まだ、その道が全然見えていないだけだ。


「少なくとも、一年目としては想定より悪くありません。むしろ、よくやっていると思います」


これは日下なりに、かなり褒めているんじゃないだろうか。


「じゃあ来年も続けていい?」


「今さら五部に昇格したクラブを解散させるつもりですか?」


「まさか」


「最初からそのつもりでしょう」


ばれている。


「今度の試合は観に来てくれよな」


少し反撃する。


「……考えておきます」


こいつは誘っても中々観に来てくれないのだ。



ノードシード本体も、この一年は順調だった。


とはいえ、会社の規模が一気に倍になるような出来事があったわけではない。


既存事業が伸び、少しずつ会社も大きくなっている。


AIトレーナーも改善を続けている。


京南FCの選手だけではなく、一般社員にも使う人が増えてきた。


筋トレ部なんていうものまでできた。


まだ大きな売上を作る事業ではない。


でも、使えるデータはかなり増えた。


来年以降、どう事業化していくか。


伊東たちが色々考えているらしい。


保育施設についても、京南市や自治体との話が進んでいる。


社員の子どもだけではなく、地域の子どもも受け入れられる形。


まだ決まっていないことも多い。


それでも、最初に考えていた時より具体的になってきた。



来年に向けた準備も進んでいる。


選手の補強については、シーズン中から岡本さんや隠岐と話していた。


今年は二十一人。


現状では十分な人数、戦力だった。


なので去年のように大人数を採る必要はない。


本当に京南FCに欲しいと思える選手がいたら採る。


それが来年以降の方針になった。


隠岐はその方針で大学などを回っている。


そして、来年四月から新しく二人の大卒選手が入社することも決まっている。


二十一人から二十三人。


このメンバーで京都府五部を戦う予定だ。


もちろん、その後も良い選手が見つかれば声をかける。


でも焦る必要はない。


今いる選手たちも、まだまだ伸びている。



そういえば。


今年はサッカーとは全く関係ないところで、妙なこともあった。


九月七日。


佐藤さんの誕生日。


あれだけ言われたのでちゃんと覚えている。


いや、俺だけではない。


選手全員が覚えている。


岡本流エンドレスマラソンのせいだ。


練習中に、


『佐藤さんの誕生日は!?』


なんて問題を出した結果、選手たちの頭に九月七日が完全に刻み込まれてしまった。


その結果、誕生日当日。


「佐藤さん、おめでとうございます!」


「これ、みんなからです!」


選手から次々にプレゼントを渡されていた。


お菓子。


小物。


花。


色々ある。


俺も用意した。


「佐藤さん、人気者だね」


「いやあ、モテる女はつらいですね〜」


かなり嬉しそうだった。


「社長もありがとうございます」


「いえいえ」


「ところで社長」


「ん?」


「前に、食事に連れて行ってくれるって言ってましたよね?」


「…………」


忘れてた。


完全に忘れてた。


「覚えてます?」


「もちろん」


「今、思い出しましたよね?」


「そんなことないよ」


「じゃあ、いつ行きます?」


「予定確認します」


「今日確認してくださいね」


「はい」


この一年で、佐藤さんへの返事だけは少し早くなった気がする。



一年。


正確には、サッカー事業部を立ち上げて丸一年になるのは来年の三月末だが。


振り返ってみると、本当に色々あった。


去年の一月。


あの役員会が始まりだった。


あの時は、本当に何もなかった。


監督はいない。


選手もいない。


グラウンドもない。


サッカースクールもない。


公式サイトもない。


もちろん、応援してくれる人もいない。


そこから監督を探した。


岡本さんと出会った。


隠岐が来た。


田中を採用した。


長谷川が来た。


友近が来た。


二十一人の選手が集まった。


グラウンドを作った。


トレーニングルームを整えた。


食堂も作った。


AIトレーナーを選手たちに使ってもらった。


試合をした。


勝った。


引き分けた。


負けた大会もあった。


怪我をした選手もいた。


スクールを始めた。


最初は五人だった。


それが十五か所ほどに広がった。


子どもたちが試合を見に来てくれた。


俺の知らない人も、京南FCを応援してくれるようになった。


そして。


京都府六部で優勝した。


事業として見れば赤字。


サッカークラブとして見れば、来年ようやく京都府五部。


成功した。


なんて言える段階じゃない。


プロまでは、まだ遥かに遠い。


俺は会社の窓からグラウンドを見る。


今日も選手たちが練習している。


去年は、あそこには何もなかった。


京南FCなんてクラブは存在しなかった。


でも今はある。


選手がいる。


監督がいる。


スタッフがいる。


子どもたちがいる。


応援してくれる人がいる。


そして来年には、新しい選手も二人やってくる。


目標までの段数は明確だ。


一段ずつ上がっていけばいい。


今年は六部から五部へ。


来年は、その次を目指す。


京南FCの一年目が終わった。


来年も、一つずつ上がっていこう。

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