1年目 閑話 市役所から見た京南FC
京南市は、住むには良い街だと思う。
これは市役所の職員だから言っているわけではない。
京都府南部に位置していて、京都、大阪、奈良の中心地に電車1本で行ける。
どこへ行くにも便利だ。
車があればさらに動きやすい。
住宅地も増え、子育て世代の転入も多い。
都会すぎず、田舎すぎない。
実際、俺自身も京南市に住んでいるし、暮らしやすい街だと思っている。
ただ、市役所の職員として考えると、良いところばかりではない。
「京南市って何があるの?」
そう聞かれると、少し困る。
京都市なら寺や神社がある。
大阪には大きな商業施設や繁華街がある。
奈良にも全国的に知られた観光地がある。
では、京南市は?
交通の便が良い。
住宅地が多い。
自然も残っている。
大学もある。
どれも悪くない。
でも、この街を代表するものは何かと聞かれると、すぐに答えられるものがない。
交通の便が良いということは、逆に言えば外へ出やすいということでもある。
京南市に住んで、京都や大阪へ働きに行く。
休みの日には市外へ買い物に行く。
子どもが大きくなれば、市外の学校や会社へ行く。
住む街として選んでもらえても、この街で働き、この街でお金を使い、この街に残ってもらえるとは限らない。
市役所としては、そこが悩みの一つだった。
そんな京南市にとって、ノードシード株式会社はありがたい会社だ。
今ではそれなりの規模になったIT企業だが、本社をずっと京南市に置いてくれている。
会社が成長すれば雇用が増える。
社員が増えれば、市内に住んでくれる人も増える。
税収の面でもありがたい。
地元企業との取引もある。
正直なところ、市役所からすれば、
「これからも京南市でどんどん成長してください」
と言いたくなる会社だ。
社長はまだ若いらしい。
俺は直接話したことはほとんどないが、三十ちょっとでここまで会社を大きくしたのだから大したものだと思う。
そんなノードシードから、ある日相談が来た。
会社の横にある土地についてだった。
商業用地として売りに出されている土地を購入したいという。
別に市役所が土地を売るわけではない。
民間同士の売買なら、それ自体は市がどうこう言う話でもない。
ただ、購入した後の用途について確認したいことがあるらしい。
「グラウンド?」
思わず聞き返した。
「はい。サッカーグラウンドとして使う予定です」
窓口に来たノードシードの担当者、伊東さんが答えた。
「サッカーですか?」
「会社でサッカー事業部を作ることになりまして」
初耳だった。
ノードシードがサッカー?
IT企業じゃなかったのか。
詳しく聞けば、社員としてサッカー選手を雇い、会社の仕事をしながらサッカーをするらしい。
さらに将来的にはプロクラブを目指すという。
ずいぶん大きな話だ。
「プロというと……JFリーグですか?」
「はい。最終的にはそこを目指しています」
「今は?」
「京都府六部からです」
六部?なんじゃそりゃ。
そこからプロまでいくつあるんだろう。
サッカーにそこまで詳しくない俺には分からなかったが、かなり遠そうだということだけは分かった。
まあ、夢があるのは悪いことじゃない。
ただ、今の段階では市役所にはあまり関係のない話だろう。
俺が確認するのは、その土地をグラウンドとして利用することに問題がないか、必要な手続きがあるかといったことだ。
その日は担当部署にも確認し、必要なことを説明して終わった。
その時は、それだけだった。
ところが、それからノードシードからの相談が妙に増えた。
「社員食堂を作りたいんですが、何か必要な手続きはありますか?」
また伊東さんだった。
「今度は食堂ですか?」
「はい」
グラウンドの次は食堂。
もちろん社員食堂を作ること自体は珍しい話ではない。
規模や営業形態によって必要な確認先も変わるので、担当部署を案内する。
しばらくすると、また連絡が来た。
「サッカースクールを始めることになりまして」
「今度はスクールですか?」
「はい。それで、市立の小学校で出張スクールをやる場合、どういう手続きが必要なのか確認したくて」
またサッカーだった。
必要な部署を確認して、学校側との調整や施設利用について説明する。
幼稚園や保育園についても聞かれた。
地域向けの活動についても相談された。
気が付けば、伊東さんから電話がかかってくることにも慣れていた。
「いつもお世話になっております。ノードシードの伊東です」
「お世話になっております。今日は何を始めるんですか?」
「まだ何も言ってないですよ!」
つい、そんなことを言ってしまうくらいには話すようになった。
伊東さんも笑っている。
最初の頃より、ずいぶん話しやすくなったと思う。
とはいえ、そこは気をつけないといけない。
相手は市内企業の担当者で、こちらは市役所の職員だ。
仲良くなったからといって、手続きを飛ばしたり、特別扱いしたりすることはできない。
ノードシードだからという理由で認められるものでもないし、逆に厳しくするものでもない。
必要なものは必要。
駄目なものは駄目。
そこはきちんと線を引いておかないといけない。
それでも、相談を受ける回数が増えれば、会社が何をやっているのかは自然と耳に入ってくる。
そのたびに上司からも、
「またノードシードさんか」
とコメントが入る。
悪いことじゃない。
地元の企業として更に発展しようといろいろ活動してもらっているので、むしろ喜ばしいことだ。
そう思っていた頃、また伊東さんから相談があった。
今度はサッカーではなかった。
「保育施設?」
「はい。社員向けの保育施設を作れないかという話が社内で出ていまして」
それ自体は分かる。
社員が増え、子育て世代も増えれば、会社として保育施設を用意する意味はある。
ノードシードくらいの規模になれば、検討する会社があっても不思議ではない。
ただ、伊東さんの話には続きがあった。
「それで、もし制度上可能ならなんですけど」
「はい」
「社員の子どもだけじゃなくて、近所の子どもも受け入れられないかって話になってるんです」
「近所の子どもも?」
「はい。もちろん社員の利用状況や定員もありますし、制度的に可能なのかも分からないので、まず相談なんですけど」
俺は少し姿勢を正した。
これは市としても無関係ではない。
京南市はここ数年、子育て世代の転入が増えている。
かく言う自分もその世帯の一つだ。
転入してもらえること自体は非常にありがたい。
ただ、その分、保育の受け皿をどう確保するかという問題も出ていた。
地域によっては希望する施設に入れない家庭もある。
施設を増やせばいいと言うのは簡単だが、そう簡単ではない。
場所も人もお金もいろいろ必要だ。
だから、民間企業が自社の社員向けに作る保育施設を、可能な範囲で地域にも開いてくれるという話なら、市としてもありがたい。
「それ、本当に地域の子どもも受け入れる方向で考えてもらえるんですか?」
「社内ではその方向で検討しています。せっかく作るなら地域にも役立つ形にできないかって」
おお、まさに渡りに船だ。
これぞ官民連携のあるべき姿じゃないか。
「分かりました。一度、担当部署も交えて話しましょう」
「いいんですか?」
「もちろん制度上の条件がありますから、何でもできますとは言えません。でも市としてもありがたい話です。必要な手続きや条件はこちらでも整理します」
「ありがとうございます!」
伊東さんが嬉しそうに頭を下げた。
もちろん、まだ何も決まっていない。
条件を確認して、必要な基準を満たしてもらわなければならない。
市として協力できることと、できないことも整理する必要がある。
それでも、これまでとは少し違った。
今まではノードシードが何かを始めるたび、市役所に相談へ来ていた。
それはあくまでノードシードがやりたいことを、市がサポートしたり、必要な窓口を案内したりしていただけだ。
今回は、市にとっても一緒に進めたいと思える話だった。
打ち合わせが終わった後、机の上に残った資料を片付ける。
ノードシード株式会社。
社員食堂。
保育施設。
サッカースクール。
本当に色々やっている会社だ。
その中に、見慣れない名前があった。
『京南FC』
ああ。
そういえばノードシードのサッカー部、そんな名前だったか。
京南って名前を使っているのは、個人的にはちょっと嬉しい。
今はどうなっているんだろう。
少し気になって、検索してみる。
すぐに公式サイトが出てきた。
ずいぶんちゃんとしたサイトだ。
試合日程。
試合結果。
選手紹介。
サッカースクール。
地域活動。
幼稚園で子どもたちとサッカーをしている写真も載っている。
ああ、この出張スクールか。
俺が問い合わせ先を案内したやつだ。
少しだけ身近に感じた。
ついでに試合結果も見てみる。
京都府六部。
順位表。
「……首位なんだ」
思わず声が出た。
そういえば、将来はプロを目指すと言っていた。
さすがにまだまだ先の話だろう。
というか、六部からプロまで何回昇格すればいいんだ。
次の試合予定は、来週の日曜日。
場所は市内からそれほど遠くない。
時間も昼からだ。
「…………」
一回くらい見てみてもいいか。
別に仕事じゃない。
市役所として視察するわけでもない。
ただ、少し気になっただけだ。
今度の日曜日、暇だったら行ってみようかな。
そう思いながら、俺は京南FCの公式サイトを閉じた。




