1年目 第1話 最初の一歩
四月。
春。
ノードシードの入社式。
今年も新しい社員が入ってきた。
毎年やっている、ごく普通の入社式だ。
俺が社長として挨拶をして。
新入社員の名前が呼ばれて。
辞令が渡される。
緊張した顔。
嬉しそうな顔。
眠そうな顔。
……いや、寝るなよ。
社長の話を聞け。
名前を覚えたぞ。
そんなことを考えながら、壇上から新入社員たちを見る。
今年は例年と少し違う。
一般採用の新入社員に加えて、京南FCの選手たちがいる。
田中。
長谷川。
友近。
そして、一年かけて集めた選手たち。
二十一人。
今日から全員、正式にノードシードの社員だ。
みんな鍛えられてるからスーツ姿がカッコいいな。
そして同時に京南FCの選手でもある。
入社式が終わる。
司会をしていた人事担当者がマイクを持った。
「準備ができるまで数分お待ちください」
俺も隅っこの方で慌ててスーツの上からユニフォームを被る。
選手たちも準備ができたのか、舞台の脇からOKサインが出る。
「それでは最後に、今年度から正式に活動を開始する新しい事業部を紹介します」
会場が少しざわついた。
「サッカー事業部、お願いします」
扉が開いた。
最初に入ってきたのは岡本さん。
その後ろから。
長谷川。
田中。
友近。
二十一人の選手たち全員。
紫のユニフォーム姿だ。
さらにサッカー事業部のスタッフ。
隠岐も続く。
壇上に並ぶ。
おお。
こうやって見ると迫力がある。
ちゃんとしたサッカーチームだ。
カッコいい。
一人一人の顔を見ながら、入社までの経緯を思い出してしまう。
この一年、一人ずつ集めてきた。
最初は岡本さんしかいなかった。
そこに隠岐が加わって。
田中が来て。
少しずつ選手が増えて、キャプテンの長谷川が来て。
最後に友近が加わった。
それが今、全員同じ紫のユニフォームを着て壇上に並んでいる。
会場にいる社員たちからも声が聞こえてきた。
「結構いるな」
「ちゃんとチームになってる」
「紫なんや」
「友近君、似合ってるやん」
「あの人、カッコいい……」
どうやら社員たちも俺と同じような感想らしい。
カッコいいと言われているのは長谷川だろうか……。
今までずっと準備を進めてきたので、当然、準備ができていることは知っている。
それでも、二十一人が同じユニフォームで並んでいる姿を見ると全然違う。
京南FC。
本当にできたんだな。
司会からマイクを渡される。
まずは岡本さん。
「監督の岡本です」
今日は一段と威圧感がある。
いや、迫力があると言おう。
初めて見る社員は怖いだろうな。
「ここまで来るのに、会社のいろんな人に助けてもらいました。グラウンドやら施設やら、選手の入社準備やら。ほんまにありがとうございます」
岡本さんが頭を下げる。
選手たちも一緒に頭を下げた。
「まだ何も結果は出してません。来週の土曜日が最初の公式戦です。まずはそこで、しっかり勝ってきます」
拍手が起きた。
続いて。
長谷川。
紫のユニフォーム姿で、一歩前へ出る。
「キャプテンの長谷川です」
岡本さんと違って爽やかだ。
一部が色めき立っているのが分かる。
「僕たちは今日から、ノードシードの社員として働きます。そして京南FCの選手として活動していきます」
長谷川が会場を見る。
「仕事でもサッカーでも、ノードシードの一員として恥ずかしくない活動をしていきたいと思っています」
うん。
やっぱり、初代キャプテンを任せてよかった。
「週末の土曜日が、京南FCにとって初めての公式戦です。お時間があれば、ぜひ応援に来てください。絶対に勝ちます。よろしくお願いします!」
全員で頭を下げる。
また拍手。
そして最後に俺にもマイクが回ってくるのだが、感動していてまだ壇上に上がっていなかった。
慌てて駆け上がる。
田中と友近が笑っている。
覚えていろ。
さて。
話す内容は考えてきた。
でも、壇上に並ぶ選手たちを見ると少し変えたくなった。
「一年前。このチームには何もありませんでした」
会場を見る。
「選手もいません。監督もいません。ユニフォームもありません。あったのは、土のグラウンドくらいです」
少し笑いが起きる。
「そこから、いろんな人に協力してもらいました。そして今日、こうして京南FCとして皆さんの前に立つことができました」
紫のユニフォームを見る。
「来週の試合は、サッカー事業部としての大きな最初の一歩になります」
京都府六部。
一番下からのスタートだ。
「ここからどこまで行けるかは、まだ分かりません」
いや、もちろんプロになるという目標はある。
そこは変わらない。
でも、まずは目の前の一試合だ。
「できれば皆さんにも、その最初の一歩を見てもらいたいと思っています。時間があれば、ぜひ応援に来てください」
頭を下げる。
拍手が起きた。
壇上を見る。
紫のユニフォーム。
二十一人の選手。
監督。
スタッフ。
スカウト。
京南FC。
いよいよ始まる。
◇
そして週末、土曜日。
京都府社会人サッカーリーグ六部。
京南FC。
初めての公式戦。
気合を入れて二時間も前に着いてしまった。
近くで時間を潰そうかと思ったが、近くには何にもなかった。
京都府の中部の山の中にある会場だからな。
舐めていたぜ。
会場に着いて、まず観客席を見た。
観客席と言ったが、あれは嘘だ。
そもそも観客席というものがないのだ。
大きめの公園の中に土のグラウンドがあるだけだ。
いくつかベンチはあるが、あれはただの休憩用のベンチだろう。
観戦するにはどこで見ればいいんだろうか?
とりあえずゴール裏あたりの木の下に陣取る。
シュートが外れたら直撃しそうだが、気にしない。
府六部だと会場もこんなものか。
案内には、なんたら公園と場所の情報しかなかったから分からなかったな。
もっと上に上がれば、観客席が付いた立派な競技場とかでやれるんだろうか。
というか、アクセスも悪いし、ウチの練習場の方が見やすさでもいいな。
試合会場は他のカテゴリーとの取り合いで不足しているとも聞いたし、今度、協会の永井さんにウチの練習場を会場として使えないか聞いてみよう。
などといろいろ妄想していると、ポツポツと観客が集まってきた。
京南からは結構距離があるが、ありがたい。
選手たちの家族。
友人。
社員もポツポツ来ている。
おお、筋トレ部がいる。
岡本さん効果かな。
ダルンダルンのタンクトップ姿じゃなくてよかった。
営業部もいる。
隠岐が相当声をかけたらしい。
広報部の社員もカメラを持って来ている。
伊東もいる。
佐藤さんもいる。
ほかにも何人か。
思っていたより来てくれた。
結構嬉しいな。
でも少し寂しい。
ほとんどが会社関係者と選手の家族だ。
会社に何の関係もない人も来てくれるようになれば、もっと盛り上がるだろうに。
いつか京南FCを応援してくれる人でいっぱいにしてやるぞ。
今は目の前の勝利だ。
「社長!」
声が聞こえた。
振り向く。
友近だ。
アップへ向かう途中らしい。
「今日、俺出ますかね!?」
「俺に聞くなよ」
「ですよね!」
元気だな。
「岡本さんに聞け」
「怖いんでやめときます!」
聞けよ。
監督だぞ。
友近が走っていく。
その後ろ姿を見る。
今日、友近はベンチスタート。
高校時代はフォワードだった。
でも京南FCに来てから、岡本さんは友近を別のポジションでも試していた。
ボランチ。
当たりの強さ。
運動量。
そして。
スタミナ。
岡本さんは、その特徴を中盤で使えるんじゃないかと考えたらしい。
まだまだ試している段階だけど。
さて、どうなるかな。
◇
選手たちがピッチへ出る。
紫のユニフォーム。
相手チームも白のユニフォーム姿で並ぶ。
審判がいる。
ボールがセンターサークルに置かれる。
なんだろう。
急に緊張してきた。
俺が試合するわけでもないのに。
一年前、サッカー事業部を作ろうと言った。
あの時はまだ何もなかった。
それが今、目の前で京南FCが公式戦を始めようとしている。
笛が鳴った。
試合開始。
京南FC。
最初の公式戦が始まった。
◇
開始してすぐに分かった。
まだまだだな。
パスがずれる。
二人が同じ場所へ走る。
出してほしいところにボールが来ない。
逆に出したところに選手がいない。
半年間、来られる選手だけで練習してきた。
全員が揃って本格的に練習できるようになったのは、つい最近だ。
当然、連係は完成していない。
岡本さんの声が飛ぶ。
「もっと声出せ!」
「そこ空けるな!」
「長谷川! もっと全体見ろ!」
まだまだこれからだ。
ただ、もう一つすぐに分かったことがあった。
相手より明らかに強い。
技術。
走力。
球際。
運動量。
一つ一つで京南FCが上回っている。
ひいき目ではない。
もちろん登録して試合をしている以上、みんなサッカーが好きなんだと思う。
ただ、このカテゴリーだと全員が本気で上を目指しているわけではない。
サッカーが好きだから仕事をしながら休日に集まって練習する。
そして競技としてサッカーを楽しむ。
そういうチームも多い。
対してウチはプロを目指して作ったチームだ。
環境、練習量、サポートも、このカテゴリーでは明らかに違うのかもしれない。
まだ一試合目だが、そう思う。
ただ、それでも点は入らない。
攻めてはいるのだが……。
最後のところが合わない。
「あー!」
周りから声が出る。
クロスが合わない。
シュートが外れる。
点を取るって難しいんだな。
そんなことを思った時だった。
相手が中央から攻めようとする。
パス。
そのパスを長谷川がカット。
「行け!」
誰かが叫んだ。
長谷川がすぐに右へ出す。
田中。
走る。
右サイドを一気に駆け上がる。
深い位置まで入り、田中が顔を上げた。
中には二人。
逆サイドの選手とアイコンタクト。
クロス。
ボールがゴール前へ。
前の選手を越えて中央へ。
逆サイドから走り込んだ選手が頭で合わせる。
ボールは鮮やかな弧を描き、ゴールに吸い込まれていった。
一瞬。
静かになった気がした。
入った。
……入った?
入った。
「うおおおおおお!!」
立ち上がっていた。
周りからも歓声が上がる。
京南FCの。
最初のゴール。
公式戦での。
クラブ史上。
最初の一点。
選手たちがゴールを決めた選手に駆け寄る。
抱き合う。
背中を叩く。
長谷川。
田中。
みんな笑っている。
そして、そのままこっちに走ってきた。
お。
まさか。
俺のところに来るのか?
そりゃそうか。
このクラブを作ったのは俺だ。
社長だ。
監督を。
選手を。
施設を――。
「佐藤さーん!!」
「おめでとー!」
俺の横で佐藤さんが立ち上がった。
大きく手を振っている。
選手たちも笑いながら手を振り返す。
……。
俺じゃなかった。
いや。
いいんだけど。
別に。
考えてみれば、入社関係の手続きから施設の準備、社員食堂、細かい相談まで。
選手たちは佐藤さんにかなり世話になっている。
分かる。
分かるんだけど。
俺も結構頑張ったんだけどな。
ちょっとだけ寂しい。
「社長、自分のところに来ていると思いました?」
いい笑顔で佐藤さんが聞いてくる。
「うるせー」
「どんな気持ちですか?」
「うるさいわい」
「泣かないでくださいね」
「うるせぇ! 試合を見るぞ!」
その後、落ち込む俺の気持ちと反比例するかのように京南FCの攻撃は止まらなかった。
二点目。
そして。
三点目。
前半終了。
三対〇。
初めての公式戦としては最高と言っていいんじゃないか。
選手たちがベンチへ戻っていく。
岡本さんは――。
「三点取ったからって雑になるな!」
おお、一喝だ!
「パスずれすぎや! もっと声出せ!」
長谷川も声を上げる。
「みんな、もっと声出そうぜ!」
いいぞ。
選手も監督も満足していない。
俺も気持ちを引き締めよう。
◇
後半。
選手たちが再びピッチへ出る。
「あ、あれは友近君ですね」
と伊東。
おお、ほんとだ。
出るのか。
ポジションはボランチか?
「友近ー!」
社員の誰かが声を上げる。
「拓海ー!」
おお、黄色い声援。
友近もやるじゃないか。
と、思ったらお母さんか。
めげるな友近。
俺がついてる。
友近が観客席へ手を上げた。
その顔は緊張していなかった。
後半開始。
友近が初めてボールを触る。
が、トラップが大きい。
あっさり取られた。
相手が前に持ち上がっていくと、すぐに追い始める。
明らかに速い。
身体を寄せる。
相手がよろける。
友近がボールを奪い返した。
「おお」
そのまま前へパス!
弾丸のようなパスが渡る。
相手に。
「あ」
また追う。
そして取り返す。
「忙しいな、あいつ」
隣で伊東が笑った。
友近はその後も、どこにでも顔を出している。
攻撃に参加したと思ったら、次の瞬間には戻っている。
もちろんミスも多い。
でも止まらない。
本当によく走る。
ミスをしたら。
走る。
奪われたら。
走る。
味方が抜かれたら。
走る。
攻撃になったら。
また走る。
「友近! 戻れ!」
岡本さんの声。
「はい!」
全力で戻る。
「友近! 前出ろ!」
「はい!」
また全力で走る。
……。
大丈夫か、あいつ。
後半も時間が進む。
相手の選手たちの動きがかなり落ちてきた。
京南FCの選手はまだまだ元気だ。
その中でも突出しているのが友近だ。
ずっと走っている。
相手のパスコースを消す。
こぼれ球に飛び込む。
味方を追い越す。
戻る。
また前へ出る。
スタミナはまだ最大値には遠い。
それでも高校生だった半年前より確実に伸びている。
そして数字だけじゃない。
ボランチというポジションで、その能力が生きてきている。
岡本さんが友近をフォワードからボランチへ動かした理由。
少し分かった気がした。
また友近がボールを奪った。
今度は近くの長谷川へ。
長谷川から前へ。
シュート。
「おおおお!」
四点目。
友近も両手を上げて喜んでいる。
よし。
今のは良かった。
そこから相手の足がさらに止まった。
京南FCは攻め続けた。
五点目。
六点目。
そして。
七点目。
さらに。
「友近、上がれー!」
岡本さんの声が響く。
サイドを駆け上がった田中から、友近にパスが通る!
「打てーーー!」
周りから声援が飛ぶ。
友近が右足を振り抜いた。
ボールは――。
ゴールの遥か上空を通り過ぎていった。
「あああああ!」
友近が頭を抱える。
そして試合終了の笛が鳴った。
◇
七対〇。
京南FC。
初勝利。
選手たちが整列して、俺たちの前にやってくる。
「応援ありがとうございました!」
全員で一礼。
拍手が起こる。
観客も選手も、みんな笑顔だ。
俺はもちろん嬉しいが、それ以上にホッとした感情が強い。
チームができて。
開幕戦を勝利で飾って。
ようやく始めることができた。
そんな気分だった。
ふと横を見る。
佐藤さんが涙ぐんでいる。
さっきの意趣返しはしない。
その気持ちも分かるのだから。
黙ってハンカチを渡す。
これがジェントルマンというものだ。
「社長!」
ピッチから声がした。
友近だった。
「勝ちましたよー!」
知ってるよ。
ずっと見てたよ。
「おめでとう!」
手を振る。
友近も大きく手を振った。
可愛いヤツめ。
今度ご飯奢ってやろう。
あ、広報部がピッチに出ている。
「京南FCの勝利、おめでとうございます! いやぁ~嬉しい! この嬉しい気持ちを記念撮影しますので、皆さんゴール裏に集合してください!」
監督、選手を中心に観客も集まる。
俺?
俺は端っこを陣取る。
主役は選手たちなのだ。
涙が止まらない佐藤さんが俺の後ろに隠れているという理由もあるが。
みんなが並ぶ。
広報部の社員がカメラを構える。
笑っている選手。
家族。
社員。
監督。
スタッフ。
俺たちが作った最初の京南FC。
シャッターが切られる。
この写真は後で現像してもらって、執務室に飾ろう。
部屋が変わっても、ずっと飾り続けよう。
何年経っても。
今日が京南FCの大切な最初の一歩だったことに、変わりはないのだから。




