0年目 第11話 普通の高校生
第11話 普通の高校生
内定式も終わり、来年度に向けた準備もいよいよ大詰め。
京南FCの選手も二十人集まった。
監督もいる。
スカウトもいる。
キャプテンも決まった。
施設もだいぶ整った。
細かいところはあるが、あとは来年の始動を待つだけ。
京南FCに関しては。
ただ、京南FCの準備ばかりしているわけにもいかないのだ。
俺はサッカークラブの社長ではあるが、その前にノードシードの社長なのだから。
今日は高校生の採用面接。
少し前に内定式をやったが、来年度向けの採用活動はまだ続いていたりする。
地元高校生枠での採用だ。
と言っても、俺が参加するのは最終面接だけだ。
一次、二次と全部の採用面接に社長が出ていたら、いくら時間があっても足りない。
人事や配属予定の部署で面接をしてもらい、最後に俺たちが確認する。
隣には日下。
他にも人事担当者が数人。
そして。
「失礼します!」
元気な声とともに、一人の高校生が入ってきた。
「友近拓海です。本日はよろしくお願いします!」
明るいな。
それが第一印象だった。
地元の高校に通う三年生。
短めの髪。
高校生らしい、日に焼けた顔。
緊張しているのは分かるが、それでもハキハキと受け答えしている。
俺は履歴書に目を落とした。
志望は――。
まあ、普通だな。
仕事関係の能力も見てみる。
……うん。
普通。
悪くない。
でも特別高いわけでもない。
とはいえ。
能力だけで採用を決めるわけじゃない。
受け答えはいいし、明るい。
人と関わる仕事にも向いてそうだ。
採ってもいいんじゃないかな。
そんなことを考えながら履歴書をもう一度見る。
ん?
サッカー部。
「友近君、サッカーやってるんだ」
「はい!」
友近君の顔が少し明るくなった。
「小学生の頃からずっとやってます」
「へえ。ポジションは?」
「フォワードです」
フォワードか。
そういえば、仕事の能力しか見てなかったな。
京南FCの選手も揃ったし、今日も普通の採用面接だから、完全に頭から抜けていた。
まあ、せっかくだしちょっと見てみよう。
俺は友近君のサッカー選手としてのステータスを見る。
現在値を見ると、普通の高校生よりもやや高いか? という数値。
強豪大学の選手を見慣れてきたせいで、基準がよく分からなくなってきたな。
ただ、最大値を見ると……。
ボディバランス。
――八十七。
…………。
ん?
スタミナ。
――九十二。
…………。
え?
待て。
もう一回。
ボディバランス、八十七。
スタミナ、九十二。
よく見ると、他の項目も最大値は高い!
あの長谷川よりも!!
……。
うおおおおおおおおおおおおおおお!
なんだこれ!
キターーーーーーーーーーー(・∀・)!!!!!
この能力を使い出してから、いつか来ると思っていたが、今かよ!!
もちろん声には出していないが、驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになった。
落ち着け。
素数を数えろ。
俺は社長だ。
今は最終面接中だ。
「社長」
隣から小さい声がした。
日下だ。
「またですか」と言わんばかりの顔をしている。
「……すまん。この子は絶対に採りたい」
「まあ、社長オススメの社員は活躍する人が多いので、止めませんけど」
日下が小声で言った。
理解のある役員で助かる。
よし、今はそんなことより。
俺は友近君を見る。
本人は次の質問を待っている。
俺と日下のやり取りのせいで、より緊張しているようだ。
そりゃ何事かと思うよな。
俺は手元の予定を見る。
この後は――。
よし、少し空けられる。
同時に伊東へ、岡本さんと隠岐を呼んでおいてくれと連絡する。
すまんな、友近君。
もうちょっと緊張してもらうぞ。
「友近君」
「はい」
「今日、このあと予定ある?」
「え?」
友近君が固まった。
そりゃ最終面接でいきなりそんなこと聞かれたら怖いよな。
俺ははやる気持ちを抑え、冷静に話す。
「いや、そんな身構えなくていいよ。もし時間があるなら、面接が全部終わるまで少し待っててもらえないかな」
「は、はい。大丈夫です」
「ありがとう」
友近君は最後まで何が起きているのか分からない顔で、面接室を出ていった。
扉が閉まる。
日下が俺を見る。
「何を見つけたんです?」
「まだ秘密」
「……そうですか」
日下はそれ以上聞かなかった。
慣れてるな。
◇
その日の最終面接が全部終わる。
「すみません、ちょっと行ってきます」
「どこへ?」
「友近君の面接の続き」
「やっぱりサッカーですか」
鋭い。
岡本さんと隠岐はすでに俺を待っていた。
さすが伊東。
「岡本さん、隠岐!」
「なんや?」
「ちょっと来て」
「急ですね」
「とんでもない才能の持ち主が来た」
二人が止まる。
「どこに?」
「さっき最終面接に来てた高校生。会議室で待ってます」
「高校生?」
岡本さんが眉をひそめた。
隠岐が俺を見る。
「社長、その子のプレー見たんですか?」
「見てない」
「……じゃあ、なんでとんでもない才能があるって分かるんです?」
「……勘」
「勘?」
「いいから来て!」
二人とも納得していないが、とにかく連れてきた。
◇
別室では友近君が一人で待っていた。
俺たち三人が入ると、慌てて立ち上がる。
「お待たせ。ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「ちょっと紹介するね。こっちが来年から京南FCの監督をする岡本さん。それからスカウトの隠岐」
「岡本や」
「隠岐です。よろしく」
「友近拓海です。よろしくお願いします!」
友近君が頭を下げる。
「さっきサッカー部って聞いたから、もう少し話を聞きたくて」
「はい」
そこから。
友近君のサッカーについて色々と聞いた。
小学生の頃からサッカーをしていること。
中学でも高校でも続けたこと。
ポジションはフォワード。
「ポジションのフォワードって、自分で希望したの?」
と隠岐。
「えーっと、はい」
「理由もあれば教えてくれる?」
おお、さすが隠岐は突っ込むな。
「……少し恥ずかしいんですが、フォワードの方が女の子にモテるかなって思って……」
友近君は恥ずかしそうにしながらも、素直に教えてくれた。
素直な気持ちは大事だよね。
「素直でいいやん。日本代表の選手だって、最初はそんなもんやったりするで」
岡本さんもフォロー。
お、ちょっと気に入ってくれてるかな?
「それでどうやった? モテた?」
と更に突っ込む隠岐。
ほんとすごいな、コイツ。
「いやー、ダメでした! フォワードってだけでモテるわけないっすよね」
「そりゃそうやろ」
いいね。
会話が朗らかだ。
「大学でサッカーするとかは考えなかったの?」
「大学に行くこともあんまり考えてなかったですね。卒業したら働こうと思ってたんで」
「サッカーは?」
「好きですよ。でも、高校でも特に実績もなかったですし。仕事しながら遊びでするくらいかな。あんまり考えてませんでした」
……。
おい。
この能力で?
いや、本人は知らないんだから当たり前か。
追加でいくつか質問する。
仕事のこと。
高校生活のこと。
チームメイトとの関係。
サッカー以外のこと。
明るい。
受け答えも素直。
少なくとも、京南FCの雰囲気に合わない感じはしない。
岡本さんも腕を組みながら話を聞いていた。
そして。
「人柄は分かった」
岡本さんが言った。
「でもな、俺は実際にプレー見んと分からん」
そりゃそうだ。
俺みたいに数字が見えるわけじゃない。
「友近。ちょっとサッカーできるか?」
「今からですか?」
「嫌か?」
「いや、できますけど……」
友近君が自分の服を見る。
当然スーツだ。
「服と靴は用意するで」
「あるんですか?」
「サッカー部作ってる会社やからな。予備があるで。心配せんでも新品同様やから綺麗やで」
岡本さんが立ち上がる。
「ほな、グラウンド行こか」
◇
グラウンドへ向かうと。
ちょうど見覚えのある顔がいた。
「社長、お疲れ様です!」
田中だ。
他にも京南FC加入予定の選手が数人、軽くボールを蹴っているようだ。
「何してるの?」
「AIトレーナーの事前測定です。入社前からデータ取っといた方がいいって言われて」
なるほど。
「ちょうど岡本監督がいたので、ついでにサッカー教えてもらってました」
内定式で説明したAIトレーナー。
入社後すぐ本格的に使えるよう、希望者から順番に基礎データを取っているらしい。
なるほど、田中たちがいるからグラウンドに連れてきたのか。
「田中、ちょっと手伝って」
「何をです?」
俺は友近君を見る。
「この子とサッカーのミニゲームをしてほしいんだ」
「いいですけど……誰ですか?」
「今日、採用面接に来た高校生」
「なんで?」
もっともな疑問だ。
「ちょっと確認したいことがあって。いいからお願い!」
ここは有無を言わさぬ社長のひと声だ。
すまん。
◇
人数は少ない。
なので、狭いエリアでのミニゲームをすることになった。
友近君にはトレーニングウェアとシューズを貸した。
――ウェアは京南FCのロゴ入りのかっこいいやつだ。
着替えて外に出たからか、会議室よりも緊張は解けている様子。
アップしながら田中たちとコミュニケーションを取っている。
こういう点もいいよね。
岡本さんが腕を組んで見ている。
始まった。
まずはゲームの前に、パス、トラップ、シュートと続けてもらう。
……普通だな。
いや、田中たちと混じって普通なんだからいいのか?
ただ、やはり田中たちの方が上手い。
大学までサッカーを続けてきた選手たちと比べれば、技術の差は明らかだ。
ミニゲームが始まる。
友近君がボールを受ける。
田中が寄せる。
ボールを奪われた。
「切り替え!」
岡本さんの声。
友近君がすぐに戻る。
走る。
ボールを追う。
奪えない。
また走る。
攻撃になれば前へ。
ボールを失えば戻る。
また前へ。
また戻る。
……。
ずっと走ってるな。
田中が友近君に身体を寄せる。
高校生と大学生。
かつ、友近と田中では身長差も結構ある。
簡単に弾かれ――ない。
「お、結構強いな」
友近君が身体を入れてボールを守る。
田中がもう一度寄せる。
少しバランスを崩しながらも、何とかキープする。
「おお、やるやん!」
田中の声が聞こえた。
そして。
走る。
走るし、止まらない。
ずっと走ってる。
「友近君、よく走るなぁ」
友近君も汗だくだ。
当然疲れている。
でも、運動量がほとんど落ちていない。
「おい」
岡本さんが呟いた。
「こいつ、よう走るな」
でしょう!
「あの小柄な体で、馬力もちょっとある」
岡本さんの目つきが変わる。
最初とは違う。
しばらくプレーを見たあと、岡本さんの評価は冷静だった。
「技術はまだまだやな」
ですよね。
「判断も遅い。大学でやってきた奴らと比べたら、今はだいぶ差がある」
それも分かる。
「でも」
岡本さんが友近君を見る。
「高卒であの身体の強さと運動量なら、おもろいんちゃうか。鍛え甲斐があるで」
現時点ではその程度か。
俺はもう一度、友近君の最大値を見る。
京南FCでこの子の能力を伸ばすことができたら――。
期待せずにはいられない。
◇
練習を終えた友近君が戻ってきた。
「ありがとうございました!」
息を切らしながら頭を下げる。
岡本さんが近づく。
「友近」
「はい」
「まだ全然や」
「はい!」
素直だな。
「でも身体は強いし、よう走れる。鍛えたらおもろいと思うで」
「ありがとうございます!」
嬉しそうだ。
俺は岡本さんを見る。
岡本さんが小さく頷いた。
隠岐も問題なさそうだ。
よし。
「友近君」
「はい」
「一つ提案がある」
友近君が俺を見る。
「来年、うちに入社して、京南FCでサッカーを続けない?」
「……え?」
「もちろん仕事もしてもらう。昼間はノードシードの社員として働く。それと並行して、京南FCの選手として本気でサッカーをする」
友近君が岡本さんを見る。
田中たちを見る。
「俺が、ですか?」
「うん」
「でも俺、高校でもそんな凄い選手じゃないですよ?」
知ってる。
今はな。
「それでも、うちでやってほしい」
友近君が少し考える。
「それって……」
「うん?」
「サッカー部に入ったら、採用してもらえるってことですか?」
「そういうこと」
目が大きくなった。
「あ、給料は?」
「給料は一般社員と同じ基準だよ」
目がさらに大きくなった。
「内定?」
「内定」
「マジですか?」
「マジです」
友近君が黙る。
そして。
「やります!」
早っ。
「いいの? もうちょっと考えても」
「だって就職できて、サッカーも続けられるんですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、やります!」
明るい。
勢いがあっていいな。
友近君らしいのかもしれない。
「よろしくお願いします!」
友近君が勢いよく頭を下げた。
田中たちもパチパチと拍手をしている。
すでに仲間と認めてもらえているみたいだ。
内定がもらえたのがよほど嬉しかったのか、
「ありがとうございました!」
と、弾むように駆け足で帰っていった。
……ん?
あいつ。
スーツに着替えるの忘れてないか?
◇
こうして京南FCに二十一人目の選手が加わった。
友近拓海。
十八歳。
地元の高校に通う、どこにでもいるような高校生。
まだ分かっていない。
この高校生がどこまで行くのか。
それを知っているのは――。
いや。
俺にも分からない。
見えるのは。
可能性だけなのだから。




