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第18話 初めて届いた、知らない読者の言葉

 最初の感想が届いた翌朝、目覚ましより先に目が覚めた。


 携帯を見る。


 感想は増えていない。


 「当たり前だろ」


 自分へ言う。


 一件来たからといって、寝て起きたら百件になっているわけではない。


 それでも期待していた自分が少し恥ずかしい。


 会社へ行く前に第六話を読み直す。


 昨日の感想を意識すると、全部が急に弱く見えた。


 もっと面白くしなければ。


 読者を驚かせなければ。


 主人公を活躍させなければ。


 そんな考えが次々浮かぶ。


 夜、帰宅して第七話を書いた。


 主人公へ強敵を出す。


 偶然手に入れた力で倒す。


 周囲が驚く。


 未来の人気作で何度も見た、分かりやすく気持ちいい展開だ。


 三千文字近く書いた。


 読み返す。


 「誰だ、こいつ」


 俺が書いていた主人公ではない。


 二度目の人生で失敗することを怖がり、選ぶことに慎重になっていた男が、突然大胆な英雄になっている。


 理由は一つ。


 読者を喜ばせたいからだ。


 俺は全部選択して削除した。


 一瞬だけ指が止まる。


 三千文字。


 数時間。


 消す。


 「もったいない」


 昔の俺なら残した。


 別の場所で使おうとした。


 でも今は要らない。


 作品に合わない三千文字は、三千文字分の邪魔だ。


 白紙になった第七話を前に考え直す。


 主人公は何をするべきか。


 ちょうど条件のいい仕事を紹介される場面まで来ている。


 金になる。


 安全。


 周囲も勧める。


 以前の主人公なら迷わず受けただろう。


 他人が良いと言うものを選んできた人間だからだ。


 今度は断らせる。


 理由は大げさではない。


 自分が本当にやりたい仕事ではない。


 その結果、金に困る。


 仲間から呆れられる。


 それでも本人は少しだけ満足する。


 「地味だな」


 派手さはない。


 でも、この主人公には必要だ。


 書き直した。


 翌日、第七話を公開する。


 アクセスはいつもと同じくらい。


 昼に確認すると、お気に入りが十二から十一へ減っていた。


 「……減った」


 たった一人。


 なのに妙に効く。


 昨日まで読んでいた誰かが、もういいと思った。


 理由は分からない。


 第七話が地味だったからか。


 主人公の選択が嫌だったのか。


 単にサイトを使わなくなったのかもしれない。


 答えはない。


 それなのに頭は勝手に理由を作る。


 「派手なほう残せばよかったか?」


 削除した三千文字を思い出す。


 未来の流行に寄せれば、もっと受けるかもしれない。


 その日の夜、感想が一件増えた。


 『今回の話が一番好きです。主人公が少しずつ自分で決められるようになってるのがいい』


 俺は画面を見たまま黙った。


 一人は離れた。


 一人は今までで一番好きだと言った。


 「分からないな」


 全員を満足させることはできない。


 五十歳まで生きれば、その程度は知っている。


 だが自分の作品になると簡単に忘れる。


 俺はノートを開いた。


 『読者を見る』


 その下へ、


 『でも、全部は合わせない』


 と書く。


 感想は具体的な意見として読む。


 数字は傾向として見る。


 どちらも命令ではない。


 その距離を失ったら、俺は作品ではなく反応を書くようになる。


 そして俺は、自分がそうなりやすい人間だと知っている。


 承認欲求が強い。


 褒められたい。


 数字が増えれば嬉しい。


 減れば必要以上に落ち込む。


 一度目の人生で何度も繰り返した。


 「性格までタイムリープで直してくれればよかったのにな」


 時間を戻す能力は、そこまで親切ではなかった。


 俺は次の話の構成を作る。


 今度は公開後の数字を見る前に、主人公が何を選ぶかだけを決めた。


 読者のために書く。


 でも、読者の言うとおりに書くわけではない。


 その違いを覚えていられるうちは、まだ大丈夫だと思った。


 俺は削除した三千文字を別ファイルへ保存しなかった。


 使わないと決めた文章を残すと、惜しくなって後で戻したくなるからだ。数時間分が完全に消える。


 だが、その失敗で主人公が何をしない人間なのかは分かった。


 書いた文字が作品に残らなくても、書いた時間まで無駄になるわけではない。


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