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第17話 数字が、昨日までとは違っていた

 投稿三日目の昼休み、俺は会社の隅で携帯を開いた。


 作品のアクセスを確認する。


 昨日までと数字の動きが違う。


 第一話だけではない。


 第二話。


 第三話。


 公開した第四話まで、ちゃんと数字が続いている。


 「読んでる」


 小声で呟いた。


 当然のことなのに、胸が熱くなる。


 一度目の人生でもアクセスはあった。


 ただ、最初の話だけ読まれて終わることが多かった。


 今回は半分以上が次へ進んでいる。


 母数は小さい。


 統計と呼ぶほどではない。


 それでも違いは分かる。


 俺は手帳へ数字を書いた。


 総アクセスだけではなく、各話ごとに分ける。


 どこで読者が離れたか。


 更新した直後と翌朝でどう変わったか。


 未来の俺は、こういう分析を知っていた。


 昔の俺は知ろうともしなかった。


 「小説家になりたいって言いながら、読者の動き全然見てなかったんだよな」


 過去の自分へ呆れる。


 昼休みが終わるので携帯を閉じた。


 仕事中は原稿のことを考えない。


 そう決めた。


 十分後には第五話の展開を考えていた。


 決意は弱かった。


 帰宅後、予定どおり第五話を公開する。


 数分でアクセスが入った。


 昨日までは更新してからしばらく動かなかったのに、今日は早い。


 「待ってた人がいるのか?」


 お気に入りは七。


 その七人のうち誰かが更新を見つけたのかもしれない。


 想像すると顔が緩む。


 俺は解析画面を閉じ、第六話を書くことにした。


 主人公が初めて仕事を受ける。


 簡単な依頼。


 未来の定番なら、ここで能力を見せて周囲を驚かせる展開も作れる。


 俺は別の方向へ進めた。


 主人公は二度目の人生で失敗したくない。


 だから簡単な仕事ほど完璧にやろうとする。


 準備しすぎる。


 確認しすぎる。


 結果、時間を使いすぎて依頼主を怒らせる。


 「俺みたいだな」


 投稿前に何度も原稿を直し、出す時期を逃した一度目の俺と同じだ。


 主人公は失敗する。


 しかし今回は、失敗した仕事から逃げない。


 謝る。


 最後までやる。


 小さな話だ。


 でも主人公が少し変わる。


 千五百文字ほど書いたところで、アクセスを見たくなった。


 我慢する。


 二千文字。


 また見たくなる。


 「数字って怖いな」


 結局、一時間後に開いた。


 お気に入りが九になっている。


 「二人増えた」


 その下に見慣れない表示があった。


 感想、一。


 手が止まった。


 クリックする。


 『続きが気になります。主人公が妙に必死なのが面白いです』


 短い。


 名前を見ても知らない。


 美咲ではない。


 直人でもない。


 俺の人生を何も知らない人だ。


 その人が作品だけを読んで、続きを気にしてくれた。


 「……来た」


 声が震えた。


 一度目の人生でも感想をもらったことはある。


 それでも今の一件は違う。


 未来の知識を持って過去へ戻り、自分で作り直した人生の最初の結果だ。


 返信欄を開く。


 『ありがとうございます!』


 打つ。


 短すぎる気がする。


 続きを足す。


 長すぎる。


 消す。


 「感想の返信まで推敲してどうする」


 自分で笑う。


 結局、二行だけ返した。


 解析画面を閉じようとして、もう一度感想を読む。


 『続きが気になります』


 俺が五十歳まで欲しかったものを思い出す。


 書籍化。


 漫画化。


 アニメ化。


 大勢の読者。


 天才と呼ばれること。


 全部欲しかった。


 今も欲しい。


 その欲が消えたわけではない。


 むしろ未来を知っている今のほうが、手に届く気がして強くなっている。


 でも、その巨大な欲望の入口にあるのは、たった一人の「続きが気になる」なのだ。


 俺はノートへその言葉を書いた。


 名前は書かない。


 文章だけ。


 いつか読者が増えたとき、最初の知らない読者が何を言ってくれたか忘れたくなかった。


 それから第六話へ戻る。


 さっきまでより、主人公の失敗を書くのが楽しくなった。


 読者がいる。


 その事実だけで、白い画面が昨日までとは違って見えた。


 アクセス記録を眺めると、夜だけでなく翌朝にも少しずつ読まれていた。


 俺が寝ている間にも、知らない誰かがページを開いている。その事実が妙に不思議だった。読者は数字ではない。


 生活のどこかで時間を使い、俺の文章を読んでいる。


 その時間を無駄にしたくないという気持ちが、初めて具体的に湧いた。


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