第16話 未来を知る男の投稿戦略
投稿すると決めてから、俺は三日間、新着欄を眺め続けた。
作品を書くより新着を見ている時間のほうが長くなりそうで、一度自分を止めた。
「研究だから。これは研究」
誰に言い訳しているのか分からない。
一度目の人生では、書き終わった瞬間に投稿していた。
深夜二時でも朝五時でも関係ない。
タイトルも、自分が格好いいと思うものをつけた。
あらすじには世界設定を詰め込んだ。
そして公開後、アクセスが来ないと落ち込んだ。
今なら、それがどれだけ雑だったか分かる。
Webでは中身を読む前に、入口で選ばれる。
タイトル。
あらすじ。
ジャンル。
更新された時刻。
最初に何話あるか。
作品の面白さとは別だが、読まれるためには無視できない。
ただし未来の常識をそのまま使うつもりはなかった。
今のサイトは未来ほど利用者が多くない。
新着の流れる速度も違う。
俺は朝、昼、夕方、夜の更新数を簡単に記録した。
夜はやはり多い。
だが多すぎる時間は、新着から落ちるのも早い。
「少しずらすか」
最初に考えていた時間を変更する。
未来を知っている俺が、過去のデータを見て予定を修正する。
妙な話だ。
タイトルも決め直した。
候補を三つ美咲へ送る。
数分後。
『一番』
『早いな』
『一番分かりやすい』
『二番は?』
『格好つけてる』
『三番』
『もっと格好つけてる』
「昔の俺の好みを全部殺しに来てるな」
それでも一番を採用した。
あらすじは短くする。
世界の歴史は書かない。
魔法体系も書かない。
主人公がどんな人間で、何をやり直したいのかだけを書く。
タグも絞った。
未来で人気になる単語を無理に入れない。
今の作品に実際にあるものだけ。
金曜日。
仕事から帰ると、いつもより早く夕食を済ませた。
第一話から第三話まで最終確認する。
誤字を二つ見つける。
説明を一段落削る。
これ以上触ると、また全体を直したくなる。
「終わり」
午後八時前。
投稿画面を開いた。
作者名の欄に『時任蓮』と表示されている。
その名前を見て、急に怖くなった。
一度目の人生で成功しなかった名前。
未来知識を持って戻ってきても、同じ名前でまた失敗するかもしれない。
もし今回も誰にも読まれなかったら。
五十歳の俺が認めた「才能がない」という結論が、今度こそ確定する気がした。
マウスから手を離す。
「何のために戻ったんだよ」
自分へ言う。
失敗しないためではない。
失敗したあと、同じ選択をしないためだ。
公開ボタンを押した。
『投稿しました』
画面に表示される。
心臓が速い。
すぐアクセス解析を開こうとする。
「五分待とう」
未来の俺なら、そのくらい我慢できる。
第四話のファイルを開く。
一行書く。
二行目で手が止まる。
三分後、アクセス解析を開いた。
「五十歳、意志弱いな」
アクセスは二。
たった二。
それでもゼロではない。
誰かが作品ページを開いた。
十分後、五。
二十分後、八。
予定していた時間に第二話を公開する。
さらに時間を置いて第三話。
第一話だけのアクセスと、第二話まで進んだ数字を見比べる。
全員ではない。
それでも何人かは続けて読んでいる。
午前零時。
お気に入り登録はゼロ。
感想もない。
「まあ、初日だ」
口では冷静に言う。
指は更新ボタンを押している。
零時を少し過ぎた頃、表示が変わった。
お気に入り、一。
「……一?」
画面を更新する。
一。
間違いではない。
「よし!」
立ち上がった拍子に椅子が鳴った。
隣の部屋から壁を叩かれる。
「すみません」
反射的に頭を下げる。
未来で何万人もの読者を持つ作品を知っている俺が、たった一人でこれほど喜んでいる。
でも当然だった。
これは俺の作品だ。
未来の誰かが完成させたものではない。
自分で悩み、美咲に読ませ、何度も直した。
その作品を、一人がまた読みたいと思ってくれた。
俺はノートへ日付と数字を書いた。
『お気に入り 一』
数字の横へ小さく丸をつける。
未来を知る男の投稿戦略は、華々しい成功では始まらなかった。
たった一人。
それが妙に嬉しかった。
公開後に慌てて続きを書かなくて済むよう、第四話と第五話の下書きも用意していた。反応が悪ければ作品を捨てたくなる。
反応が良ければ舞い上がって展開を変えたくなる。
どちらに転んでも、先に決めた物語の軸だけは数日守る。そのための書き溜めだった。




