第二王子が反逆するらしい
写真館があった。
ロメーヌはナガイタニ男爵領の繁華街にきたところだ。店員に尋ねる。
「ジュリーが来てなかったですか」
「コミュニティーセンターへ行くとか話してましたよ。朝の内は、そこにいるはず」
ジュリーは、ブイバン王国のフリーの写真家と名乗っていた。
「ジュリーが人の集まるところへ行くのは、珍しいなー」
サオリが言うように、一人でのんびり写真を撮っていた。
「行ってみよう。人ごみの中は苦手と言ってたし、周辺にいるはず」
(人付き合いに気を遣わない自由人みたいだよね。そういう生き方も良いと思う)
ビーチで撮影している場面に出会い、仲良くなったのだ。それで、カニクバル伯爵領へ戻ったときは、いつも会っていた。
(この辺りのことに詳しいみたいだからね)
軌道馬車の通る公道を渡り、魚屋の並ぶエリアの角を曲がれば、広がる駐馬車場。煉瓦造りのコミュニティーセンターが建ち、向こうに標高五百メートルの山脈が見えた。そこからはタクラム侯爵領だ。
「停めてるかな。それとも遠出か」
ジュリーの荷馬車を探す。繁華街の周りにいるなら、ここへ停めているはずだ。
「これやなー。写真機は置いたままかー」
大きな箱が積まれた荷馬車が見つかった。魔女の魔法で作った感光紙を利用する日光写真と呼ばれたものだ。
「茶店で休憩かな。行ってみよう」
ガーデンパラソルが並んだ場所へ歩いて行く。
「あそこだ。あれっ。れれれ」
ちょっと言葉を探せない。ジュリーがポニーテールで髪をまとめた女と座っていた。二人ともジレとボトム姿。流行りだし、シャツやブラウスの上から着る若者は多い。
離れた場所に座り、ようすを窺う。ロココ調のドレスが目立つ。
「そりゃあね。知り合いもいるでしょうが。近すぎでしょ」
「大声で喋られへんから、近づくのが普通やでー」
サオリが向かいに座って言う。知り合いと話すときは、身体も前かがみになるのが自然だ。
「いいけどさ。なにを話してるんだろう」
「あとから誰と会ったか聞いてみようか―」
「焼きもちだと思われるでしょ」
「こういうのを嫉妬というんやでー」
(そうかもしれない)
ロメーヌは分かってもいる。ジュリーが目の前にいても話せない寂しさがあった。
(べつに、会う約束はしてないもんね。平気だよ、友達でしょ、たぶん)
「帰るようやでー」
ジュリーたちが立ち上がった。
(おっと、観察しそこなったね)
婚約破棄よりも、衝撃のあることで、冷静に観察できないでいた。
「別々になるようだね。安心、いや、違うけど」
(まずは、ジュリーに声をかけよう)
「正直が良いでー。でも、あの女は気になるなー」
サオリが目で追う。ロメーヌも目をやると、足早に歩く相手に、不自然さを感じる。
「どこへ。なにか急いでいるよね」
好奇心をくすぐる出来事だ。
「どうするかー」
サオリの問いにロメーヌの答えは決まっている。
「ポニーテール女の後を着けてみよう。脇道へ行くみたいだよ」
十メートルぐらいの距離を置いて、あとを追う。瓦屋根の倉庫らしい建物の裏になり、麦畑が広がっていた。
「ここで、用心してるんかー。ゆっくり歩くなー」
あぜ道の木立ち沿いに、納屋の方へ歩くポニーテール女。気配を悟られないように近づくふうだ。
「何かあるよ。あれは大型幌馬車」
納屋越しに高い天蓋が見えて、馬の荒い鼻息も聞き取れた。木立から納屋の後ろへ忍び寄るポニーテール女。
(あっ、気付かれた)
女が振り向いたが、いまは声を出せる状況でもないらしく、ロメーヌたちの出方を待つふう。
なにかあるの、と口だけ動かして近づく。ポニーテール女が耳に手を当てて、聞け、と言う仕草。
(そうだね。何か話し声が聞こえる)
「コンビニ弁当では物足りないであるな」
ウワキムンの声だ。
(この野郎は、なにをしてるのだろう)
ロメーヌは息を飲むが、音をださないように、とゆっくり息を吐いた。
「侯爵屋敷へ着けば、お望み通りですわよ」
(フーリンネ様だよ。謹慎じゃなかったかしら)
脱走かと予想してサオリへ目を向ければ、うなずく。
ほかにも誰かいるらしく、急かす声。
「王子様、追手が来るかも知れませぬ。急がなければ」
「狭くて嫌じゃ。侯爵家の馬車は来ぬのか」
「領境で待っていますから」
フーリンネが言うと、椅子から立ち上がるような音が響く。
「同じ姿勢でしたから疲れてませんか。肩でも揉みましょうね」
「助かるであるな。伯爵の娘は気の利かない子供じゃった」
(ここで、私の悪口かよ。同じ歳でしょ)
声のする方へ進み出た。
「気が利かなくて悪かったわね」
大型幌馬車は中がカーテンで仕切られて窺えないが、折り畳みテーブルを前に椅子へ座るウワキムン。
「あっ」口を開けて、情報を整理するように目玉が蠢く。
「二人だけです」
カーテンの中から現われたのか、狐目の女が、遠くも眺めて報告すると中へ隠れた。
「城を抜け出したのね。往生際のわるい男だよ」
元婚約者に未練はない。そこがジュリーへ対するときと違う冷静さがあった。
「追手を気にしてたなー。なにか匂うでー」
サオリが隣に並ぶ。フーリンネはウワキムンの後ろで驚いた表情をしていたが、なにか思いついたらしい。
「王子様。ここは、最初の予定通りで」
「そうであるな。予定通り、ロメーヌ様と婚姻をいたそう」
「なにをお考えですの」
ウワキムンがタクラム侯爵の企みに加担していると予想した。それを教えてくれるか。
「両国の侯爵が手を結び、新しい国をつくるのじゃ。俺が王様になる」
「王様たちが、黙っているかしら」
(第二王子なのが不満なのね。でも王様になれる器量はないと思うけど)
「俺も考えている。妃を人質にすれば、手出しもできまい」
「なるほどね。ブイバン王国の王女様なら、あの王国も手をだせないと」
(私より利用価値はあったわけね。ま、いいけどさ)
いま、婚姻をすると言い出したのも駆け引きに使うつもりだろう。
「そっちが余計なことをするから縁談はなしになった」
空になった竹の折箱を片付ける。鳥の手羽先が、半ば肉は残されたままだ。
「だが、俺と一緒に侯爵領へいくなら許してあげよう」
誰が悪いことをしたのか分かってないらしい。
(行かないっつーの。いや、待てよ。ちゃんと侯爵と約束してるのかしら。うん、この野郎が反逆する証拠になるよね)
「王様にするなんて、侯爵は本気かしらね」
それに応じたのはフーリンネ。
「正式な契約書がありますのよ。ロメーヌ様も王女になるのが、おいやですの」
「あなたと不倫してるでしょ」
(敬語なんか使ってあげないからね)
「役目でしたのよ」
フーリンネの瞳は虚ろに暗い影を帯びて、マインドコントロールされたような口調だ。
「この地方は侯爵家が正当な領主。私は選ばれた救済の女神なり。王子様も割り切っておられます。ここまで話しました。いやとは言わせませんからね」
「その契約書なー。見たいわなー」
サオリも、ちゃんと証拠を見たいらしい。
「見せよう」ウワキムンが合図すると、カーテンの中から現われた狐目の女が紙筒を渡した。戻るのも身軽だ。
「侯爵たちのサイン入りじゃ。武力があってこその国であろう。最強の軍隊じゃ」
侯爵領が協力すれば、伯爵たちが敵わないのは確かだ。
「なるほどね」
蓋を開けて、ウワキムンに返す。契約書を広げて読むと、紙筒だけ返した。
「でもさ、同盟国も多いし、こことブイバン王国だけじゃないからね」
「それも返すのじゃ。大切な書類でな」
ウワキムンが伸ばした手。契約書を後ろ手で隠して、避けた。
「反逆罪だよね。騎士へ報告するから」
後ろへ一歩下がる。
「ボーチラ、捕まえなさい」
フーリンネが言うと、幌馬車から飛び出てきた二人の男。剣を構えて近づく。
「いやとは言わせないとフーリンネ様がおっしゃてたよな。観念しろ」
(駆け足で逃げられるかしら)
ちょっと足は竦んでいた。しかし、剣を振り上げた男の額へなにか当たった。
「うぎゃっ」悲鳴で動きが止まるし、食い込んだらしい鉄の球が落ちて、額に窪みができた。
「何者」もう一人が警戒して剣を前に伸ばして構えるが、喉元に鉄の球がぶつかり、悶えて倒れる。
「御庭番か。出合え」
フーリンネが叫ぶと、幌馬車から顔を出した狐目の女。
「退去なされ」
テニスボールみたいな球をいくつも投げてきた、煙玉だ。煙幕が張られた。
「煙が消えるのを待とう」
「そうやなー」
「なにしとんや」後ろから声がして、腕を引っ張られた二人。
「あわわっ」尻もちをつくが、煙幕から長刀の刃が三本飛び出して宙を切り、きらりっ、と太陽光を反射して引き戻る。
「危なかったね」
「またくるでー」
警戒するが、立てないでいる。
「起きや。逃げるやんか」
前に来て急かすのはポニーテール女だ。だが、馬のいななきと蹄の音が響き、シャリンシャリンと遠ざかる幌馬車の姿。
「未熟やんか。せやない、あの男たちを縛るんや」
「えっ。あの。紐は」
ロメーヌは状況を分かったつもりだが、知らない。
「ショボドボ王国の御庭番は準備もしとらんのかい」
「おにわばんって、なんやー」
サオリの問いに、ポニーテール女は「はあっ」疑問とも驚きともつかない表情をした。
「縛るのが先やんけ。ほら、これな」
ロメーヌは短い綱を渡されたが、使い方は分からない。
「たぶん、こうやでー」
サオリが飲み込みは早い。輪っかがあって、そこへ通すらしい。革製の紐で穴に通すと、きゅっ、と締まる仕組みだ。二人が練習してる間に、ポニーテール女が二人の男を縛り終えたらしい。
「テーブルは証拠物件になりよる。調べるんや、いや、御庭番ではないんだったかい」
溜め息ひとつで、説明する。御庭番は王家の直属だが、神話時代の忍者と同じらしい。
「わてはシノビメや。われは何者や」
問われて自己紹介をした。
「二人のことは聞いとるがな。探偵ごっこのお嬢ちゃんたちやな」
「やっぱり、ジュリーから聞いてますか」
(ついでに関係も知りたいよね)
「ジュリーと呼ばてるんかい。仕事を一緒にしとる、ここへ来る予定や。容疑者を捕まえそこなったやんけ」
「でもさ。なにか企んでいたよ。この契約書に書いてある」
持ったままだった紙をみせる。
「そうやったな。手柄やんか」
機嫌を良くするシノビメ。どうやら、タクラム侯爵とウワキムンの関係を探っていたらしい。
(おおごとになるよね。あの野郎は逃げてしまったし、侯爵がなにか行動をおこすかな)




